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Traveler's Voice #1|ミハエル・エムデ

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただきながら、ゲストが日頃行っている活動を紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。   


ゲスト紹介

Traveler's Voice 第1回目のゲストは山口在住のミハエル・エムデさんです。彼はドイツから山口に移住したご両親のあいだに生まれた、山口育ちのドイツ人です。國學院大学法学部を卒業後、ドイツのライプツィヒ大学大学院で日本文化を学び、日本における二重国籍やプロレタリア文学、原発労災などの社会問題をヨーロッパの目線から研究しました。その後、日本に帰国し2022年の9月からYCAMで2ヶ月間のインターンシップに参加し、国籍を扱ったワークショップを実施。現在は就職先である東京に旅立つ準備のなかエスパシオに来ていただきました。ふたつの文化に触れてきた彼にこの街はどのように見えているのでしょうか、はたまた日本独自のラブホテルをどのように捉えているのか、どんな話を聞けるのかインタビューが楽しみです。


ミハエルさんが泊まったお部屋紹介

ミハエルさんに宿泊していただいたお部屋は501号室です。落ち着いたグリーンで統一されたインテリアです。バルコニーからはテニスコートのアートが見ることができ、北側の小さな窓にフレーミングされた裏山のとなりに金箔のアートがすんと並んだお部屋です。


インタビュー

Araki:おはようございます。昨日はよく眠れましたか。まだ朝のまったりした時間なのでスロースタートでインタビューを始めますね。ミハエルはご両親がドイツ人で、生まれた時から山口に住まれていますが、家の中ではドイツ文化に触れ、一歩外に出ると日本文化、となるとエムデ家の朝食はどんなメニューなんですか。

Michael:自宅での朝食はハード系のパンとソーセージやハムが大半を占めています。でも外で日本食を口にしていたこともあって、高校時代は家でも日本食を食べてみたくなり、母に無理を言って和食をつくってもらっていたことを覚えています。日本料理は丁寧に調理されたものが多いのでぼくに限らず多くの外国人が好きになれると思います。でも、朝の食卓で親が和食をたべているのは見たことないかもしれません 笑。

Araki:食って親から受け継がれるものだから、ミハエルのお母さんはどうやって日本食と向き合っていたんでしょうね。

Michael:そうですよね、当時はネットがないからそうそうレシピも手に入らないだろうし大変だったと思います。これは父が日本に来た理由とも関係していますが、父は日本文化に関心が深くて、日本人より”日本らしい”生活を好んでいたような気がします。例えば、米は玄米を炊くとか、畳の上で川の字で寝るとか 笑、とにかく日本文化を愛していました。だから母もその影響を受けて日本料理と向き合っていたのかもしれません。ドイツには父と同じように日本文化に関心が深いひとが多いのですが、ぼくがドイツ在学中も、自邸に畳があることを誇らしげに自慢する先生もいました。日本好きなドイツ人は、失われていく日本文化を残したいという意識がとても強い気がします。

Araki:確かにドイツって日本リスペクトの人が多いですよね。茶道、剣道、空手、合気道、歌舞伎、能、畳、障子、どれも神秘的に見えるんでしょうね。なんでもそうですが、内面化すると価値が分からなくなってしまうのでしょうね。

Michael:そう言えば、父も合気道を習っていました 笑。武道のよいところは身体をつくるだけではなく精神性にありますよね。これもドイツでの話ですが、日本文化を伝えるために”金継ぎ”の技術を説明していたら、それを聞いていた精神科医の先生が「それは、心と一緒だね」と感動していました。壊れた心を繋ぎ合わすことで今よりもっと美しくなる、日本の思想は素晴らしいと感動していたことを覚えています。彼はその後、日本から金継ぎセットを取り寄せてお皿を割って金継ぎしていました 笑。日本には長期的に意味を持つ思想があることに感動し、その思想にハマる人は沢山いると思います。父もそのひとりだと思います。その親に育てられたぼくもまた、それを自然と受け継いでいるのでしょうね。

Araki:金継ぎと心の修復、いい話ですね。でも自ら皿を割っちゃだめです 笑。そういえば、ミハエルって家族と話すときも日本語なんですか。

Michael:ぼくと姉はお互い日本語で話します。親には日本語で話しかけ、親はドイツ語で返してきます。親に日本語で話すようになったのは、父からドイツ語の文法を指摘されるのが嫌だったことも影響していて、文法じゃなくておれの話を聞いてくれよ!って喧嘩したこともあります 笑。

Araki:それ、可愛いエピソードですね 笑。このままずっと話を聞きたいところですが、そろそろホテルについて質問させてください 笑。ミハエルはこの近くに住んでいますが、近所のラブホテルを利用してみていかがでしたか。

Michael:ラブホテルを利用したことも初めての体験ですが、よく考えたら今日バレンタインですね 笑。生まれたときからこの近くに住んでいるので、友達や知り合いの家も近くにあります。だからエスパシオの前の国道262号線はよく通る道なので、小さい頃からホテルの存在は知っていました。そんなに身近にある施設なのに、昨晩の宿泊体験は地元に泊まっている感覚が全くなかったです。部屋で感動したことは、揃っているものの豊富さです。今日全部使えるだろうか、でも使いたいなとワクワクしながら過ごさせていただきました。それと、ぼくはお風呂が大好きなので、大きな浴室とバスタブにも感動しました。夜と朝、2度入りましたよ 笑。部屋の色使いもリラックスできていいですよね。予めどんな部屋なのかネットで予習していたので、お風呂上がりのためにコンビニでハーゲンダッツ買ったりして、寛ぐための準備を念入りにしてきたので、満足度の高い宿泊体験になりました。あとは備え付けのスピーカーで音楽を聴いたり、Netflixを観たり、いつもと同じことをしていましたが、空気感や音質などのスペックが作用して娯楽の質が3ランクくらい上がったような気がします 笑。サービスの押し付けがましさがないこともよかったです。でもリッチな空間に慣れていないせいか、広いベッドの1/3くらいのスペースで寝ていました 笑。外の看板にも書いていましたが、誰よりも睡眠を大切にしているぼくが、寝るのが勿体なくて深夜2時まで起きてました。それと、1階エントランスの雰囲気もクラブっぽい高揚感があって好きですね。期待が膨らむ空間には隠れミッキーのようにアートが散りばめられていて、1泊では味わいきれないです 笑。

Araki:たくさん褒めていただきありがとうございます。エスパシオは外の景色がメインなので部屋は落ち着いた雰囲気でまとめています。予めどんな空間であるか知れれば、楽しむための準備できるからいいですよね。ぼくとしては、多種多様なゲストが居るだろうから、いろんな生活習慣を受け入れることができる空間を目指してデザインしています。外の看板は宿泊者から聞いた感想をアーティストに形にしてもらったもので、ぐっすり眠れることと眠るのが勿体無いという矛盾を表現した作品です。アートって作品が話しかけてくれる訳でもなく、鑑賞者の能動性に託されているから、美術館ではないこの場所でアートに向き合ってもらうためには、それ相応の時間が必要なのかもしれませんね。

Michael:そうですよね、時間の使い方や向き合い方については最近よく考えます。昨晩はいろいろ新鮮なことが多かったこともあって、久しぶりにSNSに触れず時間を過ごせました。いまは情報に触れないことが難しい時代だけど、情報を得ることが有意であるとは思いたくないです。それって、自分がダサくなった気がするというか、情報に負けた気がして嫌なんです。ぼくは最近まで就活をしていたこともあって、情報量がプレッシャーを作り上げていることにあるとき気がついて、そこから情報との向き合い方に慎重になっています。みんな経験があることだと思いますが、偶然スマホを忘れて出かけてしまった時って気分が清々しくなるじゃないですか 笑、昨晩はそれと似ていて、意図的に情報から距離を置いて過ごせた貴重な時間でした。

Araki:そもそも人は情報過多に耐えれない生き物なんでしょうね。情報が焦りをつくりだしているのもよく分かります。なにはともあれ、リラックスできたようで嬉しいです。ミハエルは就職先が決まったので、もうすぐ山口をはなれ東京へ旅立ちますが、山口とはこれからどのように接する予定ですか。

Michael:その答えはわりと明確にあります。ぼくはドイツのライプツィヒ滞在中「離れるほど山口が好きになった」という経験があります。だから東京に旅立つことで今よりもっと山口を好きになることを想定して上京することを選びました。その上で、地元である山口に貢献したいと考えていて、コミュニティ支援という職業を選んだ理由もそこにあります。山口に住む人たちがチャレンジできる環境づくりをまずは外側から、ゆくゆくは内側からサポートできればいいなと考えています。

Araki:ホームを東京に変えるのではなく、ホームである山口を守るために旅立つんですね、格好いい。

Michael:そうです、ぼくにとって山口はいろんな感情が生まれた土地なので、そんな大切な土地はやっぱり守りたいです。この流れで地元愛をもう少し語ると 笑、ライプツィヒから帰ってきた時の話なんですが、宇部空港から車で40分かけて家まで帰る道中、いままで感じたことのない強い感動に襲われた経験があります。山口に帰ってきた喜びが無意識のうちに溢れ出てきて、運転しながらずっとひとりで笑っていました。心よりも先に身体が喜んでいる経験はこれが初めてです。こんなに地元が好きになれた自分は恵まれていると思います。でも今はこんなに地元愛を語れるぼくでも、実は7年前の成人式に受けたTVインタビューで山口をディスってるんですよね 笑。電車の数が少ないとか、なにもないとか、とても小さな愚痴を溢していたことを覚えています、、、恥ずかしい 笑。今ではこの”なにもない”ところも含め好きになっているんだから、土地をはなれてものごとを俯瞰することは大切なことですよね。

Araki:車の中で溢れる喜びと向き合うミハエル、映画のワンシーンのように思い浮かべることができます 笑。ぼくは神戸で育ちましたが、ミハエルほど地元愛はないかもしれません。もしかすると都市より地方のほうが地元愛が芽生えやすいのかなあ。

Michael:どうなんでしょうね、もしかすると人間関係や価値観の違いに答えがあるのかもしれません。例えば、都市圏のマンションはプライバシーがどれだけ守られているかで価値をはかりますが、山口はそもそも鍵を閉めないとか、近所に住む方のサポートや関係性によって価値がはかられている気がします。それと、都市は同じステータスの人が集まる傾向が強いけど、山口は農家のひととお医者さんがフラットに交流していたり、都市のようなクラスター化はないように思えます。地方はやさしさが伝わりやすくて平和なんですよね。とはいえ、そんな良いことばかりでもなく、コミュニティの絆が強すぎることで受け入れに寛容になれないデメリットもあるような気がします。

Araki:山口県は市によって価値観の違いがあって、ほんの1時間走った先で文化が異なります。そうさせているのは自然環境からの影響というより、人工的に作られた公共空間が住む人のアイデンティティを形成しているように思えます。ミハエルはこれから東京に出て、コミュニティを支援する会社で働くことになりますが、その意気込みについて教えてください。

Michael:公共空間が住む人のアイデンティティを作ることはよく理解できます。YCAMはその良い例だと思っています。コミュニティ支援の仕事については、実は昔からそういうことをしたかった訳ではなくて、ドイツ留学時、同じ場所で2年過ごして芽生えた価値観なんです。その2年間で学んだことは、生活の満足度は場所で決まるのではなく「誰と生活するか」で決まるということに気づけたことでした。最初の1年はコロナの影響もあってうまくコミュニティに出会えず、ここは何て酷い街なんだと苦しい思いをしました。ところが大学院でようやく自分に合ったコミュニティと出会えた途端に、今まで見ていた街の景色が一変しました。コミュニティの有無がこれほど生活の質を変えてしまうことに驚かされ、その感動に背中を押されて、東京の就職先を選びました。会社のスローガンが「明日が楽しみになる居場所をつくる」なんですが、それを知ったときも、ぼくが求めていたことはこれだと心が躍る気分でした。

Araki:たしかにコミュニティが生まれることが目的で、場所をつくることは手段に過ぎないのかもしれませんね。でもそうなると、今ではバーチャルでもコミュニティがつくれるようになってきていますが、リアルな場所の価値やコミュニティの質についてはどう考えていますか。

Michael:どうなんでしょう、ぼくはバーチャルに違和感を持っているけど、そっちのほうが居心地がよい人もいるのかもしれませんね。個人的にはオンライン飲み会とか何が楽しいのか未だに分かっていません 笑。普段は人と話すことも飲み会に行くことも好きなんですけど、ZOOMだとジェスチャーとかその人の気分を読み取り難くて、話していてあまり楽しくなれないんです。ぼくはやっぱり会って話しがしたい人です。でもあれですよね、オンラインに対する抵抗は日本ではあまりなかったように感じています。ぼくはコロナ禍をドイツで過ごしましたが、ドイツではコミュニケーションがオンラインに移行して鬱が急増したんです。原因はおそらくハグのように触れることで心を支えていた文化が突如失われたことにあると思っています。日本はそういう文化がもともとないからオンラインに抵抗がなかったんでしょうね。

Araki:ぼくも触れることは大切だと思うけど、逆に言えば日本のバーチャルコミュニティの強さは触れることの希薄さにあるのかもしれませんね。だいぶ話が逸れそうなので強引にぐぐっと戻しますね 笑。ミハエルの観光や旅についての価値観を教えてください。

Michael:ぼくにとっての旅は自分と向き合う時間です。いつも旅が終わったあとに一皮剥けたような気がして、成長を実感できるところが好きです。よく旅をしていたころは20代前半ということもあって、リラックスを求めてホテルを探したことはありません。できるだけ安いゲストハウスを探して、8人部屋とか、多いときは24人部屋に泊まったこともありました 笑。でも、昨晩ひとりでエスパシオに泊まりながら「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」のティザーサイトを読んでいたのですが、ぼくが旅に求めていることがここにもあると知りました。パブリックスペースの使い方やいろんな企画がとてもユニークで、旅をプライベートで終わらせないところに共感しました。家の近くにこんなに大きな場所をつかったパブリックスペースができることは、ホテル周辺に住む人の人生を変えてしまう力があると思います。山口に帰ってきたらぜひ遊びにいきたいです。

Araki:ありがとうございます。場所や環境がコミュニティをつくり、関わる人のアイデンティティを形成するという話と繋がりましたね。OVELは圧倒的に敷居の低いYCAMを目指しているのでいつでも遊びに来てください 笑。

Michael:ぜひぜひ 笑。ぼくはこんなことを言える立場ではないけど、日本における美術館やアートセンターの敷居が高い問題はまだまだ改善の余地があるような気がします。ぼくがYCAMでインターンをしていたときにイギリスから来た美術館の人が言っていましたが、海外の美術館はいつでも扉を大きく開いていて、気構えすることなくふらっと散歩のように立ち寄れる雰囲気を作っているそうです。カフェや常設展示物、何でもいいけど、入るためのきっかけが複数あると”入りやすさ”に繋がるんでしょうね。

Araki:アートセンターもホテルも同じ問題を抱えています。セキュリティを保ちながら間口を広げることって難しいことなんだけど、越えなければならない壁なんですよね。それに加えて山口県は”入りやすさ”とよく似た問題がもうひとつあって、それが”アクセスしやすさ”です。移動距離を縮めることはできないから、せめて移動を楽しめる仕組みを作りたいです。

Michael:そうですね、ライプツィヒは血管のように路面電車が走っていて移動することにストレスがなかったことを思い出しました。移動そのものを楽しめるのはいいですね、いいヒントをもらえたような気がするので、東京に行っても忘れないようにします 笑。

Araki:山口を盛り上げるための鍵は「モビリティ」です キリッ 笑。東京での活躍に期待していますね。ではでは長い時間インタビューに付き合っていただきありがとうございました。東京に行ってしまう前にまたご飯でも行きましょう。


day of stay:February 14, 2024


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