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禍話「目隠しの倉庫」


変なバイトというのは色々あるものだ。

急にバイト先のコンビニが潰れてしまい、手持ち無沙汰だった。バイクの頭金も払わないといけないし、手っ取り早くおいしい仕事が欲しかった。ちょうどそんなタイミングで人づてに、よく変なバイトを斡旋してくれるという女性を紹介してもらった。

早速その女性の電話番号を教えてもらったので、電話をかける。話の流れで自分の住まいを伝えると、


『あぁ、その近くでいいのあるよ』


と、河川敷にポツンと建っている倉庫を見張るというバイトを紹介された。倉庫の前に陣取っていなくてもいいのだが、一時間に一回その前を通ってくれ、とのことだった。エクセルで適当に作られた表に、時刻と異常の有無、最後に自分のサインを書いてくれ、と言われた。貰える金額を聞くと、かなり割のいい仕事だった。

『一時間に一回見ればいいから、それまでは適当に時間潰しておいて。ま、張り込んでいてもいいけど、張り込まなくてもいいから』
なんじゃそりゃ。
『中は見なくてもいいから』
「え、中見なくていいんすか。それじゃ何の意味もないじゃないですか」
『どうせ開かないから。錆びてて』
どうしてそんなところを見張るのだろう、と疑問に思ったが、まずはお金が欲しいので余計なことは言わないでおいた。

見張りは夕方から朝までで、毎日やると“よくないから”、ということで週三回程度すればよかった。そこまで倉庫に近づかなくてもよく、ながら見でもよく、表に異常なしと記入しさえすればよかった。自分を監視する人もなく、とても楽な仕事だった。本当にこんなのでお金が貰えるのだろうか。

記入した表は、その書類をやりとりする以外の用途がなさそうな、雑居ビルに入っているとあるテナントのポストに入れておくよう指示された。数日後には、こんなに貰えるのかという額のバイト代がちゃんと口座に振り込まれている。しかも週払いだ。ラッキー。

自分は結構真面目に、バイトの日は一時間に一回、ちゃんと倉庫を見に行った。見回りの際の服装はジャージでもいいと言われたのだが、たまたま警備員風の制服を持っていたので、それを着ていった。だがその警備員風の制服も相まってか、近所の子供たちの興味をそそってしまったらしい。


「見張ってるぜー」


近所に住んでいるのだろう中学生くらいの子供たちは興味深そうな面持ちで、自分と倉庫を見ていた。あれ、これはあまりよくないのかな、と思った。バイトをするようになって三週間ほど経った頃のことだった。

いつものように倉庫の近くへ歩いていくと、子供たちが数人自分のほうを見ている。仕方ないが、いつも通り倉庫の周りを見て回る。

倉庫の周りには幼稚園児の背丈ほどもある草が生い茂っており、草が倒れたりしていなければ近くに誰もいないということが一目で分かる。今日も異常はない。

子供たちは、いつにも増して興味深々な様子で、
「なんか、チェックしてるぞ~」
とこちらを見ており、夜になったらもう一度集合して肝試しにでも来そうな雰囲気だった。

表に“異常なし。周辺で子供たちがこっちを見ている”、と記入する。少し悩んだが、何かあったら連絡して、とあの女性に言われていたので、念のため報告しておくことにした。


『どしたのー?』


「すみません、近所の子供たちが、俺が警備員みたいな服着てたのがよくないのか、ふざけて肝試し気分なのか、今日はやけに倉庫に近付いてくるんですよね」
『じゃあ、注意していいよ注意』
「いいんですか?」
『なんか、その倉庫怖いからやめなさい、みたいなこと言っていいよ』
怖いからやめなさい、ってのもよく分からないけど。

一時間後に見回りに行くと、やはり子供たちはまだ倉庫の近くにいる。
「こらこらこら。お兄さん、見張りの仕事してるから近づいちゃだめだよー」
「えー、なんでだめなの」
「開けると…えーっと、大事なもの仕舞ってるから。開けると(面倒くさいな、いいや、もう言われた通り言おう)、怖いからだめだよ、ほら帰りなさい」
子供たちは渋々帰っていった。体格のいい自分が言ったからだろう、逆らう子供もいなかった。去り際にそのうちの一人が、
「やっぱりそうなんだな…」
と言っていた。やっぱり?自分はそれほど近くに住んでいるわけではないのでここについて詳しくは知らないが、何かあるのか?


午後八時頃、休憩から戻ると、またあの子供たちが雑草をかき分け、さっきよりも倉庫の近くをうろうろしている。
「こらこら、何してんだお前ら、出ろ出ろ。ほらこっち来い。これで全員か?」
「あれ、〇〇がいない…」
「え、一人いないのか?皆で一緒にここ見てたんじゃないのか?」
「皆でぐるぐる見てたはずなんだけど…一人いない」
「え、いないの?困ったなぁおい」
しょうがない、もし探しても見つからなかったら警察、かな…。


とりあえず報告しなければ、とあの女性に電話をかける。
「すみません、あの、子供たちが休憩中にまた来てて…」
『あ、来てたんだー。まあ来るよね、子供って好奇心いっぱいだもんね』
「はい、まあそれはいいんですけど、一人いないみたいなんですよ」
『え、一人いないの!怖いねぇ!』
「いや、そうなんですよ、結局今、倉庫の周り見てみて、広いところだからすぐ見つかるはずなんですけどいないんですよ。どこなんですかねぇ」
『中とかにいるのかなぁ?』
「え、いやいや、まだ倉庫開けてないし、そこまでいってない段階ですよ。な、なんでそんなこと言うんですか」
『開けてみて中にいたら、怖いよねぇ』
「いやいや、怖いですよ。だって開けてないんですから。ていうかここ、開かないんですよね?」
『頑張れば開くかも。錆びてるだけだから』
「そ、そうですけど…そういうことじゃなくて。どうします?ちょっと探しますけど、見つからなかったら警察に連絡とか、して」


『そこさぁ、ホームレスがいたんだよね』


「え?は?」


『その倉庫のあるあたり、ホームレスが段ボールハウスで陣取ってたんだよね』


「あぁ、そうなんすか」


『不審火が出てさぁ』


…へ?何言ってるのこの人?


『そのホームレス、焼け死んだんだわ。寝たばこか誰かがやったのか分からない感じになってさぁ。結局警察もそこまで一生懸命捜査とかしてくれないよ。ね』


「え?は、はい…」


『しばらくしてさ、そこに人が立ってるって噂になったんだよね。どう見ても、その亡くなったホームレスに見える。で仕方がなくてね、立ってる位置がずっと同じだからってことで、取り囲む感じでね、倉庫みたいなのを作ったんだ。だから中は空っぽだよ』


「…なんで、見張りが必要なんですか?」


『なぁんでだろうねぇ?(笑)』


…この人、怖え…!


その時、
「お兄さんお兄さん!」
子供たちが自分を呼ぶ。お兄さんは今、とても怖いことになってるんだが…。
「お兄さんお兄さん、中からドンドン音がする!」
「え?」


確かに、倉庫の内側から、子供の背丈くらいの位置で叩く音と声がする。急いで電話の向こうの女性に言う。


「あの、すみません、本当に倉庫の中から助けてーみたいな子供の声がするんですけど」
『じゃあ開けないとね!鍵とかはないから、頑張って開けるしかないんだけどさ、いまそこに何人くらいいるの?』
「俺含めて四、五人くらいは」
『そっか。じゃあ、みんなでガーっとやったら、開くんじゃない?やってみな?このまま聞いとくから』
「あぁ、はい…」

レールが錆びているだけなら、力任せに開ければ開きそうなものなのだが、何かが引っ掛かっているような、つかえがあるような感じがする。


『どう?どう?どう?(笑)』


…どうして半笑いなんだろう、この人。


「あの、なんか開かないんすよね…鍵もないんですよね?レールが錆びているだけだから、力任せに開ければいけそうなんですけど」


『変な話だけどさ、助けてくれーって感じで叩いてるくせして、中の奴が頑張って押さえてたりするんじゃないの?(笑)』


「何でそんなことするんですか」


『なぁんでだろうねぇ?(笑)』


…この人、分っかんねえな…。


その時、力のある子があと少しで開きそうだというので自分も力を加えると、ようやく倉庫の扉がガラガラ、と開いた。さっきまで中からしていたのは子供の声だったのに、中から飛び出してきたのはあちこち黒くなってぐじゃぐじゃになっている中年のおじさんで、こんな体になったら絶対死んじゃってるよね、というような意味合いのことを言いながら自分たち全員をもみくちゃにした。全員をもみくちゃにしながら、おじさんはずっとニヤニヤしていた。


気が付くと自分と子供たちは倉庫の前で、全員大の字で倒れていた。

いなくなったと思われていた一人の子供が、倉庫から少し離れたところでふと気が付き、皆を探しているうちに、倒れている自分と子供たちを発見してくれた。発見されたとき、全員目を開けたまま何かをぶつぶつ言っているという状態だったそうだ。その子が近くの交番に駆け込んで警官を連れてきてくれた。

事情を聞き終わると、警官は訝しげに言った。
「それで君ら全員、そんなに煤けてんの…?」

こんなこと、事件として報告のしようがないから、解散…だよね、と警官に言われ、仕方なく解散して全員とぼとぼと家路についた。

次の日、もうあの女性の電話は使われていなかった。

ひどいバイトだった。もう今週はバイト代とか振り込まれないかもな、などと半ば諦めていたのだが、数日後にはものすごく高額なバイト代が振り込まれていた。


おわり


※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。

ザ・禍話 第七夜 2020年4月25日放送


(0:33:00ごろから)