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カプースチン祭り2024

3月31日、戸塚区民文化センター さくらプラザ・ホールで開催された『カプースチン祭り2024』へ行ってきました。ロシアのクラシック作曲家、ニコライ・カプースチン(1937-2020)の作品ばかりを昼から夜まで演奏する三部構成のマラソン・コンサート。前進となるイベントは、日本におけるカプースチン作品の伝道師である川上昌裕先生が旗振り役となって2008年に初めて行われたそうで、現在は日本カプースチン協会の主催でほぼ年に一度開催されています。こんな感じで、特定の作曲家にフォーカスしたアニュアルなイベントって、知らないだけで実は結構あるのかしら。

わたしは元々クラシック音楽は古楽(バロック音楽)の熱心なファンなのですが、2年前に偶然の出会いからカプースチン作品にハマり、ポピュラーな録音から少しずつ聴き進めています。その様子はいくつかnote上の日記にも書いているほか、レクチャーコンサートに参加したときは単体記事にも書きました。

カプースチンの作品の魅力は、何と言っても古楽から連綿と続くクラシック音楽の厳格なルールと、20世紀に生まれたジャズの自由な発想とグルーヴが遺伝子レベルで結合しているところ。他に似ているものがない。例えばいまYouTubeで聴けるおすすめのものをひとつ挙げるなら、中国のピアニストA Buによる演奏会用エチュードの8番とか。わたしはこの曲でハマった。

すべてが譜面に書かれた音楽とはいえ、その音符が生き生きとした躍動感にあふれているから、録音でもいいけどやはり生の演奏で聴いてみたい。この「カプースチン祭り」のことは前から川上先生のブログで知っていて、今年はようやく参加できそうだったので楽しみにしていました。

第1部 プロローグ・コンサート

イベントの幕開けは、各地のプロ・アマのカプースチン愛好家によるコンサートから。20人の出演者の選出は公募で行われたそうで、プログラムの紹介文を読むと世代も経歴も、そしてまたカプースチンとの出会いかたもまさに多種多様。小学生の女の子が驚くほど滑らかに弾きこなしたかと思えば、必死に食らいついていく様子から「この曲弾きたい!」という思いが伝わってくる大人たちのパフォーマンスもあり、良かったです。

人気だった曲は、やはり8つの演奏会用エチュードOp.40や24のプレリュードOp.53、いくつかのピアノソナタからの抜粋などのようでした。自分はピアノ弾けないので、これらがどんなに難しいか、あるいはそうでもないのかは分からないけれど、きっと難しいのでしょう。クラシックピアノの素養だけでなくジャズのノリも身についていないといけないし、そもそも他にたくさん有名な作曲家がいるなかで、敢えてのカプースチンにチャレンジしているくらいなので。みなさんお上手で、初めて生で聴く曲もたくさんあって楽しめました。

コンサートの後半では珍しいヴィオラソナタOp.69やフルート・チェロ・ピアノのための三重奏曲Op.86も取り上げられた。ピアノソロが有名だけど、もっと室内楽曲や協奏曲を聴く機会があるといいな。

第2部 レクチャー&コンサート

続く第2部は、川上昌裕先生とゲストの植松洋史さんによるレクチャー形式のトークとコンサート。テーマは全20曲のカプースチンのピアノソナタから、有名な1番や2番よりも、まだあまり知られていない後期の作品を取り上げながら、楽曲の構造や特徴を解説するというもの。これがとても面白かった!

コンサートは、まず植松さんが15番の一楽章を抜粋で演奏するところから始まるのですが、この曲は初見で理解するのが難しい。パッと聴いて脈絡がなく口ずさめるようなメロディーはひとつもないし、しかしところどころ「今の何!?」みたいな気持ちいいハーモニーが現れたりして、音の波に身を任せているうちに終わるのです。解説によると、複雑さのなかにもテーマとなる音型が隠されていて、特にカプースチンが好んだジグザグの音型が何度も現われる様子を、実演を交えて説明してくださったのでした。

ほかのソナタの譜面にもテーマの転回形や反行形が隠されているというところなんかは、まるでJ.S.バッハの曲の解説を聞いているようで、カプースチンがいかにそうしたオールドスタイルを好み、かつ自然に取り込んでいたかがよく分かった。それと同時に、A-A'-B-Aで表現される8小節区切りの32小節のポピュラー音楽技法を取り入れていたことも。終盤では、川上先生が13番を実演しながら、プロジェクターで譜面を映し出してここから第一主題、ここから第二主題というように丁寧に構造を説明してくれました。

マニアックな内容とのことでしたが、わたしがこのイベントに期待していたのはまさにこうしたエデュケーショナルな部分だったので、もっともっと詳しく知りたくなりました。

第3部 カプースチン×リズム×グルーヴ

最後のコンサートは、パーカッショニストのはたけやま裕さんとピアニストの紀平凱成さんによる異色のデュオによるコンサート。早くからカプースチンをレパートリーに取り入れていたという紀平さんは、自作のアレンジを交えた大胆な解釈で披露。ほとんど即興のようにして、グルーヴの骨子を抽出してカホンで表現するはたけやまさんのパフォーマンスもかっこよかった。

正直、ここまででカプースチンの曲をさらに聴きたくなっていたから、こうした変化球的なコンサートよりも純粋にカプースチン作品だけを聴きたい欲求は本音としてはあったのですが…しかしそれより何より、ピアノを通してあまりにも雄弁に自身を語る紀平さんの表現力が凄すぎて、圧倒されてしまった。とんでもなく良いものを聴いた。

コンサートの中では、ナビゲーター役を務める川上先生が変奏曲Op.41などの一節を弾いて、はたけやまさんがそれに初見で合わせるセッションもあった。わたしはカプースチンのピアノ曲には本質的にジャズドラムのグルーヴも内包されていると感じていて、例えばFrank Dupreeなどが自身のトリオでそれを再現してみせたりもしているのですが、はたけやまさんは巧くその骨子を抽出して、なおかつ即座にチューニングしてどんどん寄せていく様子がさすがにプロのそれ。とても刺激的でした。

そんなこんなで、途中休憩を挟みつつ12時半から20時にわたるコンサートを堪能。カプースチンの良さ、まだまだ底知れないところがある。会場に集まった老若男女、熱心なカプースチン・ファンのみなさんからもそれを感じました。引き続き、未知の作品を開拓していきたい。

余談ながら、会場の戸塚駅の駅ビルはトツカーナというんですね。カプースチンの有名な曲にトッカティーナというのがあるので、なんか不思議な繋がりを感じました。


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