「XENON」〜君がくれた最強最速〜

 アンドロメダ星雲の中心部に位置する、惑星オーティ=ラキムから響き渡る激突音。長らく平和を保ってきたこの惑星だったが、王朝が二つに分断されついには戦争にまで発展した。多くの兵士が死に行き、そこには憤怒と悲哀が満ち溢れていた。

 誰も、死にたくてこの戦いに参加しているわけではない。中にはかつての友を敵とし、自らの手で命を奪う者すらもあった。この戦いに正義を見出している者など一人もいない。そこにあるのは、王という最高地位を手に入れる事しか頭に無い、二人の兄弟の醜い野心だけだった。

 誰もがこの戦いに涙し、絶望し、終わりを心から望んだその時だった。

「…もう止めましょう。これ以上兵士の血を流しても意味がない。」 

 今の王の前に立つ、一人の青年。…いや、その端整な顔立ちは性別を感じさせないもので、見た目からはどちらの性別とも言い難いものだった。

「誰だ貴様は?門番はどうした?」

「今は少し眠ってもらっています。彼らが目を覚ます前に、貴方の一声でこの醜い争いを止めさせていただきたい。」

「無礼者!誰に物を申しておる!余はこの星を治める王だぞ!その余の座が危ない時だと言うのに、何をバカな事を…」

「そう。だから貴方の一言さえあれば、戦いは終わる。そうでしょう?」

 王は黙り込む。だが、今更後には引けない。今退けば確実に攻め込まれる。そうすればより多くの被害が出る。何より自分の首も、王座も危ない。

「…今引くわけにはいかん。」

「ご安心ください。私の相棒が、同じ様にあなたの弟さんと交渉してくれてる。ここで戦争を終わらせれば、これ以上誰の血も流れない。戦いではなく、もう一度話し合いで決めるべきだ。」

 青年は王の心を読むように言ってみる。一瞬の沈黙と静寂の後、王は呟いた。

「…終わらせよう。これ以上、民を犠牲にするわけにはいかないな。」


 戦争はこうして、あっさりと終わりを告げた。二人の王の声により、その赤々とした惨状は収束した。そしてかつての戦地には、数ヶ月後には犠牲者の墓で埋まっていた。

「…これで良かったんだよな。ゼノン。」

 勇ましい姿の赤き巨人が、相棒に問い掛ける。

「ああ。これでこの星の文明は再び平和へ向かう事だろう。これで、私達の任務は完了だな。マックス。」

 端整な顔立ちをした相棒が、それに答えた。使命を全うした紅き二人の勇者は、未来を掴み取った文明を背に何処かへ飛び去っていった…。



 私の名はウルトラマンゼノン。文明監視員だ。私の仕事は星々の文明を監視し、その平和と秩序を保つ事。時には文明同士の争いの和解の為に干渉することもあるが、それは銀河に影響を及ぼす様なレベルの時だけ。基本的には『監視』そのものが任務だ。以前の惑星オーティ=ラキムの事件にしても、数多くの文明が交わる貿易港を担う星だったから和解の仲立ちをした。本来の任務を思えば、なかなかレアなケースだったのだ。

 だが、その任務の常識を覆しつつある存在が一人。私の相棒・ウルトラマンマックスだ。彼もまた私と同じ文明監視員の同志なのだが…。

「マックス、本当にあの星へ行くというのか?本来なら規則違反だぞ?一つの文明に干渉し続けるなんて…。」

「わかっている。だが…あの惑星は私たちの同胞と深い所縁を持つ星だ。私もあの星の文明に触れてみたい。」

 私は呆れ半分に俯いた…が、渋々顔を上げ、そのまま天を仰いだ。

「…仕方ないな。私も一緒に行く。もし上から怒られようものなら責任は半分こ、だからな。」

 私は口元を僅かに緩ませた。まあ、彼ならうまくやってくれるだろう。私は彼が万が一でも度が過ぎたことをしないように監視役としてついていく。そうするつもりだった。


「ゼノン!これは一体!?」

「わからない!だが少なくとも危険なのは確かだ!先に地球に行ってろ!ここは私が引き受ける!」

 太陽系の最端・冥王星近くの衛星で、何者かの襲撃を受けた。私はマックスを地球へ急がせた。もし地球文明を揺るがそうという者が居るのであれば、さすがに放ってはおけない。

「…良かったのか?貴様独りではこのゼットン軍団を倒せまい。」

 そう言って影から姿を現したのは、ゼットン軍団を操っていたバット星人だった。話には聞いたことがある。昔もこうしてゼットンを操っていたらしいが、まさか複数体連れて来るとはな…。

「貴様!何が目的だ!」

 私はバット星人に怒鳴り上げる。

「私は…いや、『私たち』の最終目標は、この宇宙の地球に存在するバーサークシステムを起動させ、地球文明を滅ぼす事。そしてバーサークシステムを我らの物とし、ゆくゆくはこの宇宙全体を支配することだ!」

「何…?だが貴様らが何をしようががもう遅い!地球に向かったマックスが全て蹴散らすはずだ!」

「フッ…そんな事は関係ないのだよ。『私たち』が攻撃を仕掛ければ、地球の防衛チームが動く。そして敵が強くなればなるほど、奴等は地球の科学力で対抗してくる。そうすれば次第に環境は破壊されていき、最後には自動的にバーサークシステムは動き出す!そしてもう既にその為の賽は投げられた…何をしようがもう手遅れなのだよぉ!!フッハハハハハ!!」

 バット星人は声高らかに笑った。まるで勝ちを確信し、敗者を見下すかのように。だが。

「…それは良い事を聞かせてもらった。その程度の事でマックスが死ぬとでも思ったか?あいつはな…最強最速の男なんだよ。むしろ情報提供してくれたことを感謝する!」

 私はそう言い放ち、ゼットン軍団に向かっていった。十体ものゼットンの真上へ飛び、そのままゼノ二ウムカノンを浴びせる。ゼットンの固まりを切り裂くように浴びせ掛けたその光線は、中心にいた一体に集中的に当たり、その個体を撃破した。頭上からなら吸収されないらしい。

 私は地上に降り立ち、構えを取りつつゼットンの動きを伺う。動き出した三体に反応するように、私も奴等の元へ駆け出した。真ん中の一体の腹にまず蹴りを入れ、左右の二体を両腕で弾く。そして左の一体の角を両手で掴み、一気に下に引きずり降ろして膝を付かせた。そして顔面に連続パンチを浴びせ掛け、最後に渾身の顔面ストレートで吹っ飛ばし、爆発四散させた。残りの二体が後ろからこちらへ向かってくるが、私はすぐに振り返り、両腕でラリアットを首元に決めて転倒させた。二体が怯んでいるうちに、私はゼノ二ウムカノンで一掃した。

「バカな…。ゼットンだぞ…!こうも簡単に4体も仕留められるとは…。」

 バット星人は慄き、後ずさりをする。

「侮ったな…。文明監視員はただの監視係じゃない。強靭な心身を持った者でなければ、こんなに難しい任務は務まらない!私もマックスも、幼い頃から共に切磋琢磨しながら育ってきた…こんな簡単にくたばりはしない!」

 私はそう言いながら構え直す。残り六体。

 ゼットン軍団は一斉に火球を放つ。が、後ろに飛びつつそれをかわし、私も額のシャインオーブからゼノ二ウムビームを射出し牽制する。面倒だ…一気に片付けよう。私はゼノ二ウムカノンの時と同様に両腕を広げてエネルギーを溜め、それを光の刃の様に両腕に纏わせた。そして両腕をX字に組み直し、再び開いてその刃をゼットン軍団に向けて解き放った。複数の敵との対戦用に取っておいた派生技・ゼノ二ウムスライサーだ。

 再び飛んできた火球を弾きながら飛んで行った光刃はゼットン軍団に命中し、物の数秒で爆散した。

「クッ…そんなバカな…。」

 狼狽するバット星人に近づき、見下ろした。

「最後はあんたか?私はいくらでも相手になるが。」

 私の言葉に、バット星人は膝から崩れ落ちた。手を地につけ、絶望しきったような姿をみせる。

「フッ…フハハハハハ!!これで終わったと思うなよ!最後の一体は…」

 そう言いながら地面を強く殴りつける

「…この星そのものだ!」

「何!?」

 私が驚くのも束の間、衛星が大きく揺れ始め、星が消し飛ぶような爆発を起こした。さっきまで地面だった岩石は吹き飛び、星の中枢を担っていた『何か』がその姿を露にした。半透明な膜の中に黒い物体があり、その物体の数か所から金色の光がぼやけて見えていた。

「こいつはゼットン星人から託された最後の個体だ…。今までキングジョーを食わせて鋼鉄の如き肉体に育て上げていたが、ここまでくればもうその必要はない!最後の養分は…私自身だぁっ!!」

 そう言い、バット星人はゼットンの繭に飛び込んでいった。繭に溶けていくようにバット星人は吸収され、急成長を遂げた中身に押され繭が弾け、中のゼットンが孵化した。そしてその中からは4機の黄金のロボットも出てきた。餌になり損ねた、キングジョーである。

「まずい…流石にこの組み合わせはマックスでも危ないぞ…私も行かないと!」

「待て。そう焦るな。」

 地球に飛び立とうとした私を、突然何者かが制止した。先ほどまで誰の気配もしなかったのに…いつの間に…?

「貴方は…!ウルトラセブン!?」

 振り返った私が目にしたのは、故郷にも居ないはずのウルトラセブンだった。今は変身能力を封印し地球に留まっていると聞いたが、何故ここに…?

「私は恒点観測員340号ではない。似てるが、別人だ。」

「ってことは…貴方がセブン上司!?」

「まあ、そう呼ぶ者もいるな。」

 驚いた…話には聞いた事がある。ウルトラセブンとよく似た容姿をした同胞がいると。かつてウルトラセブンが地球を離れる直前、体調を崩したセブンの身を案じ、故郷への帰還を促したと聞いている。

「何故…貴方がここに?」

「平たくいえば、仕事だ。君達と同様、私たちの仕事も活動範囲が広いからな。」

「そうなんですね…。あっそれはそうとマックス!早く行かないと彼が危険なんです!」

「待てと言ったろう。いくら君が行っても、あの硬く強化されたゼットンは倒せないだろう。例え肉弾戦で互角に戦えたとしても、止めの一撃を加える事はできない。」

「…だとしても、ここで指を咥えて見てるわけにいかないでしょう!?」

「君の気持ちもわかっている。だから行く事そのものを止めるつもりはない。その代わり、これを持っていけ。」

 そう言ってセブン上司は、金色に輝く鳥のようなものを取り出した。

「…これは?」

「もし奴に止めを刺せないとなった時、これを使うといい。これには小宇宙の如きエネルギーが詰まっていてな。死に絶えた者に生命を与え、逆に命溢れる者を死に追いやる程の力を秘めている。エネルギー消費が激しいからあまり多く使う事は勧めん。だが、いざという時にはこれが鍵になるだろう。」

 そう言ってセブン上司は、私にその輝きを…後に『マックスギャラクシー』と呼ばれるようになるそれを渡した。

「ありがとうございます…!でも、なんでこれを貴方が?」

「それはまぁ…部下の危機を放っておくほど私も鬼ではないからな。」

「部下…?それってどういう意味ですか…?」

「あまり有名な話じゃない、君が知らないのも無理ないか。実はな、文明監視員という役職を作ったのは他でもない私だ。」

「え…そうだったのですか!?でも何で、恒点観測員の貴方が?」

「私達の仕事は、星々の地形を調査する事。様々な星を見て回り、その情報を纏める事だ。しかし中には知的生命体が生息し、文明を築いている惑星もある。その対処まで私達の手が回らなくてな。事実、恒点観測員340号…もとい、ウルトラセブンのように、文明に関わる事を優先する者もいたからな。そういった事態が増えるのを危惧し、任務の両立を図るべく私が立ち上げたのが、今の君達の職務・文明監視員…というわけだ。」

 セブン上司は淡々と語った。私はそれなりに長くこの仕事をしていたが、初めて聞いた話の内容にただ驚くばかりだった。

「…それはそうとゼノン、君の親友の事が先だ。早く行ってあげなさい。ただし、あまり過度に干渉しすぎるなよ。君もマックスも、あくまで監視が任務だ。もし地球の文明同士で戦争が起きたとしても、それに干渉するのは規則違反だ。」

「わかっています。そもそも、地球に干渉してる時点でマックスも本来なら罰せられるかもしれない…けど、私は彼がやろうとしていることがとても悪だとは思えない。私は彼の志に最後まで寄り添うつもりです。」

「…わかった。君らの上司には、私から一言声を掛けておく。思うままにやって来い!」

「はい!感謝します!」

 私はセブン上司の言葉に背中を押され、地球へと旅立った。

 それからしばらくの間、私はゼットンの侵攻を止めるべくゼットンとの攻防を続けていた。だが地球でのゼットン星人の策略が本格化したことで私の抵抗を振り切り、ついにゼットンは地球へ降り立った。


 ーここから先は、皆さんの記憶通りだー


「敵は4機だ。地球を頼む。」

 ゼットン星人との戦いからの約半年間。私はバーサークシステム、及びそれを保有する地底文明デロスの監視を続けていた。もし地上の文明との戦いに発展した場合、公平を期す為に私も地底へ赴く必要がある。そうしなければどちらかの文明に加担した事となり、規則違反になるからだ。仮にマックスだけで戦ったとしても、彼なら勝てるだろう…だが、暴力で解決して良いのだろうか。私はできる事ならば無益な争いを避けて解決させたい。その為に、いつデロスが動き出すかを監視していた。

 そしてその一方で、私は多くの外敵が地球へ攻めて来る度にその侵攻を食い止めんと戦い続けていた。以前戦ったバット星人しかり、侵略行為で地上の人間達の文明の進化を促し、バーサークシステムの暴走を狙い続ける宇宙人達。地球人やマックスに手を加えさせるわけにはいかず、私は地球を外から守護し続けていた。だがその敵の余りの多さに取りこぼしてしまう事もあったが、その場合はマックスと地球人達を信用し、任せる他なかった。

 彼なら誰が相手だろうと負ける事はない。素の戦闘能力でも十分やり合える。だが彼一人の力で解決できそうにない場合は、私がマックスギャラクシーを送ることで事なきを得ていた。私がわざわざ赴かずとも、彼ならやってくれる。そんな期待と信頼の元、毎度月の裏側から彼からの信号のタイミングで送り届けていた。

 私は人知れず、孤独に戦い続けた。彼らの盾になる為に…。


 そんな具合で過ごした半年間。思ったよりも早く、『その時』は訪れた。バーサークシステムが起動し、地上文明の調査をし始めたのだ。そろそろ、私も動かなければ…。

 だが、タイミングというものは常に悪いようだ。

「…ウルトラマンゼノン。そこをどいてもらおうか。」

「貴様…スラン星人…!」

 以前もこうして攻めてきた侵略宇宙人の一人・スラン星人。多くの円盤が地球を目指していたが、一機を除いて全て排除した。だが再び会う事になるとはな…。

「以前は同胞が世話になったな。多くの家族が貴様に殺され、生き残った一人もウルトラマンマックスにやられた。その恨みをここで晴らさせてもらおう。」

「あいにく私は忙しいんだ。さっさとお帰り願いたいが…仕方ない!」

 私はスラン星人に向かって飛行し、その勢いのままにスラン星人に流星の如きキックで円盤を貫いた。円盤は爆発を起こしたが、中に搭乗していたスラン星人は無傷で私の前に姿を現す。

「そんなものか…。そんな事では、我ワレ『文明崩壊同盟』の侵攻を食い止めるコトは不可ノウだ…。」

「『文明破壊同盟』だと…?何だそれは!?」

「そのナノ通り…文明のハカイを目論むモノたちの同盟だ…。ワレ等スラン星人を筆頭に…ウッ…多くの参加者がいたが…私を除いて…ウッ…全てウルトラマンマックスに滅ぼされた…。」

 スラン星人は体を痙攣させるように体を小刻みに揺らしながら、おかしな抑揚を付けて話す。

「カレ…には…キエテ…もらう…。私はカレを…殺す為にここにやって来…ータ…。」

 奴の目的はマックスか…。いくらマックスでも、バーサークシステムが完全に動き出せば危険だ。下手をすれば命が危ない…。ただでさえ危険な状況なのに、これ以上彼に手間をかけさせるわけにはいかないな…!

「だったら貴様をここで食い止めるしかなさそうだ…!いくぞスラン星人!」

 私はマックスギャラクシーを地球に投げ渡し、再びスラン星人に突進し、奴の体を押さえつけた。そしてそのまま、月の裏側まで一気に運び去り、そのまま月面に叩き付けた。

 私は月面に着地し、スラン星人に向かって駆け出す。スラン星人も意識を取り戻したように立ち上がり、こちらへ同じく駆け出した。私とスラン星人はそのままぶつかり合い、地面から土と石が舞い上げる。私は勢いにバランスを崩しつつも何とか体勢を立て直し、頭をもたげる奴の首を掴み、そのまま腹に膝蹴りを食らわせる。その勢いで舞い上がった奴の体にハイキックを食らわせ、一気に後退させた。

「悪いが、マックスが心配だ。ここでさっさと終わらせる。」

 私は両腕を広げ、エネルギーを充填させる。そしてそれを逆L字に組もうとした、その瞬間。

「ま…待ってくれ!私はただ脅されて…!」

 突然スラン星人が悲痛な声を上げた。その声に、私は思わず手を止める。

「…どういうことだ。貴様を筆頭に多くの異星人が地球の文明を狙っていた。さっき貴様自身がそう言ったばかりだろう?」

 構えを解きながら、私は問い掛けた。

「確かに、私達の一族は地球文明を恐れて侵攻を奨める者が大半だった…。けど、私個人はそんな事に興味は無い!私はただ、母星で暮らせればそれで良かった!だが…ウッ!?」

 突然、スラン星人の体が先程のように大きな痙攣をし始めた。その様子はまるで、何者かが体を乗っ取り、憑依するかのような…。

「どうした?!『だが』何なんだ!答えろ!」

 私はスラン星人の両肩を掴み、激しく揺さぶった。ようやく痙攣が収まり、ぐったりと頭をうなだれるスラン星人。発作か何かだったのか…。

「落ち着いたか…。答えろ。お前は何故ここにいる?」

「……。」

 スラン星人は何かを小さく呟いたが、声が小さくて全く聞こえない。

「何だって?もっとはっきり答えろ。」

「……ヵㇾ-タ。」

「…えっ?」

「…ウオォォォォォォァァァァッ!!!」

 突然、スラン星人は何かに目覚めたように暴れ出した。私の手を振りほどき、その拳を私の腹に叩き込んでくる。

「グハッ!?」

 不意打ちに反応できず、今度は私が後ろへ吹っ飛ばされた。スラン星人は持ち前の超スピードでこちらへ真っ直ぐ突き込んで来た。その手の先には禍々しいエネルギーの塊が集中している。一撃でも食らえば命が危ないと、本能が教えていた。

(まずい…!)

 私は反射的に両手をクロスして体を守ろうとする。だがその動作も虚しくスラン星人はこちらへ向かってくる。マックスのように、私にもコメットダッシュが使えれば…。諦めかけたその時。 

「ゆるゆるしている場合じゃないぞ!諦めるなゼノン!」

 その声と共に、何処からともなく飛んできた白い光輪がスラン星人に命中し、直線運動の角度をずらす。頬をかすめるようなギリギリの角度にスラン星人の攻撃の軸がズレ、私の後方へひとりでに飛んで行った。

「大丈夫か?」

 その声と共に私の目の前に降り立ったのは、誰にも負けない銀色のヒーローだった。

「貴方は…勇士司令部のネオス!?何故こんな所に?」

 私はゆっくりと立ち上がりながら彼に聞いた。

「ゾフィー隊長に頼まれてね。別の宇宙で君達が危ない、だから行って様子を見てきて欲しいってね。けどどうやら、見てるだけじゃダメそうだ。」

 ネオスはそう言って、フラフラになりかける私の体を支えながら答える。

「別の宇宙って…?」

「細かい話は後だ。まずは、あいつを何とかしないと。」

 その言葉に私はスラン星人の方へ向き直る。スラン星人は痙攣を起こしながらも立ち上がり、あくまで戦いを続行する姿勢を見せる。だがその体は先程の突進の勢いで地面に大きく削られ、体の三割が損失していた。何故こんな状態で立っていられるんだ…。

「ウゥ…ウォォッゥァァ!!」

 スラン星人が残った片腕を振るう。その手から放たれた何かがみるみる成長し、形作られていく。今まで見た事のない五体の怪獣。実体化したそれをスラン星人は無理やり飲み込み、体の足りない部分から補う様に徐々に変化させていった。みるみるうちに変化したスラン星人は、それまで別々だった五体の怪獣の特徴を身に纏う一体の赤い合体怪獣へと姿を変えた。

「こいつは…?」

「俺も見たことがない…。とにかく行こう!」

 私とネオスは合体怪獣へ向かって駆け出す。だが奴はその大きな体躯に似つかわしくない猛スピード…それも素体となったスラン星人のような…でこちらへ迫ってくる。

 私達は奴の両腕を押さえつけ動きを封じようとするが、二人分のパワーをもってしても奴の侵攻を食い止められず後退する。私はたまらず怪獣の腹に膝蹴りを叩き込み、さらに前蹴りの追撃を食らわせる。そこにさらにネオスも続いて飛び蹴りを腹に叩き込み、私も頭部にハイキックを決める。怪獣は動きを一瞬止めるが、戦意はまだ失ってはいない。

「攻撃の手を緩めるな!休まず攻め続けろ!」

 そう言ってネオスは両腕をX字に組み、マグ二ウム光線を発射した。だが左腕の大きな眼球のようなものに吸収されてしまう。

「わ…私も加勢します!」

 そう言って私も両腕を横に開き、ゼノ二ウムカノンを加えた。左腕の眼球は吸収し続けたが、やがて限界を迎えたのか爆発し、破損した。

 それに怒った様子を見せた怪獣は、残った右手と腹と口から光弾を一気に解き放つ。ネオスは素早く避け続け、さらに額のブロウスポットからウルトラ・マルチ・ビームを射出し牽制する。私も何とかかわし続けるが、攻撃に転じる程の余裕はない。

「クッ…いい加減にしろ!」

 ネオスは右腕からウルトラ・ライト・ソードを引き抜き、光弾を弾きつつ間合いを詰め、ゼロ距離でチョップの要領で斬り付けた。そしてそのまま怪獣の体を後ろへ押し返す。

 私はその勢いに乗じ同じく距離を詰め、右腕のハサミの首を掴み、ハサミの片側にエルボーで破壊した。

 怪獣は残った体の部位で何とか生き残ろうと、背中の翼を展開し飛翔する。そして右腕に残ったハサミのもう片方を剣のように振るい、二人に襲い掛かった。

「こいつ…何としてでも戦おうと…。」

 私は攻撃を避けつつ反撃の機会をうかがう。

「キリがないな…。こうなったら一気に…!」

 ネオスは左腕を前に、右腕を斜め後ろに伸ばしてエネルギーを溜める。だが…。

「…待ってください!」

 私はネオスを制止してしまった。彼は驚き、一瞬動きを止め、こちらへ振り返る。その一瞬の隙を突かれ、怪獣が口から吐いた光弾をまともに食らってしまった。

「何故止めた…もう少しで倒せただろう?」

 息を切らしながらネオスが問いかける。

「あの怪獣の中のスラン星人…。あいつ、本当は戦いたくないみたいなんです。それを殺すなんて私には…。」

 私は傷口を押さえながら答えた。奴はどこか、様子が普通じゃないようだった。地球を狙う侵略者としての一面、そして平和に暮らしたいと願う一面…。まるで二重人格のようだった。その真偽も確かめたい…そして何より…。

「わかった…でも体が完全に融合してる場合、うまく切り離せるかどうかわからない。もしもの時は…覚悟しておいた方がいい。」

 ネオスは深刻な声で私に諭す。それに答え、私は静かに頷いた。

 怪獣は再び光弾を放つが、私達は左右に回避する。そして私は額のシャインオーブからゼノ二ウムビームを、ネオスはブロウスポットからウルトラ・マルチ・ビームをそれぞれ射出し、右腕の壊れかけていたハサミを完全に破壊した。そして私達の後ろへ飛んで行こうとして背中を見せた怪獣にゼノ二ウムスライサーを放ち、翼を体から削ぎ落した。背中が露になり、そこから中に埋まっているスラン星人の姿が見えた。

「あれか…俺が押さえてる間に引っ張り出すんだ!」

 そう言ってネオスは素早く落ちてきた怪獣の表皮を押さえつけ、地面に引きずり降ろす。私も急いで駆け寄り、怪獣の体からスラン星人の体を引き出した。幸い完全に融合していたわけではなく、問題なく引きずり出せた。それどころか、先程の体の削れた部分も再生していた。

「良かった…。これで助けられる…。」

 私は安堵のあまりに声を漏らす。ほっと一息つき、ゆっくりとスラン星人の体を地面に降ろした。そして合体怪獣だった表皮は溶けるように消失してしまった。

「ネオス、ここを頼みます。私はマックスの元へ行かなければ。」

 ネオスが頷く。私は向かおうとして飛び立った。だが…。

「…!?危ないゼノン!」

 後ろからネオスの声。慌てて振り返ると、スラン星人が放った光弾を自らの体を盾にして受けるネオスの姿があった。

「ネオス!」

 私は急いで踵を返し、ネオスの元へ駆け寄る。

「気をつけろ…奴はまだ…。」

 そう言い残し、ネオスは気を失った。

「甘いナ…死体を見るマデは勝ちを確信してはいけないと習わなかったのか。」

 スラン星人は先程までの弱々しい様子を消し、こちらへの戦意を剝きだしている。

「お前…さっき言ったよな…?本当は侵略行為なんかしたくないって…アレは嘘だったのか…?私はお前と対話できると思ってた…。戦わず、話し合いで解決できると思っていた!全部嘘だったのか!?」

「…想像に委ねる。」

 スラン星人は無機質かつ静かにそう言った。そして戦う姿勢を見せ続ける。あくまで話し合いに応じる気はないというのか…。

「そうか…。不本意だが…貴様がそういうことなら。」

 私は構えを取り直し、スラン星人を睨み直した。言葉で語り合えないというなら、拳で語り合う他ない。私は覚悟を決めた。

 私はゼノ二ウムビームでスラン星人の足元を狙う。そして奴が上に飛んだのに反応し、私も飛び上がり頭部にハイキックを食らわせる。さらにスラン星人の体を押さえつけ、自由落下の速度を超えて私の体ごと地面に叩き落した。言うなればゼノ二ウムドライバーといったところか。

 頭部に連続攻撃を食らったスラン星人はフラフラとよろめく。だが眼だけはこちらを睨み続けていた。

「フン…ナルホドな…パワーはマックスに匹敵…いやそれ以上か…。だがこの体…いや、このスラン星人の持ち味はそこではない!」

 そう言ってスラン星人は高速移動で私の周りを取り囲む。まずいな…。マックスとの模擬戦でも唯一、コメットダッシュだけは未だに見切ることができない。しかも彼なら動き方のクセからどう攻撃してくるか予測して対処できたことはあったが、今回はそうはいかない…。

「どうした?貴様はマックスのように超スピードで移動できないのか?」

 痛い所を突いてきやがる…。こんな時、マックスならどうする…。

 そんな事を考える隙に、スラン星人は光弾を連続で撃ち込んでくる。私はその場に膝を付き、ただ的のように攻撃を浴びせられ続けた。

(教えてくれ…マックス…。君ならどうする…?)

 そんな思いから、テレパシーでマックスの様子を伺ってみる。だが…今のマックスは大きな彫刻のような機械獣…後に名前を知る『ギガバーサーク』に磔にされ、輝きを失っていた…。

(マックス…!?そんな…私がこんな所で手をこまねいている間に…!)

 私は急いで救出しに行く為に立ち上がろうとするが、スラン星人の相次ぐ猛攻に耐えきれず再び地に倒れ伏してしまった。

(ゼノン…聞こえるかゼノン…。)

 突然脳内に聞こえた、馴染み深い声。だが、その声はいつもの元気は失せ、弱々しくかすれている。

(その声…マックスか?大丈夫なのかそんな事になって…いくらお前でも危ないだろ…?)

(私のことは大丈夫だ…お前が送ってくれたマックスギャラクシーのお陰でな…。それに今は地球人も協力してくれてる。彼らなら、この星の未来を自力で掴み取る強さを持っていると私は信じている。)

(そうか…さすがだな。やっぱりお前は凄いよ。たった一人で、どこまでも行ってしまうんだな…。)

 それに比べて、私はこのザマだ…。私はぐったりとうなだれた。

(何を言ってるんだゼノン…私は独りなんかじゃない。お前が地球の外から助けてくれなければ、私は今日まで勝ち続ける事はできなかったじゃないか…。それに、今は地球人の皆も動いてくれてる。今は私の事は大丈夫だ、だからお前もお前のできる事をやりきるんだ!)

 私はその声に、小さく頷く。そして光弾を受け止めつつ弾き返しながら、ゆっくりと立ち上がっていく。

「ほお…まだ立てる余裕が残っていたとはな。だが、お前一人に何ができる?ウルトラマンマックスならまだしも、奴の様な速さを持たぬ貴様など、私の敵ではない!」

 スラン星人の口撃が私の心にドスのように突き刺さる。だが、私はもう折れない…!

「スラン星人!私は確かにマックスには勝てないかもしれない!掲げた理想も守り切れず、親友の背中も追うばかり…。でもな…例えそうだとしても、私には私にしかできない事がある!私は私のやり方で越えてみせる!貴様も…マックスも!!」

 私は完全に立ち上がった。再び構え直し、回転し続けるスラン星人の方を見た。

「あくまで抵抗し続ける気か…。だが無駄だ。高速移動を使えない貴様に何ができる!?」

 スラン星人の全ての残像が攻撃の構えになる。だが…。

「ヵㇾ…食らえ!」

 私は目を凝らし、スラン星人の動向を詳しく見続ける。

(…そこか!)

 私の背を狙うように光弾が発射される。だが私は即座に振り返り、ゼノ二ウムビームで相殺した。

「何?!クッ…まだだ!」

「いくら撃とうが無駄だ!もうお前の動き方のパターンは見切った!」

(7時…8時!1時…3時!9時!2時…4時!)

 連続で発射されるスラン星人の光弾のやって来る方向を見切り、順番に次々と弾いていく。

「文明監視員を侮ってもらっては困るな!『視る』事に関しては我々はプロなんだよ!貴様が攻撃する方角の残像だけ、一瞬体の痙攣が見て取れる!」

 私はスラン星人に言って聞かせる。

「なるほどな…誤魔化しは効かないということか。それなら全方位から撃てば良い!」

 スラン星人はその言葉通り、全方向の残像が攻撃態勢に入る。

「残念だったな!ネタバレっていうのは最後まで取っておくから面白いんだよ!」

 全ての像が攻撃態勢ということは、どの方向に撃ってもそれが実像。残像として避けられる事はない。私は両腕を左右に広げ、エネルギーを充填させる。

「貴様の方がよっぽど分かりやすいな!どこに撃っても当たるとでも思ったか?ならこっちが先に撃てば良いんだよぉ!」

 スラン星人が光弾を一斉照射する。だが、これは完全に想像通りだ。

「そっちが全方位から来るのは予測済み!だったらこっちも全方位に撃てば良い!」

 私は両腕のエネルギーを手刀に集中させ、 両腕をクロスし体を回転させた。体の周りを取り囲むようにエネルギーのリングを形成し、それを拡大するように解き放った。ゼノ二ウムスピンスラッシャー…と名付けようか。

 スピンスラッシャーはスラン星人の放った光弾を弾き返し、全ての残像に洩れなく命中した。逃げる間もなく攻撃を食らったスラン星人は動きを止め、その場に膝を付いた。

「バカな…マックスならともかく、貴様に見切られるだと…。」

「お前さっきから失礼だな…。口を開けばマックス、マックスと…。私はな…マックスの事を親友とは思ってるよ…だが同時に…!あいつと比較されるのが何よりも大嫌いなんだよ!」

 私は怒りのあまり、胸ぐらをつかみ拳を振り上げる。そしてそれをスラン星人の顔面目掛け降り降ろし…

「もう十分じゃないか?」

 そう言って私の拳を受け止める一人の男の声。振り返ると、その主はネオスだった。意識が戻ってたのか…。

「こいつを助けたいって言ったのはお前だろ。少し落ち着け。」

 その言葉に私は冷静さを取り戻し、ゆっくりと握った拳を開いた。そしてその手をスラン星人に差し伸べる。

「…さあ、話してもらおうか。お前の事情を。さっきの話の続きを。」

 スラン星人は下を向き、しばらく黙りこくっていた。そして少し間を開けて、ゆっくりと話し始めた。

「…我々の故郷のスラン星は…文明同士で争いを繰り返し、壊滅寸前だった。そこで同胞は新たな居住地を探し、豊かなこの地球という星に目を付けた。そこまでは良かったんだ。侵略ではなく、あくまで移住のみを目的にしていたから。だが私は…旅立つ少し前に何者かに心と体を乗っ取られ、次第に精神が奴のものと同化を始めたんだ…。そして気づけば、文明破壊同盟などというものが出来上がり、多くの星人たちを束ねて地球への侵攻を始めていた…。」

「体を乗っ取られていたのか…それでさっきみたいに意識が混在してたんだな。それで、その何者かの正体は?」

「わからない…ただ、奴がスラン星の滅亡を裏で操っていたらしいんだ。精神の同化の影響でこいつの記憶が見えたんだが、こいつはどうやら文明の滅亡をいくつも裏から操って成功させてきたらしい…。」

「何…?まさか今度の地球の侵略も…。」

「あぁ…地球の怪獣を目覚めさせる何らかの仕掛けをこの星にして置いた事で地球文明の中の戦闘部隊を成長させ、文明の異常な進化を促した。そして追い打ちを掛けるように異星人の侵攻を同盟のメンバーを送り込み、更なる地球文明の進化を促した。そして最終的に地下の文明を目覚めさせ、最期はどちらの文明も争いによって自滅させる…。それが奴の計画だった。」

 バカな…たった一人の寄生生物の仕業でこの一連が起きていたとでも言うつもりか…?とてもにわかには信じられない事だ。例えこの私が信じたとしても、他の誰も信じてはくれないだろう…。

「でも、あんたもマックスも凄いよな…。あれだけ大勢の同盟を、たった二人で壊滅させてしまうなんてな…。」

「何を言うんだスラン星人…。私は…」

「あんたもだ。マックスの地球での活躍の方が目立ってしまうかもしれないが、それを可能にしていたのはあんただろう?多くの円盤を撃ち落とし、サポートもこなし…。あんたが居たから…マックスも無理なく戦えてたんだと思うぜ…。」

 スラン星人は弱りゆく意識の中で私にそう言った。彼の体が少しづつ冷たくなっていく。

「おい…待てよ!まだお前に聞きたいことが…!」

「最期を看取ってくれるのがあんたで良かったよ…。助けようとしてくれて、ありがとうな…。いい…気分だ…。」

 私の呼び掛けに応える間も無く、スラン星人は事切れた。とても先程まで戦っていた獰猛な敵とは思えないくらいに、安らかな死に顔で…。

 私は声を殺して泣いた。助けられなかった後悔、悔しさ。自分を認めてくれた存在が、自分の手の中で消えゆく悲しさ。助けると誓った相手を手に掛ける事でしか止められなかった罪悪感。様々な感情を押し殺すように私は泣いた。

 そしてその背後では、地球から伸びる一筋の巨大な長い光の刃が鋭く輝いていた。

「どうやら、向こうも解決したみたいだな。」

 ネオスが私の肩に手を置きながらそう告げた。ギャラクシーソードは大きな軌道を描き、地上へ降り注がれた。

「ネオス…私が居た意味って何なんでしょうか…。守りたいものも守れず、マックスも結局、私が居なくても戦い抜いて…。私は…」

「ゼノン。本気でそう思っているのか?」

 ネオスが私の言葉を遮るように鋭い口調で言った。

「マックスが今まで戦ってこれたのは誰のお陰だと思ってる?他でもない、君が居たからじゃないのか!? 君がずっと支え続けていたから!君が彼の為を想って戦い続けていたから、彼もまた戦い抜いてこれたんだよ! 今回にしたってそうだ!スラン星人の侵攻を君が食い止めてなきゃ、いくらマックスでも完全に詰んでた! 君が人知れず戦ってたから、マックスは勝てたんだよ!」

 ネオスは私の肩を揺らし、強く訴えかけた。

「俺もわかるよ。俺だって、勇士司令部のエリートだなんて言われる割にはあまり活躍が多くないように感じるし。何ならウルトラ兄弟の一員に選ばれたっていいはずなのにさ…。正直言って、本当に悔しいよ。でもな、例え待ってくれてる人が少なかろうと、そんな事は関係ない! 君を必要としてくれる人は必ずいる!そんな人達の呼び声に応えて、君にしかできない事をやり遂げる!それが俺達ウルトラマンだろ?!」

 ネオスは私の顔を覗き込み、強く語り掛ける。私は小さく頷き、目元を拭うような仕草をした。

「それにな…例えサポートでも、支えてくれる仲間がいるってだけで、結構頼もしいものだよ。俺にも相棒と呼べる仲間がいて、地球で戦ってた時にすごく助けられた。きっとマックスだって、君に感謝してると思うよ。」

「そうだと、良いですね…。」

 私は力無くそう答えるのが精一杯だった。ネオスの言っている事は全て正しい。でも今の私は、その言葉を素直に受け入れられる精神状態ではなかった。


 ネオスは先に光の国へ帰還した。私もその後、戦いを終えたマックスと共に光の国へ帰還する。

 月の裏で待機する私の所へと帰ってきたマックス。

「ただいま、ゼノン。」

「…お帰り。マックス。」

 小さなこのやりとりが、少々ほろ苦かった。



 マックスの地球訪問から、長い月日が経った頃。私は再び文明監視員として、この広い宇宙を飛び回っていた。時間が経った今では、あの日のネオスの言葉を胸に活動できるまでに心は回復していた。彼が言ったように、私を必要としてくれる誰かの為にと、日々の文明監視に勤しんだ。

 時には故郷へ帰り体を休める日もあったが、ウルトラマンの故郷という事で戦いを仕掛けられる事も何度かあった。牢獄を破ったベリアルが起こした、第2次ベリアルの乱。帝国から送り込まれた、ダークロプス軍団の襲来。だがそのどちらも、戦いには参加したものの私の活躍はあまり芳しくはなかった…。

 そんなある日、光の国に訪問者が来ていた。地球から来た、『彼ら』の孫たちだ。メビウスを始めとしたウルトラ兄弟が守った地球からの贈り物、そしてその後のZAPスペーシーの訪問以来、三度目の出来事だった。

 マックスと話す、かつて彼が体を借りていた青年と良く似た人物。彼こそがトウマ・カイトの孫なのは言うまでもない。マックスの時間を邪魔するわけにはいかないと、私は物陰に隠れて見ていた。詳しい話はあまり聞こえてこなかったが、唯一聞こえてきた言葉は、

「僕たちは未来を掴めました」。

 私の思っていた以上に、地球人も凄かったんだな…と、しみじみとその言葉を私も噛み締めた。


「ゼノン!お前も聞いたか?」

 地球人の皆が帰還した後、マックスが嬉しそうに私に語りかける。

「彼らの孫が、私を訪ねてくれた。ウラシマ効果などの関係でこちらへ来るまで時間が掛かってしまったように感じてるが、それでも私は嬉しかったよ…あの日のあの後、カイト達は自分たちの手で未来を築き上げていったみたいなんだ…デロスとの共存にも成功したらしい! 私はようやく、あの星を訪れた本懐を遂げられたような気がして嬉しいよ…!」

「良かったな…マックス!」

 こんなにも生き生きとしたマックスはいつ振りに見ただろうか…。こんなにはしゃいでいる彼は、幼い時以来だろうか。

 その時だった。いきなり時空が歪み空に城が出現、警備を飛び越えて何者かが光の国へと侵入した。

「マックス!あれは?!」

「ウルトラ兄弟が出払ってるタイミングとは間の悪い…とりあえず行くぞ!」

 危機を察知した私とマックスは、空に浮かび上がる巨大な城へ潜入すべく空へ飛翔した。他にも数人のウルトラ戦士が飛び立ち、その中にはウルトラ兄弟の一員となったメビウスもいた。

「我が名は超時空魔神・エタルガー!ウルトラマンマックス・ウルトラマンメビウスの両名を貰い受けに来た!」

 城の陰から姿を現したその金色の仮面の巨人はそう言い放ち、全身から放った赤い光弾で警備隊員を次々と撃ち落とした。

「クッ…これ以上好き勝手はさせない!」

 マックスは頭部からマクシウムソードを大量に生成し、残りの光弾を弾き返す。その隙に私もエタルガーへ向けてゼノ二ウムカノンを放って応戦した。が、あまりに体の鎧が硬く、避けられることもなく弾かれてしまう。

「貴様がマックスか…噂には聞いているぞ。最強最速の二つ名を持つ実力者だとな。それと隣の貴様は…貴様がメビウスか?」

 エタルガーは私の方を見てそう言う。

「違う!私はゼノン…ウルトラマンゼノンだ!」

「おっと、これは失礼した…だが貴様に用は無い。黙って見ているがいい!」

 そう言ってエタルガーはこちらへ飛んでくる。

「狙いはマックスとメビウスと言ったな…そうはさせるか!」

 私は飛んできたエタルガーの頭部にゼノンキックで応戦、怯んだ一瞬の隙を紡ぐように顔面へパンチを連続で浴びせ掛ける。そして頭を掴んで膝蹴り、少し距離を離して回し蹴りも叩き込む。連続攻撃の衝撃で、エタルガーは後方へ吹っ飛んだ。

「仮面をしてるってことは、恐らく顔が弱点だ!決めるぞマックス!」

 マックスは頷き、右腕を構える。私は体内に粒子化して取り込んでいたマックスギャラクシーを実体化させ、マックスに渡す。

「これで終わりだ!」

 そう叫び、マックスは右手のマックスギャラクシーに左の掌を重ね、私は再び腕を逆L字に組み直した。

「貴様…人の顔に気安く触るんじゃない…!」

 だがエタルガーは、突然態度を急変させる。先程までの紳士的な態度から一変、まるで悪鬼のような圧のある口調へと変化した。

「死ねェェ!ゼノンッ!!」

 エタルガーは再び全身から光弾を一斉に放つ。だが今度は、明らかに本気で殺しに来ているような撃ち方だ。

「構うな!撃て!」

 マックスの声を合図に、マックスはギャラクシーカノンを、私はゼノ二ウムカノンを同時に放った。光弾を弾きながら飛んで行った二つの光線はエタルガーに命中し、胸を確実に捉えた。だが弾ききれなかった光弾も私達にも同じく命中し、二人揃って地へと落ちて行った。

「ウゥ…大丈夫かゼノン…。」

「あ、あぁ何とかな…。だがあいつ、尋常じゃない強さだ…。」

 マックスも私も無事だ。だが私達以外にも多くのウルトラ戦士が、最初の光弾群を食らって倒れていた。

「フン…手こずらせるな。流石は光の国の戦士…他のウルトラマン達とは多少は違うな。」

 そう言いながらエタルガーは胸をさする。僅かだが焦げた跡のような傷口が、遠くからでも見えた。

「まあ良い。これで終わらせる!」

 そう言ったエタルガーは左手から紫色の光を作り出し、それをこちらへ向けようとする。

「まずいな…これは…。」

 私は何とかして立ち上がろうとするが、ダメージが思った以上に大きく立ち上がれない。マックスも、他の戦士も同じ様子で、地に膝を付いている。

「これで終わりだ!」

 エタルガーが左手をこちらへ向ける。圧倒的な力に皆が絶望し、誰もが諦めかけていた。その時。

「そうはさせるか!」

 どこからか、燃え上がる不死鳥を思わせる一人の戦士が飛び立った。先程同じ様に撃ち落とされたはずのメビウスが炎を纏い、エタルガーを迎え撃つ。

 メビウスはエタルガーへ突進していった。勢いをそのままに掴みかかり、その身に纏う炎をエタルガーに移して行く。噂には聞いていたが、実際にこの目で見るのは初めてとなる『あの技』か…。

「エタルガー!お前の目的は何だ!何故こんなことを!?」

 メビウスはエタルガーの体を押さえつけながら問い掛ける。

「俺達の目的は、貴様らウルトラマンを鏡に封印する事だ!それも、若さと強さを兼ね備えた危険な奴らをな! 特にメビウス…貴様のような奴は特に危険なのだよ!ウルトラマンの禁忌とされていたその正体を地球人へバラし、その上で尚も戦い続けた貴様はな!」

 エタルガーはメビウスを引き剝がそうと抵抗を続ける。

「それの…どこが危険なんだ!僕は地球でかけがえのない大切はものをたくさん貰ってここに帰ってきた!そして、それをくれた地球の仲間の思いの答えたくて、今も必死に戦い続けてる…ただそれだけだ! 何が悪いって言うんだ!!」

 その言葉に応えるように、メビウスの体を纏っていた炎が背中へ集中し、一瞬大きな翼のように広がる。そしてその炎を体内へと吸収し、再び胸にその炎の翼を模したような刻印を浮かび上がらせた。

「それだよメビウス!本来ならあり得ないはずの交流から生まれる力の発生源!『絆』とかいう不確定な未知の力!どこまでも肥大化し、いずれは全てを覆し兼ねないその力は非常に邪魔なんだよ!」

 エタルガーは逆上気味にそう言うと、メビウスの両腕を力任せに引き剥がし、城の方へと投げ飛ばした。

「アレーナ様!今のうちに鏡に封印を!」

 その言葉に呼ばれるように、城の中から一人の女性が姿を現した。アレーナと呼ばれたその女性は、手に持っていた手鏡のようなものをメビウスに向けた。

「ウルトラ戦士はこれまで平和を乱してきた!この鏡に封印し、これ以上の身勝手な侵略行為をやめさせる!」

 そう言ってアレーナは鏡をメビウスに向け、飛んできたメビウスに鏡から出した謎の光を照射し、鏡の中へと封じ込めてしまった。

「メビウス!…メビウスに何をした!?」

 マックスは怒りに肩を震わせながらアレーナに問う。

「見ていた通りだ。私のこの魔鏡に封印した。私は、私の故郷を奪ったウルトラマン達を封印している。これまでにも別の時空の地球とかいう星のウルトラマンを3人は封じてきた。その時現れた銀色のウルトラマンが厄介だったが、このエタルガーの能力で何とか封じたよ。」

 アレーナは魔鏡を見つめながらそう話した。その目からは、奪われた憎しみと悲しみに満ちていた。

「バカな…ウルトラマンが意味もなくそんな事をするはずがない!言いがかりはよせ!」

 マックスが怒りを露にし、アレーナに対して感情を剥き出す。

「メビウスを…返せ!」

「ま、待て!行くなマックス!」

 私の制止を振り切り、マックスはアレーナの鏡を狙って飛び立つ。だが同じように、マックスも魔鏡の餌食となってしまった。

「マックスーーッ!!」

 私の叫びも虚しく、鏡の中に囚われたマックスの姿が映し出される。鏡の中のウルトラ戦士は、戸惑う姿や助けを求める姿を見せている。

「マックス…私のせいで…。」

 私は肩を落とし、地面に顔を伏せた。私の力じゃ、マックスも…他の皆も助けられない…。

「さぁ。アレーナ様。次の目的地…遊星ジュランへ参りましょう。」

 そう言ってエタルガーは、もうこちらへ用は無いとでも言いたげな様子で立ち去ろうとする。

 その時、さらに別の時空の穴が開いた。

「待ちやがれ!エタルガーーーッ!!」

 その穴から聞こえた声。ウルティメイトイージスを纏ったゼロだ。ゼロは地面に降り立ち、イージスをブレスに収納した。

「エタルガーってのはテメェか!アスカを…ダイナを返しやがれ!」

 ゼロは腕をL字に組んでワイドゼロショットを放つ。が、エタルガーはそれを軽く弾く。

「ほぉ…?ウルトラマンゼロか。ノアの時は奴と一体化した者のトラウマを全て引き出した精神攻撃によってネクサスへと弱体化に追い込めたから良かったものの、貴様には弱体化の概念が無いからその戦法は使えそうもない…つまり今戦うのは得策ではない。だが、足止めだけはさせてもらおうか!」

 そう言ってエタルガーは、先程の紫の光をゼロに向けて照射した。まずい…!

「危ない!ゼロ!」

 私は残った力を振り絞り、ゼロの前に立つ。

「なっ…ゼノンあんた何を…!」

「ゼロ!お前はここでくたばったらダメだ!生きてエタルガーを追え!そして…マックスを頼んだ!」

 思いの丈は全て吐き出した。そしてエタルガーの光をその身に浴びる。

(なんだこれ…体は何とも無いのに…ウッ!?)

 頭が割れるように痛い。その痛みと共に、過去の忌まわしい記憶が思い出されていく…。



 戦火広がる惑星。それは一つの、M78星雲に属する惑星の一つで起きた内乱だった。『正義』の在り方を巡った、戦士同士の小さな喧嘩からそれは始まった。『悪を挫く』事に徹する者と、『弱きを守る』事に徹する者。似て非なる二つの意見は他の多くの戦士に伝播し、ついには大きな戦争にまで規模を拡大していった。

 戦火はついに戦争に参加していなかった者の元へも燃え広がり、無関係の女子供ですらもその尊い命を落としていった…。

「おかあさーん!どこー?!」

 その炎の中で、母親を捜し歩く一人の少年。全身には火傷や擦り傷を数ヶ所に負い、痛いはずのその体を引き摺るように歩き続ける。

「ねぇ…どこにいるの…?ぼくをひとりにしないでよ…おかあさーん!」

 少年は叫び続けた。歩き続けたその先の視線の先に映った、倒れている一人の女性。少年はその女性に見覚えがあった。

「おかあさん…?」

 少年は母親と思しき女性の元へ駆け寄る。頭部にケガを負っていてハッキリと顔が見えないが、恐らく母だ。

「おかあさん!ねえおきてよ!おかあさん!」

 少年は母の体を揺さぶる。だが母と思しきその女性は…既に冷たくなっていた。だが少年はその事実を受け入れる事ができないまま、力無く母の体を揺すり続けるだけだった…。

「君!ここは危ない…早く逃げるんだ!」

 救助隊の人だろうか。その男の声も意に介さず、少年は母を想い体を抱きしめる。冷たくなったその体を温めれば、再び母が起きると信じて…。

「君…何をしているんだ!もうその人は死んでいる!君の命が今は最優先だ!早く避難をしろ!…聞こえてるのか!」

「…ねえ、おじさん…。どうしておかあさんはしんじゃったの…?だれのせいでこんなひどいことになってしまったの…?」

「そんな事は今はどうだっていいだろ!? バカな事を言っていないで早く逃げ…」

「…あんた達のせいだよね?あんたら大人が下らない喧嘩をしたせいだよね?! どうでもよくなんかないだろ!!母さんを返せ!!返せよ!!」

 少年は男に掴みかかり、、その小さな体で男に腹を力無く殴り続ける。男は面倒臭そうに頭を掻き、少年を突き飛ばす。少年は大人の腕力に軽くあしらわれるように吹き飛ばされ、後ろの建造物に頭をぶつけ、地面に倒れ込んだ。

「はぁ…。いいか?ガキが大人に歯向かってんじゃねぇよ…。こっちだって仕事でやってんだよ。誰がこんな所に好き好んで来るかってんだ…身分を弁えろやクソガキがぁ!!」

 男は乱暴に少年の腹を蹴り上げる。少年の小さな体が浮かび、地面にその傷だらけの全身を強打する。

「うっ…ヴォエッ…グフッ…。」

 少年は吐き戻す時のように口元を押さえ、苦しそうに咳き込む。ヒューマノイドの種族なら吐いているところだった。

「ハァ…もういい。勝手にしろ。言っとくけどな…お前ひとりを見て見ぬふりをしたところで、報告さえしなけりゃお前は居なかったも同然なんだよ…。死ぬまで独りでそうやってろ。俺には関係ない。」

 男はそう冷たく呟き、ひとりで歩いて行った。


 一人取り残された少年はグッタリとうなだれていた。もういっそ、このまま眠ってしまおうか。母の隣で静かに…。

「…おい。…おい!しっかりしろ!」

 誰かの声。そして、少年の体を揺さぶって起こそうとする誰かの温かい手の感触。少年が目を開けると、同じくらいの年齢の少年が目に映った。

「君は…?」

「僕はマックス!早く一緒に逃げようよ!救助隊の人達も死んじゃって…もうじきここも危なくなる!」

 その言葉に少年は目を横に向ける。マックスと名乗る少年の言う通り、さっきの男が向かっていった方向からも火の手が上がっていた。だが…。

「…僕はもう良いんだ。このまま…おかあさんと一緒に眠りたい…」

「バカ言うなよ!確かに悲しいよ…僕もそうさ。僕も同じ様に父さんも母さんも目の前で死んでいった…。とても…悲しい…。」

 マックス少年も泣いていた。涙を溢れさせながら、それでもその悲しみを抑え込むかのように必死に叫ぶ。

「…でもだからって、僕らまで死んだらダメだよ!お父さんはお母さんの分まで生きるんだ!僕たち二人で生きようよ!」

 少年はハッとしたように顔を上げ、マックスの真摯は瞳を見つめた。そうだ…おかあさんの分まで、ぼくは生きないといけない。お母さんの分まで…僕が生きないと。

「…ありがとう、マックス。…痛っ!」

「怪我してるの?…さあ、僕の背中に!」

 怪我で動けぬ少年を、マックス少年がおぶる。炎の上がる街の中を二人は駆け抜けた。建物は焼け落ち、街は脆く崩れ去っていく。まるでこの世の地獄のような中を、二人は必死に走り抜けた…。

 背中から感じる温もり。少年はそれを、生涯忘れられないだろうと感じていた。少年の目には、まるで彼が小さなヒーローの様に映っていたのだった…。

「…そういえば、君名前は?」

「名前…僕の名前は…!」

 ーーー僕は、ゼノンーーー


 それから、人間の体感時間に換算すると五年程の歳月が流れた。件の紛争は最終的にウルトラの父率いる宇宙警備隊の尽力によって終わりを告げた。だが紛争が終結しても尚、その存在がもたらした被害は大きかった。ウルトラマン同士の内乱…それが産んだ光の国への風評被害は、少しの間だが宇宙全体を騒がせ、僅かな期間ながら宇宙警備隊はその活動を制限せざるを得ないにまで追い込まれたのだった…。

 そしてそんな二次災害の一つにあったもの…戦災孤児の増加だ。件の紛争によって多くの住民が命を落とし、その中には戦争と関わりの無いはずだった者も大勢いたのだ。そうして親を亡くした子供もまた大勢いた…。

 そうして建てられた光の国の孤児院には、あの日少年だった彼も居た。かつてマックスに救われたゼノンは、その孤児院にて無事に成長していた。もちろん、あのマックスと共にだ。

 ゼノンはこの当時から、幼いながらに聡明な子供だった。人を知り、星を知り、政治を知り…。何かを目指すように励むその姿は、たちまち孤児院の中でも話題となった。


 そして訪れる、別れの日。ゼノンはついに孤児院を卒業するまでに大きくなっていた。マックスと共に、ウルトラマンとしての責務に励もうというところまで事に成長を遂げていた。

 ゼノンは内心喜びつつも、どこか寂しさを感じていた。それを隠すように、ベランダで景色を眺めながら読書にふけっているゼノン。そんな彼を見つめる瞳…その綺麗な瞳を、ゼノンが見逃しはしなかった。

「…どうしたの?僕が出てくのがそんなに寂しい?」

 背中越しに、その瞳の主に語り掛ける。瞳の主はひょっこりと顔を覗かせてゼノンの居るベランダへとやって来た。

 ウルトラウーマンテミス。この孤児院で知り合った幼馴染。彼女もまたゼノンと同じ戦災孤児であり、その共通点故か二人はとても仲が良かった。まるで恋人同士かの様に…。

「…そりゃ、寂しくもなるよ。私…人見知りだから。他の子たちとうまくお喋りできないから。ゼノンが居なくなっちゃうと、私…ひとりぼっちになっちゃう。」

 テミスはそう言って、ゼノンの手を握る。その目は本当に寂しそうで、握ったその手から感じる熱がより一層それを感じさせる。

「そっか…でもさ、僕だってここを離れたくはない。君ともっと居たいけどさ…僕にも夢があるから。」 

「…夢?」

 テミスの言葉に頷くゼノン。読んでいた本を閉じ、テミスの方へと向き直る。

「僕の夢はさ…文明監視員になる事なんだ。そして…もうすぐそれに手が届きそうな所にまで来てる。」

「文明監視員に…?何で宇宙警備隊みたいなメジャーなお仕事じゃなくて文明監視員なの?」

「文明監視員の人に謝れよ…。僕は…戦う以外の方法でこの宇宙を平和にできないかなって思ってさ。争う事で人の心はどこまでも荒んでいく。それを小さい時に嫌って程に見てきてしまった。戦いは、戦う事でしか終わらせる事ができないなんて…そんなの悲しすぎるから。」

 ゼノンの目が曇る。かつて受けた大人からの仕打ち…それは子供には余りにも過酷だった。

「でもあの仕事はさ、あくまでも主な任務は戦いじゃなくて文明を監視して平和に導く事。戦う以外の方法で戦争だって止められると思うんだ。」 

 ゼノンの曇った目が、少しだけ輝きを取り戻す。将来への希望を胸に抱き、か弱かった少年はいつしか夢追う青年へと成長していた。

「そっか…立派なお仕事なんだね。凄いなぁ…私も何か夢を見つけなきゃ。」

 テミスはそう言って、静かに掴んでいた手を放す。寂し気な目は、いつしか憧れの目に変わっていた。

「…じゃあさ、約束しよう。いつかお互いに夢を叶えて、また何処かで会おうよ。それまでに、君も何か夢が見つかってるといいね。」

 ゼノンはそう優しくテミスに微笑みかけた。テミスもまた、その可愛らしい笑顔を向けながらゼノンを送り出したのだった…。



 それから、また更なる歳月が経った。ゼノンはマックスと共に訓練校にて励み、夢へと向かって躍進を続けていた。互いに高め合い、汗を流す日々。ゼノンはそんな毎日に満足していた。

 だが…同時に悩みを抱える様になっていた。

「ゼノン!組手の相手を頼めるか?」

「あ、あぁ…。」

 コロセウムにて、構えを取るマックスとそれを見つめるゼノン。手加減なくマックスはゼノンに攻撃を仕掛け、ゼノンはそれを見切りつつ華麗に捌いていく。

「クッ…流石だなゼノン!かすりもしない…俺も負けていられないッ!」

 拳を振るいながら語り掛けるマックス。だが、ゼノンは浮かない顔でそれを受け流す。

「…戦いが強ければそれが正義なのか?私にはわからないよマックス…。」

「どうしたって言うんだ?俺達!ウルトラマンはっ!平和の為に…日夜戦い続けている!それが…っと、何か間違ってるってのか…よっ!」

 マックスは拳を振るいつつ、ゼノンに畳み掛ける様にパンチを繰り出す。だがゼノンはそれを紙一重の距離で避け続ける。

「ウルトラマンの正義そのものは否定しないよ…でも、戦うだけじゃ少し違うと思うんだ…。私はできる事なら…拳を振るう事なく戦いを終わらせたい。」

「でも…そんな綺麗事は…っ!現実的じゃあないなッ!確かにそれが出来れば良いが…現実はそう甘くないぞっ!」

「…だからそれを変えたいっつってんだよ!!」

 思わず手が出るゼノン。その一発の拳はマックスの顔面にクリーンヒットし、後方へと一気に吹っ飛ばした。

「あっ…!すまないマックス!大丈夫か…?」

「お…おう…。お前凄いじゃないか!いつの間にこんな強くなってたんだよ?」

「い、いや今のはまぐれだよ…。私は…。」

 わかっていた。現実がそう甘くないって事。戦う力も持ち合わせていなければ、結局なにも守れない事を。こっそり裏で鍛えていた。

「何だお前…俺の見てないところで強くなりやがって!俺達の仲で隠し事はズルいぞ~このこのォ!」

「…悪い。そういう気分じゃないんだ、今は…。」

 肘をグリグリと押し当てるマックスを、ゼノンは不機嫌そうにどける。そして小さく呟いた。

「…お前は良いよな。強くてさ…。」


 それからもう少し経った頃…ゼノンは無事に文明監視員の新人としてデビューを果たし、先輩隊員とコンビを組み宇宙を飛び回っていた頃の事。

 ゼノンは目の前に広がる惨状を呆然と見つめていた。一つの星で起こった、文明同士の抗争。それをただ見つめるばかりだった。

「先輩…どうして行っちゃいけないんですか!?もうすぐこの星は…!」

「残念だが…この星の文明はもう持たん。諦めろ…。」

「だったら行かせてください!私は…黙って見過ごすなんて出来ません!」

「それは禁じられている…一つの文明に加担する事は不平等とされ、ルールに反する…!」

「そんな…!じゃあこのままこの星が滅びるのを指くわえて見てろって言うんですか!? 私には耐えられない…そんな事…。」

「…俺だって辛いさ…だが、それが規則なんだ…わかってくれゼノン…。」

 ゼノンとその先輩は、何もできない悔しさに涙を流しながら、光の国へと帰還を余儀なくされた…。


 後日。以前の様に、ゼノンはマックスと共に組手を行っていた。同じ様に、攻撃するマックスをゼノンが受け流す…が、少しだけ以前と様子が違っている。

「マックス…腕を上げて来てるな!危なっ…」

 マックスのスピードが以前より上がってきている。ゼノンは以前の様に避け続けようとするものの、時々マックスの拳を受けそうになり本気で避けようと必死になっていた。

「そうか…?やはり…実戦で鍛えられたかな!それと…勿論お前との組手のお陰だ!」

 そうだろうか…やはり実戦の影響は大きいだろう。だが、今までの友人同士の切磋琢磨のそれとは動きがまるで違う。確実に敵を攻め落とす為の…仕事人の動きだ。

「私は…関係ないだろ。君の実力の賜物だ。…っと危ね…。私なんて居ても居なくっても…変わんないさ…。」

「そんな事…そんな事無い…!そんな事ないぞゼノン!俺は…俺はなぁ!」

「君には…わかんねぇよ!」

「わかるさッ!」

 ゼノンが怒りのあまりに拳を振り上げるが、マックスがそれを横に素早く避けながら拳を掴み返す。今までに見た事のない、凄まじいスピードで…。

「マックス…今のは…?」 

 息を切らしながらゼノンは問い掛ける。

「ハァ…ハァ…自分でもわからない…。咄嗟に動いたら…こんな事に。」

 マックスも同じ様に息を切らしながら問い掛けに答えた。

「ふっ…ははは…。君は凄いな…強いよな。そしてそのスピードまで…。まさに、『最強最速』…とでも言わんばかりだ。」

「最強最速…?なんか良いなそれ!気に入ったぞゼノン!『最強最速のウルトラマンマックス』!…なかなか良い響きだ!ありがとう!」

「…どういたしまして。」

 冗談…そして皮肉めいたつもりで言った言葉を、マックスはいたく気に入ってしまっている。ゼノンの心境は複雑だった。

 本気を出せば戦闘でも勝てる…そう思っていたはずが、気づけばマックスに越されていた。自分が何もできずにいる間に、彼は凄まじい速さで成長をしている…。ゼノンは内心、焦っていた。このまま、親友に全てを追い抜かれるんじゃないだろうか…と。


 そして…またしばらく時間は経ち、いつしかマックスとゼノンはコンビを組んで活動するようになっていた。頭脳派のゼノン、格闘派のマックス。穏便で平和的な解決をゼノンが中心的に進める一方で、戦闘に関してはやはりマックスの方が僅かに勝っていた。ゼノンは親友の隣で夢を叶えた事に喜びを覚える一方で、そのコンプレックスは次第に膨れ上がっていた…。

「やぁゼノン。相変わらずって感じだな。」

「あぁ…先輩。お久しぶりです。」

 かつてコンビで活動した先輩だ。あの頃以来…随分と久しい。

「お前の活躍は聞いてるよ。以前みたいに、平和的にやってるらしいじゃないか。」

「ええ…それが私の理想なので。いつか誰も争わない世界が来るといいなって…。」

「そうか…やっぱり立派な理想だな。それでこそゼノンだよ!」

 ゼノンは少し照れたように頭を掻く。憧れだった文明監視員…その夢を叶え、さらにその先輩から褒められる…そうそうある事では無いだろう。夢を叶えられない人も多いなか、ゼノンはそういう意味では恵まれた生き方をしているのではないか…。

「…しかし、あれだな。お前の親友…マックスの奴の噂もよく聞くなぁ。あいつ、めっちゃ強いんだろ?なんで宇宙警備隊じゃなくて俺らみたいなのになったんだろうなってくらいにさ。」

「そうですね…あいつの強さは私も一目置いています。正直…そう言ってもらえると私も自分の事のように嬉しいですね。」

 マックス…彼の実力は確かに本物だ。先輩の言う通りだ…どうして彼は文明監視員を選んだんだろう?と、ゼノンも内心不思議に感じた。

「おっと…俺はそろそろ行かなきゃだ。お前も、マックスみたいに強くなれよ!じゃあな!」

「えっ…?あっはい…。」

 マックスのように…だと。私がマックスより劣っている…あの人はそう言ったな。確かに私は戦いが好きではない。マックスと比べてしまえば戦闘も彼の方が上だ。だが…戦う必要性がないから文明監視員に私はなったんだぞ…? 私は…戦い以外の方法で戦いを世界から無くしたいのに…それができるのがこの仕事だと思っていたのに…それでもなお…腕っぷしでしか見られないと言うのか…! 

 それと似た状況…マックスと比較され、さも戦いが弱いかのように言われる状況はこれに限らなかった。ゼノンは変わらず、文明監視員としての任務に励む日々を送っていた。彼のポリシーに従い、極力戦いは避けながら。だがその彼の理想が、余計に彼の心を苦しめ続ける結果となった。

 そして次第にゼノンは…少しずつ忘れ去られていった。マックスが強いのは確かだ。だがその実力者の前に、技巧者は影に隠れてしまう。いくら彼が戦い以外の方法で任務を全うしようとも…。弱者のレッテルを貼られ…『戦わない』というだけの理由で生まれた偏見が、ゼノンの理想を蝕みかけていた。


 そんなある日。ゼノンは休日を光の国の銀の広場で過ごしていた。クリスタルの都市を見下ろしながら、任務の疲れを紛らわすように座っていた。

「やあ、君は…ゼノンだよね?」

 後ろから聞こえた声。振り返ると、そこに居たのは、青き体の同胞…科学技術局に努めるトレギアだった。

「あなたは確か…タロウ筆頭教官のご友人の!」

「ふっ…そういう君は、マックスの親友だね。」

「えっ…えっとまぁ…そうですね…。」

 思わぬ返しにドキッとするゼノン。何一つ間違ってはいないが…やはりマックスありきで認知されているのは心苦しい。確かに今やマックスの名の方が知られているし、無理もないが…。

「…やはり、友人とはいえ他人ありきの存在というのはお互いに心が痛いものだな。」

「うっ…すみません…。」

「…いいさ。私はもう慣れてる。…多分。」

 トレギアはそう言ってみせる。ゼノンは申し訳なさそうに俯きがちに頭を掻く。ゼノンからすれば痛い程に気持ちがわかるから…。

「…気にしなくていいよ。所詮は人と人の付き合いだ…。絆なんていう偶像、いや呪いとも言うべきか…。ともかくそんな物に固執する必要は無い。…と言いたい所だが、コレを作っている以上は私はそうも言っていられないが…。」

 そう言ってトレギアは、空間にホログラム状の小さなスクリーンを映し出し、何かデバイスの様なものを見せる。

「これは…何です?」

「これはタロ…あぁいや、タイガスパーク。異なる生命体と物理的融合を可能とするアストラル粒子転化システムを用いて作ったアイテムだ。簡単に言えば『絆を繋ぐアイテム』…とでも言うのかな。」

 ゼノンはそれを興味深そうにまじまじと見つめる。

「…そんなに珍しいものでもない。もうじき完成もするし、ひょっとすると普及すらする可能性もあるしな…。」

 トレギアはそう言ってスクリーンを収める。いくら技術を褒められても、彼の心にはあまり響かないらしい。

「あの…これ、私にも一つくれませんか…?」

「君が?…君にこれが必要なのか?」

「いえ、私自身ではなくマックスに…。あいつ、『地球』って星に最近興味を示してて…。だから、もしあの星に滞在するってなった時にそのデバイスが要るかもしれないんです。」

 ゼノンの言葉に、トレギアは小さく噴き出しそうになりながら頷く。物好きも居たものだ…と言わんばかりのトレギアの表情に目もくれず、ゼノンは頼み込む。

「…まあ、完成品は他にあげると約束した者が居るからやれないが…これのプロトタイプならある。それでも良いか?」

「はい!是非!」

 トレギアは掌に先程のスクリーンを出し、似た様な形の…少し違った、金色の…デバイスを転送した。

「これはあくまでも試作品。一体化できる期間が限られるんだ。長くもって一年…いや、おおよそ9~10ヶ月程しか持たないだろうが…それでも良いなら受け取ってくれ。」

「はい…ありがとうございます!これでアイツも喜ぶと思います!…やっぱりトレギアさんは凄いですね…この間だって、ウルトラの父にまた別のデバイスを渡したと聞きましたよ!しかも宇宙警備隊の新人に送られる予定のアイテムだとか…!」

「あぁ…あのブレスか。あれは元々、大隊長に依頼されて作っただけさ。発明って程のものじゃないよ。私が作ったのはあくまでシステムを組み込んだ、言わば器だけ…。私は別に…。」

 ゼノンの言葉を不服そうながらも受け取るトレギア。ゼノンはただひたすらにトレギアの才能に感動するばかりだった。

「…よし、これの名前を決めないと…。マックスにあげる品ですし…そうだ、『マックススパーク』!」

「君ねぇ…ちょっと前の私と同じような事を言うんじゃないよ…。」

「え?何ですか?」

「ああいや、こっちの話。」

 金色に輝くデバイス・マックススパーク。それを手に、上機嫌でゼノンは立ち去ろうとした。

「…ちょっと良いか。」

「…はい?」

 トレギアがゼノンを呼び止める。

「君の心には、どこか私と同じ影が見える。」

「あなたの影…ですか?」

 ゼノンは不思議そうにトレギアに問い掛ける。

「君は友の存在を憂いているだろう…? 『常にあいつと比べられて』『あいつには勝てない』…あまつさえ、『アイツさえ居なければ』…と。」

 ゼノンは心臓を掴まれたようにドキッとする。余りにも図星…いや厳密には少し違うが、腹の底を読まれた様な言葉に驚きを隠せない。

「そ…そんな事!」

「隠そうったって無駄だ。君と私はとてもよく似ている…まるで鏡を見ているようにね。友への憧れは次第に憎悪に変わる…『何故自分はアイツとは違うのか…何故アイツの様にはなれないのか』…とね…!」

 ゼノンの視界が次第に歪んでいく。クリスタルカラーに覆われた景色は次第に紫…そしてドス黒く色は変わり、トレギアは淡いシアンを基調とした色合いから群青と黒の鎧を身に纏った禍々しい姿へと変貌している。

「あなたは…一体…?その姿は…?!」

「お前も来るがいい…こちらの世界へ…!」

「やめろ…やめろォォォッ!!!」




「……大丈夫?ゼノン!?」 

 不意に聞こえた声。私はその声に導かれるように目を覚ました。さっきのは夢か…。あのエタルガーの戦いで浴びた光線。あれが引き起こした悪夢だったらしい。もっとも、最後のトレギアさんの謎の変貌を除けば全て悪い思い出…過去に実際に体験した事実ばかりだったが。

 声のする方へと顔を傾ける。見覚えのある、大人しさと慎ましい雰囲気を感じる顔だった。

「君は…テミスか?!久し振りっ…うっ!…痛ぁ…。」

「まだ完治してないんだから無理しないで!…せっかく久しぶりに会えたのに、変な形になっちゃったね…」

 手を振ろうとして傷口を痛める私を、テミスは苦笑いをしながら様子を見つめる。

 そういえば、ここは…。何度か来たことがある。若い頃の訓練中や、最近では任務の帰りなど。怪我をした時に世話になる場所…銀十字軍の本部のベッドだったのだ。てことは…テミスはもしかして…?

「なぁ、テミス…もしかして君はここで?」

 テミスは私に微笑みながら…あの日と同じ様なあどけない笑顔で答える。

「ふふっ…。そうよ、私が見つけた夢。あの日…ゼノンとのお別れの後に見つけた夢。あなたがあの時に語ってくれた、戦う事以外で誰かを助けたいっていう夢…私にも何かお手伝いできることは無いかなって。あれから色々悩んで、私は医療の道を選んだの。あなたと同じ、戦う以外で平和を目指せるお仕事をね。」

 テミスのその曇りなき表情が、彼女がどこまでも純粋にそう考えている事を感じさせた。彼女はあの時から何も変わっていない…あの日と同じ様に、彼女の瞳は真っ直ぐと前を向いていた。

「そっか…君も夢を叶えたんだね…。凄いな…僕なんか…。」

「なぁに言ってるの? 地球でマックスのサポートをしてたんでしょ?チームプレーは医療でも大切だからね…あなたらしい立派な努めじゃない!」

 僕らしい…か。それを誉め言葉として受け取っていいものか、それとも皮肉と受け取ってしまおうか…。

「僕らしさって…何なんだろうな。」

 不意に漏らした僕の声を聞き取ったテミスは不思議そうな顔になる。そして僅かに考えるように俯いたあと、静かに口を開く。

「…誰かの為に、って人を思いやる事ができる所。あと、争い事を好まない優しい所。私が知ってるあなたは、昔からいつもそうだったわ。そして今もそうじゃない?マックスの為に、そして何処かの星の見知らぬ誰かの為に戦ってる。あの日に語ってくれた夢、それを実現させてる。凄く立派だと思うよ?」

「立派…そんな事ない。私はいつもマックスの二番手で…救えたはずの命も救えず…。戦う以外の方法で争いを止められないのが現実だった。結局、夢は夢のままだったんだよ…。」

「…じゃあ、そうやって逃げるの?」

 不貞腐れる私を、テミスは静かに一喝する。

「私だって同じよ…。患者さんの中には、傷ついて命を落としてしまう人だって居た。それも一人や二人じゃなかったわ。でも私は逃げなかった。逃げたくなかった。だって、そのせいでもっと多くの人が自分の見てない場所で死んでいくかもしれないじゃない。自分の勝手で逃げたせいで、救えた命も消えてしまうかもしれない…そんなの嫌だもの。」

 テミスは、瞳の奥の悲しみを必死に隠しながらそう語る。毅然としたその態度の奥に見え隠れするのは、彼女が乗り越えてきた屍の重さだった。私にも感じられたその重々しいモノは、私にも通じるものがあるように思えた…。

「変わったんだな…テミスは。あの日よりずっと強い…私なんか足元にも及ばないくらいに強いよ…。私は結局…あの日抱いた夢を追うばかりで現実を受け入れようとしないで…。ずっと子供だったのは僕の方だったんだ…。」

 私は肩を落とし、目線をテミスから逸らす。自分の情けない姿をテミスに見られるのが、余りにも恥ずかしかったから。

「…私だって何も変わってないよ。私が今まで諦めずに戦ってこれたのは、あなたのお陰だもの。」

「…僕の?」

 テミスの言葉に僅かに顔を上げる。

「うん。私…今でも他人に心が開けない。昔から…孤児院に居た時から人が怖かった。あの時、ゼノン言ってたよね。『戦争は人の心を荒ませる』って。私もそういう人、実は結構見てきたんだよね…。詳しくは言えないけど、孤児院に来るまでとにかく色んな人に会ってきた。だから怖かった…誰も信じられなかった。」

 テミス…君まさか…。い、いやそれは無いだろう。テミスの過去を一瞬想像してしまったが、それは年端も行かない少女に背負わせるには余りに重過ぎた物だった。絶対にあり得ない…違う…。私の想像してる物ではないと信じたかった。

「でもね、唯一ゼノンだけは何故か信じられたんだよね。だから私…今でもあなたの事が忘れられなくて…あなたみたいになりたくて頑張ってるところもあるんだよね!」

 テミスの表情が柔らかいものに変わる。そんな顔で私を見るな…と言いたいくらい、彼女の笑顔が眩しかった。あの日の笑顔と…よく似ていた。


 数日後。傷もすっかり癒え、入院生活を終えて任務に戻ろうと銀十字軍の本部を後にしようとした時。

「ゼ~ノンっ!もう行っちゃうの?」

 後ろから聞こえた声。テミスの声だ。

「あ、あぁ…。マックスも待ってるだろうし、仕事を休み過ぎても迷惑だしね。それに…君にも負けてらんないしさ。」

 私は微笑みかけながらテミスにそう返した。

「そっか…そうだよね。…いつも思うけどさ、ゼノンって本当にマックスの事が好きなんだね。嫉妬しちゃう…。」

「え…いやぁ…好きっていうか腐れ縁っていうか…。」

 私の心境はひたすらに複雑だった。友達だとは思っている。だが…同時に激しい嫉妬も覚えている。彼の事が嫌いかと言われればノーと答える…いや、それすらも危ういくらいの嫉妬心は抱えている。

「腐れ縁、ね…そうかもしれないね。でも、私が見てきた限りだとあなたとマックスはずっと一緒に居たよ?腐れ縁とか、もっとそういう感じじゃなくて…。」

「あれ…そんなに一緒に居たっけ?」

「うん。孤児院の先生は『あの二人付き合ってるの?』って冗談混じりに私に聞いてきたくらいだもん。」

「はぁ…?! 僕ら男だぞ…冗談はやめないか…。」

「まあ、昔の話じゃない…。」

「ハハハ…それもそうだよね。」

 テミスの話に笑ってみせた。だが…確かにあいつとは本当に長い付き合いだ。言われてみれば、事あるごとにアイツとは隣合って立っていたような気がする。楽しい時も、辛い時も…アイツは常に一緒だった。


「お~い!ゼノ~ン!」

 おっと…噂をすれば、渦中のマックスその人だ。手を振りながら、マックスは笑顔で駆け寄る。

「マックス!大丈夫だったんだな…怪我は?どうともないか?」

 エタルガーに拉致され、それから行方知れずだったマックス。彼なら何とかなるだろうと慢心していた反面、やはり心配だったが…平気そうで何よりだ。

「あぁ!何とか無事だった…エタルガーは向こうの世界のウルトラマンが倒したし、私が相対したスラン星人もどうという事は無かったよ。何より、お前が持たせてくれたマックスギャラクシーのお陰で戦いは本当に楽になったよ…いつもありがとうな。ゼノン。」

 そう言ってマックスは、右手のマックスギャラクシーを外して私に渡す。

「そうか…無事ならそれが何よりだ。」

 私は安堵の表情を浮かべてそれを受け取る。そうか…そうだよな。マックスなら一人でも大丈夫なんだ。例え私が隣に居なくても。

「…なぁんか良い雰囲気ね。私はお邪魔虫かしら?」

 テミスがむくれたように、腕を組みながらそう言う。

「い…いやいやそんな事ないって!テミスも…ほら、マックスとは孤児院で別れて以来だろう?ほら…二人もちょっと話しなよ…。」

「嫌よ。私ゼノンしか友達いないもの。」

「…………。」

 痛い所…というか触れにくい部分に触れて来るの勘弁してくれよ…。

「…でも、二人の時間を邪魔したら悪いわね。やっぱり私はここで。」

 そう言って、テミスはくるっと回れ右をして元来た方へと戻ろうとする。

「あ…待ってテミス!あの…また近いうちに会えない…かな…?」

 慌てて呼び止める僕の声に歩を止めるテミス。思わず出てしまった言葉に、私は頬を赤らめる。急に何て事を言ってんだ私は…恥ずかしさに下を向こうとした時、テミスはこちらへと振り返って一言呟いた。

「…いつでも待ってるから。」



 それからまた少し経った頃…私とマックスはいつものように文明監視員の任務で宇宙の彼方を飛び回っていた。銀河の縁をなぞるように、二つの光が弧を描いて行き交う。文明を持つ惑星をこの目で見守る事…いつもの私たちの仕事だ。

「ん…?」

「どうしたマックス?」

 マックスが何かを見付けたように声をあげる。

「あの惑星…何かがおかしい。少し見ておこう。」

「あっ…待てマックス!」

 先に駆け出すマックスを追いかける。その先に見えた岩石の惑星…確かこの座標だと惑星ゼクスだったか。二つの惑星がぶつかり合い、その後に破片同士が長い時間をかけて混ざり合ってできた惑星だ。それ故に生物はいないはずなのだが…。

 一足先に地に降り立ったマックスを追うように私も地上へと降りる。やはり水も何も見当たらず、文明以前に生物すらいる気配が無い。

「マックス…こんな所で油を売っていないで次へ行くぞ。こういうのは私達がしなくても…。」

「そうかもしれないが…どうにも不穏な何かものを感じる。」

 マックスはそう言って辺りを確認する。だがいくら見たって…

「…! 避けろゼノン!」

「!?」

 不意にマックスの叫び声がこだまし、私は反射的に身を伏せる。体の横スレスレで避けられたものの、僅かに擦っただけにしては…と思うくらいに傷口が熱い。

「大丈夫かゼノン!?」

「私は平気だが…これは一体?」

 困惑する私たちをよそに、地中から何かが這い上がってくる音が聞こえる。大地の奥深くから聞こえるそれは次第に大きくなっていき、危機感を執拗に煽る。

「気を付けろゼノン…嫌な予感がする…。」

 警戒するマックス。それと同様の何か言い知れぬものを私も感じるが…彼がここまで警戒したことがあったか…?と感じさせる程に彼の表情が強張っている。

 地鳴りは次第に大きくなり…やがて土煙と共に地面から何かが顔を覗かせた。四足歩行をするそれは背中にマグマの塊のようなものを背負い、その上にツノも生えている。この怪獣は…。

「グランゴン…!」

 悪い意味で懐かしそうな声をあげるマックス。だが地球に生息するはずのグランゴンが何故ここに…

 考える暇もなく、グランゴンは私たちに敵意を剥き出して向かってくる。口から吐く炎が二人の体をかすめるが、その温度がやけに高い。まさかとは思うがこいつ…。

「マックス…こいつもしやグランゴンエヴォじゃないか? この進化した能力…触れるだけでこうも熱いのは普通じゃない! 恐らくラゴラスを食って進化してるぞ!」

 そうだ…かつてマックスが地球にいた時に似ている。あの時はラゴラスの方が進化していたが、今回はその逆か…?

「あり得るな…一緒に行くぞゼノン!」

「ああ!マックス!」

 マックスの声に合わせ、グランゴンの両横へとそれぞれ避け、さらにマックスの放ったマクシウムソードで背中から見えるマグマコアを攻める。私はそれに加勢するようにゼノニウムビームを額のシャインオーブから発射して牽制する。

 グランゴンはそんな私たちを振り払おうと刺々しい尻尾を振るうが、マックスはお構いなしにそれを腋に抱えて怪獣の体をドラゴンスクリューの要領で投げ飛ばす。お前熱くないのか。

「決めるぞ!ゼノン!」

「おうマックス!」

 私は両手を真横に開き、マックスは左腕を天高く掲げ、それぞれエネルギーを充填させていく。だがその間にグランゴンはそれに抵抗すべく口から火炎弾を再び放ってきた。

 マックスはそれに反応してマクシウムソードを飛ばし、高速回転させてそれを弾こうとする…が、威力の高さから僅かに押され気味だ。

 それをフォローするように私も額からゼノニウムビームを発射、マクシウムソードに照射した。威力を増したソードは回転を続け、ついには火炎弾を押し返す。

 充填完了した私たちは両腕を逆L字に組み直し、それぞれの光線を発射。体の表皮を抉り、体内のマグマコアを破壊されたグランゴンはその高熱に自身も耐えられる事なく、その身を溶かしながら爆散した。凄まじい熱風…そして死体から巻き上がる赤黒い炎の熱は、我々に言い知れぬ恐怖感を植え付けていった。


「ふう…終わったな。だがなんだってこんな場所に…。」

 不思議そうにマックスはそう言い、怪獣のいた地中の穴を覗き込む。地中深くまで続くその穴からは何も聞こえない。唯一、風の吹き抜ける音だけが聞こえてくるが…その音の不気味さは何か普通ではない、まるで恐怖心を煽るように聴こえた気がした。

「ゼノン、ここも少し見ていこう。何かあるかもしれない。」

「そ…そうか…。だがあまり私は気が進まないな…。何かが…触れてはいけない何かがあるような気がするんだ。」

 マックスの言葉に、私は難色を示す。

「…かもしれないな。だが、我々文明監視員たるもの…いや、それ以上にウルトラマンたるもの、どんな恐怖にも立ち向かわねば。俺だって怖いさ。でも俺たち二人ならきっとなんとかなる。お前がいればきっと大丈夫だ。」

 やれやれ…そう言われたら答えは一つしかないな。

「…だな。行こう。」


 惑星ゼクスの地下へと潜った私たち。暗く長い地中のトンネルを抜け、とりあえず地に足をつけた。辺りを見回すと、見たこともない色の鉱石が輝き、薄っすらとこの太陽の届かない地下を間接照明のように照らしていた。

「この惑星…地下にこんなものがあったのか…。」

 驚きの声をあげるマックス。私もこの未知の空間を見渡し、同じく驚きを隠し得なかった。だが、何故こんなにも広い空間がこの誰もいないはずの惑星に広がっているのだろう…?

 私とマックスは、巨人たるウルトラマンの姿から人間体へと姿を変える。万が一ここに生命体が居るのであれば、戦闘民族のようなイメージを持たれる事がしばしばあるウルトラマンの姿よりこっちの姿での方が平和的に事を勧められるケースが多い。その為の姿だ。

 マックスはかつて地球で一体化していた青年の姿に、私は銀髪に赤メッシュの寝癖っぽい髪型、そして赤と銀のパーカーを着た姿を取る。一応地球人のようなヒューマノイドタイプの姿を参考にしているが、地球人として認識するには多少の違和感があるか…。

 奥の方へとずんずん進んでいくマックスを、私は後ろから歩いて追う。周りを警戒しながら進んでいくが、視界に入るのは赤とも青とも黄色とも形容し難い色合いの鉱石と、真っ黒い岩石ばかり。依然、生命体なんて居ない。だがそれはそれで先程のグランゴンがこの惑星に生息していた理由もよくわからなくなってくるが…。

「……ッ!?」

 突然、マックスが声もなく歩を止める。後ろを向いて歩いていた私は、マックスの背中にぶつかった。

「おっ…おいどうしたマックス?」

 マックスは答えない。まるで見えない何かに押し固められたかのように硬直し、目を見開いて『それ』を見ていた。私もマックスの体越しに顔を覗かせる…そうして、マックスが固まった理由を目にしてしまった。

 そこに見えたのは…鉱石を採集する知的生命体の姿。一切の音を立てる事なく掘削機は動き続け、それによって運ばれてきた大量の鉱石を薄汚れた服の奴隷らしき者達が加工する姿が見えた。だがその奴隷は皆明らかに疲れて痩せ細っており、それを監視しては電流の通った鞭のようなもので倒れた奴隷を叩いて起こす上流階級らしき服装の者もちらほらいる。岩石に囲まれた空間なのも相まって、その光景はこの世の地獄そのものだ…。

「…行くぞゼノン。こんなの見てられないぞ…。」

「そうだな…だが穏便にな。本来なら規則としては正直グレーゾーンだが…『調査』という名目でなら大丈夫だろう。私が責任を持つ。」

 頷くマックスと共に、私は彼らの方へと歩み寄った。


「…止まれ! 誰だ貴様ら!」

 私たちの姿が目に入るなり、電流の流れる鞭で我々を静止する整った身なりの男。だが鞭は体に当たる事はなく虚空を斬った。

「まぁまぁ…待ってください。何も私たちはあなた方と争いに来た訳ではありません。この辺りの調査をしていたら、たまたまここを発見して…少々ここについて教えていただければそれでいい。」

 当たり障りのない言葉で、上官たるその男に私は詰め寄る。半分は本気で言ってはいるものの、事と次第によっては争い兼ねないな…最も口論で抑えたいが。

「ダメだな。ここの事は上から口外することを禁じられている。速やかにお引き取り願おう。…ついでにこいつも食らってもらおうか!」

 一瞬、相手の手元が素早く動く。だが、いち早く察知したマックスはその手を掴み、そのまま背中に回して締め上げて拘束する。

「…大方、記憶を消そうとしたとかって事でしょうが…生憎そういう手口には慣れているもので。さ、教えていただきましょうか。」

「クッ…そうはいかないな!衛兵!」 

 男の声で、同じ鞭を携えた男たちがワラワラと出てくる。十数人…囲まれたか。

「さぁ拘束を解け…さもなくば力づくで消すぞ。今度は記憶じゃなく…な。」

 男はそう言って不敵に笑う。『これだけ居ればお前らも敵うまい』とでも言いたげな、小物感を丸出しにしたような笑みを浮かべた。

「…おい、さっさと離さないか!この無礼者めがァ!」

 その叫び声に反応するかのように、囲っていた十数人の衛兵が動き出す。

「マックス!」

「あぁわかってる!」

 私のかけた声とどちらが速いか、マックス…否、カイトはその人間の姿からはとても想像のつかない様な速さで衛兵の背後に回り込み、各人の首元に手刀を打ち込んでいく。モノの1秒と掛からず、十数人の衛兵は静かに倒れ伏した。

「なン…何だコレはァ…ハァァ…おかしいぞ…こんなのォォ…!」

 男はまるでわがままの通じない子供のように態度を変えて不機嫌になる。もしくは、不自由を全く知らずに育った…王族か何かの様な。

「さ、話していただきましょうか。そうすればこの手も離しますよ。」

 素早く拘束の態勢を取り直したマックスがそう話しかける。

「誰が話すか…貴様らのような分際が私に意見するつもりかァ…?」

「意見も何も…私はただ平等に話し合いたかっただけなんですが。もっとも、そちらが先に手を出してきたのでこうでもしないとダメかなって。…いや、この体勢じゃあ平等ではないか。」

 そう言ってマックスは男の拘束を解く。両手が自由になった男はそれを地面について、苦しそうに深呼吸をする。

「失礼しました。さ、教えていただきましょうか。そうすれば我々もさっさと帰りますよ。ここの鉱石が何なのか、それを集めてどうするおつもりか…とりあえずそれをお聞かせ願おうか。」

 私の言葉に男は静かに拳を握り込み、肩を震わせる。そして少しの間を開けて、重い口を開いた。

「…この惑星はそもそも、我々が植民地として支配していた惑星がぶつかって生まれた星だった。元々あった母星は滅び…我々の様に一部の『星を追われた』者以外のほとんどの命が失われた。そうして残った異なる惑星同士の破片が、再形成されたこの星の内部で謎の化学反応を起こし、長い時間をかけてあの鉱石は生まれた。…これで十分だろう。」

 男はそう言って私たちを睨む。だが、聞いてみればなおさら気になる事を言うではないか。

「ちょっと待って…『星を追われた』ってどういう事です?一体何が…」

「…忘れたとは言わせんぞ文明監視員! 惑星オーティ=ラキムの戦争の一件を…!」

 惑星オーティ=ラキム…だと…?! 忘れる筈もない。かつて貿易港として広く栄えた惑星。だがその王朝が当時の王の派閥とその弟の派閥との内戦を起こし、それをマックスと共に納めた…。と言う事は…まさかこの男は…

「まさか貴方は…あの時の王か…?」

「…ああ、その通りだ! あの時の一件の後、会議の結果私は弟に王座を明け渡した…だがその後、弟は増長を繰り返した! 王朝はその後、私がひた隠しにしてきた闇の取引…具体的に言えば、武器は麻薬といった、戦争に用いられうる様な危険な物だ…それらの取引を公式に許可したせいで、平和だったはずの故郷は何もかも一転した…! そしてそれを止めようとした私の派閥は弟の画策によって星を追われた…。そしてその後…弟は故郷と共に宇宙の藻屑となって消えた! 私が守ってきたはずの故郷と共になァ!!」

 そんな…まさか…。あの時、確かに話し合いでの解決を推奨したのは私たちだ。だが…まさかそんな事になっていたなんて…。私は例の一件を終えた後、この区域の管轄を離れていた。だからそれからそんな事になっていたなんて露とも知らず…情けなくも驚くことしかできない…。

「弟は確かに優秀だった。長男だからという理由で私が王座についたが、実際は奴の方が王に向いてはいた。だがそれはあくまで能力的な意味での話だ。奴には…兄としてこうは言いたくはないが、人間らしい倫理観が備わっていない。だから平気で民を切り捨てるし、利益の為だけの倫理に背いた所業だってやってのける!だから私は王座を渡したくはなかった…戦ってでも守り抜きたかった。それを…お前らの介入のせいで…!」

 私は言葉を失い、膝から崩れ落ちた。私の判断が間違っていたのか…? 戦い以外の方法でなら、あれ以上の血は流れないと思っていた…。だが、戦いを避けたばっかりにもっと大きなものを失ってしまった…。


「…それは、流石に責任転嫁というのではなかろうか?」

 そう切り出したのは、ずっと黙って聞いていたマックスだ。

「私に言わせれば、あの戦争を続けていてもあなたの敗北は避けられなかっただろう。あくまでも経験上の勘だがな。それに、根回し等をすれば話し合いでも王位は守れたのではないだろうか? 確かにあなたより弟の方が能力が高いのかもしれないが、それを理由に諦めたあなたにも責任はあるだろう。王位が渡れば危険だと分かっていたのであれば、戦い以外の方法でもできることがあったのではないのか?」

 つらつらと述べられるマックスの言葉に、かつての王は苛立ちを見せる。固く握られた拳は、その悔しそうな表情と相まって彼の心情の危うさを感じさせた。

「そんなことは…百も承知だったんだよ…! 知ってても尚、何も出来ない…全力を尽くしても届かなかったのだ! 王朝の多くの人間を誘惑し、手中に収めていた奴には…! 私も最善は尽くしたが、奴の人間を魅了する能力には届かなかったのだ…! その悔しさが貴様らにわかるか!? 孤独に耐え、四面楚歌の中で戦い続ける者の辛さがァ!」

 

ーーーあぁ、私にもわかるよーーー

 かつての王が振り上げた拳を、私は気づけば受け止めていた。

「そんな苦しみ…私にだってわかりますよ。痛い程ね。私だって…掲げた理想と目の前の現実の違いにずっと悩んでる。拳ではなく心で語り合いたいはずなのに、現実では誰かを傷つける事でしか何も守れない。常に隣にいる親友にも、自分の理想と違う形で優れていて…そしてこいつばかりが周りに高く評価されていて…! そのコンプレックスにどれだけ心を振り回されたことか…!」

 背後から息を呑むような音が聞こえる。当たり前だろうな…。マックスの前ではこんな事…言ってこなかったから。言ってしまうと、あいつがどこか遠くに言ってしまいそうで怖かったから。

「…でも、それでも私は前に進みたい! 例え理想に手が届きそうになくても、私はそれを目指したい! 私は私のやり方で、私にできる事をやり抜きたい! 例え…誰にも見られないとしても…!」

 王の拳が私の手の中でほどける。そして力が抜けたように膝から崩れ落ち、両手を地面について倒れ込んだ。


「…あなたの理想は正しかった。それを実現させる力も持っていた。せめて、私たちにそれを支援することができていれば…。力及ばず申し訳ない。」

 冷静に還った私は、膝を着いて王に手を差し伸べる。せめて、今の私にできることをしたい。罪滅ぼしになれば良いのだが…。

「…お前たちにできることなど、もう無い。もう…手遅れだ。」

「え…それはどういう…?」

 <ゴオォォォォン…!!>

 聞き返すより先に、採掘場の奥から轟音が響き渡る。驚いてそちらへ目を向けると、見覚えのある怪獣が…それも、先ほど感じた悪い意味での懐かしさを感じさせるものが居た。懐かしい顔は作業の手を止めない奴隷たちの踏み潰す勢いでこちらへと走り出している。

「まずい…! マックスはラゴラスを頼む! 私は彼らを!」

「了解だ!」

 マックスは私の言葉を聞くが早いか、ラゴラスの方へと駆け寄る。そして懐中から金色の装飾が施されたデバイス・マックススパークを取り出す。カイトの姿をしたマックスはそれを前に突き出し、左腕に装着する。それと共にマックススパークは眩しい輝きを放ち、カイトを赤き巨人の姿へと変身させた。

 マックスは人々を踏まぬように警戒するように飛行しつつ、天井にマクシウムソードを放ち半径数十メートル程の風穴を開ける。そしてラゴラスの近くへと着地したかと思うと、その巨体を掴みあげて風穴の方へと飛行していく。どうやら、ひとまずはこの空間から怪獣を遠ざけられたらしい…。

「…さあ、我々もここから避難しましょう。私がどこか安全な星へとお運びします。急ぎましょう。」

 私はそう言って王の手を引く。だが王はその私の手を逆に引き返した。

「うおっ…何を…?」

 私が言うが早いか、王は懐ろに隠し持っていた『何か』を私に打ち込む。体勢を崩し、一瞬反応が遅れた私はそれを見切れず腹に喰らい、地面に倒れ伏した。

「…綺麗事を抜かしたな、文明監視員。お前の言うように行動できるものなら良い…。だがな、現実でそれが全てうまくいくわけではない。生き物が持つ感情というものは、時に…いや、常に合理性とはかけ離れた対岸に居る。…いくら正論だろうと、いくら合理的であろうと…それが全て呑めるわけではない…!」

 王の言葉が頭に響く。腹部の痛みと言い知れぬ違和感が私の体を蝕み、まるで王の怒りを伝えているかの様に錯覚させられる…。

 合理…綺麗事…。確かにそうかもしれないな…。確かに、私だって…。

「…何かを失うとな。人はそれを取り戻したい衝動に駆られる。人、力、金、物…内容は人それぞれだが、多くの人間は大切な何かを失えばそれを取り戻そうとする。誰もがお前のように折り合いをつけられるわけではない。私だって…。」

 王は座り込み、虚ろな瞳で話し続ける。

「…私もそういう人間だ。故郷を失った。権力を、家族を…大切だった何もかもを失った。今の落ちぶれた私にできるのは、かつての故郷…否、古ぼけた墓標に住み着いて、この小さな世界で権力まがいの物を振りかざすことくらいだ…。虚しい事だ。そんなことは自分でもわかっている。だが…私も何をすれば本当に満足なのかわからないのだ…!」

 王は唇を噛み締めながらそう話す。この男、本当は国を愛し、民を愛した清らかな男だったんだろう。だが…かつての賢明で善良だった男がこうも壊れてしまう程に何もかも失ってしまったのか…。そして、その責任の一端は私にも…。

「文明監視員。貴様も『同じ』と言ったな。だったら…お前の手で私たちを終わらせてくれないか。もはやお前を責める事はしない。貴様の片割れの言う様に、結局は私の力不足が招いた運命だ…。だが、せめて最期に…私の心境を理解してくれたお前に…そして、『あの日』少しでも私たちの故郷の平和を願ってくれたお前に終わらせてほしい。死にきれないこの想いに、引導を渡してくれ…。」

 王はそう言って私の手を握る。だが、そんな事は私には…。

「そんな…そんなこと…私にはできない…。あなたがそこまで想っているのなら、もう一度やり直せるはずです…! 違う場所で、もう一度平和な星の王として生きられるはずだ…! こんな王であれば、きっと民も付いてくるはず! お願いだから生きてください! そして…私にも償いをさせて欲しい…!」

 私は遠のく意識を保つよう努めながら、必死に王に呼びかける。死んで終わりだと…そんな事できるわけないだろ…!

「…もう、遅い。賽は投げられた。この空間一面に広がる鉱石…これが何かわかるか?」

 王は溜息混じりにそう呟く。

「この鉱石にはな…生物の本能を活性化させる作用がある。使い方や改良の仕方次第では、怪獣を生物兵器として利用することだって可能だ…。見ただろう?あの二匹の怪獣を。あれもそうだ。個体の持ちうる能力を限界値まで引き上げている。」

 この鉱石…そんな作用があったのか…!? どうりでグランゴンの体温が通常時より高かったわけだ…。合体していたのではなく、この鉱石の影響だったと言うことか。

「…そんな危険なもの、一体どうしようと…まさか密輸でもしていたのか…?」

「そうだ…怪獣という生物兵器をコントロールできるなら…と、裏で高価で取引されていたのだ。…生きていく為だった。もう引き返せなかった…。止めるに止められなかった。」

 もしその話が本当なら…我々文明監視員としてもその鉱石の流通を止めないと…。その為には…

 …意識がどんどん遠のいていく。先ほど打ち込まれた『何か』の浸食が止まらない。じわじわと自我が侵されて行くような感覚だ…。

「…その鉱石、もし知性のある生命体の体内に注入したらどうなると思う?」

 王の言葉が耳に障る。聞こえてはいるが、頭での理解が追いつかない。思考に支障が出始めている。

「…もはや回答する余裕すら無くなってきたか。答えは簡単だ。理性を失い、破壊衝動のままに暴れ出す。そしてその尺度は、『心の闇』に比例する。いくら表向きが善良であろうと、心の中に抱える闇が深いほど暴走も激しくなるのだ。…それを、今先ほど貴様にも打ち込んだ。」

 次第に意識が消え去っていく。もはや王の言葉は頭に入っても来ない…。

「さぁ…終わらせてくれ。お前の手で…全て、何もかも。」

 その言葉が聞こえたのを最後に、私の意識は途絶えた。




 マクシウムソードで貫通させた地面の穴を抜け、地中から地表へとラゴラスの巨体を押し上げる。グランゴンにしてもそうだったが、冷凍能力が上がっているらしく体表が冷たい。だが、そんな事すら問題ないのがこの私…ウルトラマンマックスだ。

 ラゴラスを力いっぱいに投げ飛ばし、地表へと叩きつける。ラゴラスは地面を転がり回りながら岩との衝突を繰り返す。その触れた岩は少しだが凍りついている。触れただけでこの様子という事は、こいつやはり並ではないな…。

 私は警戒しつつ距離を保ち、頭から生成したマクシウムソードを手に持ち牽制する。だが、ラゴラスは倒れたまま動かない。あの衝撃で気絶したのだろうか…?

 私はソードを頭に収め、そのまま警戒は解かないでラゴラスの様子を見つめる…

<ゴゴゴ…ドォォォォン…!>


 背後から聞こえた地鳴り。驚いて振り向くと、得体の知れない闇の波動が目に飛び込んで来る。視認できない影を纏った『それ』は、存在を確かに感じられるし目にも映っているはずなのに、その姿をハッキリと捉えられない。確かに視界に居る『それ』の姿かたちが、まるで暗闇の中で探し物をする時の様に全く捉えられないでいた。

「マックス…ア゛ァ゛ァ゛ァ…!」

 禍々しい唸り声をあげる『それ』は、今確かに私の名を呼んでいる。なんだ…こいつは…?

 私は今までに感じた事のない恐怖から、体が震え始めていた。構えを取るも、その拳は緊張で力が十分に込められていないのが自分でもわかってしまう。

「マックスゥ…!オマエガ…オマエガァ…!」

 私が…? 目に見えぬそれが私に何らかの…恐らく負の感情を向けている。まさか…やはりあのオーティ=ラキムの王だったあの男か? いや…違う。

 次第にその姿が露になるに連れて、私の一握りの不安は確信に変わった。

 そこに居たのは…闇色に染まった親友・ゼノンだ。


「ゼノン…!? 一体何が…」

 言い終わる前に、ゼノンは目にも止まらぬ速さで私の懐に入り込み、腹に拳を埋め込む。凄まじい吐き気に怯む暇も無く、矢継ぎ早に頭を掴まれ膝蹴りを喰らう。

 見えない。最強最速の異名を持つ私でも見切れない程に…。

 脳天に走った激痛に、私は一瞬意識が飛びそうになる。だがゼノンはそれも許さず胸元のパワータイマーを目掛けいつものハイキックを見舞う。流石と言わんばかりのその衝撃に体勢を崩し尻餅を付く。そんな私をゼノンは踏み付けた。

「どんな気分だ…親友に虐げられるっていうのは…? 僕はいつも苦しかった…お前の存在が邪魔だった。僕は…お前の陰じゃない…!」

 そう言いながら、ゼノンはグリグリと捻る様に腹の傷口を踏み躙る。

「うっ…あぁッ…!? ア゛ァ゛ァ゛…ッッ!! うァァア゛ア゛!!!?」

 痛みのあまりに呻き声が漏れる。ゼノンの容赦のない仕打ちに私は成す術も無く打ち倒される事しかできない…。

 だが…こうなってしまったのは…俺のせいなんだな。俺のせいで。さっきの地下での言葉。あんな事を考えていたとは露とも知らず…。でもなゼノン…それは俺も一緒だ。



 俺は幼い頃から両親に恵まれて育った。父は宇宙警備隊の勇士司令部の戦士…それもバリバリ武闘派のエリートだったらしい。母も宇宙保安庁の一員として、時には前線で戦うウルトラウーマンだった。そんな二人に強く育てられ、お陰で幼い頃の夢は父や母の様に宇宙警備隊なんかに入って宇宙の平和の為に戦士として戦う事だった。

 だがそんな矢先…あの惑星で内戦が起きた。両親は戦争に巻き込まれ、戦いの中で散っていった。現場にいたわけではないから、詳しいことは教えてもらっていない。だが…凄惨な結末だった事は想像に容易い。

 俺達家族はあの惑星に住んでいた。かつての隣人が、父を、母を…その逆に、父も母もかつての隣人を手に掛けて…そんな何の生産性も無い争いの果てに死んでいった。

 両親は死ぬ間際に俺を戦火から遠ざけてくれた。だが、そのせいで俺は孤独に苛まれた。戦いの中で、大人たちの汚い面を嫌というほど見てしまった。それはもう、言葉では形容し難いような…阿修羅の蠢く地獄、という形容ですら足りないくらいだ。

 そんな中…出会ったのがお前だったんだ。ゼノン。お前だけは…優しさを忘れていなかった。恐らく亡くなってしまった母親であろう亡骸を抱いて泣き崩れるお前を初めて見た時…この地獄でようやく『心』を思い出せた様な気がした。悲しい事だという事実からは逃れようがないが、俺はどうしようもなくお前を助けたくなってしまった。ここで失くすには、余りにも勿体ない『心』を感じたから。

 それから、俺たちは同じ孤児院に預けられた。そこで俺は、お前の色んな事を知ったよ…。今までの生い立ち。あの争いの中で経験した事。そこから導き出した理想…戦う事以外の方法で平和にしたいという願い。その為に文明監視員になりたいという夢を見つけた事。

 だから俺は…そんなお前に戦って欲しくないと思った。ゼノン…お前が戦う必要の無いよう、お前の分も強くなろうとした。お前の側に居て、お前が存分に夢と向き合える様にしてあげたくて。

 …でも、それが逆にお前にとって重荷になってたんだな。俺のせいで、ずっと…苦しめてしまってたんだな。

 すまない、ゼノン… 



 俺はゼノンの踏みつける足に手を掛ける。力の限り握りしめたそれを、俺は力任せに浮かせた。

「ゼノン…今まですまなかった…お前の苦しみに…気付いてやれなくて…!」

 俺は僅かに生まれた隙間を縫う様に身を転がし、ゼノンの足元から逃れる。そして気力を何とか振り絞る様に立ち上がる。

「ゼノン…今の俺が何を言ったって言い訳にしかならないかもしれないが…それでも聞いてほしい。俺は…俺が強くなろうとしたのは、お前の為なんだ。お前が文明監視員として生きられる為に…お前が気兼ねなく理想を目指せる様に、俺がお前の代わりに影を被りたくて強くなろうとしたんだよ!」

 ゼノンの動きが止まる。殴り掛かろうと振りかぶった拳から僅かに力が抜けた様に見えた。

「でもそのせいで…長い間、お前に辛い思いをさせてしまって…もっと早くに気付いてやれてたら、お前ともっと向き合えていたかもしれないのに…本当にすまなかった。遅いのはわかってる…でも、今からでも俺に何かできないか? お前への償いがしたい…もう一度、お前と共に戦いたい!お前の隣で!」

 ゼノンは拳をゆっくりと下ろす。力なく腕をだらんと垂らし、猫背で俯いた。

「…優しいんだな。お前は。相変わらず…最初に会った時からそうだった。」

 …ゼノン?

「でもな…そんな甘い言葉でどうにかなるとでも思ったか? そんな単純なことでどうにかなるような…そんな問題じゃないんだよ…。」

 ゼノンの静かながら…しかし少しずつ語勢が強まる。

「お前は僕にとって誇らしい親友だ。だからずっと一緒に居たさ。でもな…そのせいで僕は多くの場所でお前と比較され続けてきた。僕と異なるやり方に優れたお前が評価されるせいで、さも僕がやろうとしてる事が間違っているかのように評されて…!『優秀』なお前にわかるか? 友と比較され続ける者の気持ちが…どれだけ努力しても追いつけない…常に劣等感と隣り合わせで生きてる者の息苦しさが…やりきれなさってヤツが…!」

 ゼノンの右腕から黒く変色したマックスギャラクシーが出現する。そうだ…マックスギャラクシーはいつもあいつが管理している。ゼノン本体と同様に闇に染まっていたと言うのか…!?

 ゼノンは右腕を構えるや否や私に向かって走り出す。ゼノンがマックスギャラクシーから繰り出す斬撃を、私は急いでマクシウムソードを生成し受け止める。だが、奴のパワーは闇の力で強化されているらしい。いつものゼノンの腕力ではない…。

 鍔迫り合いの形で止めるが、力押しでそれを崩される。ゼノンは攻撃の手を緩める事なく、一才の容赦もなく斬り付けてくる。私はそれをギリギリの間隔で避け続けるが、スピードの増した奴の攻撃を見切れず一閃を被弾してしまう…。

「どうしたマックス…お前の本気はそんなものじゃないだろう…? それとも僕に気を遣っているのか…僕が…『弱い』から…!」

 ゼノンは左手で私の首を掴み、片手でこの体を持ち上げる。自重で首が締まり、息ができない…。

「ゼノン…お前…」

「僕は…争いが嫌いだ。その為に戦うことを避けてきた。でもそのせいで…僕は弱いと思われていたんだな。他ならぬマックス…親友であるお前ですら…!」

 ゼノンの締め上げる力が徐々に増してゆく。私は抜け出そうとしてゼノンの腕を掴み、足をバタつかせてもがく。だがその余計な動きが、尚のこと首を絞めていく。

「僕は誰も傷つけない為に、自分自身も戦うことを避けてきた…。でもそのやり方は『逃げ』だったのかも知れないって心のどこかでも思ってて…。それに追い討ちをかける様に、お前とも比較され続けてきた…目に見える強さを、戦う力を人並み以上持つお前に…。自分の理想を否定され、親友との劣等感にも悩み…次第に表舞台に立つ事をも避けるようになって、そのうち誰からも忘れ去られていって…。僕は何をどこで間違えたって言うんだ…?ただ自分の思いに…信じる正義に従って生きてきただけなのに…!」

 ゼノン…お前…。

「お前のことを恨んだことも、正直数知れないよ…。お前が隣にいるせいで、お前と常に比較されて…そのせいで常に苦しくて…。でも…本当はお前に対してそんな感情を向けたくはなかった…。だって…お前は何も間違っていないから。自分の理想と違いはあるけど、お前は何も間違っていない…真っ当な正義の味方だったから…。そして何よりさ…お前の事は大好きだから…昔からずっと、大切だと想っていたから…!」

 ゼノンの声が震える。腕の力は次第に抜けていき、私の体はゼノンの手を離れて地面に落ちる。バランスを崩し、膝とももを強く打ち付ける。ゼノンは全身の力が抜けた様に腕をだらんと垂らし、両膝をついて俯いた。

「わかってんだよ…お前を恨んだって何も変わらないって…。僕自身が逃げてるせいだったって…! でも…それがわかってても尚…! お前をどこかで疎ましく感じてしまった! 周りからお前と比較される度に、何度も何度も…っ! そしてそんな自分が許せなかった! 僕は…僕はァ……ッ!!  …ウ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァーーーーーーッ!!!」

 ゼノンの全身から闇のオーラが噴き出す。まるで全身の血液が穴という穴から噴き出すかの様に、ドロドロと…それでいて勢いよく。

「ゼノン…!? 大丈夫か!今助け…」

「ウッ…うぅ…!殺ス…殺スゥ…!殺スゥァア゛ァ!!!」

 ゼノンの様子がおかしい。まるで自我を失っていた獣のような荒々しい咆哮を上げ、殺意を剥き出す。

「ウゥ゛ァ゛ァッ…ッグゥ…ッウグァァ゛ァ…ッ!! ハァ…ァ゛!!」

 異常なまでの声にならないその叫びと共に、ゼノンは黒く染まったマックスギャラクシーを携えてこちらへ駆け出す。

「待て…!落ち着けゼノン! どうした?! 一体何が…?!」

 言い終わる前に、ゼノンは右腕の黒いソレを私の首筋に突き立てたかと思うと、拳が肩に埋まるほどの勢いで深く突き刺した。痛みを感じる間も無く、ゼノンは突き刺した鋭利なそれを私の胸元に掛けて引き裂いた。

「ウっ…うぐァァッ…! くっ…ゼノン…もうやめてくれ…! お前が俺の事を恨むのは仕方ないかもしれない…。だが…俺だって…俺だって…!」

 ゼノンは大きく腕を後方に振り上げ、その助走と共に俺の腹に風穴を開けんと突き刺してくる…その右腕を掴んだ。

「ゼノン…俺だってお前が羨ましかったよ…。俺だって…他の先輩方に何度も言われてたんだよ…。『お前は強過ぎる』『もっと頭を使え』『もっと穏便にやれないのか』…。ハッキリと『文明監視員には向かない』とすら言われたな…。そして終いには…。」

 俺は掴んだゼノンの右腕を自分の胸元に近づけ、両手で握り直す。

「…『ゼノンの様に戦え』と言われた。」

 ゼノンは未だ無秩序な暴走が止まらない。全身は震え、掴まれた右腕を振り解こうと暴れ続ける。口元から小さく『死ネ…』『殺ス…』と呟いているのも聞こえる。それでも俺は語りかけ続けた。ゼノンが、今まで多くの戦いの中でそうしてきたように。

「俺は不器用だから…自分の力を過信して、自分1人で片付けようとしてしまう節が多々ある。そんな俺を、お前はいつも諌めてくれた。常に周りに気を回せるお前の聡明さが、俺はずっと羨ましかったんだ…。」

 ゼノンの暴走は止まらない。握った俺の手を引き剥がそうと力を込めて引っ張るが、俺は意地でも離さなかった。

「俺が地球に興味を持ったのだって、元はといえばお前のお陰だった。お前が文明監視員に憧れ、そのお前の志をサポートしたくて俺も文明監視員になった。最初はただ『お前の隣に居れればそれでいい』としか思っていなかったが…次第にこの仕事にやりがいを覚え始めてたよ。多くの文明を、多くの人々の暮らしや生き方…そういうものを見てきて、私も興味を持つようになっていた。お前が居たから、俺の人生はそれまで以上に彩りのあるものに変わっていた。…心から感謝している。」

 ゼノンの腕力が俺の制止を振り切り、俺の手から離れる。だが俺は諦めない。離されたその手を再び握り直し、そのままゼノンの体を抱き寄せた。

「地球に居る間も…俺の我儘を見守り続けてくれて…心強かった。いざとなればお前が来てくれる…そう思えるだけで、どんな強敵でも怖くなかった。マックスギャラクシーにしたって、他でもないお前が持っててくれたから良かった…。地球って星では、俺たちは時に神の様に崇められる時がある。そんな俺が唯一頼れるのが他ならぬお前だったから、気兼ねなく頼ることができた。直接的ではないにしろ、お前の存在が俺にとって心の支えだったんだよ…!」

 ゼノン…お前にこの言葉は届いていないかもしれない。だが…俺はいくらでも訴え続ける。例えお前がどこまでも遠い場所まで行ってしまっても…俺は追いかけ続ける。離しはしないさ…! 

「ウっ…ッグゥァ…ッ!殺スッ…殺スゥ…!死ネ…死ネェ…!グァァ゛ァッ…ッグゥアァ゛ァ…!!」

 ゼノンは変わる事なく呻き声を漏らす。明確な殺意を…心優しいアイツが、争いを何よりも嫌うアイツが…『死』というものをこの世の何よりも好まないアイツが、今俺に殺意を剥き出している。

 俺に出来る事があるだろうか。考えろ。俺が今できる事を。今のゼノンに…かけがえのない親友にしてやれる事を。

 こんな時、ゼノンならどうするんだろうな…。きっと何か名案を思い付くはずだ。賢いこいつなら、もっと平和的な解決法を思い付くはず。だが、俺には…そこまでの知恵はない。少なくとも、冷静さを保てない今の頭では思考が追いつかない。こんな時、ゼノンなら…。

 だが、俺はゼノンの様にはなれない。だったら…俺は俺のやり方で…!


  俺はゼノンの体を離す。ゼノンはその反動で後退り、バランスを崩しかける。俺はそんなゼノンの胸に…固く握り締めた右拳を打ち込んだ。

 攻撃をモロに食らったゼノンは仰向けに転倒し、背中と後頭部を強打する。だが、その痛みをまるで感じていないかのようにものの数秒で再び起き上がる。

「ゼノン…俺は不器用だ。だから…力づくでお前を止める。俺は俺のやり方で、お前を超えてみせる! だから頼む…戻ってきてくれ…ッ!」

「ア゛ァ…ッガァ…ハァア゛ァ…!殺ス…殺スァあ゛あ゛あ゛!!!」

 ゼノンは苦しそうな声を上げながら、右腕のマックスギャラクシーを振りかざし俺の方へと向かってくる。それで良い…それが良い…これしかない。来い…!

 ゼノンは先ほどの様に俺の胸部のパワータイマーを狙う。腰を入れて右腰を出す様に回し、肩を軸に大きく腕をしならせ、肘を捻り上げ、手首から先にかけた部分で心臓を抉り取る様な動き。暴走状態ゆえに無秩序に暴れてる様にも見えて、確実に俺の胸に狙いを定めた動きだ。

 化け物じみたその手は俺の胸に迫る。俺はそんな彼の魔の手を…受け入れた。マックスギャラクシーは俺のパワータイマーを貫き、俺の深い部分に突き刺さ流。血潮の様に俺の胸元から光の粒子が噴き出し、意識が一瞬飛びかけた。

 だが、これでいい。これが狙いだった。俺はゼノンの突き刺さったその腕を掴む。全ては奴と確実に距離を詰める為…そして…!

「マックスギャラクシーは今…俺の中にある…!」

 俺は体内の光をマックスギャラクシーに注ぎ込む。そして同時に、これを媒介にしてゼノンの体の中にも同じ様に俺の光を注入する。ゼノンはこれに苦しみ始め、全身から膿の様にドロドロとしたドス黒い何かを放出し始めた。恐らくこれがゼノンの体を巣食い、闇に染めていた原因だろう。

 ゼノンは腕を引き抜こうともがくが、俺は掴んだその腕を逆に体の更に奥へと刺し直した。友が苦しむ様子を眼前で拝むのはとても気分の良いものではないが、しばしの辛抱だ。お互いに。

 ゼノンのドス黒い紫の体色が、次第にいつもの赤と銀色へと戻っていく。血走った眼光は赤黒いものからいつもの優しい白濁色へと戻っていく。俺の知っているゼノンだ…親友の姿だ。

 


 どれだけの長い時間眠っていただろう…。僕はどうして眠っていたっけ。

 そうだ。あの時、オーティ=ラキムの王だったあの男の不意打ちを喰らって倒れた。あれから意識を失って…それからの記憶が一切無い。僕は何を…。

 次第に目の前の景色がハッキリしてゆく。朦朧とした視界が少しずつ晴れてゆき…目の前に見えたのは…!?

「…マックス…? お前何を…?!」

 目の前に居たのは、胸のパワータイマーを貫かれたまま立ち尽くすマックスの姿。そしてその胸を貫いているのが自分の右腕だと気付いた時、僕は恐ろしくなって慌てて引き抜いた。

「そんな…僕は一体何を…? マックス…なぁマックス…?」

 震えた声で僕はそうマックスに問い掛けるが、彼はそれに答える事はなく…その場に倒れ伏した。

 僕は一体何を…何をしているんだよ…? まるで思い出せない。最後に記憶しているのは…そうだ、王だったあの男が何かを話していた事だ。彼はあの時…朧げながらに何かを思い出しそうになる。あの鉱石の事…あの鉱石の性質…確かそんな話を…。

 …思い出した。思い出してしまった。あの鉱石を体内に投与されるとどうなるのか。僕は…絶句することしかできなかった。

「僕が…皆んな殺したのか…」

 そうだ。マックスは僕が殺したんだ。自我を失って…マックスを…。いや、それだけじゃない。意識を失う直前に朧げに聞こえた、あの男の言葉。『全て終わらせろ』というあの言葉…僕は…何も守れなかった…。何もかも全部…自分で壊してしまった…。

 僕は後退り、そのまま逃げ出すようにその星を後にした。もう何もかも…目には入れたくなかった。



 惑星ゼクスから遠く離れた、名もなき小さな星。アンドロメダ星雲の最端に位置する何もない辺境の星で、私は独り膝を抱えて俯く。

 私にもう何を名乗る資格も無い。ウルトラマンという称号も。文明監視員という役名も。ましてやマックスが持つような最強最速といった異名も。…もっとも私にそんな大層なものはないが。

 親から貰ったゼノンというこの名ももう私が持つにはふさわしくない。私が誰かに名乗る機会も、もう無いのだから…。


「そんなところで俯いて、何をしている?」

 突然聞こえた誰かの声。妙に懐かしさを感じる、それでいて初めて聞いた声。恐る恐る顔を上げると、目の前に立っていたのは見覚えのないウルトラマンだった。…いや、あるような気もするな。だが思い出せない。

「…あなたは?」

 聞き返す私の言葉に、彼は答えない。何も言わずに私の隣に座り込んだ。

「質問してるのは俺の方だぜ、ゼノン。」

 なぜ私の名前を…。不思議に思いながらも私は目を伏せながら答える。

「…私はもう何もしたくないんです。私は…何も守れなかった。何もかも自分の手で壊してしまう…だから、もうこれ以上何も壊したくない。誰にも会いたくないし、何もしたくない。…もう嫌なんです。何もかも。」

 隣の男はフンと鼻を鳴らし、顔を背けて小さく堪えながら笑う。

「なるほどな…そいつぁ、大変に困った話だな。」

 そう男は簡単に言って済ませる。他人からすれば、私がどれだけ悩んでいようとそういうものなのだろう。所詮は他人だ、人の気持ちなんて分かりやしないんだ。そういうものだ。

「…じゃあ一つ、俺の話も聞いてもらおうか。俺にはな、前線で共に戦った仲間がいた。だがそいつは戦いの中で…それも俺の目の前で死んだ。そして俺は、そいつが遺した一人娘を育てることにした。…よりにもよって、自分の嫁と実のガキを放ってな。」

 男の荒々しい口調からどこか悲哀のようなものを感じる。しかし自分の家族を捨ててまで…友人の娘を選んだ?お人好しというか…なんというか…。

「だが、その娘も育てるのは大変でな…お陰でおてんば娘に育っちまって、そのせいで危険に巻き込んじまったことがあったよ。…死んだアイツに見られたらなんて言われるかわかんねぇよな。」

 男はまるで繕ったような悲しそうな笑顔でそう言う。

「…だから?」

 私は鬱陶しくなり本音を漏らす。こんな自分語りを聞いたところでなんになるんだよ…。

「お前にもいるんだろ?親友と呼べる存在が。…そいつの事を想うあまり、お前は今そうして苦しんでる。…それも俺の比じゃないくらいに。違うかい?」

 男はまるで見透かしたかのようにそう言う。私はドキッとして指先をピクリとさせるが、すぐに冷静さを取り戻して問い返す。

「なんでそんな事がわかるんですか。…初めて会ったあなたに。」

「お前は俺の事を知らないかもしれないが、俺はお前の事を知ってるからな。文明監視員のゼノン。『マックスの相棒』って有名だぜ。」

 …そうか。やっぱり私はマックスありきの存在か。もはや言い返す気力すら湧かない。

「そんなお前がここまで悩むとしたら、親友への憂いだとか…そういうものだろうと思ってな。…傷つけちまったのか?」

「…あなたに答える義理はない。」

「…いいや、その返答で十分だ。察したよ。…やっちまったんだな。」

 この男…なんでこうも全部見透かしてくるんだ。気持ち悪いくらいに何もかも全部わかったような口を聞く。何なんだよこの人…。

「あなたに何がわかるっていうんですか…さっきから! いい加減僕に付き纏うな!どっか行ってくださいよ!」

 私はそう言って男を突き飛ばそうと手を伸ばす…だが男はその手を掴み、引き上げるように私を無理やり立たせた。いきなりのことに私は体に力が入らず、三肢はだらんと垂れ頭も項垂れた状態で立たされる。

「…いつまでそうやってる! お前がマックスを助けてやらないで…他に誰があいつを助けてやれる?! 他ならぬ親友のお前だけだろうが! マックスだって…それをわかってるからお前にマックスギャラクシーを預けてるんじゃないのか?! 心優しいお前なら…これを『その為に』使えるんじゃないのか!?」

 彼は私の方を強く揺さぶり問い詰める。涙で視界はぼやけているが、彼の目は真剣そのものだというのは確かに伝わってきた。真剣なその眼差しで、私に無理難題を押し付けてくる。

「…今更何ができるって言うんですか。マックスはもう…死んだのに。それも私のせいで…。私が殺したのに…今更友達ヅラできるわけないじゃないですか。」

「…そうやって逃げるのか。責任から目を背けて、自分の気持ちいい世界に閉じ篭もるつもりか。自分の大切にしてきたものを何もかも全て否定して…恥ずかしくないのか?悔しくないのか?」

 うるさい…うるさい…! 悔しいよ…当たり前だろ…! だからツライんだよ…だから…向き合いたくないんだよ…逃げ出してしまいたいんだよ…!

「お前…それでも大人か?もう子供じゃないだろう? 罪を償う事…責任から逃げないこと。自分を曲げない事。それを守れるのが大人だろう?」

「…あんたに言われたくない! 見ず知らずの他人のあんたに何がわかるんだよ! それに大体あんただって…自分の家族を捨てて他所の子供を育てたって言っただろ…あんただって自分の本当の家族から目を背けてたじゃないか! あんたが…あんたが言うなよ!」

 男は一瞬、息を呑むように言葉を失う。何かを憂いているように見えるその男は、俯きながらも再び口を開く。

「…そうだな。俺は逃げてた。だからこそ…お前には同じものは同じ轍を踏んで欲しくない。俺も自分のわがままに従ったがばっかりに大事なものを手放してしまって…その結果守れなかった…! そんなツライ思いをお前にはさせたくない…自分の見えない場所で大事なものを失う悲しみを、お前には背負わせたくない。だから…もう一度彼の所へ行ってやってくれ。頼む…。」

 男は掴んでいた手を離す。私はフラフラと後ろに倒れ込みそうになりながらも何とか態勢を立て直す。


 …もう遅いよ。


「あいつはもう死んだ。失った命はもう戻らない。それに…仮にそれができたとしたら、他に蘇らせたい人だって大勢いる。どのみち僕にはできない。」

「…本当に良いのか? ここで何もしないままで…後悔はないのか?」

「…それは……。」

「失った過去は確かに戻らないが、今からもう一度踏み出す事だってできる。例え全てが上手くはいかないだろう…だが、不完全だろうと何かできることはあるんじゃないか?…お前の心は決まってるはずだ。迷う必要はない。」

 僕は…。

「…例えマックスが息を吹き返したって…僕にはもう彼と一緒にいる資格はない。」

「…だからって諦めんのか? 彼を復活させる力は、一応お前の手の中に既にあるって言うのになぁ。」

 僕がそう呟くと、男はフッと静かに微笑む。そして僕の肩に手を置く。…温かい手。

「これは他の誰でもない、お前だからできるやり方だ。命に貪欲なお前だから。」

 彼の真っ直ぐな眼差しが僕の目に焼き付く。この目に嘘はない。本気の目だ。

「…でも、なんであなたがそんな事を知ってるんですか? さっきから何でも知ってるような素振りばかりで…正直怖いです。」

「そうだよな…無理もない。だが、理由はいずれわかるよ。俺が言わなくたって、いずれお前自身が気付くはずだ。だから俺は自分からは言わねぇ。」

 ズルいな…この人は。でも、どこか悪くない感じがした。

「行ってこい。ゼノン。…お前ならできる。」

 好き勝手言ってくれる。だが…心のどこかで、何かが再び灯る感覚を覚える。深呼吸をして、僕は声に出した。

「…行ってきます。」



 惑星ゼクスに戻ってきた。やはり何も無い。全て僕が壊したせいで…虚無だ。傍らにはマックスの死体が目に映る。だが…そうだった。僕が斬り裂いたその場所は首筋から胸にかけての箇所…アーマーはおろか、よりにもよってパワータイマーにもヒビが入っている。

 改めて罪の重さを知る。今この目に映っているだけではない。地下にいたオーティ=ラキムの人々も直接この手にかけてしまっている。こんな状態にまでなって…あの男は一体僕に何ができると踏んでここへ戻させたのだろうか。

 …だが、結局僕は戻ってきた。促される形とはいえ、最後には自分の意思でここへと戻ってきた。絶望したようで、心の奥底では諦めたくなかったんだな…。


    刹那、少し遠くの岩場から聞こえる轟音。音の方へと目をやると、そこには先ほど地下でも目撃したラゴラスの姿があった。マックスが倒したものと思っていたが…。

 私は構えを取りつつラゴラスの巨体を睨む。地下の鉱石により成長した奴は全身から冷気を放ち、あからさまに近寄り難い雰囲気を醸し出している。マックスの命がかかっているこのタイミングとは…間の悪い。

 面倒だ…さっさと片付ける。

 心の中でそう呟き、ラゴラスの懐へと飛び込む。ダッシュで一気に間合いを詰め、ラゴラスの腹部にパンチを叩き込む。その衝撃で生まれた僅かな隙間を生ませ、得意の蹴りの追撃でラゴラスの体を後方へと押し飛ばした。ラゴラスは転倒こそしないもののフラつき始める。

 その機を逃しはしまいと、側転で距離を詰めながらその助走を加えたいつものゼノンキックを頭部に加える。ラゴラスは脳震盪を起こしたようにフラつきを更に顕著にさせた。

 これでトドメだ。私は両腕を左右に開き、その両腕にエネルギーを充満させる。そしてその腕を逆L字に組んだ。そして充満させたエネルギーを解放するように、左腕からゼノニウムカノンを発射した。

 これで気兼ねなくマックスと向き合える…と思った瞬間。ラゴラスはその手で頭を覆うような仕草を見せる。まるで死を恐れるような…攻撃に恐怖するような仕草。

 ハッ…と息を呑んだ私は、その手を崩した。そうだ…怪獣だって命だ。それを奪って良いのか…? ましてや、あの怪獣だって鉱石によって暴走している被害者だ。それを悪と決めつけるのは…何か違う。

 迷いの生じた私は、その手をだらりと下げて俯く。…だがそんな優しさを…甘さを見せた私に、ラゴラスは容赦なく冷凍光線を浴びせかけた。不意を突かれたその攻撃に私は避けることもできず、絶対零度にも等しいその冷気に全身を漬けてしまう…。


 視界が暗やむ。何も見えず、聞こえず、感じられない。意識が飛んだのか。何もない闇の中…その感覚はまるで底なし沼に引き摺り込まれるかのような感覚とひどく似ている。このまま抗おうとしなければ、どこまでも堕ちていくかのような気がした。

 もういいや。このまま眠ってしまおう。向こうにはマックスも母さんも居る。僕にはもう背負うものも何もないし。理想も夢も、何ももう関係ない。もう良いんだ。これで…。


 ほら、マックスが手招きしてるよ。こっちへ来いと言いたげに手を振ってる。彼は僕の方へと手を伸ばし、僕を呼んでる。…行こうかな。

 僕は左手で彼の手を握る。彼の手には正気を感じる温もりなんか感じられない。でももう関係ないよね。生きてたって死んでたって、マックスはマックスなんだもの。僕がずっと大切に想ってきた親友の手。迷わず掴むに決まってるさ。

 掴んだその手が僕を深い場所へと誘ってゆく。どこまでも深い場所へと…安らぎを求めるように、僕はその身を委ねようと腕から力を抜いた。


 「…またそうやって諦めるの?」

 突然、聞き覚えのある声が上から聞こえてくる。幼い頃…そして少し前にも聞いた、可愛らしい声。幼馴染の…テミスの声だ。

「嫌な事、気に入らない事…それから全部逃げるの?そんなの…私が知ってるゼノンじゃない。私が好きなあなたは、いつでも真っ直ぐした瞳で夢を見つめてた。前に進もうとしていた。」

 テミスの声が脳内に響き渡る。あの時にも同じようなことを言われた。でも、今の僕はもう…あの時みたいにはできないよ。

「…戻ってきてよ。また会おうって、約束したじゃない。今度はマックスと3人で…本当は2人きりが良いけど。3人でどこかへお出かけしよ? 生きてよ…。私、いつでも待ってるんだからね。」

 テミスの優しく、そして切なげな声。これが彼女本人の声なのか、それとも僕の妄想なのかわからない。でも…どっちだって良い。僕はまだ必要とされてる。文明監視員でも、ウルトラ戦士でもなく、僕自身として…。そんな彼女に言われちゃったら…逃げるわけにいかないじゃないか…!

 頭上に一条の光明が刺す。星の光を思わせるそれが、なぜだかわからないけど僕は何よりも欲しいと感じた。

 「ゼノン…俺の所に来てくれよ。俺たちはずっと一緒だった。これからもそうだろ?なぁ…俺を独りにしないでくれよ…。」

 下からマックスの声が響き渡る。その目は血走り、いつもの勇ましい顔つきが普段以上に怖く見える。

「あぁ…そうだな。独りにはしないよ。」

 いや…一緒に居て良いのかわからない。本当はそんな資格、僕にはない。でも…お前も今、確かに僕を必要としてくれた。だったら…。

 僕はマックスの手を握り直す。マックスはそれを良しとばかりに大きく僕の腕を引っ張る。流石の力強さだな…だが僕は同時に頭上の光をも右手で掴んだ。

「おいゼノン…どうした? 一緒だって言ったよな…?」

「あぁ…言った。でも僕は…まだもう少し生きてみたい。僕を必要としてくれる人が…例え少なからず居るのなら、それに応えたいから。」

 マックスの顔が歪む。怒りに満ちたその表情は、僕の知るマックスではない。まるで今までの僕自身を見ているようだ。

 恐らく、マックスを助けても一緒にいる資格はないだろう。それだけの罪を背負ったから。でも…それでもいい。僕は必要とされている。僕は居ても良いんだ。生きてて良いんだ。僕を僕として必要としてくれる人はいる。きっとそれは僕の知らない人かもしれない…逆に知ってる皆から拒絶されるかもしれない。でもそれでもいい。さっきの声すら虚構だろう。でもここまで来てそんな妄想に走るってことは、本当の僕はまだ生きてたいんだろうな。そして今、まだ掴める手だってある。なら掴むだけだ。都合がいいと周りから思われるだろう。でももう少し…夢を見てたって良いだろ?

 せめて今できる事を…その為の気持ちはもう固まった。もう逃げないよ。

「ゼノン…どちらかを選べ。俺と共に安らかに眠るか…孤独に生き地獄を味わうかをォ!」

「…そうだな。どちらかと言えば…どっちもだ。」

 僕はマックスの手を掴んだ方の左手に目一杯の力を込めて、彼をこちら側へと引き上げる。彼の顔が、引き上げられると共に徐々に優しい表情へと戻っていく。まるで溝川の底に沈んだ泥のようなその穢れが洗い流されていくかのように。

「お前…そんな都合の良い話が通用するとでも思っているのか…?」

 汚れが落ちゆく中、最後にマックスは僕にそう問いかける。僕は気味の悪いほどの笑顔でそれに答えた。

「…生憎、命だけには貪欲だからね。」



 視界に光が戻る。全身が冷たい。僕はそれを振り払うように、上がった右手を振り下ろした。全身に纏わり付いた氷は勢いよく剥がれ落ち、体の触覚は次第に戻りゆく。

 霞んだ視界の焦点が少しずつ鮮明に戻っていく。目の前には腹部に大きな亀裂を負って地に倒れ伏していた。

 ここまでの傷を与えるほどの攻撃をしただろうか…と思ったが、自分の右手を見て納得した。右腕にマックスギャラクシー。さっき掴んだ光の正体はこれか…。

 …思い出した。かつてセブン上司からこれを貰った時に言われた言葉を。『命溢れる者を死に追いやり、逆に死に絶えた者に生命を与える程の力』。このマックスギャラクシー…かつてマックスが地球での最後の戦いで復活を果たした時にしても言えるが、これは単なる武器ではなく生命を司る力を持っているという事だろうか。

 そんな事よりも…。私は急いでマックスの方へと駆け寄る。だが驚く事に、彼の傷だらけだったはずの胸元の傷は何時の間にか癒えていた。驚く暇もなく、マックスの目には光が戻り、パワータイマーは再び燈った。…と言っても赤く点滅しているが。

「マックス…!お前…どうして…」

「ゼノン…ゼノンか! お前…元に戻ったんだな…良かった…。」

 マックスは僕の姿を見るなりそう言って僕を強く抱きしめた。そうか…彼の記憶は僕が暴走したところで止まってたから…。

「マックス…あの胸の傷はどうして治ったんだ…いや、それよりどうしてそんな体を張って…?」

「それは…なんで治ったのかは俺にもわからない。ただ…そうだ、声は聞こえた。お前の声が。あと…手を握られてる感触もあったかな。あれ、お前の手だろ?」

「あぁ…そうだな。僕のだ。」

「やっぱりな…。不器用な俺だ、あんな無茶やっちまうなんてな…。でもお前なら、絶対助けに来てくれると信じてた。やっぱり、俺の隣にはゼノン…お前が居なくっちゃだ。」

 マックスはそう言って僕に微笑む。やめろよ…そんな事言われたら…。


 僕らの会話を裂くように、一筋の咆哮が響き渡る。その方向を振り向くと、先程のラゴラスが何かを貪っている様子が目に映る。恐らく…最初にここに来た時のグランゴンの屍肉だ。欠損した体を取り戻さんと貪り喰うラゴラスの体は次第に熱と赤みを帯びてゆく。あれは…そうだ。

「ゼノン…あれは…。」

「あぁ…さっきのグランゴンエヴォかと思ったアイツは単に強化されただけのグランゴンだったが…今度は正真正銘の成長形態のラゴラスエヴォだ…!」

 ラゴラスエヴォの体表から放たれる熱気がこちらまでヒシヒシと伝わってくる。その熱気がただ熱いだけのものならなんて事はないが、元々は冷気を操る怪獣が変化した姿の故か何とも言葉に形容し難い、風邪でも引きそうな気持ち悪さを孕んだ熱気だ。

「一緒に行くぞ…ゼノン!」

「待て…その状態じゃ無茶だ。これを。」

 私はそう言って右手に着けていたマックスギャラクシーを手渡す。マックスの右手に装着された瞬間、マックスギャラクシーから溢れ出したエネルギーがマックスのパワータイマーに染み渡り、赤い点滅状態から青色の点灯状態へと戻す。

「エネルギーが戻った…!」

 マックスは驚いた様子を見せる。それを察してか、ラゴラスは再び大きな咆哮をあげる。私は怪獣の方へと向き直り、再び警戒し睨む。

 恐らく…僕やマックスの時のようなマックスギャラクシーの効力は通用しないだろう。さっきの衝撃波を浴びて奴はケガを負った。だが、同じものを浴びたと思われるマックスは今こうして傷も癒えて元気に生きている。ということは恐らく、ラゴラスを暴走から解放する手立ては無い…。

 だからせめて…同じ境遇になった僕の手で終わらせてあげたい。今できる、せめてもの供養のつもりで…。

「まだ行けるよな…マックス?」

「そう不安そうにするな…俺は最強最速の…!ウルトラマンマックスだ!」

 その掛け声を合図に我々2人はラゴラスエヴォの元へと駆け出した。それに反応するようにあちらからも動き出し、胸部のマグマコアより火炎弾を連射して私たちを牽制する。マックスはコメットダッシュにてそれを素早く躱し、間合いを詰めてマックスギャラクシーの刃先で胸のコアへ斬りかかる。

 ラゴラスはそんなマックスを振り払おうとその剛腕を振るうが、私はそれを距離を取りつつ光弾で弾く。両腕を弾かれた衝撃で後退するラゴラス。それを逃すまいと、マックスもまたマグマコアに連続パンチの集中砲火を浴びせる。コアには僅かなヒビが入り、ラゴラスは苦しそうな表情を見せた。

「休ませるな…一気呵成に攻め上げろ!」

「あぁ!」

 マックスの掛けた声に合わせるように私も走り出して間合いを詰め、ラゴラスの頭上に飛んで前転、踵落としでラゴラスの頭部をグラつかせる。マックスもまたそれに続いて飛び蹴りで胸部のコアを狙って攻撃。

 ラゴラスは振り払おうと冷凍光線を口から発射するが私は地表で前転して口の真下の死角に、マックスは高くジャンプして攻撃をかわす。そして私は距離を調整しつつ頭部にゼノンキックを、マックスはジャンプの位置エネルギーを利用したマックス・サテライトキックのウルトラダブルキック戦法でラゴラスを攻め立てる。

「よし…勝てそうだ…!」

「まだ油断できない。奴の攻撃にはまだ『あれ』がある…!」

 一瞬気を緩めた私を諭すマックス。一度直接戦った彼がこうも警戒するとは…思い出した。まさか『あれ』か?

 距離を取り直すマックス。その隣で同じくラゴラスの動向を伺う私。危惧していた通り、ラゴラスは口から冷凍光線を、そして胸のマグマコアから火炎弾を同時に生成する。

「あれは確か…DASHの面々の協力を得てようやく攻略できた…!」

「そう…温度の異なる両極端の光弾を合成させた技だ…これは下手に近づけない!」

 マックスの言うように、自分の周りの空気が…もっとも地表のすぐ地上数十メートル以内だけしかないが…の温度が入り混じるような感覚を覚える。そうそう体験できるような現象ではないそれに気分を崩しそうになる。

「だがマックス…。以前はあの胸のマグマコアを破壊することで勝利へと向かうことができたろ? 今回も同じことだ…如何様にでもできるさ。」

「だが…何か作戦でもあるのか?」

「そうだな…例えば光弾を撃った直後であればあの部分はガラ空きになる。そこをついて一撃で破壊する…とかだろうか。」

「だがあの光弾はギャラクシーカノンですら押し返す威力だぞ? それに今回だって以前よりパワーアップしていて…どうする…?」

「…私が何とかするさ。」

 私は不安を表情から消してそう答える。もし私がマックス同様にコメットダッシュを使えるなら、同時に回避して一気に叩けばどうにかできるだろう。だが…それは私にはできない。足手纏いなようだが、仮にこの場にマックス1人だとしてもあのコアを一撃で破壊できる保証はない。ましてや正面から弾き返すなど…。

 私が額と背中に冷や汗をかいている間に、光弾はみるみるうちに生成されていく。

「くっ…こうなったらコッチに飛んでくる前にラゴラスの懐中であの光弾を爆破させるか…?」

「いや…それはこちらにも衝撃波が飛んでくる危険性がある…。効果はあるかもしれないが、リスクも大きい。」

 2人で話し合ううちに光弾は一つに合わさり、発射の準備は整ってしまう。冷静に考えるにはあまりにも時間が足りない…。こうなれば…どうあっても危険は免れない。

「…マックス。こうなったら賭けても良いか?…仮に私が死んでも悪く思わないでくれよ。」

「…え?」

 マックスが聞き返したその瞬間、私はマックスの右腕からマックスギャラクシーを奪い取った。

「お前…何を…ッ?!」

「…悪いなマックス。上手くやれよ。」

 驚くマックスを尻目に、私は右腕のマックスギャラクシーを構えてラゴラスエヴォの元へと走り出す。

「待てゼノン! 死ぬつもりか?!」

「これしか思いつかなかった…確実にコイツをどうにかするにはなァ!!」

 私は右腕の刃先にエネルギーを込める。マックスギャラクシーの青いコアに手をかざしてそれを解放しつつ、ラゴラスとの距離を詰めてゆく。そんな私に向けて、ついにラゴラスエヴォは溜めに溜めたその光弾を発射した。

「ゼノン…ッ!! 危ないッッッ!!!」

 マックスの悲鳴が背中越しに聞こえる。そしてマックスは左腕を天高く掲げ、必死の形相でそれを逆L字に組み直した。左腕のマックススパークから放たれたマクシウムカノンは、感情の昂りが作用し今まで見てきたそれとは威力が段違いだ。

 …計算通り。

 私は右腕に充填させた高エネルギーを、右腕を突き出すと共に解放した。ゼノン版ギャラクシーカノンとも呼ぶべきその光線…そしてマックスのマクシウムカノンがラゴラスエヴォの光弾に弾着する。威力は同等か、ジリジリと均衡を保っている。

「ゼノンは…ゼノンは俺の大切な…大切な親友なんだよ…!死なせて…たまるかァ…!!」

 マックスの叫びと共にその均衡は徐々に崩れ、ラゴラスの方へと押し戻されてゆく。私も同様に押し負けまいと力を込める。もう逃げたくない。せめて…今だけは…!

 私たちの光線に撃ち返される光弾はじわじわとラゴラスエヴォの体表を焼く。そして徐々に体内に侵食し続け、肉は抉れて剥き出しになる程までにめり込んでゆく。そうしてついには光弾の侵食に耐えきれず、ラゴラスエヴォの全身は大きな爆発と共に木っ端微塵となった。凄まじい爆風が吹き荒れ、私とマックスは少々態勢を崩し掛けた程だった。


「ゼノンお前…! 何であんな無茶を!」 

 怒りと不安感に震えたマックスの叱責が私の耳に響く。

「すまない…ああでもしないとあの光弾には打ち勝てそうになくってな。お前の感情の昂りを利用して光線の威力を底上げするような事でもしないと、危ないかなって。…正直それも賭けだったが。」

 敵を欺くには味方から。これも一応の戦術だ…とは思いつつ、マックスに心配かけたのは心苦しくもある。

「そうならそうと言ってくれよ…心配で心臓に悪いぞ。」

「言ったらお前…意味ないだろ?」

 少々いたずらっぽくそう返してやった。…最後だけは明るく振る舞ってみようと思って。




「…さて。帰ろうか、ゼノン。」

「ごめん…私にはもうお前と居るわけにはいかない。」

 そう…おめおめと何でも許されるとは思えない。マックスをこちらの世界に引き戻した。でもそれが贖罪として十分とは到底思えない。いくら彼が…あの王がご所望だったとはいえ…僕はまだ生きる事のできる人の命を奪ったのだから。それは僕の生き方そのものの否定と言っても差し支えない。そんな状態で…マックスの隣には居たくない。…居るわけにはいかない。

「何でだよ…? お前は確かに俺の事を斬った。でもあれは暴走してたせいだろ? いくら何でもそこまで思い詰める事はない! 何より…隣にいて欲しい。理由がどうとかそういうのは無い。お前の存在を感じられるだけで、俺はどこまでも強くなれるから…。」

 お前の気持ちは嬉しい…。でも、だからこそこんな中途半端な今の私がいちゃいけない。…色々とツライんだ。

「…ごめん。そんな単純な問題じゃないんだ。」

 そうとだけ言い残して、僕はマックスに背を向けて飛び去ろうとする。…どこに行こうか。アテなんてどこにもないけど。

「待ってくれ! お前の気持ちは知ってる! でも…それでも…俺はお前と一緒に居たい! お前が俺の事を恨んでいるのもわかってる。俺のせいで色んなツライ思いをさせてしまっていたのはわかってる…。」

「…だったら尚更放っておいて欲しい。僕には君の隣にいる資格なんか…」

「だから! だからこそ俺にできる事をさせて欲しいんだ。今の俺にどこまで償えるか…わからない。でも、お前の近くで少しでも何かできることを…!」

「…ごめん。今は一緒にいることそのものが辛いんだ。」

 マックスの言葉を遮る。マックスは息を呑むように言葉を止める。お前の気持ちは嬉しいけど…正直、かえって迷惑なんだ。僕が言えるセリフじゃないけど…。

「…そうか。もう…会えないのか?」

 震えるマックスの声。背中越しにそれが泣き声なのが伝わってきた。…ごめんマックス。君にはこうやって迷惑ばかりかけてしまうな。

「どうかな…。もし次があるとしたら、きっとそれは僕の中で整理がついた時だろうな。どこまで自分の何を割り切れるか…今はわからないけど。下手するともう会えない。…会いたくない。」

「そんな…そうなんだな…。」 

 ごめんな。…今までありがとう。そう言葉にしたいのに、口には出せなかった。本当は一緒に居たい。でもそんな都合の良い事…しちゃいけないだろ。

「…なぁ、ゼノン。覚えてるか?…最初にお前がつけてくれたんだったな。俺の『最強最速』って二つ名。」

 …そういえばそうだったっけ。あの時は皮肉めいたつもりで言っただけだった。だがマックスはそれに相応しい活躍をしてる。皮肉から出た誠。凄いよお前は…。

「…覚えてるよ。お前は誰より強くて…誰より速くて助けに駆け付ける。誰にも負けない男だ。…僕の誇りだ。」

 今となってはもはや皮肉でも何でもない。これは本心だ。…昔からそうだった。でも心とは実に複雑で…裏腹な感情も抱えてしまう。誰よりも強い…そんなマックスが羨ましかった。それが妬ましかった。心の底から称賛したいと同時に、それを素直に喜べない自分もいた。比べられてきたから尚更だ。ずっと複雑で…苦しかった。

「でもな…ゼノン。俺にとっての本当の『最強最速』は、お前なんだ。」

「…僕が?…何かの冗談か?」

 予想外の言葉に、僕は振り返る。何を言うか…。僕は君の様な強さは無い。フィジカルは確かにお前に負けまいと鍛えた…が、結局はコメットダッシュをはじめとした常人離れした力には敵わなかった。そんな僕が…最強最速だと?

「冗談なんかじゃない。俺が地球にいた時、言ったよな。お前がいると思えるから戦えたって。お前の存在が、俺にとっての心の支えだった。誰よりも『心強い』存在だったんだ。そして、何かあった時には誰よりも『速く助けに』来てくれる。俺を常に支えてくれるお前こそが、俺にとっての『最強最速』なんだ。」

 マックス…そんな風に僕のことを…。

「これからも俺の隣にいてほしい。…ダメか?」

 マックスはそう言って僕に歩み寄る。優しく僕の肩に手を置き、グッと強く掴む。…それでも。

「…嬉しいよ。でも…まだ踏ん切りが付かないんだ。お前の隣にいていいのか…僕自身の心の踏ん切りが。」

「そんな…!」

「…その代わり!…これを持っててくれ。」

 僕はそう言って、右腕に装着していたマックスギャラクシーを外してマックスに手渡した。

「これがあれば…お前は僕がいなくても戦える。…そうだろ?」

「そんな…そんな事…」

「大丈夫だよ。お前なら。…だってお前は、ウルトラマンマックス…最強最速なんだからさ。」

 マックスが握るその手の上から、僕は重ねるように彼の手を握る。大丈夫…そう伝える様に。

「これが僕の代わりだと思ってくれればいいよ。かつてその左腕のマックススパークが、地球でトウマ・カイトと君を繋いでいたみたいにね。」

 マックスは少しハッとしたように顔をあげるが、すぐにまた表情が曇る。

「…そのマックススパークも、元はと言えばお前がくれたものだった。」

 …もうやめてくれ。これ以上何か言われたらツラいだけだ。僕は居てはいけない…ダメなんだよ。

「…そうだったな。でも…僕が居なくてもお前は良くやれた。あの時も…これからだってきっと大丈夫。」

「そんな事ない…俺はお前が居ないと…!」

「…いい加減にしろよ!」

 僕はマックスを一喝する。それに驚いてマックスは言葉を詰まらせた。

「もっと自分に自信持てよ…! お前は一人でも戦える。僕が必要になる機会なんて、お前の戦いにおいてはそうそう多くある事じゃない。…何より、そんな大事までなったら他にも誰か来てくれるさ。…大丈夫。お前は強い。僕が居なくても、お前はお前自身の未来を掴めるよ。」

「ゼノン…。」

 僕の言葉に、マックスは僕の手を離した。そして数歩後ろに下がって後ろを向いて目を伏せた。

「…行けよ。」

「…あぁ。元気でな。」

 僕はマックスに背を向け、惑星ゼクスを後にした。…少しだけ飛んだところで、後方からよく聞いて知った声は泣いていた。



 それからしばらくの期間が空いた…。僕は今までのようなコンビでの活動ではなく、独りでの活動を陰ながら続けていた。まだ何かできることはないか…生きる意味を見出したくて。ありがたい事に活躍の場に多少は恵まれ、細々とではあるが戦いの無い世界への貢献を続けられていた。

 だが、当然何もかも割り切れているわけではない。あの惑星ゼクスでの一件によって失ってしまったものは多かった。元オーティ=ラキムの住人たちを救えなかった…いや、手に掛けてしまった事への罪悪感。そしてマックスとの決別。

 何より、今のこの自分のやり方を続けるのが正しい事なのか…という疑問は特に大きい。やはり戦うことを避けていては守れないものもあるんのでは無いか…そのモヤモヤが、戦う必要の無い現場でも常に引っかかっていた。いざとなれば戦いに赴く所存ではいる。だが、それを望まない心を拭いきれない事へのジレンマはとても大きかった。


 そんなとある日。惑星ギャリエルでの任務を完了させ、私は小さな名もなき星で休憩を取っていた。そう…あの日、私の背中を押してくれた『あの人』と出会った、アンドロメダ星雲の辺境の星。涙に濡れた視界で彼の姿はよく見えなかったが、彼の温かい手の感触は今でも鮮明に覚えている。

「…さて。そろそろ行くかな。」

 次の目的地に行こうと腰を上げた時だった。

「よお。久しぶりだなゼノン。」

 聞き覚えのある声。横に目をやると、そこにいたのは…。

「あなたは…もしかしてアンドロメダ星雲支部のメロス支部隊長…!?」

 初めて会ったが、少しだけ話には聞いている。胸を覆うように装飾されたスターマーク。堂々とした体躯。実物はその迫力が思っていたものとは大きく違っていた。

「もしやも何もお前なぁ…」

「…え?えぇと…」

「…いや、何でもねぇ。忘れてくれ。」

 困惑する私に何か意味ありげな態度を取るメロス隊長だったが、それ以上は何も言わずに飲み込んだ。…どういう事だろう?

「…ところでだ、ゼノン…。まぁなんだ、その…調子はどうだ?」

「調子…ですか。まぁ…そこそこです。」

「…そうか。そこそこ…ね。そうかそうか。」

「…メロス隊長は?」

「…って改めて聞かれると、俺も同じだな。そこそこ元気にやらせてもらってるよ。」

「そう…ですか。良かった…です。」

 ぎこちない会話に、気まずい空気が走る。それから話題もなく、3分ほど無言の時間が続いた。…気まずい。すごく気まずい。まるで幼い時に色々あって生き別れ、成長して再会した時の親子のように気まずい。

「…そうだ、ゼノン。お前、何か悩みとかあるだろ。言ってみろよ。」

 突然話題を振ってくるメロス隊長。ありがたいような、何というか…。

 悩み…か。どこまで話して良いやら。…話すと長くなりそうだが、正直おしゃべりは得意ではない。上手く話せるだろうか。

「悩みか…。私は…。」

 言葉に詰まる。話しても理解してもらえるかどうか…保証はどこにも無い。光の戦士としては珍妙な悩みだと偏見を持たれるのも怖い。ましてや厳格そうな隊長が相手となると尚更だ。…何をどう話していいか…。

「…話したく無いか?」

 私の様子を察したのか、メロス隊長が言う。…見抜かれてしまったか。せっかく聞いてくれたというのに、申し訳ない…。

「あえて何があったとは聞かない。だが、一応年上の者としてお前に一つ言っておく。人生っていうのはな…踏み躙られて、裏切られて、何もかも失ったように感じても、意外と這い蹲りながらも前に進もうとするもんだ。例え夢破れて心を病み、深い絶望感を味わっても…その中でやりたい事を探して生きようとするもんだ。そうして這ってでも生きようとする。命って案外そういうもんだと思うぜ。だから…お前はお前のままで良い。」

 僕は…僕のままで。でも…僕にそんな事が許されるなんて到底思えない。自分のやりたいように…だなんて、今更できない。

「僕は…自分の目標としてきたものを全部自分の手で壊してしまった。僕のやりたいようになんて…。」

「どの口が言う。お前な、本当にブッ潰れたヤツってのはやりたくもない仕事に使命感なんか燃やせないだろ。お前が今そうやって何だかんだ言いながら文明監視員を続けてるのが、何よりの証拠だ。…壊れてなんかねぇんだよ。そうやって、自問自答しながらやりたい事に向かって生きてるじゃねぇか。」

 …言葉を失った。何も特に考えてはいなかった。何かして生きては行こう…そうフワッとした思いだけでいたはずだ。それを…おめおめとこうしてまだ文明監視員でいる。

「確かにな…失ってしまったものは還ってこねぇ。でも、だからって後ろばかり向いてちゃ、前にある『まだ失われてねぇもん』が守れねぇだろ? 守れなかったものに思いを馳せんのは結構だ。むしろそれでいい。絶対忘れんな。その上で前を向け。前へ進め。重いモン背負って、苦しみながらでも良いから進め。…いつか、その痛みもなんかの役に立つかもしんねぇしよ。」

 …熱いものが込み上げる。僕は…肯定されている。やりたいようにやって良いと言われている。ここまでハッキリと誰かに言われたのは…初めてな気がする。

「…あとな、お前は幸せもんだぞ。なんせ、やんなきゃいけねぇ内容とやりたい内容が一緒なんだからよ。お前が今イッチバンやりたい事…それは何だ?」

「僕が…一番やりたいことは…!」

 そんな事…決まってる。それは…


「ゼノーーン!! ねぇゼノン!」

 突然どこからともなく聞こえた声。その方に目を向けると、何やら息を切らしてこちらへと飛んできたテミスの姿があった。

「え、てててテミス!? 君…なんでここに…?」

「え?えっとねぇ…あの…たまたま近くを通りかかったのよ。…うん。って…そんなことより、さっき新人くんのリブットが血相変えて帰ってきてて…何かと思って話を聞いたら、マックスが惑星ミカリトって所でゴーデス細胞っていうのにやられたって!」

「な…なんだって?! あの…宇宙の悪魔と呼ばれてるゴーデスか!?」

 聞いたことがある。かつてグレートが相対した強敵だ。細胞の破片一つでも残れば蘇り続ける厄介な奴だと。

「あ…あと、それからコレ!」

 そう言ってテミスは懐から何かを取り出す。それは意外にも…見覚えしかない代物だった。

「これ…マックスギャラクシーじゃないか…! どうして君が?」

「うん…少し前にね、マックスがわざわざ私のところに届けに来たのよ。『自分の代わりにゼノンに渡して欲しい』って。すっごい長時間あなたの話を聞かされたわ…。」

 マックス…どうしてそんな事を…。

「でもね、マックス言ってた。『これは、ゼノンが届けてくれるから意味がある。ただ持ってるだけじゃ意味がない。ゼノンが届けてくれる光だからこそ、この力を最大限に引き出せるんだ』…って。」

 マックスの奴…そこまで僕の事を想ってくれたのか…。配達員と思われても仕方のない役目だと思っていたのに…。そこまで言われたら…もうやる事は一つしかないじゃないか。

「…行けよ。ゼノン。それがお前のやりたい事なんだろ?」

 察したように言うメロス隊長の言葉に、僕は頷いて答える。思い返せば、いつもそうだった。なんで戦いを好まない僕が拳を振るってきたか。行動理念の対極に覆るほどの大きな要因。…そうだ。マックスの為なんだ。マックスを助けたいから。そんなシンプルなようで、僕の中で大きな理由が戦いに突き動かしていたんだ。

「そうか。…じゃあ最後にもう一つ、手短に言わせてくれ。」

「…はい?」 

「お前、自分の名前の意味って考えたことあるか?」

 名前の…意味? そういえば考えたことなんてなかったな。それに、実の母は既に亡くなっている。聞く手立てなんて無い。父親がいれば聞けるが…母からは父については何も聞かされていない。

「いえ…考えてもみなかったです。」

「そうか…。『ゼノン』って名前にはな、『どれだけ周りが変わろうと、変わらない大切なもの』という意味がある。お前の親父はわがままな人間でな…それと同じ血を引くお前だ、似たような性格になりかねないと危惧した。だが…あえてこの名前をつけたのは、自分を大切にしてほしい…『どれだけ周りに否定されようと、自分の大切なものは曲げないでいてほしい』と願ったからだ。わがままではなく、頑固であれ。自分を強く持ってくれ…と願ってな。」

 そうだったのか…僕の名前にそんな意味が…。でも、なんでメロス隊長が知ってるんだ…?

「お前にとってのそういう変わる事のない大切なもの…それは、もうお前の中にあるんだろ?」

 僕にとっての…何にも換え難い大切なもの。戦いのない世界…誰も死ぬような悲しみを味合わない平和を目指す志。そして…マックスとの絆。小さい時、火の海の中で救ってくれた時からずっとヒーローだった男。今度は僕が彼のヒーローになりたいと想っていた男との絆だ。

「…ある、って顔だな。それで良い。お前はお前のやりたいように走れ。お前なら大丈夫だ。」

 そう言って、メロス隊長は僕の背中に手を添える。…温かい。

「行ってこい。ゼノン。」

「行ってらっしゃい。帰ってきたら…約束、守ってよ?」

 二人の言葉が背中越しに聞こえる。僕は振り絞るように前を向いて、返した。

「…行ってきます!」


 モンスター銀河…と呼ばれる銀河系の周辺までやってきた。もっともこれはどこかの銀河の固有名詞というわけではなく、通常の銀河系より星の形成が大量に行われる銀河の事を指す。爆発的に成長する銀河のその様子はまさに怪物級…といった所か。

 惑星ミカリトが目前に迫る。恐らくマックスギャラクシーをうまく使えばマックスの体からゴーデス細胞を除去できるかもしれない。だが、単身で乗り込んでそれが許される状況だろうか…。


 …と突然、腹部に異常な熱を感じる。火炎弾を喰らったのだ。不意打ちに耐えられず、惑星ミカリトのすぐ近くの衛星へと不時着した。

「クッソ…あっちぃ…痛ってぇな…」

 痛みの余りに言葉を漏らす。だがそれも、前方から聞こえた鳴き声によってかき消される。目の前に広がる光景には、頭部にクリスタルを埋め込まれた異形の怪獣たち…『魔王獣』と呼称される怪獣たちだった。

「なぜここに…」

 と呟くが、惑星ミカリトを見下ろすと何となく納得してしまうものが目に映ってしまった。…マガオロチの卵だ。

 恐らくあれの影響を受けて復活した…もしくは、本来こういう場所ではなくモンスター銀河に生息するあれをここへ運んだ何者かが外部からの邪魔者を消す為に配置させたか…!


 翼による突風、レーザー、高圧水流、熱風、火炎弾、触手。6体の魔王獣たちの多種多様な攻撃に襲われる。私はギリギリの所でかわし続けるが、その緩みない連続攻撃に体力を著しく奪われてしまう。このままではマックスの救出が間に合わない…!

 だが…ここで手をこまねいているようではダメだ。マックスは僕の助けを待ってくれている。その為にマックスギャラクシーを僕に託した。それに応えなければいけないんだ…!

「ここで…倒れてられるか…! 僕を待ってくれる人がいる限り…僕を必要としてくれる人がいる限り! 僕は僕にしかできない事をやり遂げる!それが…ウルトラマンだ!」

 奮い立たせるような叫びと共に、私はゼノニウムスライサーで全体攻撃を加え、敵陣営の動きを食い止める。

 更に追い討ちを掛ける為、右腕にマックスギャラクシーを出現させる。そして右腕を前に構え、更にそれと直角を成すようにエネルギーの刃をゼノニウムスライサーの要領で発生させる。自身のエネルギーとマックスギャラクシーの二重のエネルギーが混ざり合い、大きな弓矢のような形を成していく。私はそれを弓の弦を引くように左手で力いっぱいに引き切る。

 弦の限界…ここだ。

「ギャラクシーィィィィィ…!!ゼノパルトォッッッ!!!」

 気合いと共に左手を離すと、右腕の弓形の刃は音さえも置き去りにする速さで魔王獣たちに迫り行く。反応が遅れた6体は避ける間もなく私の渾身の技を喰らい…電撃によりスタン。気絶し地面に倒れ伏した。

 私はご存知の通り、命を尊重する生き方をしている。だがどうしても戦わねばならない時に、殺す事なく相手を鎮めたい…。その思いの結晶がこの技だ。攻撃を与えても傷付かず、死にもしない。そんな私の理想を詰め込んだ技だ。まだ研究過程にあるが、いずれはマックスギャラクシー無しで放てるようになるのが目標だ。マックスと別れてから…ずっと研究してきた。捨てる勇気の出ない理想の為に。

 

 さぁ、急がなければ。マックスが待ってる。私はマックスギャラクシーを体内に収納し、惑星ミカリトへと飛ぼうとした…だが。

 一閃のレーザー光線が私の足を霞める。その衝撃に私は態勢を崩す。慌てて振り向くと、土ノ魔王獣・マガグランドキングのみ電撃からいち早く復帰してこちらを睨みつけていた。あの硬い装甲…あれに阻まれたか…。盲点だった。

 足に痛みが走り、動きが鈍る。立ちあがろうにも傷が疼き、うまくバランスが取れない。そんな私に容赦なく、マガグランドキングは追撃のレーザー光線を再び撃とうとエネルギーを溜め始める。動けもしない状況…万事休すか…。


 思わず私は目を閉じる…だが、前方から何か打撃音のようなものが聞こえた。そっと目を開けると…そこには、マガグランドキングの胸の装甲を拳でぶち抜く、赤いマッチョなウルトラマンが威風堂々と立ち上がっていた。

「見たか…俺の超ファインプレー…!!」 

 そう呟くと、その赤いウルトラマンはロボットの配線を引きちぎりながら強く拳を引き抜く。そして重々しいマガグランドキングをものの見事に軽々と持ち上げてみせたかと思うと、地球でいうハンマー投げの助走かのようにブンブンと勢いよく回し始め、そのまま力いっぱいに投げ飛ばした。

 遥か後方に投げ飛ばされたマガグランドキングは地面と衝突すると共に大きな爆発を起こし、鉄屑よろしく木っ端微塵となった。

「あの…あなたは?」 

 私の問い掛けに、そのウルトラマンは胸の前で腕をクロスさせながら答える。

「俺はアスカ・シン。いや…ウルトラマンダイナ。」

 その言葉と共に、ダイナと名乗る光の巨人は真紅のマッシブな姿から3色のスマートな姿へと変化した。

 ダイナ…そうだ、ゼロと共に戦った英雄の名が確かダイナと言った。彼がそうなのか…道理で風格を感じる力強さだ。

「ありがとうございます。おかげで助かりました。」

「いやいやぁ、どうって事ないって! 俺は俺でできる事をやった。それだけだよ。」

 そう親しみやすい口調で言って、右手の親指を立ててみせた。

「でも…私は怪獣を止められなかった…。理想になかなか近づけないのが、どうしても悔しいな…。」

 研究段階とはいえ、不完全な技だった事がどうしても悔しい。やはり夢は夢のままなのか…。

「うーん…難しいことはわかんないけど、夢ってそんな簡単に叶うもんじゃないんじゃないかな?」

 ダイナの口からこぼれた言葉に、私は俯きかけた顔を上げる。

「どんな旅にも終わりがないみたいに、どんな夢にも終わりはない。実際、俺も長い旅の途中だしさ。…そう焦らなくてもいいんじゃないか? 待ってればきっと、いつか追い付いてくれると思うぜ。俺も、ある意味じゃ夢を待ってるからさ。」

 旅に終わりはない…。そっか。それでいいのかな。僕が僕でいる事。諦めない事。そうしていれば、いつかきっと…届くはずだ。それまでは、メロス隊長が言ってくれたように前だけ見つめていよう。


 そう心に決意した瞬間。おぞましい鳴き声がこだました。折悪く、怪獣たちが目覚め始めたのだ。しまった…電撃の効力が切れたか。

「まずい…!止めないと!」

 走り出そうとする私だが、先ほどのケガが疼き膝をつく。やはりこの足では動けないのかよ…!

 再び魔王獣たちは攻撃を仕掛けんと、こちらへジリジリとにじり寄ってくる。まずい…早くしないとマックスが…!

 動けない私を庇うようにダイナも構えるが、先ほどの戦闘の疲れからか肩で息をしているように見えた。

 こうなれば…足のケガなど大きな問題じゃない。私の体がどうなろうと問題じゃない。早く…マックスの元へ行かないと…!

 私は無理にでも立ちあがろうとした。だがそんな折に。


「よく耐えた! ここからは任せろ!」

 聞き慣れぬ声が聞こえた。瞬間、魔王獣たちは一斉に攻撃を放った。…が、それらが全て目前で見えないバリアのような…泡か何かのようなものに阻まれる。…更なる援軍?

「よお最強最速! 足は大丈夫かい?動けるか?」

 その声と共に、どこか見覚えのあるウルトラマンが地面に降り立った。それも一人ではない。続いてもう二人…それも片方は女性。ウルトラウーマンだ。

「あなた方は…!お久しぶりです!」

 チームUSA…と呼ばれる、3人の精鋭チームだ。ベリアルの乱で共に戦って以来の再会だ。

「もう大丈夫だゼノン。今、俺たちと一緒にリブットがゴーデスの抗体を持ってきた。マックスは無事だ。…もしこいつらがミカリトに降りてたら完全に終わってたな。よくやってくれた。」

 リーダー格を務めるチャックがそう話す。そうか…無事に抗体が…。これでマックスはきっと大丈夫だ…。

「さっすが『もう一人の最強最速』と言われるだけあるぜ。誰よりも早く駆けつけて、一時的にとはいえ全員のしちまうなんて…ナイスガッツだな!」

 3人の中で最も巨漢なスコット。地球ではアメリカ人の男性と一体化していたからだろうか。豪放磊落という言葉でも似合いそうなフランクな口調で話す。

「なんですって…?『もう一人の…最強最速?』って言いました?」

 あまりに予想もしていない言葉に耳を疑う。そんな異名…僕にあったのか?

「お前…自分がなんて呼ばれてんのか知らなかったのかい?…と言っても、俺もさっき来る時にリブットから聞いたんだ。マックスが自慢げにリブットに話してたんだってよ。」

 マックスが…私をそんな風に。あの日の言葉…冗談でもなんでもなかったのか。しかしまさか、後輩にそうやって話すだなんてな…。嬉しいよ…マックス。

「さぁ…立てる? ここは私たちで押さえるわよ!」

 紅一点・ベスがそう言いながら、私の足に手を触れる。すると、先ほどまでの痛みがみるみる引いていった。

「ベス…あなたこんな事も?」

「ええ…一応ね。と言っても、光の国でお世話になった時に銀十字軍で少し習った程度よ。」

 程度…という割には、ありがたい能力だ。これで動ける。


「そろそろウルトラ・バブル・ビームの効力が切れる。行くぞ皆!」

 チャックの威厳ある声が響く。我々5人は改めて戦闘態勢に入り、魔王獣に立ち向かっていった。

 マガジャッパの放つ高圧水流をベスがウルトラ・スパウトで吸収、それを利用してマガパンドンの全身の炎を鎮火。それに怒りを見せベスに襲い掛かろうとするマガパンドンだが、それをチャックが羽交い締めにて阻止。そのまま後方へと投げ倒した。ベスは再びウルトラ・スパウトを今度はマガジャッパの方に返して水圧で吹き飛ばした。

 孤軍奮闘するスコットはマガバッサーの風圧をものともせず立ち向かい、強力な体当たりであるウルトラアタックで逆に吹っ飛ばし、間髪を容れずにウルトラ・エナジー・ボールでダメージを加え、さらにウルトラ・スライサーを両手から放ち翼に傷を入れた。怒るマガバッサーだったが、恐る事なくその巨体を掴みあげ、そのままパワフルに投げ飛ばした。

 ダメージを負う3体の魔王獣。その隙を見逃さず、3人は合体光線のウルトラ・マルチ・ビームを浴びせ掛けた。息も付かせぬ連続攻撃に、3体の魔王獣はいとも容易く潰えた。


 息のあった連携…さすがのチームワークだ。それを横目に、私はマガゼットンの火球を避け続ける。…もはや懐かしさすら感じる対戦相手に、つい癖で体の動きが大振りになってしまう。が、もはやそんなことは気にならない。

 火球をゼノニウムビームで弾きつつ距離を狭め、得意のハイキックで頭部に損傷を負わせる。脳震盪を起こしたようにフラつくマガゼットンに、私はトドメを刺そうとマックスギャラクシーを構えた。

 刃先にエネルギーを溜め、金色の輝きを纏わせる。だがそのチャージ中にマガゼットンは正気を取り戻し、再び火球を放つ。だが辛うじてそれを見切り、刃で弾きつつマガゼットンの方へと駆け出す。

 剛腕を振るうマガゼットン。その脇をすり抜け、そしてすれ違いざまに居合斬りのようにマガゼットンの腹部にマックスギャラクシーを斬り付けた。


 …数秒の沈黙。それを破ったのは、マガゼットンが地面に倒れる衝撃音だった。だが…上手くやれていれば死んではいないだろう。なんせ今のは、ギャラクシーゼノパルトの簡易版…つまり、今のも気絶させる為の技だ。

 後で迷惑をかけるかもしれない。だが…これが僕のやり方なんだ。


「ぐっ…ウワァァッ!!」

 安心しかけた時、ダイナの叫び声が響く。慌てて駆け寄ると、マガタノゾーアに苦戦しているダイナ。元となった怪獣が相当の強敵だ…やはり苦戦しているのか。

「大丈夫ですか、ダイナ!」

「このくらい…どうってことねぇよ…! それにな…お前のさっきの電撃のおかげか、動きが鈍ってる気がするぜ…! あんたはさっき嘆いてたけど、無駄じゃなかったぜ!」

 ダイナはそう言って笑いかけてみせる。そっか…ちゃんと役に立てたんだ。良かった。

 

 だが僅かに安心したのも束の間、惑星ミカリトの方から禍々しい爆音がこだまする。何が起きた…まさか…!?

「まずい…マガオロチが孵化してしまったらしいぞ!」

 そんな…マックスは無事だろうか? 無事だとしてもエネルギーを根こそぎ奪われた今のあいつじゃいくらなんでも無茶だ。だが…あいつは無茶でもやる男だ。行かないと…!

 だが、マガタノゾーアの触手がこちらへと伸びてくる。この状況で動くのは難しすぎるぞ…。

「させるかァッ!」

 だがその触手もダイナの放ったビームスライサーに阻まれる。

「行けよ! 友達がピンチなんだろ? ここは俺たちでどうにかする! 行って来い!」 

 でも…こいつは全員で戦ってもやっとの相手だろう。大丈夫という確信がない。

「そんな…いくらなんでも危険です!」

「おいおい、俺たちを見くびってもらっちゃあ困るな。それに、デカい相手なら俺たちの方が戦い慣れてる。」

 そう勇ましく言うスコット。そしてそれに相槌を打つように頷くベスとチャック。行ってこい…と背中を押してくれているようだ。

「行ってやれよ。仲間が待ってる。追いついてやれ。本当の戦いは、ここからだぜ。」

 真剣な眼差しのダイナ。4人とも…申し訳ない。だがそれ以上に、ありがたい。

「必ず…生きてまた会いましょう!」  

「あぁ! 元気でやれよ!『最強最速』ウルトラマンゼノン!」


 みんなに背中を押され、私は衛星から飛び立った。視界の先に、思った通り無理して戦おうと構えを取るマックスの姿が見える。

 私は右腕のマックスギャラクシーを鳥型に戻す事もなく、すぐに取り外してマックスの下へと投げやる。飛んでいったマックスギャラクシーは無事にマックスの右腕の装着され、本人が驚いている間にエネルギーを回復させた。これでもう安心だ。


 あとは…僕自身の問題だ。久しぶりに会う親友の前で、どう立ち振舞っていいのだろうか。向こうは困惑しないだろうか。…するだろうな。下手をすれば嫌悪すらされかねない。何を今更…と言われても文句は言えない。あの日、マックスとの決別を選んだのは他でもない僕自身だから。

 都合のいいのはわかってる。でも…後でなんて言われても構わない。今はマックスを助けたい。マックスの横で戦いたい。その一心だけだ。

 だがもし、彼が許してくれたなら…きっとあいつの事だ、何事もなかったように一緒にいてくれるだろう。何があったなんて関係なく接してくれるだろう。…なんて、甘い期待をするつもりはない。

 この先の未来、また彼の隣に居れるかわからない。でも、…もしも彼が許してくれたのなら…その時は喜んで彼の隣に居よう。サポートだろうと、構わない。周りがどうかなんて関係ない。僕は僕の道を行きたいんだ。


それが…彼がくれた僕の『最強・最速』の在り方だから。


 地面に着地する。マックスとリブットは驚いた様子でこちらを見つめていた。当然だろう。誰もここに私が来るだなんて知らなかったのだから。でもどうだろうな…数少ない、私の事を愛してくれた人は、待っててくれていたりするのかな。…マックスがそうだと嬉しいけど。

 私は立ち上がり、不安や期待…そしてマックスの隣に再び立てる事の心地よさ。今まで持ってきた何もかもの感情を乗せてこの言葉を放った。


「まだ行けるな…マックス!」


ーーここからは、皆さんの記憶通りだーー

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