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禍話「叶うまでの行列」



 Aさんが高校生の頃の話だ。
 Aさんと彼女はそれぞれ別の塾に通っていたのだが、いつも彼女のほうが終わるのが遅く、Aさんは近くの公園で待つことにしていた。

 だが、この出来事があってから、いくら仲間に冷やかされようと、公園ではなく塾の真ん前で彼女を待つようになったという。




 いつからか、Aさんが公園にいるときには、女性二人と居合わせるようになった。だいたいいつも二つほど隣りのベンチにその人たちが腰掛けていた。
 二人とも、しばらくお風呂に入っていないと思われる質感の、ものすごく長い髪の毛をしていた。そして、どちらも時期外れの厚着をしていた。
 二人はいつも身体を寄せ合い、楽しそうにスマートフォンで動画か何かを一緒に観ながら話しているのだが、聞こえてくる会話が何を言っているか全く分からない、気持ちの悪いものだった。それはAさんが知らない専門用語が頻出する、ということではなく、例えるなら漫画「ドラえもん」に登場した未来のクイズ、「アルファがベータをカッパらったらイプシロンした」の笑えないバージョンであり、彼女らは危ない人たちなのではと勘繰るくらいには、桁違いの意味の分からなさだった。

 しかし、彼女が公園へ来る頃にはその女性たちはいなくなっていたので、Aさんの彼女は二人を見たことがない。自分だけ変な遭遇の仕方をするなぁ、とAさんは常々思っていた。


 ある日、今日はコンビニでチキンでも買おうか、などと考えながらAさんがいつものように公園で彼女を待っていると、その女性たちがいつの間にかベンチに座っていた。いつもは二つ離れたベンチに座っているのに、その日だけは、Aさんの隣のベンチに座っていた。

 その日も、二人は何かの動画を一緒に観ているようだった。いつもよりAさんからの距離が近いので、よりはっきりと会話が聞き取れる。

「あぁ、上手上手~」

 YouTubeかニコニコ動画あたりの、チャレンジ動画でも観て応援しているのだろうか。おすすめ動画を次々観てると終わらないもんね。今日は珍しく二人の言っていることが分かるな、とAさんは思った。


「上手、上手」

「上手ねぇ」

「あら~上手上手」

「上手上手~」



「あなたもどうですか?」



 突然、あらぬ方向から男性の声がした。すると男女数人が、わらわらと突然降って湧いたように現れ、Aさんを取り囲んでしまった。その輪へ例の女性たちもそろりと合流したところを見ると、彼らは女性二人のお仲間らしかった。Aさんに話しかけてくる声色は頗る機嫌がよさそうなのに、全員、目が全く笑っていなかった。彼らは口々に、

「おっ、あなたもどうですか、ねぇ」

「そうねぇ。若いからいいかもしれない」

などと声色だけは楽しそうに話して、こちらへスマートフォンの画面を見せてくる。

 強い口調で断れればよかったのだが、集団に取り囲まれていたこともあり、その動画を一緒に観なければいけないという圧を感じて、Aさんは空気を読んでしまった。

 …嫌だなぁ、でも観ないとずっと解放してくれなさそうだし。Aさんは渋々、女性が差し出したスマートフォンの画面に目を向ける。


 動画が再生される。


 ものすごい人数の集団が、列になって橋のようなものの上を歩いている場面が映った。カメラを回している人も、その行列の中にいるようだった。前にも後ろにも大勢の人がいた。始めのうちは、初詣のような雰囲気だと思った。だが、途中で暗視カメラの映像に切り替わってから、この行列は暗闇の中を進んでいることに気付いた。こんなに真っ暗な中、老若男女がぼうっとしたまま誰も何も話さない初詣なんて無いよな、と心の中で否定した。それこそ、一人もスマートフォンなどを持っていないのだ。

 撮影者は行列の後ろの方向にもカメラを向ける。後方にいる大勢の人たちは、全員が無感情であるように見えた。

 この動画の何が上手なんだ、と不気味に思う。

 カメラがズームした。前方に、石の階段がある。多分神社か、それに近いもののようだ。しかし、なかなか列は進まないし、時々カメラが後ろを向いたと思えば、無表情にぼうっとしている大勢の人が映し出されるだけだ。


 一体何の意味がある動画なのだろう。


『ううぅーーっ』


 突然、痛みに襲われた重病人のような声が聞こえた。

「おっ」

Aさんを取り囲む人たちは待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうな声を上げる。


何がおっ、だよ、気味が悪い、とAさんは思う。


『ううぅーうぅーーっ』


 苦しんでいるような、呻き声のような、おそらく女性と思われるその声は、動画内でどんどん大きくなり、カメラに近付いてくる。近いはずなのに、声の主は画面上には見当たらない。いよいよ、その苦しんでいる本人が画面に映っていなければおかしい、というくらいにまでその声は大きくなった。ふと、カメラがまた行列の後方を映す。先ほどまで全くの無表情だった人々の口角が上がっていて、口だけが笑っていた。この大勢の人の口から、この恐ろしい声が出ているのだ。



Aさんはあまりの不気味さに耐えられなくなり、

「これ何ですか?何が上手なんですか!?」

と叫んだ。

「『上手』じゃなくて、『成就』よ、『成就』!」

女性が嬉しそうに答える。


は?何が成就するんだ、こんなもので。狂っている、純粋にそう思った。

「もう少し、もう少し待ってて。もうすぐ成就するから!」

行列の声はさらに大きくなり、スマートフォンを飛び越えてAさんの耳のすぐ側に迫ってきていた。

『ううぅーううぅうーううぅーっ』

どうしよう…どうしよう…!





「何してんの、そんなところで?」


声の方を向くと、Aさんの彼女がいた。

「え、なんか今、変な人たちに取り囲まれて」

 Aさんはいつの間にか公園の植え込みの中にいた。そして植え込みの中にある、こんもりと盛られた土の前で跪いていた。それは動物か何かを埋めた墓のようにも見える。制服の膝のあたりが泥だらけだ。


「なに、もしかして受験ノイローゼ?」


「え、全然分かんない、全然分かんない」


「いやいや、こっちのほうが意味分かんないって。ていうか、その植え込み、近づかないほうがいいんじゃない?」


「あ…あぁ、それにしてもよく俺の居場所分かったね」


「声掛けようと思ったら、突然ベンチから立ち上がってうーうー言いながら植え込みの中に入って行っちゃうし、追いかけたら土の山の前でもうーうー言ってるし」


「え、俺がうーうー言ってたの?」


「うん、かなりお腹でも痛いのか叫んでるし、緊急事態かと思って救急車呼ぼうと思ったくらい」


「…よく分かんないけど、声かけてくれてありがとう…」



 彼女には、その日はたまたますごく疲れていたということにして誤魔化し、Aさんは帰宅した。家に帰ってからも、あれは受験のストレスのせいだったのか、などと思い悩むのだが、なんとなく親には相談できずにいた。

 やはりその晩はよく眠れず、夜中に台所にいたところへ、兄に声をかけられた。

「こんな時間にどうした、ぼうっとして。受験ノイローゼか?」

 あぁ、彼女と同じことを言う…と思いながら、兄になら隠す必要もないかと、正直にその日にあったことを話した。

「それって、どこの公園?」

「さくら地区の公園」

「え、それで植え込みの中に?うーん、植え込みってのは知らないんだけど、数年前に変な集団がその公園で夜に集まって何かしてるって話があってさ。変な声がしたり手を繋いだり変な動きをしてて、その声がうるさいって。警察が何回か注意したらしいんだけど。不思議なのは、警察が駆け付けてもそこには二、三人しかいないんだって。でも騒音ってさ、二、三人じゃ出せないじゃん。近所の人の通報によると、とてもそんな少人数じゃなくて、二、三十人くらいの大勢の人間がおーおー言ってるような声だったって。大勢の人間が訳分からないこと言ってるっていう話で。少なくとも十人以上の人間の声がしてるはずなのに、駆け付けるとやっぱり二、三人しかいない。他の奴らはいつもうまいこと逃げてるんだろうって、警察も躍起になってその他の奴らを見つけようとしたんだけど、いつもいるのは少人数で。で、ある時急にそいつらが『ここでやることは終わったので別のところに移動します』みたいなことを言ったらしい。それを境に公園からはいなくなったって聞いたなぁ。よく分からないけど、そいつらが公園で変な儀式してて、その植え込みに何か埋めてたとか?その頃からまだ数年しか経ってないし、もしかして、その儀式の名残ってのがその植え込みにあるんじゃないの?で、その公園に長時間いたりすると…あまりそういう言葉は使いたくないんだけど、そこに残っている“気持ち”っていうか“残留思念”みたいなのに、中てられるってことがあるのかもしれないよ」


おわり



※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。

2020/12/9放送   禍話X 第九夜

(00:56:57-)