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禍話「白孔雀」


 知人から聞いた話である。

 彼が小学一年生の頃、学校の飼育小屋で孔雀を飼っていた。それ自体は当時ならば珍しくもないけれど、その孔雀というのが頭から足の先まで雪のように真っ白で、それだけならばいいのだが、広げた羽に浮いた模様のびっしりと並んだその全てが、人間の目そっくりだったという。そして、その模様は時折、本物の目のようにぱちぱちと瞬きをして、知らない男の人の声で喋っていた――というのだから、さすがに現実の出来事とは思われない。ところが彼が言うには、当時の同級生たちも孔雀のその記憶を共有しており、拙いスケッチやメモなどをそれぞれ残していたらしい。それどころか、男の声を録音したカセットテープが現存するのだという。


 卒業から十何年も後、その小学校の同窓会があったときに、問題のカセットを持ってきたやつがいて、二次会が終わった後何人かで聞くことになった。

「まあその辺、記憶がいい加減だからな、本当は先生とか近所の誰かの声を録音しているんだろう」

などと言い合いながら、仲間の一人のアパートで、良い具合にほろ酔い加減の顔をつき合わせて、カセットデッキのスイッチを入れたそうだ。

――キュルキュルキュルガザザザズズズズズズ――

雑音が十数秒間混ざり合った後、ふいに、酷く陰鬱だが異様なほど発音のはっきりした、男の声が流れ出した。

「目は五十六個あるけどみんな一緒には開けられません。目は五十六個あるけどみんな一緒には開けられません。目は五十六k」

 繰り返され続けるその言葉に混じって、孔雀らしき鳥の、羽を震わす音や衰弱した細い声、そして、おそらくは当時の自分たちであろう子供たちの、

うぅ、うぅ…

押し殺したような泣き声が、延々と録音されていた。一瞬で酔いが醒め、全員その場で固まってしまった。暫くの間、声は流れるままになっていたが、やがて、叩きつけるようにして誰かがスイッチを切って、ふっと深夜の静寂が戻ってきた。ゆるゆると上げた顔を互いに見合わせ、碌に会話もしないまま解散となったが、後日連絡を取り合ったところ、全員がその時、全く同じイメージに襲われていた事が分かった。

 あのテープの声を聞いていくうちに、脳裏が真っ白く染まっていくような錯覚を覚え、そしてその白の中に大量の人間の目がびっしりと生じ、一斉にまぶたを開く、そんなイメージが襲ってきたのだと。

そして同時に、みんなが思い出した。
孔雀が卒業までにどうなったのか。
掻き消したようにその部分だけ記憶が曖昧なことに。

件のカセットは、まだその同級生の家にあるという。

おわり



※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。

※出典 シン・禍話 第三十夜 2021年10月9日放送

余寒(よさむ)さんの怪談手帖「白孔雀」

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