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勇者スタイル

息子は、ももひきが好きすぎる。
19歳の若者だが、春夏秋冬いつでも、ももひきを愛用している。
 
それは個人の自由だから構わないけど、宅急便が届いた時、ピンポーンで反応して玄関先に出ていくのも息子の確率が高い。
息子はももひきが部屋着だから、ももひき姿で対応するのだ。
 
「そんな格好を人様に晒して恥ずかしくないの?」
 
と聞くと、
 
「全然。これがオレのスタイルだから。なんならゴミ出しもコレで行ってるからね」
 
と、堂々としてそんな事を言う。

私がたまにゴミ出しを忘れて職場へと行ってしまった朝、春休みで自宅にいる息子にゴミ出しを頼む事が何度かあった。
息子は気持ち良く引き受けてくれたが、ももひき姿でゴミ出しをしていたと初めて知り、呆れてしまった。
 
玄関先ならまだ許しても、300メートル程歩かねばならないゴミ捨て場まで、ももひき姿で挑むとは、なかなかの勇者だと思った。
 
「誰かに会ったら恥ずかしくないの?」
 
「全然。会ったら爽やかに挨拶してるよ。黒いももひきだからバレてないみたいだし」
 
「いやバレてるでしょ。めっちゃ変だよ」
 
「オレはぜんぜん気にしないよ」
 
そんな会話は、日常的に行われていた。
ズボンを履いてと言っても聞かないし、まあ、ももひきの色も黒かグレーの地の厚いものだから良しとしようと、諦めていた。
 
 
さすがの息子でも、買い物に外出する時はズボンを履いた。
スーパーでまとめ買いをする時は、帰りの荷物が重いので、息子の力を借りることがある。
スーパーの駐車場で車から降り、店内の門をくぐる時、私は息子の姿に違和感を覚えた。
 
「ねえ、そのジーパン、私のじゃない?」

私は疑いの目で息子を見た。

「ちがうよ。そんなわけない。このスボンはオレのだよ。間違いない!」

息子は堂々として応えた。

「そうなの? ホントに?」

「間違いない。オレのズボンだよ」

息子は堂々と言い放ち、先を急ぐものだから、私は『だったらそうなのか』と納得するしかなかった。
でも、隣を歩く息子のズボン丈は、明らかに寸足らずで……。

「でもさ、丈が短いよ。やっぱりそれ私のじゃない?」

「ちがう。確実にオレのだよ。履けばわかる。履きなれたオレのズボンだよ」

「だとしたらそのズボン、大分縮んでしまったのかしら? 」
 
「でも履けるから大丈夫だよ」
 
「なんかすごく違和感あるんだけど、また痩せた? まさか今更身長が伸びた? だから丈が短いの? ……あなたのズボンって、こんなにも小さかったっけ?」
 
「特に違和感はないよ。考えすぎだって」
 
「そうかな……」
 
なんだか息子の隣を歩くのが少し恥ずかしく思った。
しかし美味しそうな食べ物を見て店内を回るうち、息子のズボンの事なんて少しも気にならなくなった。
 
自宅に帰り、靴を脱いだ息子を見ると、再び私はズボンが気になってしまった。

「それ、やっぱり違うと思う。絶対変だよ。確認してみて」

息子は、そんなことないって~。と面倒そうに言いながら、ズボンのウエスト辺りや縫い目、デザインの確認をした。
それから、マジか!? と、今更ながら驚きの声を発したのだった。
 
「これちがう! お母さんのだ!」
 
ほら、私は間違っていなかったのだ。
 
このズボンは間違いなくオレのだ。と、堂々と反論されると、それが間違いであっても、そうなのか。と納得する魔法にかかりそうになる。

私は、私の感じた違和感、私の観察力の正確さは本物だと気分が良くなった。
難事件を解いた名探偵気分で「ほらみろ!」と声高々と笑った。
 
「まったく恥ずかしいなあ~! この前も友達と遊びに行った時、私のズボンと間違えたでしょ。なんで間違えるの。恥ずかしくないの?」
 
「特にそれほど恥ずかしくもないよ。間違いなんて誰にでもある話さ」
 
「あなた、ズボン履いても履かなくても恥ずかしいよね」
 
「いや、オレは全然恥ずかしくないから大丈夫だよ」
 
息子はズボンを脱いで、デフォルトの姿になった。
その息子の、ももひきスタイルが全く違和感を感じなくなっている私に気づいた。
 
ももひき姿の方が、逆に完璧に装備されてる風に感じさせるのは、なぜなの?
 
そんな魔法にかかってしまうのは、マヌケ姿でいる息子が、少しも恥じる事なく日々堂々と生活しているからだろう。
 
うちの息子は多分、勇者だ。

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