体育祭、放課後物語
むぎすけ
我が校の体育祭は地域や姉妹校一丸となって行われるため、準備初日からどっと校舎が賑やかになる。
もっとおおげさな言い方をすれば……。
「夏と冬のビッグサイトか、って感じ」
夏休み明けからはや2週間、スポーツドリンクをガッと一気に飲みほした級友・藤谷柑奈はベンチから立ち上がるや否や自販機のごみ箱に捨てる。
夏場の学生生活において、600mlのスポーツドリンクとは青春を共にするもう一人の仲間のようなものである。
もう4ヶ月もすれば……冷えた冬のベンチで150mlの缶紅茶をちびちび分け合う男女も出てくるのかもしれないが。
もっとも。私こと小林五月にはときめきの兆しが1ミリもないのだが。
「姉妹校の人たちってさ……無性に大人びて見えるの、ウチだけかなぁ」
と私はつぶやいた。
午前中、体育館にて行われた集会だけでも差は歴然。
堂々とピンクのエクステを付け、テディベア型のミニショルダーを提げている女子や、他校の教師と思って挨拶した私に一言、
「僕、高校一年です……」
と告げて足早に去っていった恰幅のいい男子生徒もいた。
だが、このテの高校生はどこの学校にも一人や二人はいるものである。
ひときわ目を引いたのは、私の斜め前に座っていたある女子生徒。
先日週刊誌に刷られたアイドルの恋の噂で盛り上がる級友たちに軽蔑の眼差しを向けていた。
このテの話題に無関心な女子というのは一定数いるが彼女の場合、顔色を見るに地雷を踏まれているように思える。
級友たちに悪意はないようだが……きっと、そのアイドルを密かに推していたのかも知れない。
「あのコ、すっごい可愛かったよねぇ! 荻原さん……だっけ?」
柑奈は通学カバンに忍ばせていたスナック菓子をほおばる。すかさず私も手を伸ばした。
事前に各校で応援団員を決めていたので、教師から壇上で一人一人名前を呼ばれた。
白組応援団の一人として、彼女は起立していた。
荻原沙羅と呼ばれたその人が立つや否や、私の同級生や一部の先生は応援団長そっちのけでそちらに視線をやった。
彼女は、そ知らぬ顔をしていた。
「一匹狼の美人って感じだったねー」
と私達二人だとコンビニで大容量100円だったポテチの減りは早い。すると、
「あたし、一足先にお近づきになっちゃったぁ~」
急に別の声が混じってビックリしたために危うくベンチからひっくり返りそうだった。
「月庭先パイ?!」
「よぉ、君たち! 抜けがけしてポテチ片手に黄昏るなら一人でも共犯は多いほうが良いでしょ?」
校内にお菓子を持ち込むのは『黙認』されているだけに過ぎない。言わばグレーゾーンというもの。
それを(もう部活は引退して、指定校推薦でさっさと大学も決まったらしいが)空手部の部長で、かつ大会に出る程の強豪部活の文武両道なエースが『共犯者』となって良いのかはちょっと疑問である。
「マジで?! パイセン流石っす」
「向こうの紅組応援団長の男子、いたでしょ? 勝谷燈介君っていうんだけど。あの子とめっちゃ仲良いみたいでさー。FPSゲーム?っていうのに二人してハマって、ゲームの大会まで出ているって。喋った感じ、りんごちゃん達と変わらない……何ていうのかな?フツーの女の子だった」
りんごちゃん、というのは私のあだ名である。
いずれ説明するが……とにかく私と林檎という果物に、やたら縁があるのだ。
私の家は、自慢じゃないがこの緑丘都市駅の人たち憩いのカフェである。
総見鉄道(通称、総鉄)の最寄り駅…小学校の頃からこの街に住んでいるのだが、まだ電車通学を経験した事がないのだ。
この街には女子大もあるので下手をしたら働くようになるまで、
「電車は、休日東横線で渋谷に遊びに行くために乗るもの」
という認識のままかも知れない。
はちみつ色のレンガの壁とダメージ加工がされた重い木の扉を開けると、
「おジャマしてまーす」
と、ラベンダーの描かれた陶器のカップからティーラテを啜る先パイと柑奈。
まぁ、ここまでは想定の範囲内だったが……。
「あぁ、姉妹校の応援団のコたちも連れて来ちゃった。てへ」
にしても、打ち解けるのが早すぎだろ。
ちゃっかり話題になった荻原さんも来ているし。
「……おぎっち、ここが気に入った感じかい?」
「おぎっち?」
どうやら、愛称で呼ばれた事が初めてらしい。
荻原さんは目を見開いてポツリと、
「うん…。私の住んでいる街にはこんな落ち着けるカフェが余りないですし。それに」
「それに?」
「学校帰り、気の置けない人と集まってカフェでお茶するのも…ホント憧れだったんで。復学して良かった」
そう言って、ジャスミンティーを啜った。
「沙羅、今の高校は編入で来たんスけど。色々あって今日初めて今の高校に来た感じなんです。彼女は人混みが苦手なので」
荻原さんの旧知の仲、紅組応援団長の勝谷くんが月庭先パイの目を見つめる。
「……まぁ、あたしも京浜東北の満員電車とかオッサンだらけで苦手だし。JKで満員のカフェのスイーツとか食った気しないしうるさくて落ち着けないからあんまし入ろうとは思わないタイプだからさ~。別にフツーだと思うよ」
荻原さんの笑顔を、ようやく見た。
二週間たたぬうち、私の家は(主に月庭先パイの策略により)『私のラストJK体育祭をエンジョイしてやんよ作戦』の本拠地と化した。
まぁ、先パイのバイト代からお代金は頂戴しているし……何よりママが、
「葵ちゃん(先パイの下の名前である)のお母さんから、“あんなじゃじゃ馬娘ですがよろしくお願いします”…って言付かっているのよねェ」
と言うので文句を言えない。
学校の方も、秋の訪れと共に体育祭に校舎ごと色めいてきた。
姉妹校の学生(荻原さんの同級生)と我が校のイケイケグループがTikTokを撮っているそばで頬杖をつき、空を見ている荻原さん。
私と柑奈が声をかけて近くの席に初めて座り、荻原さんとお喋りに興じた時に見せた向こうのグループの驚きようといったら……。
中でも『意表をつかれた』ように目を見張っていたのは姉妹校の女子、君影鈴という前髪をかき上げたウェーブヘアに赤いリップの…いかにもK-POPアイドルを追っかけているといった見た目の女子生徒である。
彼女は姉妹校のイケイケグループの一員である。
そういえば準備初日の集会直前、グループでアイドルの噂話になった時にバツが悪そうに荻原さんの方を見つめていた。
組体操では(首尾よく、と言えばいいのか)荻原さんは月庭先パイとやる事になった。
もしかしたら、姉妹校の同級生がまだ彼女と打ち解けてなかったのかも知れないが。
ある日の放課後、学校に残った私達は体育祭の種目で使う借りもの競争や生徒が巻くハチマキ等の備品の整理に駆り出された。
向こうの先生と、姉妹校の生徒に君影さんや数名が来ていた。
人を見た目で判断してはいけない。
だが彼女は放課後に学校に居残るタイプではないと勝手に思っていた……。
「あぁ、君影にはムリを言って来てもらった」
「よろです」
(わざわざ持ってきたのだろうか)彼女はキンキンに冷えたチルソンサイダーのプルタブを開け、案外サボらずに黙々と作業に没頭していた。
「ねぇ、藤谷さん」
彼女に名前を呼ばれた柑奈はハッと我に帰る。
「ハイ、何でしょう」
「そんなビビらんでも……。沙羅とさ、最近ずっと一緒だけれど。元気そうかな?」
「うん。家に帰っても一緒にスプラやってるし」
「ふぅん…なんかホッとした。アイツも、作ろうと思えば友達いるんじゃん」
「そういえば荻原さん、最近転校して来たって言ってたけど…君影さん、知り合いなの?」
私がそう尋ねると。痛い所を突かれた、といった表情で彼女は黙ってしまい
「先生から説明するよ。君影…今日お前をここに呼び出したのはそのためでもある。この二人なら話しても良いだろう」
頷きもせず、かといって首を横に振る訳でもなく彼女はよその方向へと目を逸らしていた。
「君影と荻原は、元々小学校に入る前から家族ぐるみでの付き合いだったそうだ。二人のお母さんが高校の同級生でな」
「そう。小3までは家の家族や沙羅の方も集まってバーべキューとかもした。沙羅、当時からゲーム強くて私は手も足も出なかった。まぁ、楽しかったけれど。きっと高校生になっても休みの日はこんな日常が続くだろうとすら思った。でも―――」
「む、無理に話さなくてもいいです!」
割って入ろうとした柑奈。それを君影さんが、
「大丈夫。今話さないと下手したら一生沙羅と口を利けなくなるかもしれないし」
と制した。
「荻原の家はお母さんが仕事に出てて、お父さんが家事を切り盛りしている。まぁ。それはお前たちが小学校の頃にはもう、それも普通だっただろうな。尤も、荻原の親御さんは彼女を“護る”ためにそうしたらしいが……」
「護るって、何から」
「……荻原のお父さんは中高生の頃、芸能活動をしていた。俺が学校の教師になって一年目の事だったが。当時の女子学生や主婦、小学生の女子にも知らない人はいないんじゃないかって程に人気は凄まじかった」
「あ! 検索したら出てきた…荻原礼音って」
「引退ライブで路頭に迷った大勢のファンの人たちがドームの前で朝まで泣き崩れている映像、動画サイトで見た事ある」
「当時、表向きは学業を優先したいという理由での引退だった。しかし、13年経って…世間が彼を忘れ去ろうとしたその時期に。マスコミは今更になって彼を追い始めた。初めは“あの礼音は今、何をしているか”という興味本位なものだった。だが、段々と彼らの行動はエスカレートしていった。その頃…ある業績不振の週刊誌がいた。それで何としても売り上げを伸ばすために執拗に荻原たちをつけ狙った。通学途中、小学4年の荻原に付きまとい…しまいには彼女のお母さんに対する悪い記事を書いたりもした。一般人を巻き込む所が本当にタチ悪いよな。だが、ほどなく荻原のご両親は警察に被害届を出し…弁護士を雇ってすぐ騒動は鎮火した。その一件が世間の非難にさらされて週刊誌は会社ごとなくなった。だが……」
「それから暫く経たないうちに、沙羅は学校に来なくなった。そりゃそうよね。今まで普通の友達として遊んでいたのにある日突然、伝説のアイドルの子供だって分かっちゃったんだもん。幼馴染のあたしですら途方に暮れちゃったんだから、クラスの友達や先生が沙羅にこれからどう接していいか全く分からなくなっちゃったのは当たり前でしょ。あんまりヘンに気を遣ったもんだから…。卒業式にも来なかったの。再会したのは今の高校に沙羅が編入してからだった」
「…ふぅーん。それだけの事で騒ぐとかマスコミってだいぶヒマ人なんだね」
全く、この人は忍者のようにいつの間にかそこにいるのだから…。
「先パイ?!」
「先生、知っていたんですね」
先パイの後ろに荻原さんもいた。
不思議とその顔はスッキリした、とでも言いた気で声音も明るかった。
「荻原。すまん、お母さんから全部聴いていたんだ。藤谷との事もいずれお前たちだけで解決するのを待とうとしたが……」
「先生たちも、そういう所なんじゃないですかー? おぎっちとは何も関係ないでしょ。それでヘンに特別扱いされたらおぎっちも困る事くらい、ちょっと考えりゃ分かるっしょ」
いつもの笑顔は崩さずに、先生の目を射るように見つめる先パイ。
返す言葉もない、というように先生は下を向いた。
「沙羅、あたし……」
「今の学校で久々に会った時、嬉しかったよ。鈴もグループの友達待たせているんでしょ。行ってあげたら?」
それを尻目に作業を終えた私たちは各々カバンを持った。
「私たちはもう、行くから」
「待ってッ」
君影さんの声を背に、荻原さんは晴れやかな顔で私たちと教室の外へ出た。
少々、酷な事かも知れないがいつまでも教師の昔話に付き合っているほど女子高生はヒマじゃないのだ。
体育祭も残すところ当日。
一旦学校から帰った後、100均と手芸店をハシゴして一通りの材料を買い揃えた私たちは柑奈の家へと向かい各々スマホと睨めっこしながらミニDIYの時間だ。
「がぁ~っ! 紐だけでリボン作るのムズすぎる」
「葵先パイ、リボン結びは私がやるのでパールピン作りを私の分までお願いします」
いつの間にか、荻原さんは先パイを下の名前で呼ぶようになった。
まぁ、私たちも私たちで、
「沙羅はやっぱ器用だなぁ」
と下の名前で呼ぶようになったが……。
柑奈の家は私の家と斜向かいで、その縁で私たちは幼馴染なのだ。
美容室をやっている事もあり、ここ数年の体育祭では当日の早朝に生徒がヘアメイクをしてもらいに来るとの事で、
「その日だけ学生割をやっているのよぉ~」
と彼女のお母さんは笑っていた。成人式の次に描き入れ時に違いない。
「ママ、沙羅のヘアセットどうしようか今から悩んでんだよ。“あんなに可愛い子だから、一周回ってシンプルな方が映えるかしら?”って私に聞くの! プロなんだから自分で考えろって話だよね」
「あ! 沙羅さぁ、この前家のカフェにご両親が来てたよ」
「へぇ?!」
「“娘がいつもお世話になってます”…って菓子折りを持って来てくれて。小3時間くらい話して帰ったみたいだけれどLINE交換したみたい」
「いつも思うけど、りんごのお母さん…コミュ力凄いね」
持ってきたりんごサイダーを啜った私は、
「まぁ、コミュ力高いから10年以上カフェの経営成り立っているじゃないの?」
と返す。
「しっかしさぁ、驚いた……私昨日、たまたま明日の美容室の予約名簿見たんだけど9割ウチと姉妹校の生徒で埋め尽くされてたの! もう出席簿かってレベル」
柑奈がそう切り出すと、荻原さんは、
「鈴とか向こうのグループのコ達も、入っているのかな」
と訊いてきた。不思議とニヤッと笑っていた。
「居た居た。沙羅と席が隣になっちゃったりしてな…アハハ」
その後、完成品を柑奈のお母さんに渡した。
はてさて、話はいよいよ体育祭当日の事である。
こうなれば朝5時起きである。朝食をとり、身支度を整えた私は(とは言え、ヘアセットは美容室でやってもらう為多少は楽だ)家の扉を開ける。
時は10月、イチョウ並木は金色に色づきレンガ作りの街の石畳を覆い包んでいる。
朝日に反射して金箔が広がるように澄んだ青空へと広がる。
(先パイは先に卒業しちゃうけれど、また来年も柑奈と沙羅たちと一緒にこの風景の中を歩けたらいいな)
物思いに耽けるなんてほんの一瞬、すぐさま、
「おっはよぉー!」
と寝癖の髪のままの柑奈が(美容室の家の子供が寝癖をつけて外へ出るってどーなのよ)私の背中に勢いよく被さってきた。
「おはよー」
それを尻目に、外のベンチに座って沙羅はモンエナをあおっていた。
そこはゲーマー、彼女は朝に弱いようでメイクもこれからのようである。
「じゃ、席もう用意してあるし中に入って! もう先パイ来てるし」
柑奈がガラス張りの扉を開ける。私と沙羅は意気揚々と後に続いた。
「あ」
先パイの隣から一席空きがあり、その先に君影さんがスマホを片手にクレイツの鏝で黒髪を巻かれていた。
向かいの列には彼女のグループが推しのアクスタと共に写真を撮っていた。
手を止めて君影さんは扉側を見つめる。彼女の友人たちも何事かを薄々気付いているようだが、
「ね、一瞬だけ君影ちゃん借りるわ。いいかい?」
と咄嗟に先パイが機転を利かせた。
沙羅は君影さんの隣に座り、柑奈のお姉さん(同じく美容師である)がコテを暖めている間に私たちが昨日作ったリボンやパールを持ってきてくれた。
「沙羅さ…なんか、変わったね。体育祭始まってから」
「まぁ、あんな破天荒な先パイが近くにいればね。鈴は…見た目はすんごい大人っぽくなったというか。名前呼ばれるまで誰か分からなかった」
「あんたは…何というか、見た目が段々アンタの父親に似てきたってウチのママが言ってた」
「驚いたわよ。鈴のお母さんが高校の頃ウチの父親を本気で推してたなんて」
「知ってたの?」
「知って、何だか納得がいった。鈴の面食いが遺伝なんだって」
沙羅は君影さんのスマホケースに収められた韓国アイドルのチェキに目をやった。
「何だとぉー? んな事言ったらアンタだっていつの間にか彼氏作ってんじゃん」
「否定しないんだ。つーか燈介の事なら、そういうのじゃないよ」
「ウソつけぇ。あの勝谷先パイ、学校にアンタが来た時部活の人にイジられてたから!“女がいたのか!?“って。自覚持て、自覚」
ヘアセットが終わる。私は赤いリボンに髪を彩られていた。
持ち込んだキティちゃんのぬいぐるみと共に後ろ姿を写真に撮ってもらった。
「姉ちゃん、サンクス」
(そこは商売である)柑奈や私たち、君影さんのグループもそれぞれお財布を仕舞っていよいよ学校へと出発。
「ねぇ、鈴さ。せっかくだし荻原さん達もみんな一緒で学校へ行かん?」
と、向こうのグループの子たちも集って『体育祭』という字とポンポンフラワーで彩られる校門をくぐった。
選手宣誓で先パイや勝谷君が壇上に上がった後、聴きなれた旋律と共にラジオ体操。
さて、体育祭の本番はここからである。
徒競走はやっぱり先パイが群を抜いて速かった。
私たちはというと……。
「小学生の頃は公開処刑みたいなものだと思ってたわ」
「同じく」
とゴネつつ席へと戻る。
あとは造花やフリルで彩ったメガホンを持って応援である。
一番驚いたのは……お弁当の時間、やけにランチバックが重いと思ったら、
「小っちゃいタルトタタンが、何個あるのコレ?!」
母ちゃん、やりやがった。
元々、チークがいらない程ほっぺが赤いので小さい頃から時々そう呼ばれる事はあった。
誕生日に“ケーキは何がいい?”とママに聞かれて焼いてもらうのは大体アップルタルト、本気を出せばキティちゃんの身長体重と同じくらいの林檎は平らげる私……。
「お約束、ってやつね、りんごちゃん」
柑奈と沙羅が手の平を差し出したので、私は何も言わずに一つずつ渡した。
先輩は選抜リレーがあるので景気づけに2個。
君影さんやグループの子たちにも今朝のお礼がてら渡した。
先生の余興ダンスも終わり、始まるまで生徒は手持無沙汰である。
「沙羅! こっちにいたのか」
パーゴラの下を陣取って私たちや君影さんのグループと駄弁っていると、勝谷君が駆け寄ってきた。
「燈介、選抜リレー頑張ってね」
「あ、あとさ、今日の沙羅……」
勝谷君は彼女の巻き髪に編まれたラベンダー色のリボンに目をやって、口ごもる。
沙羅以外の我々は、勝谷君がどうして口ごもったかを察した。ホの字なのだ。
私たちは視線をよその方向へと逸らしたが先パイは何を企んだのか、
「沙羅ちゃんさ、葵先パイも応援してよね」
元々、背が高い上に宝塚の男役を思わせる程端正な顔立ちだからか去年のバレンタインは私たちの同級生の男子より女子からチョコレートを貰っている先パイである。
急に、これみよがしに沙羅の目を覗き込み肩を組む。
私たち同級生でこれをやられたら先パイに惚れるなという方がムリな話である。
事実、勝谷君は口をキッと結び下を向く。
「あと勝谷君とは、選抜リレーの前に借り物競争でも一緒だね」
「そうっスね。絶対、負けないですよ」
互いに顔を見る。勝谷君は挑むように見つめ、先パイは不敵に笑った。
『借り物競争が始まりました、選手の皆さんは……』
という、よくある説明の口上の後にスタートラインに勝谷君と先パイはスタートラインに立つ。
『よーい!!』
合図のあと選手たちは砂を蹴ってお題が置いてあるテントへと一目散に向かう。
応援席に座りソルティライチでクダを巻いていた私達。
テントで先パイと勝谷君が先生の目を盗み、一瞬の隙をついて2つの紙をとって一目散に応援席にダッシュしてきたのを見て手を止めた。
「沙羅!! いるか?」
「おぎちゃん、いる?」
紙を片手に二人に呼ばれて沙羅は立ち上がる。
少々、悩んだ彼女はまず勝谷君の所へと向かい…内容を見ると黙り込んだ。
何故か二人は先パイにお辞儀をしている。
その瞬間、走ってもいないはずの沙羅の顔は赤かった。
暫しの沈黙の後(もう既に、ゴールしている生徒もいた)沙羅と勝谷君は手を取り合いゴールへと向かった。
「りんごちゃん、来てくれる?」
カードを見せられてはいないがこのままでは先パイがビリを取ることになるので私はスックと立ち上がり付いて行った。
『勝谷君、お題を見せてくれますか~?』
何事かを察した司会役の生徒。先パイに連れてこられた私だから見えたが明らかに司会は苦笑をこらえていた。
勝谷君は彼にカードを渡す。頷いた後マイクに向かって高らかと、
『勝谷君のお題、大切な人!……“大切な人”です!!』
湧き上がる場内。教師の静止も虚しく…これは最後まで進むしかなさそうだ。
司会にマイクを渡された勝谷君。
「沙羅ぁ―!…中学生の頃、初めて逢った時からずっと好きでした。こんなボクでもしよければ、付き合ってくれますか?」
暫しの沈黙。2分ぐらい経ってからだろうか……。
「はい、よろしくお願いします」
と荻原さんは微笑み、手をとった。
「今日の沙羅、綺麗だよ」
この3年間で見た事ない程の歓声がドッカンと広がる。
「爆発しろぉーー!!」
柑奈も野次を飛ばしていた。
『ちなみに、月庭さんのお題も見せてもらえますか~?』
私の肩を抱き、先パイは提出した。
『月庭さんのお題。…嫁にしたい人!“嫁にしたい人”だそうです!!』
一体誰が、こんなカードを仕込んだのだろう。
歓声が鳴りやまないこの体育祭にて、私は今年の冬から150mlの缶紅茶を分け合う相手を見つけてしまったのであった……。
「いやぁ~、楽しかった!!」
最後に体育祭から2日後の振替休日、我が家のカフェで行われた打ち上げの話をして終わりたい。
「先パイ、まさかあのカードを作った犯人だったなんて…」
「てへ」
先パイはアップルシナモンティーを啜る。
しかし、”嫁にしたい人”が結局冗談(に近いもの)とはいえ親の目の前であの壇上にあげられた私の気まずさを多少理解してほしい所である。
「リア充になって初めての出来事が二人そろって先生の大目玉とか、予想してなかった」
沙羅も頷く。姉妹校に戻ってからは君影さんたちと行動するようになったそうだ。
「次は文化祭だね~、どんなドラマが生まれる事やら」
私たちは窓の外、紅葉に染まり始めた校舎を見る。
私たちの青春は、これからも続く。
【完結】
執筆 むぎすけ様
投稿 春原スカーレット柊顯
©DIGITAL butter/EUREKA project
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