スリーシャンはしたくない
たまに浴室から叫び声が聞こえることがある。
怒りと嘆きが入り交じった息子の声だ。
「なんでこうなるんだよ!」
一体何に対して文句を言っているのか、毎回聞くのを忘れ、長い月日が経っていた。
入浴時、私はとある事が気になっていた。
洗髪にツーシャンを心がけている私は、丁寧に頭皮マッサージを行い、すすぎをし、さあコンディショナーで仕上げようと髪に塗布すると、また頭が泡立ち始めるじゃないか。
我が家の暗黙のルールとして、左にシャンプー、右にコンディショナーが定位置になっているはずだが、なぜなのか。
家族は私と子供二人の三人で、皆右利き。
右利きが使いやすいよう左にシャンプー、右にコンディショナーがデフォルトとなっていたが、なぜ移動されているのか。不思議だな。
私は毎回定位置に戻しておく。
しかし、また気づけばシャンプーとコンディショナーは左右逆になっている。誰のイタズラだろうか。
ツーシャン後のコンディショナーを手にとる時は瞼を閉じているから視界は暗い。感覚でコンディショナーを選びプッシュするしかない為、二つの位置は重要だ。
もうすぐで洗髪が終わる世界線を歩み始め、すぐそこにゴールがあった。
ロッキーが勝利したときのテーマ曲が頭の中を流れ出したのに、またシャンプー。
結果、ロッキーのテーマ曲は強制終了させられることとなる。
「またシャンプーかよ!」
思ったよりも大きな声で叫んでしまった。
こうも頻繁に間違させられては、さすがの私の堪忍袋の尾も切れた。
時間の無駄。シャンプーの無駄だ。
浴室で放つその声は思ったよりも良く響き、私の鼓膜を震わせた。
ちょいちょい息子が浴室で「なんだよもう!」と叫んでいるのは、今まさにここで起きた事をやらかした結果なのかもしれない。
なるほど我が家のシャンプーとコンディショナーの減りが早いのも納得できる。
点と点が線で繋がった瞬間だった。
私の中の固定観念で、右利きの人間はシャンプーが左側、コンディショナーが右側の方が使いやすいのだと思いこんでいた。
しかし、そうでもなさそうだ。
右か左か、使い勝手の良い位置は人それぞれにあるのだろう。
ついに私は、息子に風呂で嘆き叫ぶ理由を聞いてみた。
すると息子は、思い出したかのように不愉快そうに話し始めた。
「なぜかよくシャンプーをボディーソープと間違えるんだよ。ボディーソープで髪を洗ったらバッシバシになるから困るんだ。あれホント迷惑だよ。誰がボディーソープの位置を変えてるんだよ?」
私も娘も「私じゃない」と首を横に振った。
まず、ボディーソープの位置なんて把握してないし、考えたこともなかった。
「お兄ちゃんバカだね~!」
娘がキャハハと笑い出した。
私も笑ってしまったが、全然理解できなかった。ボディーソープで髪を洗ってしまうだなんて、恐ろしすぎるミスだ。
シャンプーとコンディショナーの事しか考えていなかった私は、まさかのボディーソープの登場に驚いた。
内輪の揉め事に関係の無い第三者が首を突っ込んできたような気分で、ややこしくなる。
シャンプーで身体を洗うならまだしも、ボディーソープで髪を洗ってしまう間違いは、余程の上級者レベルのボケだ。
「わたしはシャンプーしようとしてコンディショナーと間違えちゃう。いつも位置が変わってるんだもん」
娘も主張し出した。
どうやら犯人は娘だったようだ。
点はまた一つ増えて、長い線となって繋がった。繋がったところでややこしい。
だからもう三種類の位置を決めるのはやめた。
各々入浴前に並び替えるなどして快適に入浴をすれば良い話だ。
「これからはちゃんと確認して使おうか」
「そうだね。自己責任だね」
そういう事で話はまとまった。
だから文句は言えないけれど、未だに間違える時がある。子供達はどうなんだろう。
相変わらず入浴3点セットの消費は早かった。
以前となんら変わりは無い。
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