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未承認国家アブハジアで飲めた幸せ

いつの頃からか、友人たちの間で「珍酒会」というものが始まった。

始まりは、各国料理のイベントで旅行仲間が持ち寄る日本では販売されていないお酒などを、皆で楽しむというものだった。やがて、世間一般の人が行かない珍しい国々へ旅に出るというコアなメンバーたちが、この珍酒会に集うようになった。そうした国から持ち帰った土産品こそ「珍酒」だった。

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これは、ある日の珍酒会のワイン。当時は、まだ珍しかったアルメニアのワインや今でも日本では手に入らないダゲスタン共和国のワインなども並んでいる。こうした地域のワイン以外にも、未承認国家のワインなどは賞賛を浴びもてはやされ、はたまた何の酒に分類していいか分からない種類のお酒なども珍酒がられる。

一度、北朝鮮のワインと韓国のワインをアッサンブラージュすることで、

「統一ワインだ!」

などと言ってけしからん飲み方をする強者もいた。また、どこぞの未承認国家のワインが凄まじいブショネだった時、あるワイン通の友人が、

「ドブのような味ですね。」

と冷静に分析した時の表情は、忘れられない素敵な思い出だ。私は、そこまでひどい味だとは思わなかったために余計に覚えている...

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ある時、そんな珍しいワインの目的のために、まだ友人たちが訪れていないアブハジア共和国を訪れることに決めた。珍酒会が一番盛り上がりを見せていた時期だったこともあり、主要な入国目的が珍酒を求めることだったのは間違いない。

当時は、英語の情報しかなかったので、ちょっとおっかなびっくりしながらアブハジアに足を踏み込んだ。未承認国家は、日本大使館も存在しないため、問題が起きた場合、安田純平さんのように大変な自己責任を背負わされることになる。問題が起きないよう注意しながら旅行しなければならない。

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後で聞くと実際は、置き引きなどが結構いて、治安もそこそこ悪かったようだが、私は、特に危険な目にあわなかった。それどころか、アブハジア人たちは、言葉が通じないものの、真摯に接してくれてとても快適に旅行することができた。

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アジア系があまり訪れないからか、アブハジアの民族衣装を着た子供達に良い意味で珍しがられ、楽しいひとときを過ごした。ちなみに、この衣装を着ていたのは、卒業式で踊りを舞台で披露するためだ。

さて入国後、私がすぐさま取った行動は「珍酒」だ!行く先々のレストランなどで、アブハジアならではのワインやビールを嗜んだ。

お店で見つけられるワインの多くのものは「Wine & Spirits of Abkhazia」のものだった。このワインのエチケットには、デザインに統一感があり、アブハジアにちなんだ地名や文化などを楽しむことができる。

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初めて飲んだのは、とあるカフェで注文した白。ANAKOPIAとは、アブハジアの有名な砦の名前だ。素朴な感じで、気持ち甘めのさっぱり系。

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続いてドライ系の赤ワイン。ライトだけどそれなりにしっかりした味わい。 このCHEGEMとは、アブハジアの代表的作家ファジリ・イスカンデルが書いた「チェゲムのサンドロおじさん」に出てくる架空の村だ。ソビエト時代に映画化もされている。

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こちらは、なんとなく日本ぽさを感じさせてくれたワイン。イザベラというあまり聞いた事のない品種。やや濃厚でしっかり目の飲みやすいワインに仕上がっていた。後で調べたら、日本でもよく知られるコンコード種やデラウェア種などと同じ種類なのだそうだ。こんな所で日本との共通性を感じることができるのも、ちょっとした幸せを感じさせてくれる。ちなみにRAEDAとは、アブハジアの結婚式に歌う祝福の曲なのだそうだ。

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ビールも飲んだ。右はミネラルウォーター。左が首都スフミの名前を冠した Sukhumskiyだ。正直、これは炭酸が抜けていて、かなり厳しい部類の酒だった。でも、これが良いのだ!

珍酒とは、美味しさを楽しむものではない。時には「どぶのような」酒を飲むことも楽しみに変えることができる、無敵な多幸感を得られる飲み方でもあるのだ。アブハジアという日本から遠く離れた土地で、見ず知らずのアルコールを身体に染み渡らせ、身も心もその国の異空間に溶け込ませる。これほどの幸せが他にあるだろうか!

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そんな多幸感の中、私は、市場へと足を運ぶ。そこに行けば珍酒がきっと宝の山のように存在するからだ!欲望のままアブハジアのワインを販売する店を散策。いきなり、アブハジアならではの量り売りに出会った。ペットボトルにワインをいれてもらい、飲みながら市場を散策だ!なんたる贅沢!

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やがて、30分ほど歩いたあと酒を販売するエリアに遭遇!まさに宝の山だった。量り売りのワインを飲み、ほろ酔い気分で見つけた瞬間は、言葉では言い表せない感動だ!

全部買って帰りたい欲望と戦いながら、英語がしゃべれる娘さんの店で説明を受けながら吟味。合計4本のアブハジアワインと1本のブランデーを購入。

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これは、日本に帰ってきて、その戦利品をSNSで見せびらかした、いやらしい珍酒ポルノ!特に気に入ったのは、左から2番目のノヴォロシアお祝いワイン。未承認国家が未承認国家を祝福するという、とてもいけないワイン!これぞ珍酒だ!

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当然ながら、これらのワインは、数週間後に珍酒会の皆で飲みほした。しかし、すでに私にとっての幸せな飲みは、体験し終えていたことに気づく。

あの幸せなアブハジアでの数日間、初めてアブハジアの酒を飲み、初めてアブハジアの酒を買ったことが、自分にとっての珍酒体験だったのだと思い知らされたのだ。

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アブハジア最終日、場末感のあるカフェで、日本では決して好んでは食べない赤いビーツのサラダを肴に、見知らぬアブハジアで採れる品種のハウスワインを楽しんだ。その思い出が、珍酒会でアブハジアワインを飲んだことで、あのなんとも言えない時が私の中で薄っすら蘇っていた。

最近では、コロナ禍ということも手伝って、海外へ旅行へ行けない代わりに様々な国のワインを楽しむ風潮が、日本でも浸透し始めている。珍しい国のワインが飲めるようになり、珍酒会のありがたみは減っていった。それでもなお、アブハジアのワインは、今も日本という国においては購入できない幻のような存在だ。

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現在、ジョージアのワインや料理が日本では、話題になっている。ここらでキリンさんあたりが、アブハジアのワインを輸入してくれないだろうかと想う時がある。我々「珍酒会」仲間も狂喜乱舞すると思うのだが...

カフェ・バグダッドさんが提案された「世界を知るための10皿」という企画に乗り、様々な国の料理を取り上げていきます。料理を通じて、移民の方々や、聞きなれない国に親しみをもってもらいたいと考えてます。今後はYouTube「世界のエスニックタウン」と連携した企画をアップしていきます。