会いたくて震える。

TwitterでこんなpostがRTされていた。

退職時、「辞めちゃうなんて悲しい、会社変わっても一緒に飲もう」と言ってくれた優しい先輩ですが、その後、一切交流する事なかったです。「辞めるんだ、いいなあ」と言ってた先輩とは未だに交流があります。

えも@SES社長【正社員募集中】さんのpost

 私は新卒で採用された職場でずっと働いているので転職経験はないのだけど、他の人が転勤転職して職場を離れることは毎年のようにある。

 職場だけではなく、プライベートでも距離が遠くなることがある。引っ越しだったり、結婚だったり、出産だったり、色々なきっかけがある。

 大学を卒業して10年以上が経ったけれども、この10年で人間関係はかなり変わっている。大学を卒業したばっかりの時は、学科で来れる人が10人以上集まって飲み会を定期的にしていたけれど、現在定期的(年1〜2回)に会うのは3〜4人ぐらいじゃないかなあ。あとは結婚式やたまに集まったりするときに、そこにいるから会ってる感じになる。

 中学と高校の時の友人なんて、どのくらい会ってないんだろう。聴覚障害関係の友人も定期的に会うのは3、4人くらい。

 となると、職場の人を除くと定期的に会っている人は最大8人になるのだ。社会人になると、やはり職場が生活の大半を占めて付き合いも増えてくるのだろうか。だが、頻繁に飲みに行ったりしていた人でも転勤や転職などで出ていかれると会わなくなってしまうことが多い。

 20代の時は、会えなくなる、会いづらくなることなんて全然考えてなくて、お別れするときに軽い気持ちで「寂しい!また連絡するね!」と言っといて全然してない。何となく「また会える!」という幻想を抱いていた。あと、何となくあっちの方から連絡くれるのかな、会いたがってくれるかなと淡い期待を抱いていたフシもある。甘かった。

 そんな人間関係に無頓着な過ごし方をしていると、ほんとうに相手の気持ちが離れていって都合をつけてくれなくなったり、自分から連絡する勇気が湧かなくなったりして、ほんとうに会えなくなる。下手すると死ぬまで会えなくなる。SNSのイイネ!を押し合うだけの薄っぺらい関係になる。

 ほんとうに今後も仲良くしたいと思って「また連絡するね!」と言っているのだろうか。ただの社交辞令になって無意識のうちに相手をバカにしているみたいになってないだろうか。社交辞令ってその場を丸く収めるための言葉なんだろうけど、その場限りの言葉でしかなく、私はあまり好きではないし、使うのも控えるようにしている。どうしても、というときに使う。


 ほんとうに仲良くしたい人が物理的に離れていく時は、「また会える」「相手から連絡が来るかな」なんて期待しないで、自分からマメに連絡を入れて定期的に会う機会を作るべきだ。相手だけじゃなくて、自分も結婚や引っ越し、転勤などで環境が変わって、自由に会える時間やチャンスが減ることもある。そんな余裕がない時でも、ほんとうに仲良くしたい人には連絡をマメにして、会う頻度が減っても構わないから定期的に会うようにする。これが、深くて良い人間関係を築くコツではないか。

 このtwitterのpostが言わんとしていることと、テーマは少し異なるかも知れないけど、大事なことを考えさせられるpostだと思った。

 私はどちらかというと、浅くて広い人間関係を持つことが多い。深い人間関係を持っている人はあまりいない。浅い人間関係の中で色んなことを吸収するのが好きなのだ。

 でも、私の悪い癖で「会いたいな〜」と思いながら「がっついているみたいで嫌だ」「相手が嫌がっていたらどうしよう」とネガティブ思考が先行してしまい、自分からアクションがあまり起こせないのは、人間関係を築く上で致命的だと感じる。とりあえず私は考えすぎるのをやめよう。

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