きせのん
この前彼女にフラれた。 リアリティのある感想を言うと、1番辛いのは彼女の写真を消している時だなあというのと、友達と話している時に別に自分から言い出すことではないなあということだ。 そんな感じで死にたかったので、少しでも人のためになることをしようと思い、フラれた次の日に献血ルームに行った。 前日の雪は雨に変わり、道端の氷を溶かしていった。僕は献血ルームの入り口の傘立てに傘を置くと受付に向かった。 ロビーには老人が点在していた。きっと善良な老人に違いない。あのお爺もフラれ
うちの小学校の運動会では、各学年のいわゆる「見せ場」として、ダンスの演目がある。 ただし、5,6年生からはダンスというより組体操要素が強いので、実質4年生がラストダンスであった。 4年生は伝統的に、必ず「ソーラン節」を踊る。 漁師の歌なので少し男臭いが僕にとってはそれがかっこよくて、特に「ドッコイショードッコイショ!ソーランソーラン!」の振り付けに憧れてきた。 また、1、2、3年と各学年の「ソーラン節」を見てきているので、4年になると練習せずとも大体の振り付けを覚えて
幼稚園児向けのくもんを知っているか? 簡単にいうと、ふっとい白の線からはみ出ないように、鉛筆でなぞる。 これがひたすらなぞる。 プリント5枚渡されて、全部なぞるなぞる。 名を「なぞってズンズン」。 僕はこれが嫌いだった。 「コラ木谷くん!!なぞってズンズンやりなさい!!!」 先生がめちゃくちゃ怒る。僕はなぞらない。 「なぞってズンズンやる!!ホラ!!!」 「……い」 「え!?はっきり言う!!」 僕は変わるんだ。 「……い!!!」 「なんて!?」 「なぞ
人の変なところというものは、その人が変だと思っていないから面白いのであって、「私変なんですよ」と紹介してしまうと面白みがなくなってしまうと思う。 で、自分の変なところを喋って許されるパターンは、「子供の頃の話」「酔ってる時の失敗」とかの「今話している自分とは別人格の自分の話」だと解釈しているので、成人した今、昔のことを話し放題なのである。 中学生になるとすぐに、駅前の集団塾に通った。 大学でたまにいる「尖っている人」はよく下駄を履いているイメージがあるが、私はおそらくその
結局物事には知るのにふさわしい順番というものがあって、それを逸脱しても完全な効果は得られないんだと思う。 小3の時の担任は道徳の授業が嫌いで、授業をしなかった。 その結果空いた時間にミスタービーンを見たり、日体大の集団行動やラーメンズのコントをみんなで見たりして、とにかくそれが新鮮だった。 また、僕のように割とできる方の生徒には優しくて、上の学年で習う事柄や教養雑学を教えてもらったりしていた。 あとは、内輪ネタが面白いということを知ったのもこの先生がきっかけだった。
人体はうまくできていて不思議、とか人体の神秘とかいうけれど、親知らずは大体斜めに生えてくるらしい。 で、大体磨き残しができて炎症を起こすらしい。 で、大体抜く羽目になるらしい。 何が神秘じゃ、と歯医者でも思っていたし、レントゲンを撮って「あーこれ埋まってるんで、歯削って歯肉切開しないとですねー」と言われたらもう、落ち込みながら怒りも沸いていく。 「ここに動脈通ってるのわかる?太いでしょ。これ傷つけたら天井まで血が噴き上がるよ」 なんでそんなん言うん? とは言え、歯
「庭といってもちっちゃいよ」 うちの庭を紹介する時は必ずそう言う。 大体畳一畳半くらいのスペースに、母親がさつまいもを植えたのが2年前で、ブロッコリーを植えたのが1年前のことだ。 夏の間丁寧に水をやり、雑草を抜き、秋に食べる焼き芋を想像していた母。 「獲れすぎたらどーしよ!?」 とか言ってるのを見ると、「獲れないっぽいな」と思い始める。 秋、私たちの前に顔を出したのは訳あり人参みたいなさつまいもだった。 人間で言えば栄養失調、てかさつまいもで言っても栄養失調なの
成人式に行くにあたって準備したことといえば、せいぜいシャツを買うくらいのことだった。 それ以外の、例えば「友達と連絡をとって一緒に行く約束をする」とか、「2次会の詳細を確認する」とかは、何一つしないままでその日の朝を迎えたのだった。 では、何も準備をしないとどうなるのか。 「〇〇君見ましたよさっき」 「〇〇君!懐かしいですねえ」 さいたまスーパーアリーナの座席で、私は両脇を誰かの保護者に挟まれ、悟りを開いていた。 さいたま市の成人式(二十歳の集い)は区ごとに3部構
先日、バイト先の上司に連れられて、他のバイトと合わせて5人で銭湯に行った。 ひと通り身体を洗い、露天風呂に入る。 以前まで露天風呂は、常連の人がいっぱいいるイメージがあり、なんとなく怖いと思ってしまうことがあった。 しかし、今年の8月に山奥の銭湯で、祭りのときはゴリゴリ露出するんだろうなあという和彫りのミリヤクザ(ほとんどヤクザの意)たちの中で1時間過ごしたことがあるので耐性がついていた。 据えられたでっかいテレビでは、無音で「細かすぎて伝わらないモノマネ」が流されて
軽い靴こそが正義だと信じ込んでいた。 中学生の思考では、「足を速くするには?」の問いに対して「1番軽い靴を履く!」と元気に答えるのが精一杯だったのだ。 運動靴に限らずバスケットシューズもメッシュの多い、軽いタイプを選んで使っていた。 受験シーズンには少し足元が冷えてきて、正直履きたくなかったのだが、「足が速くなる」という信条のみで靴紐を結んでいた。 東京の私立校の受験会場でも変わらず、メッシュの靴を履いていた。 私立だが5教科受験であり、県立志望の私にとって練習になる
高校2年生。 文化部室棟では、ダイニングテーブルくらいの高さに板が乗せられた台が通路を塞いでいた。 放課後になると男たちの部活が始まる。 文化部室棟にも次々と人が集う。 カン、コン、と板の鈍い音が響く。 文化部の男たちは絶賛、卓球にハマっていた。 自作の、ネットの代わりに黒マジックで線が引いてあるだけの台の上で。 春、桜の風景に卓球の音が響く。 夏、体育祭の準備の裏で、卓球少年たちも闘志を燃やす。 秋。 「文化部室棟で卓球をするのをやめてください」 生徒会がキ
「あの〜、どうでもいい話なんですけど…」 義務教育の授業は進度がいちいち決められているので、演習問題を終えるとよく時間が余っていた。 小学5年生の頃の担任はそんな空き時間に、よく「どうでもいい話」を始めた。 先述の話出しから始まり、サッカー部の頃の話など多くは先生の子供の頃の話だった。 「あの〜、」 今日も始まった。周りの「授業したくない人たち」は既に歓喜の表情を浮かべている。 「どうでもいい話なんですけど…」 ウオォォォ!! 基本的に「どうでもいい話」が始ま
小学生の頃、通学路には緑のベストを着たおじさんおばさんがいた。 その大切さに気づくのは少し大人になってからだった。 小学2年生。 ようやく集団登校で1年生ポジション(班長の真後ろ)から逃れることができ ようやく名札も標準サイズまで小さくなり ようやくランドセルから黄色いカバーを外せるようになったばかりだった(私と同じ小学校の人だけ楽しかったらいいです)。 さて、小2の私は通学路に怪しい人影を見つけた。 おじさんだった。 ここで怪しむべきなのは、そのおじさんが緑
「へぇ〜⤵︎」 この声を文字に起こすとこうなるだろうな、というイメージがずっと頭にあった。 秋葉原のトイレで用を足している時、おじさんの声が近づいてきた。 「へぇ〜⤵︎」 小便器の前に立っていた私は、その声が真左に着地するのを確かめると、こう決意した。 ——絶対左は向かないでおこう。 おじさんは言う。 「あぁ〜こうやってな、トイレはな、こうやるからな、へぇ〜ん⤵︎」 怖すぎる。小便中という身動きの取れない状況において、誰よりも怖い男かもしれないと思った。 お
自分ルールというと聞こえがいいかもしれないが、私の場合はある種の強制的な効力を持つそれである。 簡単に言えば、『左右平等』ルールである。 例えばあなたが左手で、壁かなんかを触ったとする。 どんな気持ちになるだろうか? 普通の人「固い」「手触りがいい」 私「左手で触ったから右手で壁をもう一度触った後、また右手で触って左手で触らなきゃ」 こうである。 これは私が「癖」と呼んでいるものの一つで、一般には強迫性障害なんて言われたりもする。 では、『左右平等』とは具体的に
その日はディズニーに行くにもかかわらず、13時に起きる喜びを享受していた。 「経済促進の旅行割や千葉県の割引を駆使すると、なぜかディズニーチケットを普通に買って行くよりもホテルに泊まった方が安くディズニーに行けてしまう」 という、バグみたいな方法を見つけた友達の監修の元、男4人でディズニーに行った。 計画通りホテルに泊まり、寝ようかと落ち着いたところで私は、携帯の充電器を忘れていることに気づいた。 ディズニーは多くが待ち時間であり、友達と会話ができるとはいえある程度の充