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鍵がない。

ある朝、出かける準備をしていつもの場所から鍵を取ろうとすると、鍵がない。

一瞬「はて?」と思うもののすぐに思い出してきた。
そうだ、前日の晩は楽しくお酒を飲んだのだった。
そしてその帰り際に鍵がない、鍵がない、と騒いでいたのだ。

その時は酔っていたこともあり、カバンの底の方にあるだろうと高を括っていた。ところがだ、冷静になった翌日の自分がカバンの中をどう探しても鍵はないではないか。

とすると、鍵は前日飲んでいた場所に忘れたのかもしれない。
前日は神宮前で「大人のお絵描き教室」を主催したのだった。大人を対象とした表現の教室だ。

夕方、参加者が帰った後、教室を片付けて、飲みに出かけている。その日は元々約束があった。この時点で鍵はある。会場の鍵を自ら閉めているのだから。

出かけた先で1時間ほど飲んだだろうか。他にも合流する人がいるというので、お絵描き教室の会場に戻ることになった。外で飲み食いするのも良いが、たまにはUber eatsで食べたいものを頼んで、自分の場所で飲み食いするのも楽しい。美味しいビールをその場でテイクアウトして会場に戻る。

会場に戻り鍵を自分で開けたのかどうか、その辺りからやや自信がない。お酒のせいもあるが、物を無くした時の記憶なんていつだって曖昧だ。

とにかく、その後は無事に合流を果たし4~5人で楽しくお酒を飲んだことは間違い無いのだ。そしてその帰り際に「鍵がナイナイ」騒いでいたというわけだ。酒の席ではたまに見る「ナイナイ事件」だ。

会場の施錠は問題なかった。鍵は何も一つではない。僕が無くしただけで持っている人が鍵を閉めれば良いのだから。

ただ、こうなるともはや鍵は一体どこなのか、それ以上探索しようという気にはならないのだから、いよいよ事件は迷宮入りの匂いがしてくる。

そして時間は現在に戻る。頭の中には「鍵行方不明捜査本部」が立ち上がっている。さて、ひとまず鍵の在処として一番怪しいのはお絵描き教室を行った会場だ。何かのはずみで落とした可能性が高い。探しに行こう。

会場に行く途中、前日に飲んだお店と会場の間も念のため探しながら歩いてみる。道に落とした可能性もなくはない。ただし、出かけた場所といえば、その店くらいなのだから、この道すがらになければいよいよ会場にあるに違いない。

なぜなら、お店の人とは仲良くしていただいているので、万が一鍵の落とし物があれば「井出が飲んでいた席での落とし物」ということで連絡をくれそうな物なのだ。結局、ないだろうとは思っていたが、道すがらに鍵はなく会場を改めて探してみることに。

会場では前日のお絵描き教室の参加者の作品を乾燥させていたので、それを片付けつつ、あちこち探してみる。お酒の席での紛失物だ。意外な場所から出てくる可能性も否めない。「そんな場所にはないだろう?」という場所も探してみる。捜査は”脚”で行うものだ。

「洗濯機の中」「冷蔵庫」「棚の裏」「キッチンのすみ」等、およそ鍵はなさそうなものだが、流れで行動しているときの自分ほど不思議な生態はない。以前から「なぜそこに?」という紛失物は家の中で多々発生している。

ところが今回は残念ながらどこからも出てこない。万が一外で落とした可能性もなくはない。ならばと最寄りの警察署にも問い合わせてみる。幸いにもここはニッポンだ。落とし物は内容如何に関わらず、交番へ届けられる優しさの国だ。

期待とは裏腹にそれらしきものは出てこなかった。前日夜に落として、朝電話しているのだから流石にまだ出てこないか。あるいは鍵くらいでは流石に届けてもらえないのか…。

これだけ探して出てこないのならば仕方がない。これは人生初の「鍵を落として紛失をした」事実として受け入れよう。と思い至った。諦めて自宅へ戻る。戻りながら思うことは鍵の交換の費用ってどのくらいかな?とか色々と手間だな、といった後悔ばかり。

自宅へ到着。鍵は娘に開けてもらう。残念な気持ちが相まってなんだか疲れを感じながらソファにドカーッと座り込む。しばらくスマホでSNSなど眺めた後で、悔やんでも仕方がないとばかりにバッグからMacBookを取り出し仕事に取り掛かる。

何度も見ているにも関わらず、ぽろっとバッグから鍵が出てこないかな、と淡い期待を抱くも出てくるはずはない。MacBookの充電が少ない。充電ケーブルを入れてあるThe North Faceのポーチを取り出す。ポーチの中には充電ケーブルの他に、イヤホンやマウス、それから鍵などが入っている。


ん?

鍵?

いやいや、このポーチはデジタルデバイス関連の道具をまとめて入れてある仕事用のもので、鍵など入っているはずはないのだ。

なのに鍵が出てきた。これは神隠しかもしれないがおそらくはお酒のせいだろう。

全く記憶にないが、楽しくお酒を飲んだ陽気な井出がなぜか鍵をこのポーチに仕舞い込んだようだ。手元にあった自分の持ち物の中に適当に入れたのかもしれない。そりゃあ見つかるわけがない。

ということで教訓。

神隠し、疑わしいのは、バッカスなり。

お騒がせしました。

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