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この日も降る昨日の雨を昨日の瞳でみつめる

私は根を踏まずに木々を離れることができる 毎日一日分の葉を散らして思い出をこばむ木々は いつも昨日の瞳でみおくってくれる 分かれたあと一度も振り返らなかった恋人たちの姿には 分かれたあと同時に一度だけ振り返った恋人たちが刻まれている ようこそ愛によく似た別れ 失いながら求めたものよ 眠るには遅すぎる夜の終りで 倒れる直前の大樹の瞳に見つめられている 断続的に 昨日の雨がこの日も大樹の葉を打ち据えている 疲れながら待つことを楽しみ諦めることを楽しみながら 大樹は無防備に眠り

    • 遠方よりレストランを望む

      パンフレットに《十九世紀の要塞》という記述があるいじょう、どこか近くに《レストラン》もあるはずだなんて考えながら 扉ごとに色のちがう表札に気をとられていたし 馬車とすれちがい、馬車においぬかれ どの交差点までもおなじくらいの距離がのこった 郊外からは不燃物が集まり、野球場ではちょうど好機に代打が起用されていた 《木星は環のない土星》、そういう名のカフェを出てぼんやりするとそこが湾岸通りである ひと種類の番地しか持たず、標識もなければめじるしもない どこに行ったとしてもきっと

      • 野球場から見た City の A-A’ 断面

        サードベースのむこう 田舎では もっとひどい田舎行きのバスの切符を買うか集めるかするいがいなかった いないと思っていた娘とめぐり合い、いるはずのない兄とは小さな屋台で語り明かした 「いやあもう飲めないんだ」兄もまた下戸である 二十五円でどこまでもいけた路面電車が終わる時刻 だれもがそういう時刻を持っている、なあんて言ってみたいが 田舎ではまずうけない セカンドベース上ではきょうも草をむしり、墓を洗う祖母にであった アセチルサリチル酸 …… 0.33g ダイアルミネー

        • 三県が見渡せる丘にて

          散り敷く綿か雪かをゆくワンワン 《見立て通りの》河川か道路か水路をぐるぐるまわる。 めまいの彼方には低く、星空にも似た三県 見えないワンワンと見えるワンワン 暫定的なレストランからは野球場を横切る新道 「おれはおれの長い影がきらいなのさ」 放火魔も去った彼のせなかの夕焼けも去った 河川か道路か ハトのように生き残った 譜面のようにまわるめまいにも似た三県 見えないワンワン *ワンワン=ワンワンのこと

        この日も降る昨日の雨を昨日の瞳でみつめる

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        • 拾遺詩編
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          ¥300

        記事

          引用

          スラヴォイ・ジジェク『パンデミック』 第八章 監視と処罰? ええ、お願いします! (略) ウイルスについての一般的な定義を引用してみたい。ウイルスは「様々な、多くは超微細な感染性病原体で、RNAまたはDNAの核酸からなり、タンパク質の殻で覆われている。動物、植物、細菌に感染し、生きた細胞の中だけで増殖する。ウイルスは無生物の化学的単位であると考えられているが、生命体と捉えられる場合もある」。  この生と死の間の揺れは、極めて重要だ。通常の言葉の意味では、ウイルスは生きても死

          引用

          草と除草剤がぼくらの友だち

           私たちは忘れてしまったものでできている。気づくことのない関与といったもの。まるで温め直されなかった無味な食事を消化してきたみたいだ。私たちは、一度も近づいたことがないのに別れ別れになったふたりのふりをしている。  玄英さんとは三十年前、若い時代に出会った。その距離は思い出すとかえって遠ざかるような地点をさし、そこは私にもおそらく玄英さんにも思い出されることはない場所である。ただ、たとえば、若いカップルがいつも座る喫茶店のテーブルがあって、その後ふたりがどうなっても、あのテー

          草と除草剤がぼくらの友だち

          風車

          風車

          岸辺、目覚めの

          視界のなかにないのに見えるものにとり囲まれている 愛の欲しさにすべての熱を奪われ だれかの過去のようになつかしい水の底で おれはねむりにつく 視界のなかにあって見えるのは塵だけだ 古い靴を持って靴屋に来いといわれた はげしく窓を閉じる音が水面をわたった 目覚めるとはだかの女がおれの真上を泳いで去った 音が聞こえない耳を傾けて じぶんの時間をすてながら ひとりの女が去る永遠の時間のあいだにおれは線を越えてゆく いつもじぶんの余白で眠りにおちた 話しかけると尻尾を振る呪われた

          岸辺、目覚めの

          雨の夜に夜の雨に濡れながら

          間近でみると短い一日を遠く離れて鐘が鳴る ぼくの四角い家にむかってガードレールが錆びながらつづいている 買い物帰りには河川があふれ 一生が危険な短さの最後で朝を迎える楽園にむかって橋がかかっている 時間を停めるために記憶の曲がり角で虹が永遠の弧を描いている 再会がないと思い出せないひとと連れ添って歩いてぼくは疲れはてている だれよりも遠くを知っている川なのに はじめから欲しいこたえを持っているひとのように 声にすべき問いはない 目眩よりも遠くではアスファルトが波うち だれ

          雨の夜に夜の雨に濡れながら

          すぐ近くで、遠くを指さす

          跡形もなく消える雪の迷いになって落下する たったひとりきりでふたりになって おたがいを忘れ合う旅に出る ここは目を閉じたときの夜の卵管を震わせる冬だよ 雪が ガラスの商店街を歌いながら走りぬけてくる 夜があるうちに 中を覗いてはいけない部屋の前を通り過ぎる 鍵を手に 雪の迷いの直下を 呼び鈴が必要なら呼び鈴を鳴らす冬だよ 友のことばの愛のように無条件に すぐ近くで、遠くを指さす 曇天の手前をカラスが帰ってゆく夕方なので 今日あった出来事を亡き母に話しにゆく冬だよ 呼び鈴を

          すぐ近くで、遠くを指さす

          隙間風のふりをして夜が入ってくる

          隙間風のふりをして夜が入ってきて部屋で待っている 終わることができない文章が私たちの隙間を開くので 私たちは密着の中で眠りふわふわとした乖離の中に目覚めている ひとりは二人になりたい二人はひとりになりたいと そのまま浅瀬を私たちの軽さの中心が通りすぎてゆく きみを探しあてた一歩一歩が一行一行の詩句になる 波が届くずっと先まで波音は届くずっと先まで生きてきた 全身が曇り空の下で泡になってこれが幸福かもしれない

          隙間風のふりをして夜が入ってくる

          風はじぶんに追いつくことができない

          色を脱いだ虹のように消えかけた女たちを抱きしめて夜がはじまる 砂を踏みながら じぶんの裸足で女たちが通り過ぎてゆく 愛は深まるだろうか じぶんに追いつくことができない風のようにその一歩は軽い みずからの寒さに凍り始める冬の向こう 始まりのない夜が監視を逃れている すでにあった時間がひきつづき経過していると誰もが気づく 探しながらときどき見つけた言葉がぱちぱちとたき火に爆ぜて 道をえらぶと何もない広場に導かれる じぶんに傷つくことなく愛は深まるだろうか 給水塔に割かれて風が

          風はじぶんに追いつくことができない

          部屋より

          西久保遥 私の窓辺から見えるのは夜でもない昼でもない 曇り空を孕む雨に身を寄せて形を取り戻している 住処のない優しさが先回りして誰かの膝に座っている 指は何本あってもいい心はふたつあってもいい 目を閉じると太陽から伸びた細い腕が 私には見えない姿の世界を少しずつ整えていく 時間に括り付けておいた黄昏時の部屋は 一回り大きな絶望を詰め込まれて橙色に軋んだ 別離からほつれた紐はいつも余って 私のでもあなたのでもない未来のために正しく取っておかれる 痣だらけの背中の上を流れるよう

          部屋より

          傘下の季節

          西久保遥 傀儡のような風が千も消えていく 開かない窓がはめ込まれた踊り場で 雨だけが言葉を真似るような真昼間に コップのふちをくるくると回る絶望が口をきく 私は頭の端の蝶番に手を伸ばし 音を立てて思考を閉じた 螺旋階段を降りていく 海から一番遠いのは凪だった 頭の欠落した帽子は感情を持て余し 死ねば恋のように激しく息を吹き返した 文字だけの本を絵本と言い張る子供が 常夜灯を倒して夜を海に放る 傾斜のない 直線の先に直線を繋げた大地をどこまでも 足音の絶えない晩秋をどこまで

          傘下の季節

          午後をいく船

          工事中の神社の境内しか歩いたことがない。 どの樹にもとまらない蝉のあとしか追ったことがない。 「わたしの肩幅を覚えているあなたの抱く腕だけを  記憶しながら」 工事中の神社の境内で もうすぐだれもが知っている夕方がやってきて きみを溶かしていく。 きみの感覚の濃度へとなにもかもが昇華するとおもえて、 もう見えない距離の島へと傾いていく無色に 溺れていたりする。 「あなたのなかのだれかと手をつないで。  そのだれかの瞳が映す景色に  あなたの好きだった色を塗りながら」 病にも

          午後をいく船

          砂浜の冬をさがしにきた

          ついにふるえる身体を抱きとめて凍りつく砂の砂浜 女は娼婦かもしれないが私の恋人で 結びつけなかった愛に充たされながら 少しずつ坂が終っていく道をくだっていく 少しずつ降りていきなさいといわれたような気がして 坂の始まりと坂の終りに立っている 女を愛そうとした日の音が指先からきこえる 少しずつ降りていきなさいといわれている坂の向こうからうちよせる波の端にすがって 異端の愛でふれると快楽になると知っていた指先が女の背をすべり降りる 視線は風になって牛乳を搬送する軽トラックのうし

          砂浜の冬をさがしにきた