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『僕の死に方』と最近のえつお。

久々に本を読了した

そういえば去年、一緒に住んでいたきーちくんに
「えつおにはこれをあげるね」と渡されたのが
ホンマでっか!? に出ていた金子哲雄さんの『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』だった。
最初は
え、俺そんな死にたがりに見えるの?どういう意図があるんだ?
とよくわからないまま、でもきーちくんがこれを進めるにはなんか想いがあるんだろうなと思っていた。
ただ、なかなか読まないままこうして4月になってようやく読み出した。

その時、僕は咳が出ていて、鼻水も出ていた。
あれ? もしかしてコロナに感染したのかな?と思っていた。
(あとで保健所に相談し、病院で診察してもらったときにただの風邪と診断され、お薬で良くなりました)
なのでその当時は、コロナで死んじゃう人もニュースで取りざたされていて、コロナ=死の危険性という印象だった。

そう行った背景から読み始めたが、
読み終わるまでに2回程泣いてしまった。
感動的な話であったかといえばそうでもないような気もする。
その一つ、印象が強い方を紹介したい。

それは金子さんの妻のあとがきに載せられていたエピソード。

金子さんが好きだったチョコレートを買いに行ったが、当時リニューアルがあった為か、なかなかお店になかった。
金子さんが亡くなって1週間後くらいにふと立ち寄ったスーパーでそのチョコレートコーナーを目にした日、奥さんは初めて声を上げて泣いた。

というところ。

読んでいて、自分の父親のことがフラッシュバックした。
夜、父親のお見舞いに行く最中に母親に買ってもらったコンビニのおもちゃ。
父親がくれたわけでもないそれが、なぜか父親と自分を繋いでいるような、父親への思いを引き出してくれるトリガーのようなものになっていた。
だからなのか、父親がなくなってからそのおもちゃをみると胸が締め付けられるような、悲しみが溢れていた。

僕の場合は直接的なリンクはしていない事例だけど。

でも。
あぁ、僕も死んだ後で僕を思い出してもらえる何かが欲しいなぁ。
ふとそう思った。

愛について考える時間をくれた

金子さんのこの本を読んでいるだけでも、金子哲雄という人間がとてつもなく愛のある人であることが伝わって来た。

だからなのか、
いろんなものがつながってくるようにも、今になって感じた。
コロナで死を意識したタイミングでの死の話。
卒論で取り扱った高野山の登場。
しもDさんからの連絡。

そして、
最も大きかったのは愛を与えられていない自分について改めて見つめ直そうと思った時期にちょうど金子さんの愛のある姿をしれたこと。

そして、
直近の話。
こんなことを言うことが怖いけれど、
正直になろうと思います。

僕の主語に生徒も一緒に働く人も、一緒に住む人が出てくることは全然ないです。
常に「自分が」どう見られるのかという点、
そして「自分が」どういたらラクなのか、について考えて判断して来ました。

4人兄弟の末っ子として超絶わがままで超絶自分中心な特性を持ったんだ。なんて言い訳のような逃げはしたくない。

僕は今まで、母親からの愛を十分に受けてこなかったと思ってました。
もしかしたら、それは僕の勘違いなんじゃないか。
僕自身が、自分主語すぎて、母親からの愛を「あって当然」と見なしていたからなのではないか。
他の家庭を見て、○○くんはこんなこともしてもらってるのに。そう思って無い物ねだりばっかりしていたのではないか。
だって母親は、とここまで書いている時点でさえすでにいくつか母親からしてもらって嬉しかったことがあるのに、それをなかったかのように扱っていた。

すごく、怖いなと感じました。
それに気づかぬように、黒い何かが全てを飲み込もうと、全てを潰そうと、攻撃に転じてしまいそうになる自分がいたから。
だってそれってさ、とさも偉そうに論破しようとする自分がいる。
自分は悪くないんだー!
踏み込んでくんなー!
こっちにくるなー!
って。

主語を今まで一度でも母親や身近にいてくれた人に出来ていたら、もっと考え方が違っていたんじゃないか。

そういえば、就活の時に
「人に与えたいと言いながら、自分の気持ちいコミュニケーションしか取ってない。人をものさしで判断している」と言われた。(昔noteで書いたような気もする)

全然変わってないや。
だから今何を思い浮かんでも、どうせ主語自分じゃん。と味気ないものに感じてしまう。
意識的に「この人のためにどうする?」という問いを投げて見ても、「わかんない」という思考停止。すぐ諦める。
愛していると言いながら何もしなかった自分が嫌だったし、変わりたかったから「何か手伝えることあったら言ってね」と言いつつも本当にそれが求められた時にどこまでできるのか自信がない。

こういうのを書きながら、
最終的にポジティブに「よっしゃー、周りの人をこれからももっともっと大切にして行くぜー!」
的な感じにできたらどんだけいいことか。

コロナで仕事の時間も短いことを理由にじっくり考えつつも、
小さいことでいいから誰かのために行動できるようになって行こうと思った。

終わり。

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