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12年の海外生活を経て帰国した奈良美智のスタイルはどのように変わったのか?

赤いドレスに身を包み、片手を背中に隠した小さな女の子が反抗的に睨みつけている。彼女は、癇癪を起こしている無害な子供なのか、それとももっと不吉な何かなのか...。シンプルなタイトルの《Knife Behind Back》は、ヒントを与えてくれる。

現在では絶大な人気の日本人アーティスト奈良美智が12年間のドイツ留学から帰国した2000年に描いたこの絵は、2019年10月にSotheby’s Hong Kongでオークションにかけられた際、落札価格は2,490万ドルに高騰し、当時の奈良作品のオークション最高額である約500万ドルの約5倍となった。

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Yoshitomo Nara Knife Behind Back (2000). Courtesy Sotheby’s Hong Kong.

過去30年間、奈良の代表的なキャラクターである、大きな頭と大きな目を持つ漫画的で愛らしく、時には怒りの表情、時には天使や瞑想的な表情の少女は、世界中の観客を魅了し、コレクターたちに熱心に取り上げられてきた。

しかし近年、彼の作品のマーケットでは、若くて経験豊富なコレクターの世代に後押しされ、彼の作品のこれまでのオークションで落札価格トップ13作品が2019年と2020年だけで占められているという事実が証明しているように、彼の作品の市場は顕著に上昇している。

Artnetの価格データベースには、オークションに出品された奈良の作品が3,600点以上掲載されている。価格は100ドル以下(紙に鉛筆で描いたドローイングや人形のような像)から100万ドル弱(絵画)まで、最近では2,500万ドルの記録を更新している。これまでに79点の作品が100万ドル以上で落札されている。

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Yoshitomo Nara’s global auction sales through 2021. © Artnet.

鑑賞者はもちろん、海外の愛好家の心にも響く、睨みつけるキャラクターたちの魅力とは何だろうか。

その理由は驚くほど深く、作家自身と表裏一体の関係にある。奈良は日本の米空軍基地からほど近い場所で育ち、その影響でアメリカの文化や音楽に興味を持つようになった人物である。

奈良はデュッセルドルフ芸術アカデミーで学ぶためにドイツに渡り、12年間ドイツに滞在した後、2000年に帰国した。彼に近い人たちは、奈良は自作の価格高騰やアート業界の慣習を嫌っていると言っているが、伝説的と言っていいほどの地位と熱狂的なファンは年を追うごとに増え続けている。

また、これだけ多作でありながら、アシスタントはおらず、自分で建てたスタジオで1人で制作しているという、現代アート界のスターとしては異例の活動をしている。

「彼の美学は、表面的には一見シンプルに見えるかもしれませんが、強い感情的な魅力を持っています」と、Sotheby’s Hong Kongのコンテンポラリーアート部門アジア地区部長である寺瀬由紀は話す。「簡潔でありながら非常に感情的な彼の言葉は、ポップ、パンクロック、アニメ、漫画を彷彿とさせると同時に、日本の伝統的な木版画やルネッサンス絵画をも想起させます。このユニークな組み合わせは、並外れた効果をもたらします」

(この主張を試してみたいと思っている人は、ロサンゼルス・カウンティ美術館で予定されている、吉武美香によってキュレーションされた待望の奈良回顧展を待つ必要がある。これは、アメリカでは過去最大の奈良の個展となる。しかし、美術館は現在休館中であり再開日程は確定していない。)

一方、テキサスのDallas Contemporaryでは2021年3月20日より、奈良展「I Forgot Their Names and Often Can't Remember Their Faces but Remember Their Voices Well」が開催される。キュレーターのPedro Alonzoは、彼がミルウォーキーのイノバにいた1997年に奈良にとってアメリカで初の展覧会を企画するのを手伝った。今回の奈良展は他の展覧会よりもフォーマルではないだろうとArtnet Newsに語った。例えば、作品の多くはダンボールや木に描かれており、「未完成のようにも見えるだろう」と彼は言う。

25年以上奈良と仕事をしてきたロサンゼルスのディーラー、Tim Blum(Blum&PoeのFounder)は、1990年代に東京に住んでいた時にギャラリーに勤務しており、奈良の作品に初めて出会ったという。彼は「直感的、肉体的、感情的な反応」を覚えているという。

「彼は言葉にならないところに入り込んでくるのです」とBlumは言う。「彼は偉大な平等化装置のようなものです」

1990年代半ばに初めてロサンゼルスのギャラリーで展示を行って以来、奈良への関心は着実に高まっている。しかし、2000年に奈良が日本に帰国した時に、転換点が訪れた。

《Knife Behind Back》はその頃の作品である。寺瀬はこの作品を「奈良の分岐点となった作品」と評し、「出来栄え、モチーフ、テーマの点で非常に特殊な作品」と評している。

オークションハウス PhillipsのスペシャリストであるKevie Yangは、「初期の作品は、太い輪郭線とシンプルな色使いで、より漫画的なものでした」と語る。「2000年代になると、よりカラフルになり、キラキラした目を持つイリュージョンのような作品になっています」

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Yoshitomo Nara, Hothouse Doll (1995). Image courtesy Phillips and Poly Auction, Hong Kong.

Yangによると、スタイルの変化に伴い、新しいバイヤーたちによって世代交代が起こったという。

「奈良作品は彼らの購入リストに入っています。20代、30代と比較的若い人たちが名作を買っています。彼らはAクラスの作品に大金をかけることに抵抗がなく、この2年間で非常に高く市場を押し上げてきた」という。

Phillipsは2020年12月、香港のPoly Auctionと共同で開催されたオークションで、奈良作品の中で2番目に高額だった《Hothouse Doll》(1995年)が1,330万ドルで落札された。Yangによると、この作品には8人の海外の入札者が入札したという。

2011年の福島の原発事故後、奈良は荒々しい質感と荘厳で瞑想してるかのような子供の頭の彫刻を作り始めたときに、もう1つのスタイルの変化の変化を遂げた。手作業で粘土をこねて制作した作品は、1990年代半ばから後半にかけて制作したガラスのようなツルッとした表面の彫刻とは対照的だった。

「奈良の個人的な震災との関係や、そして震災が彼の思考や芸術の方向性に影響を与えたという点では、その後も多くのことが起こりました」と語るのは、アーティストと密接に連携しているPace GalleryのディレクターであるJoe Baptista。

Christie'sのスペシャリストであるAisi Wangによると、2011年以降の作品は欧米のコレクターを惹きつける傾向があるが、アジアでは浮世絵の影響を受けた2011年以前の作品を好まれる傾向があるという。(彫刻の現在のオークション記録は、2020年7月に台北で開催されたRavenelのオークションで落札された滑らかなガラスのような作品《Your Puppy》の210万ドルである)

奈良には批評家がいないわけではない。しかし、Christie'sのスペシャリストであるWangによると、奈良の作品を好まない人は、真面目に見ない人と、実際に見たことがない人の2種類しかいないというのが内輪のジョークだという。

元記事:
How Artist Yoshitomo Nara’s Return to Japan After 12 Years Abroad Reshaped His Style—and Supercharged His Soaring Market
参考:
Los Angeles County Museum of Art(LACMA)
吉竹美香 なぜ、いま「もの派」なのか?
YAYOI KUSAMA CURATOR’S TALK WITH MIKA YOSHITAKE
[YouTube]Virtual Conversation with Yoshitomo Nara and Mika Yoshitake(LACMA)
[YouTube]On Yoshitomo Nara: A Conversation with Yeewan Koon and Mika Yoshitake
【美術解説】奈良美智「ロックと純粋性を兼ね備えた少女」
【作品解説】奈良美智「Knife Behind Back」

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