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緑端渓硯

こんにちは。Natsuです。
昨日は書道のお稽古の日でした。
とあるきっかけで書の世界に飛び込んでから3ヶ月ほど。毎週と隔週の間くらいの頻度で、先生にお稽古をつけてもらっています。

かつては先生とわたしはとても近くに住んでいたので、お稽古の時は先生に我が家にに来てもらっていました。ご家族の事情により先生がお引越しされたので、今ではわたしが先生のお宅へ伺っています。
そして、先生のところへ伺うようになってからは、墨は先生が擦ってくれるようになっていました。

「なんだか今日は、墨が違う…?」お稽古の初め、小ぶりな硯で筆を作りながら(筆に墨をつけた後、穂先の形を整えることを「筆を作る」と言うそう。昨日知りました。)硯の周りを見回すと、いつもとは違う墨が置いてある気がしました。
先生がいつも使うのは「気叶金蘭」。お稽古を始めた時、先生からいただいたのも同じ墨でした。いつもこれを使っているとおっしゃるので、「こだわりのものなんですか」と聞いたら「一番安いの」と笑っておられました。

今初めて値段を知りましたが、墨って一番安くてこれくらいするんですね……。

さて、昨日のお稽古ではなんだか違う気がした墨。なんだかツヤっとしているというか。ただ、浅い硯なのにやたらとタプタプに墨が擦られていたので、量のせいかなと思って気にせず今日の1枚目に着手。

今月の課題の一文字目は「相」。
右上がりの横画で木偏を書くところから始まります。
硯がタプタプだから、墨量(筆についている墨汁の量)が多すぎて、書いたそばからぼわぼわと滲んでいく輪郭。うあー、うまくいかん…。
でも一枚目はこんなもんです。とりあえず書こう、と二画目の縦の線。筆がフラフラして曲がってしまった、終筆のハネも美しくない、続く左払いはまあまあ、でも滲みが気になる……とあれこれ文句をつけながら書いていく。

「あら、あらあらあら」

先生が何かに驚いたような声を上げる。お稽古を始めた時から「筆に墨をつけすぎ」と言われ続けているので、今日もそれを言われるのだろうなと。だってそれは先生がこんなタプタプに墨を擦るからですよ!とちょっと不服に思いつつ。でも、先生の次のセリフは予想とは全然違ったのです。

「たくさん勉強されたでしょう。こないだとは線が全然違う」

先生は書の練習をすることを「勉強する」と言います。先生の言うほどたくさんではないけれど、実は今回のお稽古に向けてちょっとだけ、いつもはしないけれど、練習をしていました。
というのも、新しい題字に挑戦した前回のお稽古はグダグダで、全然思うような線が出せず、毎回恒例の「今日最高の一枚」の写真も撮る気になれず、どんよりした気分で終わった回だったのです。

前にできていたことができなくて、こうじゃないと頭で分かっているけれど手元の筆は先生のようには動きません。もどかしくてイライラして、お稽古の時間以外で練習をしなかった自分を恨みました。

恨んだので、お手本と漢字練習帳と筆ペンを持ち歩き、職場で昼休みにちまちま練習したのです。筆ペンは細字だから体の動かし方も違うし、大した練習になってないんだろうな、と思いながらやっていました。しかもそれも、毎日できた訳でもないです。たまに思い出したら書いてみるだけ。もちろん、上達している感覚はありませんでした。

それでも、先生は気づいてくれたのです。

分かる人には、分かるんだなあ。

逆に言えば、お稽古とお稽古の間にわたしがろくに練習してきていないことも、先生は分かっていて、でも責めるようなことは言わないでいてくれました。ただただ、わたしのモチベーションが生まれるのを待ってくれていました。

先生は御年93歳。
認知機能は落ちてきていて、同じ話を何度もしますし、何度説明してもわたしが何者で、何故先生のところへ通っているかも覚えてくれません。
火曜日にお稽古に来る人がいる、名前は◯◯(もともと名字で呼んでくれていたけれど、作品に書き入れるファーストネームだけが先生の記憶に残っている模様)、そろそろ行書やかなを始める、ということだけ覚えているようです。
(行書は実は1ヶ月前くらいからお稽古で王鐸に挑戦しているのですが、先生の中では記憶がリセットされ、すでに何回か「今日は初めて王鐸をやってみましょうね」を経験しています。)

下町でたくさんの人々に書道を教えてきた先生ですが、今のお弟子さんはわたし1人だけ。
わたしがその日一枚目に書くものを見て、今日はこれを教えよう、と決めているようなのです。先週の課題がクリアできていなければ先週と同じことを言われるし、クリアできていれば別のことを教えてくれます。

長い時間で体に染み込んで、幾度となく繰り返してきたことは間違いなく先生の中に残っていて、それをわたしにも分けてくれる、そんなお稽古の時間がとても好きです。

毎回恒例で先生に褒められながら(先生はピグマリオン効果信者なのかもしれない)書いていると、今度は先生がお手本用に自分で筆を作りながら一言。

「これね、リョクタンケイなの」

あ、墨の話かな。

「いつもと違う墨なんですか?」
「墨はいつもと同じよ、この硯(すずり)、リョクタンケイなの」

硯!そっちかーーー!

「リョクタンケイってなんですか?」
「緑のタンケイよ。墨で見えないけど、ほら、緑色でしょう。とーってもいい硯なの」
「あの、タンケイってなんですか……?」
「タンケイは端渓よ、中国で採れるの」

その場ではよくわからなかったのですが、緑端渓と書くようです。先生の言う通り中国で採れる石で作った硯。端渓の中でも緑端渓は、翡翠のようなミルキーな緑がきれいで、墨の擦り心地や硯の中での墨の流れ方などで定評のある高級な硯の一つだそうです。

「とーってもいい硯でね、ずっとしまっておいたんだけれど、勿体無いから使うことにしたの。ほら、墨色もいいでしょう」

はい、今日はなんか違うなってわたしも思ってました。きれいな色の硯ですね。
なんで急に使おうと思ったんですか。

特に理由はないのかもしれないけれど、なぜか言えませんでした。

その後は粛々と書いて、今日のお稽古は終わり。次回のお稽古の日程を確認したら、来月から隔週にしましょうとのお申し出。

だいぶ慣れてきたから毎週じゃなくても良い、とのことでした。最近はお稽古の後すぐに先生がお布団に入って寝てしまうのを見ているので、本人は何も言わないけれどちょっと心配です。

大した理由なく始めた書道ですが、目標はあります。初段になって雅号をもらうことです。
先生の門下は「瑞」という字を分けてもらって名前に入れます。
わたしはまだ7級(一番低い級)だけれど、頑張って修行して、段位をもらって、瑞の字の入った雅号をもらいたいです。

ほしいものリストの1位は雅号だけれど、2位は緑端渓の硯になりました。

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