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【パリ1日1話】 16 在仏コロナ休暇雑感

フランス全土での外出禁止が発令されてから、きょうで5日目。毎日が驚くほど早く過ぎていく。

わたしは、もともと在宅で仕事をしているのでそれほど変化はないが、夫は勤務先のレストランに閉鎖命令が出て、いきなり1ヶ月の休暇となった。

一緒に暮らしはじめて3年の間、夫は朝から深夜まで働き、まとまった休日さえとれない日々。世間的には疫病を広めないための外出禁止だが、降って湧いたような「無条件の休暇」に、いまのところ夫婦ともにありがたい気分でいる。夫は雇われの身なので、政府より給与の8割の支払いが保証されていて、ほぼ有給休暇といった感じだ。

朝は自由な時間に起きて、朝ごはんを食べる。そのうち飼っている鳥たちを起こして一緒に遊び、コーヒーを飲んで、そしたらもう昼ごはん。普段はできない大掃除を(夫が)して、おやつを食べて、散歩にでかけて、帰ってきたらアペロにビール。映画やテレビをみながら、ワインを飲んで夕ごはんを食べて、ちょっと本を読んで、12時ごろには寝てしまう。シンプルな毎日。

外出禁止となった当初は、どのあたりまで用意すればいいかわからず、とりあえず食料を買いためた。といっても、我が家はいつも食料をたくさんためてあるので、別段買い足しせずとも大人ふたりなら1ヶ月くらいは飢えずに暮らせる。買い足したのは、肉や魚、野菜など。

フタを開けてみれば、パン屋も魚屋も肉屋もオープン時間の短縮こそあれ開いているし、スーパーにも豊富に食料が揃っている。すべての外出に許可証が必要だが、それさえあれば、誰でも近所には外出できる。とりあえず、食べるには困らない。

遠出もできず、映画館や美術館にも行けない。レストランもカフェも閉まっている。どんな暗い気分になるかと思っていたけど、オンラインで映画も観られるし、本も電子書籍が買えるし、穏やかな毎日は想像以上に快適。外出禁止がいつまで続くかはわからないが、しばらくは楽しく暮らせそうだ。

うちのアパートの管理人さんは、面倒見のよい明るいひとで、いつも住人の誰かとおしゃべりをしているのだが、それもできなくなった。その代わり、毎日18時半に中庭に出て、住人にあいさつをする。住人たちは、ベランダや廊下から、管理人さんと大声で話をする。元気?元気だよ!それだけで、すこし気持ちも明るくなる。困ってることない?大丈夫だよ。なんてことない会話だけど、いまでは貴重な、オンラインではない、リアルな会話。

日に日に増え続ける感染者数、そして死者数。この病気はどれだけ恐ろしく、そしてコントロールのきかない病気であるかを、ネットのニュースやテレビで繰り返し見る。テレビでは医療の前線で戦う関係者たちが、何度も何度も「とにかく家の中にいて」と繰り返す。きょう、フランスでは医療関係者が初めてこの病気で亡くなった。

少なくとも自分たちは家の中にいようと思う。しかし、出たがりなフランス人。実施2日目にして4095人が違反で罰金135ユーロを取られた。いま、罰則はさらに厳しくなり、違反を繰り返した場合は3750ユーロの罰金と6ヶ月の刑務所。これで外に出るひとが減ればいいけど。

マクロン大統領の外出禁止令を受けて、パリで外出禁止期間をすごしたくないパリジャンたちが、地方へ飛び出した。パリの人口の17%にもあたる人数だという。ひとりで小さなアパートで、ひとに会うこともなくずっと過ごすなんて悲しい。育ち盛りの子供がいるのに、外で元気に遊ばせてあげないなんて可哀想。または、せっかく仕事もテレワークだし子供も学校行かなくていいし、バカンスに出よう。まあ、きっかけはいろいろだろうが、みなさんが地方に散ったことで、また感染者数は確実に増えている。知識は大切だ、この場合、感情以上に。

車をはじめ、あらゆる騒音が少なくなったパリ。春の訪れをつげる鳥たちの声が、いつも以上に清らかに、高く、鳴り響く。

経済活動の低下はもちろん懸念されるが、このタイミングで外出禁止令を出してくれてよかったと思う。濃厚接触がダメだといわれても、習慣でキスやハグを不特定多数と何度もしてしまう国だ。この外出禁止令が出てから、人びとが他人との距離をあけるようになった。ムダにひとにぶつからなくなった。この病気が残すものはあまりに大きいだろうが、どうか、最小限で終わってほしい。自分もなにかできれば、と思うが、とりあえずいまは、ひとに会わないことが、自分にできる最高のことだろう。生産性はない、でも、マイナスにも動かない。それでいい。

日本は、大丈夫なんだろうか。たしかにマスクもするし、手洗いうがいも徹底している日本。感染は増えにくいのだと思う。だがしかし、ほぼすべてがシャットダウンされたフランスにいると、日本が活動的なのが、なんだか不思議に思えてくる。その国にはその国のやり方があるから、きっと大丈夫なんだろうけど。とにかく、みんなに元気でいてほしい。

つらいときに(つらいといっても、わたしのつらさなんて、取るに足らないことばかりだけど)、いつも思い出すのは、太宰治の『ヴィヨンの妻』の最後のセリフ。

「私たちは、生きていさえすればいいのよ。」

いま、歴史に残る、疫病禍にいる。

とりあえず、みんなに生きていてほしい。







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