活気ある町はコミュニケーションが盛ん

NHKの「あさイチ」で渡辺直美さんがゲスト出演して、ニューヨークでの生活について紹介していました。
その中で、エレベーターに乗っても知らない人が話しかけてくるらしくて、それは沈黙が気まずいからそうするんだ、みたいなことを言っておられました。
そして、会う人の身なりを褒めたりするらしいですね。

ニューヨークって、ビルばかりで冷たい街なのかなと思っていましたが、意外にもコミュニケーションが盛んのようです。
都会だから、東京のもっと凄いやつだろうと考えるのは、ちょっと違うのでしょうかね。

思えば、1970年代の関西は、街が本当にざわざわしていました。
僕は比較的、下町の方に住んでいたせいもあるのか、近所の人と触れ合う機会が多かったように思います。

よくしゃべる関西人は、もしかしたらニューヨークや、イタリア南部などは、ピッタリの地域なのかもしれないですね。
最近の関西人は、総じて大人しくなっているので、だんだんと東京のイメージに近づいているのかもしれません。

活気のある町

大都市の中でも、場所によって活気を感じられる場所と、そうでない場所がありますね。
地方の町でも、田舎の方でも、活気が感じられる町はあります。

そういう町がどういう特徴があるかなと思ったときに、やはり人と人とのコミュニケーションが盛んなことが挙げられるのではないかと思います。

「風通しがいい」という表現がありますが、人と人とが、ためらうことなく言葉を交わせるような雰囲気が、空気を心地よいものにするのでしょう。

言葉を交わすことによって、周りの人たちがどういう人なのか、察しがつきやすくなります。黙っていると、どんな人なのか永遠に分からないし、変に悪い方に勘ぐって、恐怖心を覚えたりすることもあるのではないでしょうか。

別に、勇気を出さなくても、人と人は話せると思うのですね。いきなり難しい話や核心に迫るような話をするわけでもないですから。
ちょっと声をかけてみる、声をかけられたら返事をしてみる、そういう何気ない一言から、だんだんとその先が見えてくるものだと思うのですね。

たったそれだけの手続きをするだけで、風通しが良くなる。
それから、会話の数が増える。情報量が増える。
いろんなことが分かってしまう。

誰かに町について訪ねたら「こういう町ですよ」と答えてくれる。

IT化された町

いまの町は、リアル空間がだんだんと乏しくなりつつあり、サイバー空間にできたコミュニティがその代わりになっている面があります。

それはそれで、いいのかも知れなくて、実際にサイバー空間で言葉を交わしている人たちはきっと楽しく充実していて、活気も感じているのでしょう。
ただやはり、限られた、好きな人同士が集まる空間であることが多いから、誰もが接触して会話が成立するという状況ではなくなってきているのでしょう。

そのことで、情報の流動性がなくなって、吹き溜まりができてしまうようなことは無いのだろうか?と少し心配します。

リアル(物理空間)の必要性

別に会話をしなくとも、気晴らしに町を散歩してみたいと思うことは、あるはずですね。きっと。
これからは、そういうときにメタバースを歩くことになるのかもしれないけれど、僕ならば、自分の足で出かけたいし、空気を吸いたい。

なにげにクルッと体を回せば、いろんな情報が目に入ってくる。
本屋に入れば、何秒かの間にものすごい数の情報が飛び込んでくる。

誰かが落とし物をしたら「落としましたよ」と声をかけたり、街頭のビジョンを見ている人と一体感を感じたり、電車に乗ろうと急いで歩けば人にぶつかりそうになったり。

同じようなことはメタバースでも出来るだろうけど、ニュアンスとか、細かな印象というのは、リアルに勝るものはないと思うのですね。
やはり、リアルの情報量というのはとてつもなくて、それを人間の頭は全部、処理しているのですよね。コンピュータより早く感じています。

コミュニケーションでしか人を救えないし救われない

コミュニケーションにも功罪はあるけれど、黙っていることの無意味性に比べたら、遥かに可能性に満ちていると思うのですね。
そして、単に決り文句の挨拶をするだけでも、場の雰囲気は変わるのです。

町を歩いていて、そういうことが全くない、静まり返った町を行くときほど、心細いものはないだろうと思います。

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