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複雑な問題を解決に導く「弱者」

この記事は2023/12/22に配信を行なったメルマガの転載です。

皆さん、こんにちは。
株式会社エスノグラファーの神谷俊です。
急に寒くなりましたね、いかがお過ごしでしょうか。

弊社は本日で年内の営業は終了です。明日から8日まで長期の休暇に入ります。

とはいえ、私個人は溜め込んだ執筆系・講演系の資料を粛々と作成する日々は続くわけですが……(苦笑)。みなさんは、ホリデーシーズンをどのように過ごされるのでしょうか。

さて、年内最後のメルマガのテーマは「問題解決」です。

今年、皆さんはどのような問題に取り組みましたか?私は、本当に悩ましい問題ばかりでした。その一方で、学ぶことも多かった一年です。その一部を紹介したいと思います。


複雑な問題とは

コンサルティングの現場で遭遇するのは、大抵が“複雑な問題“です。
複雑(Complex )、つまり複数の事象が影響し合って問題が発生している問題です。

例えば、ある消費財メーカーを調査した際に見出されたのは、次のような問題でした。

・職場で生産システムの不具合が多発している。不具合発生の度に、再起動させるのでその分だけ作業が停止し、生産性が低下している。

・その生産システムのイレギュラーは、部品の摩耗などによるものだった。経年劣化の側面もあるが、生産効率を上げるために稼働負荷をかけていたことや、定期メンテナンスがしばらく行われていなかったことが要因と考えられる。

・定期メンテナンスの遅れは、本社からの要請で労働時間の制限が設けられたことに起因する。工場長が従業員の休日出勤日数を制限し、それによって既存のメンテナンスに遅滞が生じていた。メンテナンス作業は、製造ラインを止めて行う必要があるため休日にしかできない。

・さらに生産システムの不具合に対処する生産技術の社員は、本社直轄のDX推進プロジェクトを課せられており、イレギュラーが発生している現場にすぐに対処することができなくなっていた。

・生産技術社員の採用を強化するものの、即戦力といえるようなハイレベルな人材は報酬レベルの高い外資のメーカーに採られてしまう。致し方なく、新卒や経験の浅い人材を採用する。しかし、育成負荷がかかり、かえって生産技術社員の工数を増やすことになった。


「働き方」「DX」「採用」「育成」など多様な側面が絡み合って、生産性低下の問題が発生している現場です。不確実な時代ですから、皆さんの会社の現場でも似たような事象は発生しているのではないでしょうか。



複雑な問題が「見えない」理由

“複雑な問題(Complex Problem)“の悩ましいところは、その問題の全容がなかなか把握できない点にあります。

先に述べたような様々な要因の「つながり」は、外部の調査者が一定期間、横断的に調査を行うことで見出されたものです。問題発生の初期段階で、現場社員が問題の全体像を精緻に把握することはかなり難しいのかもしれません。

とくにメーカーのように、それぞれの職務範囲や作業場所が規定されている環境だと、一層難度は増すでしょう。テレワークを積極的に導入している職場でも同様かもしれません。

現場社員たちは自分たちの職務に関連するイレギュラーだけを切り取り、問題視します。それ以外のところについては、問題の原因を他者に帰属させてしまう。先のケースでは、次のような意見を耳にすることが多かったです。


「工場長が無茶な目標を掲げている」
「生産技術が無能だ」
「採用チームが無能だ」
「Z世代は使えない」



このように問題の切れ端を掴んでいても、他部署の「誰か」の責任に置き換えられてしまうことは意外と多いのかもしれません。

これでは複雑な問題は、いつまで経っても解消されません。



マネージャーの不全

このような組織を跨ぐ問題は、本来であれば上位職者の守備範囲です。先のケースで言えば、リーダーやマネージャーが次のような対応をすることが求められるのでしょう。

・生産技術部のトップを含め、各部門のリーダーと工場長が協議する。
・タスクフォースを設置して、部門横断的に問題を調査する。
・明らかになった問題構造を踏まえ、対処の優先順位を整理する。
・その判断によって、生産性目標、働き方改革ルール、DX推進計画などを調整する。

しかし、このようなシナリオは実現されないことも意外と多いと感じています。

ある種の“峻別“がそこにはあるようです。現場社員たちが「他部署に原因がある」と考えていたり、「『上』が無茶な要求をしてくる」と“線”を引いていたのと同様です。

管理職も「うちはOOだけ見ていればいい」「うちの部署で対処すべきことではない」「上からの指示なので耐えるしかない」というスタンスをとってしまっていることが多い。下されるジャッジは、部分対処、回避、忍耐の3択になります。

さらにマネージャーたちは、顕在的な(自部署の評価に関連する)別の問題の対処に追われて多忙を極めている。いかにもヤヤコシイ問題を紐解いている余裕はないのかもしれません。



「弱者」が問題を掘り起こす

では、誰が問題解決を推進するのでしょうか。

先ほどのメーカーにおいて、救世主となったのは意外にも若手社員でした。経験もスキルも発展途上の入社間もない社員たちです。彼らによって、複雑な問題の全容が認識されるようになったのです。

ただし、未熟な彼らがリーダーシップを発揮した、という武勇伝ではありません。彼らが持つ特性によって、少しずつ複雑な問題が掘り起こされていき、組織内の問題意識が高まっていったというストーリーです。

若手社員は、次の3つの特性を持っています。

1つ目は、「ボーダレスに動く」という特徴です。配属時にはジョブローテーションで複数の部署を経験して、幅広い関係を構築します。その後も先輩社員に雑用を頼まれたり、トラブル時の「伝令役」を頼まれたりして、部署間の隙間で動き回ることが多い存在です。

2つ目は、「失敗しやすい」という特徴です。彼らは未熟であるために、ちょっとしたイレギュラーでも大きく躓きます。マニュアルやルールと違うところが少しでもあれば、すぐに失敗します。

3つ目は、「気にかけてもらいやすい」という特徴です。「弱者」であるために、周囲のサポートが必須です。そのために、失敗をすれば必ず周囲が関与し、原因確認やフォローを行います。


彼らの特性によって、複雑な問題は少しずつ職場内で認知されていきます。それが上位者の目に止まり、本格的な問題解決の動きを生み出すという流れです。

このように「弱者」は周囲の意識と関心を惹きつけながら、その拙い足取りで動き回ることによって、私たちの知覚の範囲を広げ、問題の認知と学習を促すことがあります。

これは職場に限った話ではありません。

例えば、子供の多い地域では、自治機能が働きやすいものです。防犯パトロールが組織化されたり、環境整備がスピーディに進んだりする。コミュニティは「弱者」を内包することで、全体をメンテナンスしようという働きを活性化させます。

社会を豊かにするためには、第一線のポジションで活躍しているキーパーソンに目を向けるだけではなく、その「周縁」にいる人々の存在に目を向けることが大切なのでしょう。

ときに能力や経験の不足を指摘されてしまう彼らですが、その「弱さ」にこそ意味があるのではないかと気づかされた案件でした。


今回は、以上です。

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