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禍話「祖父の隠しもの」(猟奇人)


 山本浩一さんは生まれも育ちも関東で、今年で40歳になる。某企業で事務の仕事をしていて、最近になって子供が小学校を卒業した。山本さんは子煩悩で、出世には興味がない。それより子供の側にいたいと周囲に明言している。しかし実は、

「これには、はっきりとした理由があるんですよ」

そう言ってこんな話をしてくれた。

 山本さんは小学生の頃、自然があふれる田舎で暮らしていた。夏には森に入って虫を捕って仲間たちと川遊びをする。太陽の日差し、そして文字通り雨のように降り注ぐ蝉時雨。山本さんにとって少年時代はいい思い出だ。

「小学校の同級生たちとは仲が良かったですね。みんないい子たちでした。中でも、A君という子は僕とすごく気が合って。今になっても思うと、親友と言っていいんじゃないかなと思います」

「スタンド・バイ・ミーの世界ですね」

 私が茶々を入れると山本さんは少しだけ笑って頷いた。

「ゲームとかもやっていましたけど、A君も僕も体を動かすのか好きなタイプで。それとA君も僕も一人っ子だったんです。そういうところもあって意気投合しましたね。それで、父方か母方かは忘れましたけど、A君はおじいさんと住んでました。よく遊びに行きましたよ、大きな家で部屋もたくさんあって、家の中でかくれんぼができたくらいですから。夏に行くとそのおじいさんが、子供は元気なのが一番って言ってかき氷やスイカを出してくれて、友達みんなで揃って食べていましたね」

 平穏な夏の日の一幕である。しかし。

「でもね、やっぱり子供ですから、余計なことに興味を持っちゃうし、余計なことをしちゃうんですよ。それこそ今おっしゃった、スタンド・バイ・ミーみたいに」

 その日も山本さんは、Aくんの家でかくれんぼをしていた。四、五人の友達が家中に散らばって、思い思いの場所に隠れたその時、

「おーいみんな、こっちに来いって」

A君が言った。なんだろう、と山本さんは声がする方へ行ってみると

「やばいよこれあれじゃん、エロビデオじゃん」

A君がVHSのテープを持っていた。まだVHSが現役の時代だったからそれ自体は珍しいことではない。タイトルのところには、手書きで、

「いいとこどり」

と書かれていた。

「おじいちゃんの部屋のクローゼットにあったんだよ。これ絶対エロいやつだよ」

山本さんもAくんも、そういうものに興味を抱く年頃である。幸いにも、その時おじいさんは留守だった。かくれんぼはすぐにビデオの鑑賞会へと切り替わった。

「まあ正直、わくわくはしましたよね、不安はありましたけど。みんな乗り気だったし、やめとこうとは言いませんでした。それで、居間に行ってビデオを再生したんですよ。そしたら、最初はずっとノイズっていうか、砂嵐で」

サーっと砂嵐が続く。みんなが拍子抜けしたような声を漏らした。

「なんだよこれ、違うんじゃねーの?」

などと言っていると、

「⚪︎⚪︎さんが十四歳の時でした」

いきなり映像が始まった。その映像は、痩せた少年の白黒写真と重々しいナレーションで構成されていた。映像は続き、白黒写真の少年たちが次々と映し出される。ぽかんとしたまま山本さんたちは見ていたが、

「少しして気がつきましたよ。それ、戦争のドキュメンタリーだったんです。確か、沖縄の方の特集で。小さい子供たちが戦争の犠牲になりました、っていうのを、当事者のインタビューや当時の写真を織り交ぜて説明する番組でした。ちょっとして戦死者の写真が次々と出てきて。戦車に轢かれた子供とか、ボロボロの状態でアメリカ兵に保護される子供とか」

思っていたものとは真逆の映像が流れ始めたことで、山本さんたちは落とし所を見失ってしまった。

「確か、真面目なおじいちゃんなんだなぁとか、そういう世代だもんなぁとか、何かそういう話をしてましたね。最初はびっくりしましたけど、全然エロビデオじゃないじゃん、ってA君に突っ込んだりして、ちょっと笑ったり」

しかし、事態は思わぬ方向に進んだ。突如として、テレビから

「この第十ブロックでは──」

プツリと画面が切り替わり、別の映像が流れ始めた。白黒の映像に、痩せこけた白人の子供たちが映っている。すぐにそれが、悪名高いドイツのアウシュビッツ収容所の光景であることに気がついた。

「でもね、変だったんですよ。番組の中盤くらいからの映像だったんですよ。そういうのって分かるじゃないですか、ある程度の前提が共有されている感じっていうか。あの映像は…おそらく、第二次世界大戦とか、ナチスとか、ホロコーストの説明をした後にやっている話だったと思います」

 突然映像が切り替わったことに、山本さんたちは困惑した。しかし、同じ第二次世界大戦の話である。

「間違って上書きしちゃったのかな」

と、みんなで首を傾げた。しかし、

「少年兵たちは、今も最前線へ向かいます」

また映像が切り替わった。今度は近年のアフリカの少年兵を特集したものだった。しかも、山本さんが言うには、

「さすがにおかしいな、ってなったのはその時ですね。まぁそれもドキュメンタリーっぽかったんですけど。明らかに…番組終盤なんですよ。銃を持った黒人の子たちを映してね。下の方にもスタッフのクレジットが流れてて。そんなところだけ録画する、って変じゃないですか」

そう思った矢先、

「姿を消した⚪︎⚪︎ちゃんの映像を公開しました」

映像がまた切り替わった。それは明らかにここ数年のもので、子供が行方不明になったことを伝えるニュース番組だった。映像の中では、小学校低学年くらいの女の子が運動場で元気に走り回っていた。困惑する山本さんたちを尻目に、映像は目まぐるしく切り替わった。

「生前の、⚪︎⚪︎くんの姿です。えー、⚪︎日後の広島では──」

次々と切り替わる映像を見るうちに、山本さんたちは、

「そりゃまあ、気付きますよね…。そのビデオ、死ぬ直前か直後の子供の映像を収めたやつだったんです。色んなドキュメンタリーやニュース番組から継ぎ接ぎしてきて」

尚も映像は続いた。

「みんなも気が付いてたとは思いますけど、動けないし、言えなかったですね。だってそのビデオ、その場にいるA君のおじいさんのものなんだから」

次々と切り替わる映像はやがて再び砂嵐に戻った。サーっという音に戻るとみんながどっと溜息をついた。

「なんだよこれ…なんだよこれ」

A君が震えた声で言う。

「なんでもいいよ、戻しとこうぜ」

誰かが応えた。全員が異常なものを見たという認識はあったが、これが何であるかを話したところで誰も得をしないと分かっていた。

「まぁ、一番困るのはA君でしょう。だからもう何にも触れたくなかったんです。さっさと元にあった場所に戻して、何もなかったことにしようって、そう思いましたね」

固まってしまったA君を押し退けて、山本さんはビデオデッキに手を伸ばした。だが、

「⚪︎⚪︎ちゃーん、こっちこっちー」

テレビから声がした。そこに映し出されたのは、今までの映像とは全く別のものだった。画面は夕方の人気の無い公園だった。しかし映像に収められている声はアナウンサーや声優のような、訓練を受けていない素人の声だった。映像は新しかったが、粗く、手持ちで揺れている。明らかに素人の誰かが撮っているホームビデオだった。撮影者のカメラに向かって小学生くらいの女の子が走ってくる。しかし。

「陽の関係…でしょうね。映像の中に、撮影者側の影が映り込んでいたんです。カメラの後ろには、何人もいました。二、三人じゃない、十人とかそれくらいで。で、そのことに気がついた途端に」

誰かが、「今すぐそれ消せ!」と叫んだ。

山本さんはビデオの取り出しボタンを押すのではなく、テレビのコンセントを引っこ抜いた。すぐにテレビは真っ暗になり、部屋の中には山本さんたちの荒い息遣いだけが残った。

「結局そのビデオは、元の場所に戻しました。その日からみんなでA君の家で遊ぶことはなくなりましたね。A君はそれから、自分から距離を作っちゃって…。何度かA君を訪ねてみたんですけど、以前のようには…」

そして山本さんは、最後にこう付け加えた。

「あの日で、僕もA君も変わりました。変わらなかったのはA君のおじいさんだけです。僕がたまに行くとね、必ず言うんですよあの人。『子供は元気なのが一番』って」

山本さんは、周りの目が恥ずかしいと渋る子供を、車で学校まで送り迎えしている。

おわり


※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。
※「猟奇人」は禍話の聞き手、加藤よしきさん作の怪談です。
※出典 シン・禍話 第五十一夜 長尺怪談スペシャル  2022年3月19日放送(00:12:10ごろから)

※切り抜き動画