遊具をつくるをExplayする!

6月5日に開催した「第2回 遊具をExplayする ~ すべり台を超える歴史的遊具を開発したい!」に参加してくれた「大ちゃん」こと、宮田大輔さんからの投稿です!

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「自分で遊具を創る公園」が欲しいとイベントの途中からつらつら妄想していたのですが吐き出すところがないのでディスカッションで投げてみます。

余白? 自分ルール?

遊具をExplayするということは、遊ぶ本人が新しく遊びを創り出すことだと思います。
どう遊びを創り出すか?ここではそれを「余白」と言ったり「自分ルール」を呼んだりしていました。
例えばすべり台はハシゴから登って斜面からすべり降りるという目的のために作られていますが、何度もやるうちに慣れてしまい遊びの楽しさが無くなっていきます。ただ普通に遊ぶだけでは面白くないという状況になった時に「斜面を逆から登る」や「寝っ転がって滑る」というような新しい遊びが創られていく…それが生まれる幅が「余白」であり出来たものが「自分ルール」でした。
この余白をいかに想定して自分ルールを創り易くするのか、余白は狭すぎても広すぎてもダメだと思います。きっと。
そのバランスという点では造形遊び(トイレットペーパーの芯とか輪ゴムを大量に用意して自由に遊ぶみたいな)は余白がめちゃくちゃ広い。これを作る!という目的がないし、何を作ってもどう使ってもいい。多分食べてもいい。でも材料が核にあるから遊びとして成り立っています。もしその核すら無かったら、何もない真っ白な空間で「なんでもしていいぞ!」と言われたら遊びは生まれるのでしょうか。(想像してみたけど多分生まれます、だって身体があるから。でも余白しか無かったらダメじゃないか?というイメージだけ伝わればそれでいいです。)トイレットペーパーを万華鏡のようにする…輪ゴムを何個も重ねてバズーカにする…という遊びが生まれるのは材料があるおかげです。

滑り台は変わらない/遊びが変わる

さて、ここからはすべり台と造形遊びを比べて「自分で遊具を創る公園」への想いをしたためてみます。
造形遊びと言うと少しスケールが大きいので、輪ゴムを遊具と見なすことですべり台と同じ次元で考えます。
輪ゴムの持つ余白はすべり台の余白よりも広い、それはなぜでしょうか。
それは恐らく輪ゴムが自分ルールによってただの材料から遊具(玩具)に変身することができ、その遊具(玩具)にまた自分ルールを付け加えることで新しい遊びを創ることができるからだと思います。
すべり台はどれだけ自分ルールを付け加えようがすべり台のままですが、輪ゴムはバズーカに変わることができます。自分ルールによってはバズーカではなく弦楽器にもなるかもしれません。そしてバズーカはさらに自分ルールによって、何かを飛ばす飛距離を競う遊びもできますし(靴飛ばしに転用したらめちゃめちゃ飛びそう、ハイパー靴飛ばしだ!絶対反則。)ただ広げたり縮めたりしてそのすごい力を楽しむこともできます。
材料から遊具(玩具)を創る、それ自体が遊びになっているから造形遊びは面白いと思います。
自分で遊具を創ることが出来る公園があったら、素敵だろうな〜。
材料は柔らかくて軽くて、でも大きくて耐久性があって、それこそすべり台とかシーソーみたいなものも作れるような…。

と思っていたところで、外国にそういうのがあるという話が出ました。くやしい。しかしくやしがっていても何にもならないので、そういう材料で遊び場を作れるなら自分ならどうしたいかを考えました。

「遊具をつくるをExplayする」ことを解放する!

材料はビート板のような素材で、板や球体や立方体など様々な形があるというその形式を踏襲するとします。そこに来る人は自由にそれを使っていいので、投げて遊ぶ人もいるでしょうし、オブジェを作る人もいるでしょう。そして時には「こういう遊具があったらみんな面白いんじゃね?」と何やら思いついて創ってしまう人もいるでしょう。それらすべてが遊びです。そしてそこでできたものの新しい使い方を創るのも遊びです。
もし自分がこの公園を作れるなら、「設計図を残せるシステム」を入れてみたい。
今日の話の中で、子どもを遊ばせるには場所の設定と発問がすべてという声がありました。
僕の想像で付け足すと、発問はするけど指示は出さないという意味でしょうか。これはこうやって使うんだよ、と指示してしまうと創造性が失われてしまう気がします。どうやったらより重力を感じられるか?みたいに発問で動かすのって良いですよね。
公園の中に自由に使える材料があった時、周りにいる大人がなんとなく指示を出してしまうともったいないです。かといって何もアイデアが出なくて固まってしまう人が出るのももったいないです。
そこでもし遊具の設計図があれば、それに従って作れば遊ぶことが出来るようになります。しかし設計図を渡してこれを作ってごらんと言うのでは指示になってしまう、指示せずして遊びを誘導するにはその設計図を手に入れるところから遊びにすれば良いのではないでしょうか。
例えば設計図が公園の中のいたるとこに隠してある、土の中だったり木の上だったり遊具の中だったり。宝探しのように設計図を探すからきっと楽しい。拾ったものが気に入らなければまた別のところに隠すとか。これだ!と言うものがあればそれを作って遊ぶ、そこからまた何か遊びが生まれたら尚良いです。
そしてその設計図は初めから決められたものではなく、誰かが創りだして残していったものだったら楽しい。この板とこの球体を組み合わせたらこんな遊具が出来た!って言う感動を設計図にして、他の人が遊べるようにする。遊具を創り出したことが形として残って、それがまた誰かの手によって新しい遊びが付け加えられていく。大人がガチになって考えた設計図があって、子どもがウンウン言いながら再現するとか。子どもが突拍子もなく考えた設計図を大人が真剣に形にするとか。

遊具をExplayするのを考えること自体が楽しいし、公園に来る人がそれを出来たら良いな〜というモーソーでした。

                            (大ちゃん)

大ちゃんのプロフィール

宮田大輔さん
(東京学芸大学 修士課程 次世代日本型教育システム研究開発専攻)
Explaygroundでは、チーム「よこしま」に所属。個人的には遊びクリエイター「ぬるりん堂」としても活動中。



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