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大正占術奇譚 番外編 ~証の占ひ クガタチ~

はじめに

本作品は、フリーゲームの実況を中心に活動されている狼系の個人Vtuberの天凱テンガイ彼岸花ヒガンバナ様(X(旧ツイッター)@tengaihiganbana)をモチーフにした、FAおよびショートストーリー作品です。

本作を創作することについては、事前にご本人の了解を得ています。
ただし、内容の事前チェックは無しですので、ご本人も知らない内容です。


大正占術奇譚 番外編 ~しょうの占ひ クガタチ~


第一の証言 ~喜一きいち 深夜の訴え~


あなたは「人狼」というものをご存じでしょうか?

文字通り、人でもあり狼でもある、狼でもあり人でもある存在です。
あ、お笑いになった。
冗談だと思われては困ります、真面目な話なのです。
もっとも、人狼なんて言葉をいきなり言われても、そういう反応になるのは当然のことでしょう。

しかしまずは、わたくしの話を聞いていただけませんか。
ええ、ありがとうございます。
お仕事中にすいません。でもこれもお仕事のうちでしょう?
違う? はは、兎に角とにかくわたくしの話を聞いてもらいましょう。

あれはそう、ひと月ほど前のことです。
わたくしの家の近くに、一軒のお団子屋が新しくできたのです。
ごく普通の何の変哲もないお団子屋です。

開店してから数日後のことでしょうか、一度買ってみようかと、店に足を踏み入れたのです。
草団子、みたらし団子、ごま団子などと数々の種類の団子が店頭に並んでいます。
そのとき、わたくしが目を上げると、店員の娘と目が合いました。

色恋話など聞きたくない?
いえいえ、違います、違います。
別にそんな話をしようというのではありません。
団子屋の看板娘に恋をした? 違います。決して違います。
わたくしはもう、恋なんてまっぴら御免なのです。
学生の身分で恋なんてするもんじゃない。
わたしくは帝国大学を目指して、勉学に励まないといけないのです。

ああ、しかし、わたくしは過去に一度、恋にうつつをぬかしてしまったことがある。
今までで一度だけ、恋をしてしまったことがある。
あの日、外出先から帰る際、偶然その人に出会ってしまったのです。

今でも思い出すと激しく動悸がします。
白い肌、ほっそりとした体、断髪の洋装、なんてハイカラな。
あんな姿、初めて見ました。
わたくしはすっかりその女性に魅了されてしまいました。
それとなくちらちらと視線を送り、じっと眺め、目が合うとそらし、また眺め、そして別れの時、その後、長い距離を歩いて帰っている間ずっと、その女性のことが頭から離れませんでした。

その後、何度か会い、あるとき告白をしました。
どうなったか?
ふられたのです! ちくしょう! あの女、俺をふりやがって! ふさげるな!
ああ、興奮して我を忘れてしまった、これは失礼。

ええと、話を戻すと、そうそう、団子屋の話です、その団子屋の店員のことです。
いえいえ、ですから恋などではありません。
その娘に恋などしておりません。

ふくよかな娘でした。
困った表情をするように下がった眉が印象的な、大変愛想のよい娘です。
客商売ですから、愛想の良さは一番肝心です。

そのときは団子を買って帰っただけなのですが、予想以上に美味だったこともあり、その後、何度か通うこととなりました。
いえいえ、ですから恋などでは決してありません。

しかしわたくしの本能が何かを告げていたのです。
この娘は何か怪しいぞと。
気になったわたくしは色々と調べ回り、その娘の名前が「ひーちゃん」ということを知りました。
そしてさらに調べを続けた結果、わたくしはついに、ひーちゃんの秘密を知ってしまったのです。

え? 善良な市民に見せかけて団子を売るかたわら、殺人に手を染める犯罪者だった、と?
残念ながら、少し外れています、けれど、少し当たっています。
犯罪者というのは、人でしょう、これは人ならざる者の話なのです。
聞いて驚きなさい、ひーちゃんは「人狼」だったのです。

ある夜のこと、わたくしはお団子屋をこっそりと覗いていました。
団子屋の店じまいを終え、もう客は誰もいない。
そのとき、ひーちゃんの体が変化したのです。
頭の上側にふさふさの茶色い耳が生えました。
手が毛におおわれます。
顔中がふさふさの毛だらけになります。
あれは狼だ、人狼なんだ、とわたくしの体は、がたがたと震えます。

わおーん!と遠吠えが聞こえました。
わたしは思わず、うわー、と叫び声をあげてしまいました。
すると、狼の姿をしたひーちゃんが、こっちを向き、目が合ってしまったのです。
私は一目散に逃げだしました。

そこから三日三晩家に引きこもり、はて、自分が見たものは、まことの現実だったのか、それとも夢や幻の類なのか、あれやこれや自問自答したのです。
私の思考はあちこちに飛び、過去の人生を振り返り、いったい自分の人生は何なんだ、と思いながら、頭の中にもやもやと考えが浮かび、そして、えいやと勇気を振り絞って、もう一度団子屋に確かめに行きました。

するとひーちゃんは、普通の人間の姿で団子を売っており、あの夜のことなど何もなかったかのようにわたくしに接客しました。
そして・・・その後、わたくしは左手を負傷することになります。

ほら、見てごらんなさい、この左手にまかれた包帯。
これをとってあげましょう、どうです、この傷跡、人間にひっかかれても、こうはなりませんよ。

早くあの人の皮をかぶった狼をなんとかしてください、それが警察の仕事でしょう。
え、信じない?
これだけ言っているのに? 
なんて冷たい警察官だ。
警察官は、帝都の安全を守るのが任務じゃないのですか?
え? 帰れ? 忙しい? なんて無責任な。
この傷をどう説明します? え? 狼じゃないって?
わたくしの証言に嘘は何もありません。真実しか語っていません。
この証言を無視するなんて、あなた、きっと後悔しますよ!

第二の証言 ~映二郎えいじろう 背中の流血~

痛ってえ。
痛えよ。
ちくしょう。
え? 何があったって?
知らねえよ。俺の方が教えて欲しいよ。
気持ちよく酒飲んで帰るところだったのに。
帝都の安心と安全はどうなってんだ、警察の怠慢だろ。
だから、知らねえって。分かんねえんだよ。
急に後ろからやられたんだから。
どうなってんだよ、逆に教えてくれよ。
あ? 俺の洋服がびりびりだと?
冗談じゃねえ、これは俺の一張羅なんだぞ。
この前、仕立てたばっかりなんだ。
おい、鏡を持ってきてくれ、あ、こいつはひでえな、破けちまってるじゃねえか。
刃物でやられたのか、だから酔ってたから分からねえよ。

え? 現場は毛だらけだった?
何か見たか?って、だから知らねえよ。何も見えねえよ、後ろからいきなりやられたんだからよ。
手当してくれたのはありがたい、礼を言うよ、警察官さんよ、だから俺はもう帰る。

心当たり? んなもん知らねえよ、あ、待った、待った、ちょっと待ってくれ、そう言えば聞いたことがある。
おい、団子屋の看板娘の噂を知ってるか?
なんでも人狼って噂があるらしいぜ。
人のつらを被ってやがるが、その正体は狼なんだとよ。

そうか、俺はあいつにやられたのか。畜生、なんてやつだ。
俺はあいつの店で一度団子を買ったことがあるってのによ。
恩を仇で返すとはこのことだ。
おい、早く人狼を捕まえてくれ!

第三の証言 ~三多さんた 虎と馬と狼~

触るな! 来るな! やめてくれ!
え、何? 警察官? あんた警察官なのか? 信じていいのか?
本当か? ウソだろ?
ウソだ!
きっとお前も人狼なんだろう!
<証言者が著しく取り乱したため、五分ほど中断>

ああ、なんておぞましい。
帝都にあんな化け物が出るなんて。
これじゃあ夜な夜な被害者が次々に出ます。
あんな獣を放置しておくなんて。
そうです、獣です。
見た? いや見ちゃいない。暗くていきなり後ろから襲われたんだ。
え? あたりに獣の毛が散乱していた?
これ? この茶色い毛?
<証言者が声にならない叫び声を上げたため、十分ほど中断>

人に化けてるんだ! 人狼だ!
<証言者が手あたり次第、物を投げつけ、自分の髪の毛をむしるなど錯乱>

虎? 虎じゃない! 狼だって言ってるだろう!
だから馬でもない! 狼だ!
はあ、西洋の心理学だって? 
虎と馬の心理学?
だから狼だ!
<証言者が一層錯乱したため、これ以上の聞き出しは不可能と判断>

第四の証言 ~四糸乃よしの 物言わぬ死体からの報告~

帝都にうごめく獣の凶行!

昨晩の深夜、浅草区の路上に若い女性が倒れているとの通報があった。
現場にかけつけた警察官が確認したところ、被害者はすでに死亡しており、その後の調べで、身元は浅草区のバス会社にバスガールとして勤務する**四糸乃よしのさん(十九歳)と特定された。
犯行の際の目撃者はいないものの、被害者の死体には無数の切り傷がつけられており、周囲には獣の体毛が散乱していたことから、昨今の帝都に跳梁跋扈するという噂の人狼による犯行と思われる。
丁度ちょうど昨晩は満月の夜であったこともこれを裏付ける。
被害者の恐怖に開かれた目は、人間の皮をかぶったおぞましい獣による言語道断の凶行が行われていたことを示していた。
(帝都新聞 大正九年**月**日朝刊)


団子屋での尋問


「汝、人狼なりや?」

その警察官は、団子屋に足を踏み入れるなり、そう問いかけた。
客でないことは明白だった。

「はい? ここはただのお団子屋ですよ。何かお間違えでは?」
団子屋の看板娘は、困ったような眉をしながら、首を傾げた。

「そうか、シラを切るか。では、まずこれを読んでもらおうか」
すらりとした警察官はそう言うと、書類を手渡した。
そこには「第一の証言」と書かれていた。

看板娘はそれを読むと、
「なるほど、このお店のことが書かれていますね。で、私が人狼だと?」
「これも読んでもらうか」
「第二の証言、ですか。この人も襲われたと。私のお店のお客さんだというのですね。そしてこっちが、第三の証言ですか。あらあら、だいぶ取り乱しているようで、よほど恐怖だったんでしょう」
「お前がやったんだろう?」
「いえ、違います」
「ならば、これが第四の証言。今日の朝刊だ」
「・・・なるほど、ついに死人が出てしまいましたか。これではまるで、わたしが人狼で人々を次々と襲い、挙句の果てに人を手にかけたという風に見えるではありませんか」

「そうなんだろう」
「いえいえ、ここはただのお団子屋です。そしてわたしはただの団子売り。その証拠に、このように人の姿をしているではありませんか」
看板娘は着物の袖を持って手を広げならそう言った。

「西洋では、人狼という生き物がいるという。満月の夜、狼に変身するのだ。ちょうど昨晩が満月だった」
「では次の満月を待ちますか? 満月の夜、私が人狼になるのを待ちますか?」

「いや、お前は決して尻尾など出さないだろう」
「そう、私が狼の耳を生やして、尻尾を出して、わおーん!と鳴けば人狼確定ですが、仮に人狼だったとしても、そんなへまはやりません。四つの証言だけでは、私を人狼だと断定するには証拠として弱いでしょう」

警察官はうっすらと笑みを浮かべた。
「その通りだ、だから俺は確かめに来たのだ」
「ですので、どのように?」
「確かめる方法は、単純極まりない」
「それは一体?」
「<クガタチ>だ」
「く、が? なんですって?」
「古来の日本には、盟神探湯クガタチという占いがある。熱湯に手を入れ、手が火傷やけどすればクロ、火傷やけどしなければシロというものだ」
「熱湯、ですか?」
「あるいはまた、西洋では中世で魔女裁判と呼ばれるものがあった。水に沈めて浮き上がったら魔女なので死刑。沈んで死んだら人間だったと潔白を証明できる」

「・・・なるほど、言いたいことは分かりました。クガタチにしろ、魔女裁判にしろ、やってみないと分からない、ということですね。要するに、村人なのか人狼なのか、吊るすことでしか証明できない」
「村人? ここは帝都、村ではない」
「あ、いえ、これはこっちの話でして。では、私を吊るしますか?」
「いや、射殺だ。すでに署から射殺の許可書類は得ている」

警察官は拳銃を抜くと、団子屋の娘に銃口を向けた。


「お前を射殺すれば、狼の姿を現すのだ」
「わたしが人だったら、あなたは殺人を犯すことになりますよ」
「そんな脅しなど聞かぬ」

そして警察官は引き金を――。




読者の皆様へ

「大正占術奇譚 番外編 ~証の占ひ クガタチ~」はいかがでしょうか?

「謎」編は以上になります。
ここからは「回答」編になりますが、読み進める前に、これからの展開をご想像ください。

想像を超えるあっと驚く展開があれば、作者の勝ち。
展開を見事予想できていれば、あなたの勝ち。

この物語の結末は一体どうなるのか? いかなる物語が展開されるか、用意ができた方は、下にスクロールをどうぞ。















突如、団子屋の娘は笑い出した。
「どうした? 恐怖のあまり錯乱したか?」
「いえいえ、茶番があまりにもおかしくて。あなたは、もう分かっているんでしょう? 犯人が誰なのか」

警察官は目を細めると、銃口を下した。
「お前の推理を聞かせてもらおうか」

団子屋の娘は語り始めた。
「はい、事件の真相を探るには、不自然な点を見つけて、そこから考えるのが手っ取り早いです。今回の一連の事件では、被害者の名前が不自然ですね。喜一きいち映二郎えいじろう三多さんた四糸乃よしのと、人の名前に、一、二、三、四の数字が入っていて、それがだんだんと増えていっている。一番目から三番目まではみな男性で軽傷、四番目だけが女性で死亡。事態が徐々に深刻化してついに死者が出た、ということですが・・・本当でしょうか? それこそが犯人の誘導なのでは?」
「というと?」

「犯人の狙いは、最初から四糸乃にあった。けれどいきなり四糸乃を殺してはただの殺人事件として捜査され、捕まる可能性が高い。だから人狼の仕業に見せかけるために、第一から第三の事件を起こし、人狼がやった思わせた。特殊な形状の刃物すれば、獣の爪跡に見せかけることができる。獣の体毛は、事前に用意して現場にばらまいておけばいい」
「だが、そんなことだけでは、人狼の存在など信じないだろう」
「そう、爪痕や体毛だけでは不十分。明確に人狼がいて、その人狼の犯行だと思わせるような誘導が必要になる。だったら、自分がまず最初にそれをすればいい。つまり・・・」

「つまり?」

「犯人は喜一です」

「正解だ」

警察官は一通の書類を見せた。
それは団子屋の娘の射殺許可書類ではなく、喜一の逮捕状であった。
「喜一は自分で自身の腕を切り、最初の被害者を装ったのだ」
「そう、私が襲ったわけではありません。それは喜一もきちんと証言している。『するとひーちゃんは、普通の人間の姿で団子を売っており、あの夜のことなど何もなかったかのようにわたくしに接客しました。そして・・・その後、わたくしは左手を負傷することになります。』との発言です。どこにも私が襲ったとは書いていない。自分でやって自分で負傷した。『わたくしの証言に嘘は何もありません。真実しか語っていません。』と喜一は言いますが、まさにその通り。誤認・誘導はさせようとしているが、決してウソは証言していない」

「喜一は第一の事件を自作自演し、警察に人狼の話をしたが、あまり信じてもらえなかったために、噂話も流した。そして、第二、第三の事件を起こした後、本当の目的である四糸乃を殺害した。なぜ四糸乃を殺害したか、動機はわかるか?」

「ええ、喜一自身が証言しています。恋をしたと、そしてふられたと。その身勝手な復讐でしょう」

「その通りだ。喜一が語っていた恋をした相手というのが、四糸乃であるとよく分かったな」

「喜一の証言に不自然な点がありましたから。恋の相手に出会ったとき、『それとなくちらちらと視線を送り、じっと眺め、目が合うとそらし、また眺め、』と言っています。街中で見かけたにしては不自然な動作です。『そして別れの時、その後、長い距離を歩いて帰っている間ずっと、その女のことが頭から離れませんでした』とも言っています。『別れの時』とは何でしょう? 『長い距離を歩いて帰って』とは? 『あの白い肌、ほっそりとした体、断髪の洋装、なんてハイカラな。あんな姿、初めて見ました。』とも言っている。『その後、何度か会い、あるとき告白をしました。』。いったい喜一と四糸乃はどういう関係だったのか?」

団子屋の娘はコホンと咳払いすると続けた。
「それは第四の証言、新聞に答えが書かれてあります。四糸乃はバスガールだったと。つまり、街中でバスに乗った喜一は、バスガールの四糸乃に一目ぼれしてしまったのです。大正九年に初めて誕生したバスガールは、そのモダンな姿が斬新だった。喜一にとっては、衝撃的なハイカラの服装だった。『断髪の洋装』と言ってますから。バスの中でちらちらと視線を送り、自分が降りる場所を通り過ぎて終点まで行き、そこから歩いて帰ったのです。その後、四糸乃に会うべく、何度もバスに乗ってみた。何人もバスガールはいますから、必ず四糸乃がいるバスに乗れるわけではないが、何度も乗っていれば、当然遭遇する可能性は上がる」

「その通りだ」

「今回の事件をまとめましょう。私が本当に人狼かどうかはおいておくとして、少なくとも喜一は、私の姿を見て人狼だと思った。そして、過去に自分を振った相手に復讐したい気持ちと、人狼の犯行に見せかけて罪を逃れるという策略が浮かんできた。『そこから三日三晩家に引きこもり、はて、自分が見たものは、まことの現実だったのか、それとも夢や幻の類なのか、あれやこれや自問自答したのです。私の思考はあちこちに飛び、過去の人生を振り返り、いったい自分の人生は何なんだ、と思いながら、頭の中にもやもやと考えが浮かび、そして、えいやと勇気を振り絞って、もう一度団子屋に確かめに行きました。』と言っていますから」

「正解だ」

団子屋の娘は感慨深く呟いた。
「それにしても、バスガールが誕生って、大正時代って、やっぱすごいわ。その後、ワンマンのバスが当たり前になってバスガールなんて絶滅。そして今や人口減少でバスの路線が次々と廃止されているというのに・・・」
「何を言っている? 妙な物言いをするな」
「あ、いえ、これはこっちの話です。で、警察官さんはすでに喜一が犯人だとわかっていたんですね。だったら、どうして私のところに?」
「喜一は今頃、俺の部下が逮捕している。人の世界の話だ、俺には興味ない。俺の興味があるのは、この世の外のこと。 喜一は本当に見たのではないのか? お前が狼に変身するところを。人ならざる者が目の前にいる。これほど面白いことはない。もう一度問う。汝、人狼なりや?」

警察官の鋭い視線を受け止め、団子屋の娘は答えた。
「そうかもしれません、そうでないかもしれません」
「答えになっていないな」
「いえいえ、そうとしか答えられないのです。私はこうしてお団子屋をしていますが、また別の世では違うことをしております。多くの物語に日々入り込み、多くの人生を生きています。このたびは、夢幻の世界が交差した一編の物語なのです。物語の終わりとともに、私は元の世界に戻りましょう。最後に、警察官さん、名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「俺か? 俺はツルバという」
「ではツルバさん、せっかくですから、お土産にお団子をどうぞ。甘いものはお好きですか?」
「食わない」
「では、ヤエコさんやトワ君のお土産に」
「誰だ?」
「・・・そうか、今は大正九年、まだ出会っていないのか。まだメガネもかけてないし」
「・・・まったく、妙な女に出会ったものだ。人狼に変身するのをこの目で見たかったが、見せてくれないようだな。満月でないと変身できないのか? そうでもないのだろう? 姿が瞬く間に変わるような不可思議な世界から来た女に出会えたことだけでよしとして、団子を土産に帰るとしよう」

娘はツルバに団子を渡した。
そこには焼き印で花が描かれていた。
「これがこの団子屋の印か」
「この花をご存じで?」
「もちろん知っている。不吉な花だ。死人花、地獄花とも言われる。毒があり、稲を害虫から守るためにあぜ道に植えられることが多い。この花は決して散ることはない。腐っていくのだ。そして、溶けてなくなる。そういえば、お前の名前をまだ聞いていなかったな。「ひーちゃん」の本名を教えてもらおうか」
「すでに調べはついているでしょうに」
「改めて聞くのが礼儀だと思ってな」

「では・・・」
団子屋の娘は、コホンと咳払いをしてから、名を乗った。

「私の名は、彼岸花ヒガンバナ天凱テンガイ彼岸花ヒガンバナと申します」
そして、わおーん!と叫ぶと、人狼の姿を現した。

(番外編 ~証の占ひ クガタチ~ 了)


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