悪意の手触り

諏訪敦彦監督の映画が密かに好きだったのだが、なんと先日、早稲田松竹で特集上映が組まれた。一挙6作品をどどんとスクリーンで!だから早稲田松竹って好き。

寡作な監督なので、この6作を撮るのに20年ほどかかっている。デビュー作の「2/デュオ」には、若かりし頃の西島秀俊が出ていて、恋人との同棲生活が徐々に破綻していく様が描かれている。

ほぼ同様の主題が扱われるのが「不完全なふたり」であり「M/OTHER」だ。今回見た、このM/OTHERというのがどえらい傑作だった。(ちょっと後半長いけど)

離婚歴のある三浦友和と、彼の恋人の渡辺真起子の同棲生活。ごく穏やかな日々を過ごしていたが、ある事情により前妻との子どもを家で預かることになり…というストーリー。

結局前妻はスクリーンに登場することはないのだが、子どもという存在が否応なく現実を女に突き付ける。自分が他人だということ。選ばれる要素がないこと。思わず苛立ちを男にぶつけても、男は「子どもが来て忙しいのに家事まで増やしてすまなかったよ」としか想像が至らないのがリアル。これで女から家事を取り上げようとして、彼女が居場所をなくしたかのように感じて更に混乱するのとか、ホントに息苦しいくらい生々しい。

堪らなくなった女が、皿をシンクに投げつけるシーンがある。意外と鈍いその音にぎくっとする。
大切な人だと理解していても、爪を立てたくなる瞬間はどうしてもある。自分の魂のバランスを取るために。わずかな抜け穴から自由を得るために。

諏訪監督の映画が素晴らしいなと思うのは、この嫌な手触りをごく個人的なレベルで思い出させてしまうところ。デュオもそんな手触り満載です。
人に悪意ぶつける映画の何が楽しいのか、と言われればそれまでだけど、自分でいることを守りたいという切実な希みは、やはり気高く生きていくときに大切にしたい。

とはいえ、そんな諏訪監督もだんだん丸くなられたのか(?)近年の映画は心洗われる名作が多いので、そちらもおすすめです(「ライオンは今夜死ぬ」も大傑作!)。

終映後のティーチインでは、ヌーヴェルヴァーグを引き合いに出されることが多いとご本人がお話されてましたが、カサヴェテスあたりのアメリカンニューシネマに印象は近いのではないでしょうか。

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