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Traveler's Voice #9|中原昌代

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただくことと、ゲストが日頃行っている活動を合わせて紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。


ゲスト紹介

Travelers Voice 第9回目のゲストは中原昌代さんです。中原さんは萩で「yuQuri」というパン屋さんを営んでいます。まもなく開業から9年を迎えるyuQuriさんの考える街の未来、そして新たな活動についていろいろ聞いてみたいと思います。


中原さんが泊まったお部屋紹介

中原さんに宿泊していただいたお部屋は508号室です。窓からは裏山が見え、開放的でありながら山に守られているような心地よさのある部屋です。


インタビュー

Araki:おはようございます。中原さんは2度目の宿泊ですね、ありがとうございます。前回は去年の12月に開催した「ラブなホテルの開きかた」の参加と合わせて宿泊していただきました。でもあの時は朝方まで打ち上げだったから部屋に帰ってきたのは4時くらいで 笑、ある意味今回がはじめてのエスパシオ宿泊体験かもしれませんね。お部屋でゆっくり過ごしてみていかがでしたか。

Nakahara:そうでしたね 笑。あのイベントは今でも鮮明に覚えています。トークイベントに刺激を受け、はじめて会う濃いメンバーと過ごした時間が脳に焼き付いている一方で、部屋で過ごした記憶はほとんどありません 笑。部屋に帰ってきてそのままバタンとベッドに倒れ込んだことだけは覚えています 笑。わたしはパン屋を営んでいるので眠るのも目覚めるのも早いので、あの夜の濃い時間はとても刺激的だったけど、さすがに宿泊体験としては勿体なかった、、、あっ、でもバルミューダのトースターで朝食のパンを焼くことだけは果たしましたよ 笑。今回は自分の体内時計に合わせて過ごすことができたので、もうめちゃくちゃ快適でした。友人の成美ちゃんと一緒にきたこともあり、食事から帰ってきてからふたりで映画鑑賞して過ごしました。音響がとてもよいことは知っていたので、音が派手なBack to the Future を選んだのはベストチョイスで、映画館とは違って、大きな声で笑ったり、ソファでごろごろしたり、緊張がまったくない鑑賞価値に気づけた瞬間でもありました。自分の部屋に戻ってきてからは、ゆっくりとお風呂に入った後、レコードでジャズをかけ少しリラックスしてからベットに入りました。いつもはベッドの中であれこれ1日を振り返ってついついスマホに手が伸び、脳が休まらなかったりするんですけど、なんでだろう、1日があまりに充実していたおかげで何も考えることなくすっと眠りにつくことができました。いつもより広々とした優しいベットに包まれたことも影響しているのかもしれませんね。

Araki:友人と一緒にエスパシオの1室で映画鑑賞って、ぼくはまだ体験したことがありません。もちろんそういうシーンを想像して空間を作っているので、自然とそういう過ごし方をしてくれたことはものすごく嬉しいです。夜を満喫したあとはすぐに眠りについたんですね、朝は何時に目覚めましたか。

Nakahara:6時です。わたしはパン屋を営んでいるので朝は早く目が覚めちゃうんですよね  笑。インタビューと朝食の準備を始めるまでの3時間ほどゆっくりとした時間を楽しみました。朝の静けさが好きなので、持ってきたハン・ガンの本を読んでみたり、未来のことをノートに書き留めたり、でも気がついたら何も考えずにぼーっと窓から見える裏山を眺めていました。何も考えずにただ眺めているだけで心地よく時間が経過していくなかで、ああホテルでもこういうことできるんだと新しい発見でした。窓から見える景色は実家の裏山のようで、わたしを包み込んでいる空間は西洋的な雰囲気、このバランスが新鮮さと客観的な視座をつくりだしているんだと思います。そして何よりスマホをほぼ触らずに過ごしました。それもこの空間の持つ力なのでしょうか、何も考えない状態を受け入れてくれる寛容さというか包容力というか、ここはとても優しい空間です。

Araki:ありがとうございます。毎インタビューで感じていることですが、やっぱり褒められると嬉しいですね 照。ハン・ガンはぼくも大好きな作家です。ブッカー賞作品「すべての白いものたちの」ではじめて手にしたのですが、訳者の斎藤真理子さんの才能もあるんだろうけど、言葉がまるで生き物のように運動していて、すごく感動したのを覚えています。中原さんの言う「何も考えない時間」というのはたしかになかなか手に入らないのかもしれませんね。ここに来ればだれもがそうなるとは思いませんが、昨日の充実した時間がそうさせるための呼び水になっていたのかもしれませんね。中原さんは「ラブなホテルの開きかた」に参加した方なので、ちょっとそのことについて質問させてください。あれから4ヶ月以上が経過して振り返ってどのような感想を持っていますか。

Nakahara:あのイベントの日はとても興奮していたので理解にまで辿り着けなかったのですが、昨日ここでゆっくり過ごしてみて、あのイベントで伝えたかったことはこういうことだったのかと分かったような気がしています。ここで過ごすことの価値をできるだけ多くの人に伝えたいという、ものすごくシンプルなことですよね。でもそのシンプルさ故に実際に過ごした人にしか伝わりにくいのかもしれません。わたしは昨日からその追体験のような時間を通してそれを知ることができたので、今となっては観光ホテル化の活動の意味がよく理解できます。だってこの体験価値ってほかにありませんよね。それに加えて思ったことが、このトラベラーボイスの企画はそのシュミレーションのようになっていると思いました。ホテル到着時に荒木さんが出迎えてくれて、ロビーや空いている部屋を案内したあとに、ゲストの泊まる部屋に行き、使い勝手やサービスのことをいろいろ説明してくれます。そのあと飲食店の情報も教えてくれて、翌朝はインタビューを通して1時間ほど話をし、帰りは手を振って見送ってくれる。つまり、ひととおりの接客をしていることが宿泊体験の価値を上げていると思います。それに加えてこの空間をデザインしたのは接客してくれた本人なわけで 笑、そりゃ安心して泊まれるよなって思いました。

Araki:そうかもしれませんね 笑。ここはラブホテルだけどトラベラーズボイスのゲストにとっては普通のホテルの宿泊体験に近いのかもしれませんね。ではでは、中原さんの活動についても教えてください。yuQuriについてはもうすでに色んなメディアで紹介されているので、ここではこれからの活動について聞いてみたいと思います。

Nakahara:分かりました。でもその前に少しだけ振り返るとyuQuriが開業した時の萩市は、老舗のパン屋さんや個人店が閉店していた時で、個人で営むパン屋さんがありませんでした。街にパン屋さんがあるってなんかいいですよね。開業して9年、今では7店舗ぐらいに増えてきて、萩のパン屋さん特集の冊子が出来るほどになりました。スーパーではなくパン屋さんに立ち寄るという習慣が根付いたことはとても嬉しく思っています。

それでは、質問してくれたこれからの活動について話しますね。これから取り組もうとしていることはyuQuriの延長にありながら原点回帰のようなもので、開業当時からずっと描いてきた夢の実現でもあります。この日のために書いてきたテキストを読みながら説明しますね。インタビューは緊張しすぎてうまく話せないのでカンペです、笑。

アケイシという村

萩には「明石・アケイシ」と呼ばれる村があります。その村には「27世帯を維持せよ、そこから増えても減っても祟りが起きる」という言い伝えがあり、数百年まえから今もなお、その言い伝えが受け継がれています。アケイシの住人はその真意を知りません。たしかに、この村にはえもいわれぬ美しさがある。細い山道をくぐり抜けた先に広がる水平線には、だれもが息を呑むほど感情が揺さぶられる。この美しさを秘めるためにできた掟だろうか、それとも他愛のない井戸端会議が伝言ゲームによってずれた結果だろうか、その真意を知る者はもうここには居ないし、今さら掘り起こすつもりも毛頭ない。

アケイシには美しい景色に寄り添うように、古来の暮らしがそのまま残り続けています。薪を焚べて入るお風呂、野菜は手の届く場所で育て、冬を越すための干し野菜が軒を賑やかし、生活を彩るための花は散歩の途中に摘みとる。もしこれらの営みを切り取り運ぶことができるなら、わたしの営むパン屋の近くにそっと置きたい、などと叶わぬ夢に想いを馳せることもありました。つい最近までこの村の時間が止まっていることを不思議に思っていたけれど、変わりゆく萩の街中とアケイシを行ったり来たりする生活の中で、ここにこそ「新しいものには変え難い豊かさ」があることを知りました。

わたしは偶然この村で育ち、今は萩の街中でパンを焼いています。休日はアケイシで過ごすことが多く、小さい頃は気に留めることのなかった美しい景色や暮らし方に心が洗われる日々を過ごしています。折り返す人生の中で、わたしはこの村の「知らせ人」になることを決めました。アケイシには車を停める場所がないから、わたしが街中からのハンドルを握り、来てくれた人にはほんの少しお腹を満たすためのサンドイッチと村で採れたハーブでお茶をふるまう。これは、わたしが知っている美しさを誰かに知らせるための、そして何も考えなくても良い豊かな時間を知らせるための「小さな観光」、というよりお節介な案内人付きのお散歩。これが商売にならないことは分かっているし、たくさんの人が押し寄せる観光スポットにしようなんて考えてもいません。ただ、商売という枠組みからこぼれ落ちてしまうことの中にも、豊かさや美しさが含まれていることを、海を眺めてお腹を満たす幸福に包まれながら知ってもらいたい、ただそれだけの私からのささやかな贈り物です。

わたしが育ったこの村に「4名だけの小さな海辺のレストラン」をつくります。ゲスト4名と”知らせ人”が共に席につける6名掛けのテーブルと、海を眺めてゆっくり過ごせるソファ、お料理をつくるための小さなキッチンと焼きたてのパンを楽しむためのアースオーブン、その小さな小屋を麦畑の中にぽつりと建てて、アケイシの静かな海を眺めてもらう。何もしない時間、でも大切な気付きのある時間、これがわたしの届けたいことであり、この村に残しておきたいすべてです。わたしは生涯かけてこの施設と共に生きていくことを決めました。週末はわたしがパンを焼き、わたしの居ない日はだれかが同じように使ってくれればいい。これがこの街のためになるのかなんてまだ分からないけど、わたしにとって意味のあることはきっとだれかにとっても意味のあることだと信じています。

いつお披露目できるかまだ分からないけど、少しずつそして着実に夢に向かって歩みをはじめました。

畑から見える海

Araki:えっ、めちゃくちゃいいじゃないですか!!!なんて嘘をつくのはやめて 笑、実は今年に入ってからぼくと一緒に考えてきたことなので、すべて知っています(ネタバレ)笑。このインタビュー形式で読者に向けて話しかけるのって難しいんですけど、ぼくは中原さんと一緒にこの計画を進めています。エスパシオ観光ホテル化計画の一環として何ができるだろうと考えた末にたどりついたのが、この街でデザインすることでした。そのとき真っ先に声をかけてくれたのが中原さんで、はじめ話を聞いたときは、もっとビジョンがぼんやりしてましたよね 笑。そこから何度も話すことでようやくここまで辿り着いて、まさかこのトラベラーズボイスで公表することになるとは考えてもいませんでした。

Nakahara:いやあ、まだ数ヶ月しか経っていないのにここまで具体化できたことには、驚きというか感謝しかありません。このテキストもわたしが伝えたふわっとしたイメージをまるで短編小説のような文章に綴ってくれたのは荒木さんだし、デザイナーという枠を超えてサポートしてくれることにほんとうに感謝しています。このテキストに書いてあることがすべてなんですが、アケイシで作りたい時間と今朝エスパシオで過ごした時間に共通点があるような気がして、実は朝からとてもわくわくしていました。こういう時間のこと何て呼ぶんだろう。

海へ伸びる突堤と夢

Araki:なんだろう、一般的には”くつろぎ”とか言われているんだろうけど、アケイシで作ろうとしているものにはそう簡単に言葉にできない価値があると思っています。だからこそ、そこに名付ける必要があると考えていて、言葉を与えることでその曖昧な行為を広く共有できるような気がしています。もちろん名前の候補はいろいろ上がっているけど 笑、そこはまだ非公開でいいんじゃないですか。

Nakahara:そうですね、この行為に新たな言葉を与えることには意味があるとおもいます。でも言葉は境界をつくることでもあるから、そこからまたこぼれ落ちていく何かがあるような気もしているので、名付けることについては慎重に考えていましょう。話が少し横滑りしますが、先日荒木さんに勧められて「夜明けのすべて」を観てきました。あの映画は社会からこぼれ落ちてしまったふたりの物語りだけど、もしかするとわたしは無意識にそういう人と向き合いながら生きていきたいという感情が強いのかもしれません。パン屋のまえに福祉業界にいたのもその影響かもしれないし、今思えばyuQuriをはじめたのもそういう側面があったように思えます。社会のルールからこぼれ落ちてしまうものごとって、人にフォーカスされることが多いけど、実は街にもそのようなことはあって、それがアケイシなのかもしれませんね。でも、たとえごぼれ落ちてもそこにはちゃんと愛や美しさがあります。このアケイシプロジェクトはそのことに気がついてしまったわたしからのレスポンスだと思っています。

Araki:分かります。それはぼくも同じで、エスパシオや山口という街に偶然出会ったことへのレスポンスとして活動しています。ではでは、プロジェクトのお披露目はこのくらいにして、質問にもどりますね 笑。中原さんの考える旅ってなんですか。

Nakahara:わたしにとっての旅は、帰る場所と”出会いなおす”といった感じでしょうか。旅から戻ると「I'm home」をより強く感じるんです。わたしは好きなミュージシャンがいて、ライブが旅のきっかけになることが多いのですが、あえて訪れたことのない県で開催されるチケットを取って、ライブと旅を合わせて楽しむようにしています。いつか47都道府県制覇したいと思ってるんですよね 笑。ずっと萩にいると当たり前に思ってしまうことも、旅に出て他の土地の空気に触れると、やっぱり萩の魚は美味しいとか、自然の美しさにあらためて気が付くことができるんです。その”出会いなおし”を繰り返すことでアケイシへの愛が深まったのかもしれません。

Araki:出会いなおすっていいですね。街と村、旅先と故郷、このふたつの往復によって萩やアケイシの価値が高まったんですね。人によってはその往復で街や旅先に意識が向く場合もあるだろうけど、中原さんはその逆だった。もしかするとそこには何か深い意味があるのかもしれませんね。ではでは、長い時間インタビューに付き合っていただきありがとうございました。アケイシプロジェクト頑張りましょうね 笑。


day of stay:April 8, 2024


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