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パリ1日1話〜6 猫の話

 パリでも東京でも、住宅事情が許さず猫を飼ったことがありません。大好きで、いつか飼いたいという野望を持ち続けているのですが、いまのところ叶わずじまい。アポリネールの詩に、「欲しいものは理解のある奥さん、書物の間を歩き回る猫、大事な友人たち」といった内容のものがあるのですが、シンプルにしてこれがすべてで、まさにこんな生活にあこがれています。奥さんはあきらめましょう。でも、猫はいつか飼いたい。

 東京では道で猫を見つけるとひと目もはばからず寄っていって、遊んでもらったり嫌がられたりするのですが、パリでは外猫はほとんど見たことがありません。たまたま同じアパートに住んでいる猫がきまぐれででてきたりすると遊んでもらうのですが、それもあんまりないのでさみしい。ちなみに、店先に犬はいても猫がいることは少なくて、というのも子猫なんかだと持って行かれることもあるのだそうです。

 ただ、たまにお店などのガラスの内側にいることはあります。すかさず見つけると、そこに張り付いて気ままにあくびなんかをする猫たちをみるのは散歩中の大きな楽しみです。

 自分の散歩コースでいうと、20分ほど歩いたところのきれいな池のあるバチニョール公園そばの老人ホームの待ち合わせ室のようなところ。入居者のひとたちはそこに来て外をながめたりするのですが、同じゆるやかさで大きな白い猫が小さな椅子にはみ出そうになりながら寝ています。かわいいとは言えないほどのてっぷりぶりで、もはや威厳さえ感じさせます。

 あとは、家のすぐそばの大通りにある動物病院。動物病院の受付に猫2匹がのらりといるなんて、ちょっと日本では考えられない気がしますが、パリの犬や猫は住人猫には我関せずなんでしょうか。ずっといるので、トラブルが特に起きているわけではなさそうです。

 動物病院のすぐ先にある花屋さんには、これもすごく大きな茶トラがいて、寝ているのか寝ていないのかよくわからないけど、ショーウィンドーにある大きな額縁のディスプレイの中にベッドを置いてもらって、いつも丸まっていました。毎日毎日のぞくけど、起きているのはほとんど見たことがない。もっとも昼間だから、あまり起きてはいないんでしょう。でも、つい最近いつもの定位置にいなくなりました。もうお年だったし、ひょっとしたら・・・とは思うものの、別に知り合いでもないお店のひとに猫のことを聞いて、そしてもし悲しい話だったら、そんな傷口に塩をぬるようなことはできません。ああ、でも気になる。と思いつつ、変わらず毎日前を通り、たまに花も買ったりしていたところ、いつも猫が座っていた額縁のところに大きなモノクロ写真入りのメッセージカードが置かれていました。「15年間ずっとお店で働いてたので、もう引退しますね。ジジ」。そっか、ジジって名前だったんだなあ、と亡くなってから知るのも、なんかさみしい。ただ、そんなカードが置かれるくらいお客さんみんなが猫はどうしたの?と聞いてたんだな、とすこしほっこりした気分にもなりました。ジジ、おつかれさま。

 写真は柵にかこわれた家の庭にいた猫。猫の実力をもってすれば柵を越えるくらいどうってことないでしょうけど、顔を外に出して通りを見るのを楽しんでいるようでした。でも、ぜったいわたしのほうは見てくれない。気にしてるくせに。猫って、これだからなあ。飼いたい。

では、ひさしぶりのパリ1日1話、きょうはここまで。


 

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