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亡霊が見る夢 第4話(パンと不死者)

 あれから数日後、トーマスは王立相談所の窓口に座っていた。

 色々な事で忙しい日もあれば、こうして人の話を聞くだけの日もある。

 トーマス
「次の方どうぞー」

 婦人
「おはようございます」

 トーマス
「ええ、朝早くからどうされましたか?」

 婦人
「申し訳ございませんが、担当のものを女性の方と交代していただけないでしょうか?」

 トーマス
「同性でなければお話しにくい内容でしょうか?」

 婦人
「その通りです」

 トーマス
「かしこまりました」

 トーマスは王立相談所の女性と交代し、その人から話を伺うのだった。

 女性職員
「さっきの人なのですが、不死者を養うので精一杯で、子供を産む事ができないそうです。子供と不死者、どちらを取るべきなのか考えています。トーマスさん、不死者は教会に預ければ問題ないですよね?」

 トーマス
「ええ、そうだと思います。あそこは人道的ですし、言葉をしゃべれない不死者でもきちんと養ってくれます」

 女性職員
「では、そう伝えておきます」

 トーマスは赤レンガのオフィスの壁に背中を預けて天井を眺めた。

 このまま不死者たちが増えていったらどうなるのだろう?

 何か嫌な予感がした。

 が、トーマスは労働者。

 この場を今日離れる事はできない。

 だから、お昼休みに王立相談所近くのパン屋へ行くのだった。

 トーマス
「あれ?」

 店主
「ああ、すまんなトーマス。今日は売り切れだ」

 トーマス
「何かトラブルでも?」

 店主
「実は、さっきシスターさんが大勢押し寄せてな、パンを買い占めていった。変な事するよなあ」

 トーマス
「ああ、そうですか」

 店主
「そんなわけで、今日は売り切れだ。申し訳ないねえ。明日は厨房のパン焼き係にもっとたくさんパンを焼かせる」

 トーマス
「まあ、お店はここだけではないですし、他を当たりますよ。自分は道理をわきまえているつもりなのでね」

 店主
「ふん、それでこそ王立相談所の仕事も務まるな。やっぱりトーマスは紳士だな。自称紳士気取りの貴族たちも見習ってほしいぜ」

 トーマス
「いえいえ、明日からもおいしいパンをお願いします」

 トーマスは店を出て王城から少し離れたパン屋を尋ねたが、案の定そのパン屋も売り切れていた。

 いったい、何故?

 我慢できるとはいえ、空腹を抱えてトーマスは王立相談所に戻った。

 すると、マスターが青ざめた顔でトーマスを迎えたのだった。

 マスター
「じゃあ、午後も頑張ろうか」

 言ってなかったが、マスターはトーマスとは違い年齢が高い。

 頭髪には白髪が目立ち始め、食べ物をしっかり食べなくては体力が持たないような人だ。

 元気なのは若者の特権、マスターにはそれがない。

 トーマス
「元気がないようですが?」

 マスター
「わかるか?」

 トーマス
「お昼、買えなかったんですか?」

 マスター
「トーマスもみたいだな。どうする、午後はストライキといかないか?」

 トーマス
「いえ、マスターは、今日は休んでいてください。仕事はどうぞ若造にお任せを」

 マスター
「やれやれ、俺も老害かね」

 トーマス
「自分で言ってどうするんですか。明日にはもっとたくさんのパンを焼くってパン屋が言ってましたから。今日はアンラッキーデーだっただけですよ」

 マスター
「だといいんだが」


 だが、次の日も、また次の日もパン屋のパンをシスターが大勢押し寄せて買い占めていく現象は続き、トーマスの空腹も限界を迎えた。

 そこで、パンを買い占めているシスターたちと対話の場を設けるようにトーマスは国王の印鑑がついた封書を渡され、対話をしに行く事になった。

 ここで血の気のアツい王様だったら教会を弾圧しようとか考えるが、今は武力の時代じゃない。

 王が議会を招集するときは、かつてのように剣で統治する事を絶対悪とするために、折れた剣を議会の象徴としているし、こうしてトーマスが駆り出されるのも納得はできる。

 そして今日は、王が直接教会を訪問するらしく、トーマスはその一番格下のお供というわけだ。

 が、国王は下々の者たちの働きにも興味をお示しになられ、教会と繋がりのあるトーマスとは馬車の中で話をしたいと、時間を作っていただき、トーマスを国王の馬車の中へとご招待くださった。

 トーマスが国王の馬車の中で待っていると、あとから国王が乗り込んでこられた。

 トーマス
「今日は忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます」

 国王
「そうかしこまらなくてもいい。私はこの地位を神より預かっているだけだ。それから、丁寧な言葉遣いをありがとう。君こそ我が国の紳士にふさわしい。貴族たちの手本にしてやりたいくらいだよ。騎手、馬車を出してくれ」

 トーマス
「滅相もございません」

 国王はトーマスよりも若く、昨今の大人たちの権力争いには疲れ切っておられるのだろう。

 トーマスのような平民にも大きな態度を取られない。

 国王
「トーマスさんの話は聞いているよ。国民をいつもありがとう」

 トーマス
「いえいえ、それが私の仕事ですから」

 国王
「それで、状況の確認をしようか。教会のシスターがパンの買い占めを行っている。それがなぜなのか今回は質疑に向かう。それであっているね?」

 トーマス
「はい、間違いありません」

 国王
「あらかじめ我が国の穀物が生産されている量についてチェックした。これがその書類だ。目を通してほしい」

 トーマス
「例年よりも少し多く、人口が増加する事を見越した数字ですね。これが何か問題でも?」

 国王
「ではなぜパンを買い占めているのやら」

 トーマス
「経済学者が言うには、飢えや貧困は戦争の火種になるとよく言われています。事を慎重に進めるべきでしょうね」

 国王
「はははは、それは私の台詞だ。君は中々鋭く弁が立つようだが、劇作家には向かないな」

 トーマス
「おっと、その通りですね」

 国王
「しかしながら、経済学を知っているのか。また、弁が立つところを見ると一介の労働者にはとても見えないが、トーマスさんは何者なんだい?」

 トーマス
「没落した貴族です。教育だけは両親からきちんと受けさせていただきました」

 国王
「なるほど、没落してしまったのか。とはいえ、世の中の潮流は貴族による支配から議会による支配になりつつある。すまないな、私は国民に対して平等でなければならない。君のように没落してしまう者が現れるのも仕方がないとしか言いようがない。非礼を詫びよう」

 トーマス
「いえ、貴族の時には見えなかった景色がたくさん見れます。国王もいかがでしょうか? 国民は喜ぶかと」

 国王
「はははは、酒場でみんな私の悪口を言っているのだろう? 少し恐ろしいなあ」

 トーマス
「大丈夫、酔っていなければ悪口なんて言いませんよ」

 国王
「例えば、私が王立相談所にて窓口で国民の相談に乗ったら、それが新聞に載るのかい?」

 トーマス
「ええ、そうなれば国王は国民の事を理解しようと努めている賢君だと認識するでしょう」

 国王
「よしてくれ、賢君などと。国王などただの置物で、国民が自分の役割を自ら理解していて私が指示せずとも国は機能し、王は誰からも讃えられないのが理想の王だと言われている。今回はそれがかなわなかった。残念な事だ」

 トーマス
「いえ、その考えを聞く事ができて、一人の国民として誇らしく思います」

 ここで騎手が声をかけてくる。

 騎手
「まもなく教会です。近衛兵が護衛しますのでお二人とも準備を」

 国王
「わかった。という事だ。君も準備したまえ」

 トーマス
「わかりました」


 教会の扉を開くと、そこは不死者であふれかえっていた。

 不死者たちはシスターから配られたパンを食べており、健康状態は問題ないようだが、そういう問題ではないだろう。

 国王は教会の担当者と話をすると言って懺悔室に入った。

 中で懺悔が行われるわけではなさそうだが、秘密の会話をするにはうってつけの場所だろう。

 とはいえ、不死者がこれほどまでにあふれかえっている教会を見てトーマスはいびつな光景だな、と思った。

 ただ死なないだけの、蘇らせただけの人間がこうして無数に教会に預けられている。

 どうやら彼らは、生きていくためにはパンを食べる必要があるようだ。

 これでは生きている人間と何も変わらない。

 が、彼らは農村で麦を育てる事も工場で部品を作る事も、釜へ薪をくべる事もできない。

 そんな存在を養っていけば、いずれ経済が破綻するのは、トーマスの理解の範疇だった。

 が、不死者たちを殺してしまうのは、ためらいを感じる。

 不死者たちにも生きる権利はあり、それを殺してしまうのは凡庸な慈悲の心を持つトーマスにとって、禁忌に感じられた。

 そこへ、オリヴィアがパンを不死者たちに配っている様子を見かけた。

 不死者たちはオリヴィアのパンを受け取り、食べるのだった。

 その姿が、トーマスには聖なるものとして映ったが、同時に、底の知れない慈悲深さゆえか、不浄なものであるとも感じてしまうのだった。

 何故だろうか?

 不死者たちを養っているオリヴィアは聖なる存在なのに、それに不気味さを覚えるとは。

 トーマスは自分自身の五感を疑ったのだった。

 とはいえ、恋人が近くにいるのに声をかけないのは、もう片方の恋人としていかがなものか。

 その不気味なオリヴィアに、トーマスは勇気を出して声をかけるのだった。

 トーマス
「オリヴィア、こんにちは」

 オリヴィア
「あら、トーマス。今日はどうしたんですか?」

 トーマス
「仕事で立ち寄ったんだ。それにしてもどうしたんだい、シスターたちがパンを買い占めているようだけど?」

 オリヴィア
「それはですね、不死者たちを養うための寄付が足りないので、人手も足りませんし、教会にはパン焼き釜はありますが、パンを購入しなければ不死者たちが飢えてしまうのです」

 トーマス
「そうか。それにしても、不死者の数が随分と多いようだけど?」

 オリヴィア
「ここにきているのは、蘇らせたはいいものの、養っていくだけのお金をご家族様が持たない人たちです。彼ら彼女らを慈悲の心で守っていかなければなりません」

 トーマス
「みんな、養っていくだけの財産がないのに人を蘇らせているのかい?」

 オリヴィア
「それほど、死者との別れが惜しかったのでしょう」

 トーマス
「君は、慈悲深いね」

 トーマスは自分の恋人の慈悲深さを誇らしく思ったが、同時に、落としたら壊れてしまうガラス細工のような危うさを感じた。

 オリヴィア
「それはもう、シスターですから」

 トーマスは今のオリヴィアにどんな言葉をかけていいのか分からなくなった。

 哲学、倫理学、そう言ったものをトーマスは家庭教師から教わったつもりだ。

 が、教科書で学んだ内容には載っていない問いが目の前にはあった。

 そういえば、あらゆる書物の最後には次のように書かれていた。

 この書物も出版されてなお未だ未完成であり、学問は常に進化を続ける。

 故に、この書物を読んだものの中から続きを執筆してくれる者が現れる事を私は望んでやまない。

 トーマス
「オリヴィア、不死者を生かし続ける事は本当に正しい事なのだろうか?」

 トーマスは恐る恐る、しかし丁寧にオリヴィアに尋ねたのだった。

 オリヴィアは笑顔で、毅然とした態度でトーマスに返した。

 オリヴィア
「正しい事など分かりません。ただ、私は慈悲を求める人に救いの手を差し伸べるだけです」

 トーマスは教会で一人オリヴィアに問いかけるが、オリヴィアは不死者に囲まれており、近づく事はできない。

 オリヴィアは剣でトーマスに応じているのではなく、慈愛で応じている。

 故に、それを崩す事は剣によってではないだろう。

 ここで、国王が懺悔室から出てきた。

 国王
「トーマスさん、あ、話をしていたところかな? 少し待とうか?」

 国王はトーマスに気をお遣いになられ、オリヴィアと話していたところを邪魔してしまったのではないかと思ったがトーマスは、

 トーマス
「いえ、今は仕事中ですから。それで、話はどのようになりましたか?」

 国王
「教会は多くの人から寄付を募り、不死者たちを養うためのパンを買っているようだ。しかし、不死者は増える一方で減らない。既に教会は不死者でいっぱいで、困り果てているようだ」

 トーマス
「死んだ人間を蘇らせる事は、果たして罪に当たるでしょうか?」

 国王
「賢者はわからないものはわからないというが、私は賢者なのでわからないと言わせてもらおう。死んだ人間を蘇らせる事は不可能だとされていたから法で禁じられていないだけで、新しい技術が生み出されればそれをうまく扱うための法が必要なのはわかるが。不死者を人として扱うかどうかは、私にも判断しかねる」

 トーマス
「恐れ多くも、私は不死者を生かしておく事を断固として反対します。不死者を生かしていくためにパンを使い続ければ、人口を占める不死者の割合が増えれば増えるほど、普通の人が食べる事ができるパンが減ります。このままでは国民は飢え、国を維持していく事ができません」

 国王
「君の言い分はわかる。だが、私も独断で決められる地位にはない。議会を招集しなければ。君は現状をよく理解しているようだ。君さえよければ、証人として議会に招待したい」

 トーマス
「はい、喜んで」

 国王
「では、次の議会の日程が決まり次第君には伝える。その日にまた会おうか」

 トーマス
「かしこまりました」

 国王
「では戻ろう。騎手、馬車を頼む」

 トーマス
「いえ、私はしばらくここに残らせてはもらえないでしょうか? 恋人に話があります」

 国王
「先ほど話していたシスターかな? 邪魔しては悪いな。馬車の馬を一頭貸そう、帰りはそれに乗るといい。名誉ある証人には、まあ私は馬を見る目はないが、騎手に頼んで名馬を選ぼう」

 トーマス
「恐れながら、戦場を行くわけではないのですから、駄馬でよろしいかと」

 国王
「それもそうだな。が、それは正しいが私の台詞だ。そして私の好意も無駄になった。君は劇場の舞台に上がってはだめだ。が、喜劇なら踊れるかもな。中々センスがある。それと、国王からの褒美を遠慮するなど、国民としていかがなものか。国に尽くしている名誉ある国民には褒美を出す。当たり前ではないか」

 トーマス
「それはそれは、光栄です」

 国王は近衛騎兵に護衛されて教会から去っていった。

 オリヴィアは不死者にパンを配り終え、トーマスの元にやってきた。

 そして、トーマスの顔色を見て、

 オリヴィア
「どうされましたか、トーマス。顔色が悪い様ですが?」

 トーマス
「何故だと思う? けど、理由はあまり話したくない」

 オリヴィア
「あなたが苦しんでるのに、私が救わないとお思いでしょうか?」

 トーマスは、今自分を苦しめているのはオリヴィアに他らない事を伝えようとしたが、オリヴィアには一切の悪意がなく、それをどう説き伏せるのかは悩ましい。

 悪意故に罪を犯した罪人を改心させる事は容易だが、善意の元にその姿を歪めている相手を改心させるのは至難の業だ。

 そして、トーマス自身も不死者を死なせてしまうのは命を奪う行為に他ならず、まだ死んでいない人たちのためのパンが優先だと言っているに過ぎない。

 それが果たして正しい行いなのかトーマス自身も頭を悩ませていいた。

 しかしながら、ここでトーマスが何をするにしても国王は議会で今回の案を議論すると言っている。

 それを待つしかないのだが、オリヴィアはトーマスに好意を向けている。

 それを無下にするのも、何かが違うな、と思った。

 トーマス
「すまない、とても疲れているんだ。横になれる場所があれば助かる」

 オリヴィア
「そうですか、でしたら手配しましょう」

 トーマスはオリヴィアに案内されて、教会の奥の奥、その片隅にある清潔な建物の中に案内された。

 そこは他の教会の施設とは少し違うようで、何か周囲から浮いているような感じだった。

 そして、そこには誰もいなかった。

 今はオリヴィアとトーマスは二人きりなのだ。

 オリヴィア
「ごめんなさい、実は私も連日連夜、不死者たちのお世話をするので疲れておりまして。今はあなたと一緒に安寧の時を過ごせればと思っています」

 そう言ってオリヴィアは建物の一室にあるベッドで横になるのだった。

 トーマスはそのオリヴィアに毛布を掛けてあげるのだった。

 オリヴィア
「トーマス、私はあなたと一緒にこの時間を過ごしたいのですよ?」

 だが、オリヴィアから出た言葉はこうだった。

 トーマスはオリヴィアの隣に寝そべると、オリヴィアはそれに、自分にかかっている毛布の一部をトーマスにかけるのだった。

 オリヴィア
「このまま熟睡してしまいましょうか」

 トーマス
「それもいいかもしれないね」

 オリヴィア
「トーマスは国王と何を話していたのですか?」

 トーマス
「すまない、まだ国の機密だし、議会で決議しなければ何も言えない状態なんだ。それぐらい国の運営にかかわる事なんだ。オリヴィアにはまだ何も言えないよ」

 オリヴィア
「そうですか」

 ここでオリヴィアはあくびをした。

 とても眠そうだ。

 それだけ疲れているのだろう。

 トーマス
「昨晩は、眠れなかったのかい?」

 オリヴィア
「あいにくと、眠りにくい夜でした。他のシスターたちと夜通し談笑をしてしまいまして」

 トーマス
「ははは、仲がいいんだね。素敵な事じゃないか」

 オリヴィア
「みんな、トーマスとの仲がどこまで進展したのかしつこく聞いてくるものですから」

 トーマス
「そっか」

 トーマスは今、オリヴィアの慈愛を独り占めしているのだな、と感じた。

 オリヴィアは誰に対しても等しく接し、不死者を生かす事に何の疑問も感じないだろうが、それらに向けている慈愛を今はトーマスに向けている。

 普通の人はこういう慈愛に満ちた人になる事はできないのだろうが、とはいえ、極悪人のような人は慈愛に満ちた人なんかよりはるかに少数だろう。

 いや、トーマスが見てきた悪ガキたちに社会の常識や、幼さからくる未熟ゆえの邪悪さがあるだけで、意外と人々は慈愛で満ちているのかもしれなかった。

 であるからこそ、国王は今回教会とはあくまでも対話の場を設けただけであり、別に誰かを罰しようとはしていなかった。

 トーマスは思った。

 今回の不死者たちを生み出した魔女に悪意がない事をトーマスは知っている。

 魔女は普通の人間だ。

 そして、死者と別れたくない一般市民も普通の人間だ。

 トーマスが学んだ物語には、巨大な悪が存在するものがたまにあるが、今回の騒動はそう言ったものではない。

 誰にも悪意がないのだ。

 人々はただ、亡くした人との再会を願っただけ。

 それがこんな結果になってしまうなんて、ただただ、悲劇としか言いようがなかった。

 国王はトーマスを喜劇の舞台の上で踊ってみてはどうかね、と言っていたが、残念ながらトーマスは現実という舞台で悲劇を踊っているようだった。

 オリヴィア
「トーマス、悲しいのですか?」

 トーマス
「何故わかるんだい?」

 オリヴィア
「トーマスは正直ですから」

 トーマス
「正直すぎて、国王陛下からは喜劇の舞台に上がってはどうかと言われてしまったよ」

 オリヴィア
「ふふふ、そんなトーマスの舞台をぜひ見てみたいですね、最前列の、一番隅の席で」

 トーマス
「中央の席には座らないのかい?」

 オリヴィア
「ふふふ、それも素敵ですが、正面から見ていたら恥ずかしくなってしまいますわ」

 トーマス
「そうか、ではぜひ中央の席に座ってほしい」

 オリヴィア
「意地悪を言わないでください。ふふっ」

 ここでオリヴィアは目を閉じてしまった。

 トーマス
「おやすみ」

 オリヴィア
「はい、おやすみなさい」

 しばらくして、オリヴィアの寝息が聞こえだした。

 トーマスの意識も次第に落ちていった。


 次に目を覚ますと、トーマスの隣ではオリヴィアが眠っていた。

 トーマスは起き上がると、ベッドを離れ、一人教会の庭を散策した。

 目的地は、先日訪れた墓地だ。

 見たかったのは、オリヴィアが美しいと言った枯れていく花の様子だった。

 枯れた後、花はどうなってしまうのか、トーマスはどうしても確かめたかったのだ。

 草木が生い茂る快楽の園をトーマスは進み、静かな墓地にたどり着いた。

 そして、枯れていた花の成れの果てをトーマスは見た。

 花には、種が残っていた。

 それを見て、トーマスは深いため息を吐いたのだった。

 が、何かを決心したようだった。


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