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MB「「今年のトレンドはノームコアだ」って言ってる人は信用しちゃダメです。」を信用することについて

「すごく詳しい」

ファッションバイヤー、ファッションアドバイザー、ファッションブロガー、作家のMBさんが「今年のトレンドはノームコアだ」って言ってる人は信用しちゃダメです。」という動画を2024年2月15日、アップロードされました。

MBさんは冒頭でこう仰っています。

だから僕、歴史とかすごく詳しいんですけれども

「「今年のトレンドはノームコアだ」って言ってる人は信用しちゃダメです。」

”すごく”詳しいMBさんの言葉では、ノームコアとクワイエットラグジュアリーを混同する「ほかのインフルエンサーさん」は「良くない」とされます。では、そんなダメインフルエンサーではなく、MBさんの解説を聞くことで、我々は見識を持ち、ファッションに立ち向かえるのでしょうか?

結論を言えば、それもないと思います。ノームコアとクワイエットラグジュアリーの差異だけなら、MBさんを信じるのもいいかもしれません。ユニクロのおすすめ商品も参考になります。また黒スキニーを履くと、おしゃれになります。なります。なるのです。

では私はなにを言いたいのか、と言えば、彼がすごく詳しいという歴史についてであって、詳しいのだろうか、という疑問なのです。このnoteでは、MBさんの動画と、同じ内容を扱った「日刊SPA!」の記事について、考えていきます。

60年代のビートニク

(引用者注:ノームコアについて)これもともとあの、60年代とかの、ビートニク、ビートジェネレーションてムーブメントがあったんですけど(中略)、(引用者注:この文化に捉われた)若者たちが着てた着こなしが、まさにノームコアだったんですよ。シンプルで普通の着こなし。だから60年代のリバイバルがノームコアだとも言えるんですけど(後略)

「「今年のトレンドはノームコアだ」って言ってる人は信用しちゃダメです。」

ビートジェネレーションのムーブメントや文化が捉われた若者達の着こなしがノームコアだった

動画内テロップ。原文ママ

「60年代ビートジェネレーション」である若者たちはシンプルな着こなしを好み、過度な装飾をやめ、商業主義に染まったファッションにあえて”普通”を求めました。

「服好き」でなくても知っていたほうがいい”2024年、最速でおしゃれになる方法”

おそらくビート・ジェネレーションを知っている人は、すぐ「?」と思うはずです。このジェネレーションを代表する作品の出版年を見てみましょう。

  • アレン・ギンズバーグ『吠える』(1956)

  • ジャック・ケルアック『路上』(1957)

  • ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』(1959)

6、いや、5……。「アメリカにおけるかっこよさの系譜」を南北戦争の昔から辿った本『ヒップ』(著・ジョン・リーランド 訳・篠儀直子+松井領明 P-Vine Books)では、ビート・ジェネレーションの作家についてこう触れています。

共和党政権下のお行儀のよい一九五〇年代に、これらの作家たちは男根やドラッグや二グロ——さらには二グロの男根さえも——のことを、経験した人間でなければ語れない言葉で語っていたのだ。

『ヒップ』230p

これらの記述を読んだうえで、「ビート・ジェネレーションが60年代」というMBさんの言葉を考えてみたいのです。たしかに60年代のヒッピー文化や、70年代に多数作られたアメリカン・ニューシネマの作品にも「ビート」は影響を与えています。しかしMBさんがそうした留保を行っているかというと……

「60年代ビートジェネレーション」である若者たちはシンプルな着こなしを好み、過度な装飾をやめ、商業主義に染まったファッションにあえて”普通”を求めました。

2回目だよ!

そうではありません。それに、「ビート」の作家や、彼らに影響を受けた若者たちの着こなしは、果たして「Tシャツにデニムにスニーカー」といった「シンプルで普通の着こなし」の「ノームコア」と同じだったのでしょうか?

彼らのファッション

中野「写真で見るビートニク詩人たち。ビート・ジェネレーションが作り出したカウンターカルチャーの源流」(nostos books)

MBさんが動画で引用した上の画像は、グーグル検索で「ビートニク」を調べた最初のページに掲載されていました。MBさんと同じグーグル検索を私も使っているのかもしれません。バレンシアガやマルジェラの服は買えない私も、検索サイトはお揃いなのですね(☆♪)。

また、ビートを代表する作家、ジャック・ケルアックと彼の友人、ニール・キャサディの有名な写真があります。

「Beat Generation / ビート・ジェネレーション (Jack Kerouac)」

こうした姿はたしかに一見ノームコアですが、ではこのような写真はどうでしょう。

ビートの作家たち。nostos booksのサイトより
若者たち。同サイトより

これと

「ノームコア」のスタイリング。『WHAT'S NEXT? TOKYO CULTURE STORY』(TOKYO CULTURE STORY製作委員会 マガジンハウス) 179p

これは同じでしょうか? MBさんが言う、ビートニクの着こなしは「まさにノームコアだった」という言葉は、本当なのでしょうか。

ビートニクはどこから

さて、「ビートニクの服まさにノームコア説」は、実はMBさんだけの発明ではありません。2018年に出版された『ストリート・トラッド 〜メンズファッションは温故知新』という本に、こう書いてあります。

さらに一九六〇年代に入ると、文学を起点とするまったく新しい文化・思想運動が巻き起こり、世界中の若者に大きな影響を与えることになる。それが次世代のヒッピー、そして21世紀のサードウェーブやノームコアの思想にまで影響を及ぼしているといわれるビートである。

著・佐藤誠二朗 挿画・矢沢あい『ストリート・トラッド』(集英社)電子書籍版 133p

MBさんの言葉と非常に近い内容です。
ところで、noteを書くにあたって私も同書「ビート」の章を読んだのですが、この冒頭の1ページ以外、一貫して50年代の出来事を中心に章の内容は書かれており、なぜ「1960年代に入って巻き起こった運動」なのかは、正直分かりませんでした。もっともこれは誤植ではないと思われます。動画や記事ではっきり「60年代」とMBさんが発信されていますから。……はい。

『ストリート・トラッド』には、こうあります。

ビートジェネレーションはファッションに対してあえて無関心・無頓着を装うことで、伝統的社会への軽蔑と離脱を表現していた。
 (中略)ビートの神であるジャック・ケルアックと親友のニール・キャサディは、何の変哲もないスウェットシャツやしわくちゃのワークシャツにチノパンやジーンズという、限りなくノーマルな服装を好んだ。

同140p

つまりは現代でも服にこだわらないタイプのアメリカ人男性が、日常的に着ているような服である。

同140p

同書「ノームコア」の章にもこうあるのです。

(ノームコアの哲学は)一九五〇年代に登場したビートジェネレーションとも共通する精神性である。ノームコアは、六〇年前の若者であるビートジェネレーションが発明した無個性スタイルの、壮大なリバイバルと見ることもできるのだ。

同369p

もう完全にMBさんとも同じ(50年代以外)ですが、ただ同書では続けて「ビートジェネレーションのファッション否定は、現代社会への反発心によるところが大きかったが、現代のそれ(引用者注:ノームコア)は無軌道な消費への反省とともに、仲間との充実したネットワークが醸成した」ものだと書かれています。MBさんの言葉を振り返ってみましょう。

「60年代ビートジェネレーション」である若者たちはシンプルな着こなしを好み、過度な装飾をやめ、商業主義に染まったファッションにあえて”普通”を求めました。

3回目だよ!

これには思わず、唸りました。ビートニクの「現代社会への反発心」とノームコアの「無軌道な消費への反省」は似て非なるものだと私は考えますが、共通しているといえばそうなのです。
私なりにまとめれば、ビートニクとノームコアは「それまでの社会の否定」という意味では共通するものの、否定の内容は全然ちがう。ただ結果的に服は似ているし、だから「リバイバル」と言っても過言ではないかもね、という感じでしょうか。

スーツと「普通」の服装

ところで、あのスーツを着てキメて(ダブルミーニング)いたビートニクとスウェットのノームコアとのちがいはどうなったのでしょう? ビートニクてスーツじゃなくてノーマルな服装だったのでは?

ちゃんと『ストリート・トラッド』はこのMBさんが動画と記事で省略した疑問に、答えてくれます。もしかしたら「約3万文字程度」のメルマガに書いてあったのかもしれませんが、私は本を買うのは好きなものの、メルマガを購読するのは好きではないので、実際は分かりません。書いてあったらすみません。

しかしビートジェネレーションの中にも、おしゃれにこだわる者はいた。彼らがまずお手本にしたのは、黒人のジャズミュージシャンだ。
 (中略)彼らは前時代のジャズメンの代名詞だったズートスーツではなく、細身で洗練されたダブルスーツを着て、ネクタイ代わりに首にスカーフを巻き、ヤギのようなあごヒゲを生やし、目立つサングラスをかけ、ベレー帽やソフトハットなどさまざまな帽子をかぶった。

『ストリート・トラッド』電子書籍版141p
セロニアス・モンク

このほかにも同書では、実存主義者との関係など幅広い視点から「ビート」とそのスタイルについて紹介しています。あのスーツのビートニクたちは、「おしゃれにこだわる」姿だったのですね。

近年復活したテクノカットをはじめ、80年代ファッションにも大きな影響を与えたイエロー・マジック・オーケストラのメンバー、高橋幸宏さんはその名も「ザ・ビートニクス」という「ビートニク」を由来に持ったユニットを結成されています。このような感じです。

THE BEATNIKS 19812001

ファッションデザイナーも務めた高橋幸宏さんの考える「ビートニク」像はこうです。個人的には「無頓着」として選ばれた(選んでないとも言える)ノーマルな服装より、「おしゃれ」として選ばれたスーツ姿のほうがビートニクにふさわしいと思いますが、スーツ姿では「ビートニク≒ノームコア」理論に繋がらない事実が厳然として存在するのでした。

70年代のビートルズ

MBさんが続けて話すのは、「ビートニク≒ノームコア」終焉後のファッション・トレンドです。
ずっとビートについて書いていたので50年代、、60年代の気分でしたが、MBさんが話しているのは2010年代ノームコアについて。終焉後、10年代後半にやってきたのが「70年代を彷彿とさせる装飾的デコラティブスタイル」でした。動画にはビートルズの画像がそんなスタイルとして映し出されます。

デコラティブ

ちなみに、ビートルズがこういう格好をしていたのは、1967年ごろです。

さて、こんなビートルズも見てみましょう。初期、まだスタジオにこもらず、ライブでアイドル的な人気を集めていたころの写真です。

「昔の流行ファッション」ビートルズのページから

これ、ビートニクに似てないですか? スーツのほうの! 『ヒップ』にこんな文章があります。

ギンズバーグの詩「アメリカ」の冒頭部分、「〈アメリカよ、〉原爆でマスでもかいてろ(Go fuck yourself with your atom bomb)」のような感情を、未来の吟遊詩人たちが伝えたいと思った場合、彼らはもっと基本的で市場向きのメディア、ロックンロールへ向かうことになるだろう。(中略)「ビートルズ(Beatles)」を名乗った野心的な詩人グループ——そのつづりが「Beetles」でない理由はおわかりだろう——は、そのごく一例である

『ヒップ』220p

そう、ビートニクのカルチャーはビートルズにも受け継がれていました。もっとも、デビュー前のハンブルク時代のビートルズはリーゼントに革ジャンを着ていて、このスタイルともまた違った服を着ているのですが、今回はそのことは置いておきます。次回はありません。

ただ、70年代がリバイバルしている、というここでのMBさんの話自体は、『ハーパース・バザー』などモード系ファッション誌にも書いてある(あったと思う)ことです。そのため「ビートニク」ほど違和感はありません。

実際、1971年のジョン・レノンはMBさんが動画内で「今流行っている」として挙げたミリタリーのシャツを着ています。有名な映像です。

「John Lennon and Yoko Ono」

50年代のビート・ジェネレーション・カルチャーに通じるものを持ったビートルズが60年代のヒッピー文化に接近する中で装飾的なファッションに変わり、ソロデビュー後の70年代に反戦や愛と平和を訴えるため、敢えて実際に兵士が身に纏った軍服を選んだジョン・レノン——そんな歴史のすべてが、MBさんが引用したサイケデリックなビートルズの画像に、詰まっていたのかもしれませんね。

ダークモードですみません

ちなみに「ビートルズ ファッション」で検索したら、3段目の左から2番目に、この画像はありました。

「インフルエンサー」

ここからMBさんはSNSの話と、次のトレンド「クワイエット・ラグジュアリー」の話に入って行くのですが、そこに関しては、最初に触れたように信じるのもひとつだろうと思います。
70年代リバイバルの項で触れたように、MBさんは正しくて理解するとファッションが楽しくなる知識も発信されています。私が違和感を持つのは、あくまでMBさんが自身の「理論」を裏付ける理由のように扱う「歴史」の語り方(なにを語り、語らないか)についてでした。50年代と60年代は、えっと、10年ちがいますからね。

カウンターカルチャーであるビート・ジェネレーションとノームコアを服装の類似性(恣意的とも言えるものですが)を軸に繋ぎ合わせる方法には、劇的な、反社会メッセージの削ぎ落としがあります。それを考えると、MBさんの言語・思想が持つ意義の奥深さも窺えるのです。そしてMBさんが「もっと幸せに働こう」という自己啓発的メッセージをファッション知識とともに発信していることを考え合わせたとき、ちょっと慄然ともして来るのですが、そのあたりはまた、別の話でしょう。

ね?

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