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慣れ

もう三月。
花粉が飛んでいる。
暖かくなったり寒くなったり、お天道様は気まぐれだ。
僕はいつも通り、仕事に励む。


おはようございます。
僕はみんなの目を見ずにそう言って、俯きながら席に着く。
パソコンを立ち上げて、ほとんど反射的にパスワードを打ち込む。
「ようこそ」
君にそんなこと言われても嬉しくないんだけどな〜とWindowsに心の中で話しかける。

今日も変わらずやっていきますか〜と、心の中でだけ明るく振る舞ってみる。

粛々と仕事を進める。
作り、試し、作り、試し
説明して、質問されて、答えて、作って、試して、

しゅくしゅく、しゅくしゅく、

終業時間になっても仕事が終わらなかった僕はいつも通りに残業をする。一時間にいくらか給料が増えていると思えば、まあいっか精神でなんとか耐えれるものだ。

要は、慣れだ。
嫌だな、と思っても、慣れれば耐えられる。
耐えているという感覚すら薄くなっていく。

しゅくしゅく、しゅくしゅく、

プログラムのエラーも修正して、明日の会議の資料もできた。
さて、帰ろう。

僕は、朝おはようございます、と言った人たちに対して、お先に失礼します、と言う。そそくさと会社を出る。

挨拶しても目が合わないのにも慣れてきた。
別に嫌われているわけじゃない。でも好かれているわけでもない。
これが、うちの会社での「同僚」というものなんだ。

当たり前が更新されていく。


帰路、夕食について考えている時間は幸せ。
今日は何を食べようかな。あれかな、これかな、
今日は天丼を食べよう。

僕は天丼のチェーン店に入った。
チェーン店でも結構うまい。馬鹿にしたもんじゃない。

美味しいものは、慣れても飽きないな。


家についてしまう。
誰もいなくて肌寒い、アパートの一階の一室。
僕は真っ暗な部屋にただいま、なんて言わない。
だって、本当に誰にも届かないんだから。

電気をつけて、買ってきた冷凍食品を冷凍庫に並べてしまう。
洗面台で、ハンドソープを使って丁寧に手を洗う。
コロナ前は手なんて意識して洗ってなかったな、と、たまに思う。

手を洗ってしまえば、もう何もすることはない。
誰もいないのだから、話す相手もいない。

寒い。
音がない。
誰もいない。
寂しい。
寂しい。
寂しい。

孤独は、慣れても寂しい。

こればかりは、どうにも独りで抱え込めないみたいだ。

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