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あの日のベトナム~おじいちゃん激走! カブでホイアンを目指す

ベトナムといえば、バイクである。

水曜どうでしょうの伝説シリーズ「原付ベトナム縦断1,800㎞」をご存じだろうか。若き大泉洋氏と“ミスターどうでしょう”鈴井貴之氏がカブ(ベトナムではドリームⅡという名前)にまたがり、ベトナムをハノイからホーチミンまで走破する感動の(そして爆笑の)伝説シリーズである。

その中で、大泉氏が“バイク乗りの聖地”と呼んだのがこのベトナム。
本当に、それはもう、バイクだらけなのである。
現在では車もだいぶ増え、バイクもカブ改めドリームⅡとは比べ物にならないビッグスクーターだらけになってしまったが、それでもまだまだ“バイク乗りの聖地“の名をほしいままにしているベトナム。当然、移動もバイク、配達もバイク、食事もバイク(食事に行く…ではなく、走行中のバイク後部座席で食事をしている)、デートもバイクが当たり前。都市部の移動や観光にも、車よりバイクが便利なのだ。
ベトナムでは当時すでにUberがすでに浸透しており、仕事の時以外はどこへ行くにもUberを利用していた。Uberは車とバイクが選択でき、バイクは圧倒的に安い。依頼をするとバイクに乗ったドライバーさんが迎えに来てくれ、ヘルメットを渡される。そして後ろに乗せられてハイ、出発。バイクはおろか原付にもほぼ乗ったことがなかったので最初の1~2回は怖くてドライバーにしがみついていたが、あっという間に乗り慣れてバイクの二人乗りが得意になってしまった。

あの日、ダナン駅でホイアンへ向かうバイクタクシーを探していた。
今回の旅はバッグひとつを背負っての身軽な旅。当然バイクの後部座席に乗ることを想定して、である。バイタクの後ろに乗って、全身で風を浴びながら海辺を走ってホイアンへ至る計画だ。土埃、バイク、一本道をひた走る・・・そんなワイルドな旅に憧れていた。そして当時のベトナムにはそんな夢を叶えるワイルドな状況があちこちに転がっていたのだ。

ダナンの駅でバイクタクシーと交渉をスタート。今回はUber対象地域外のため、現地のドライバーと一人で渡り合う必要がある。ぼったくり天国ベトナムのドライバーは手強い。やや緊張しつつ、“現地在住ですよ~バイク乗り慣れてますよ~騙されないかんね~”というオーラを出しまくってドライバーの待機所へ向かう。
ドライバーは集団だと強気だ。しかもダナンは有数の観光地。欧米の皆さんは交渉などせずほいほいバイクに乗ってしまうのでドライバーは儲かるのだ。そんな“ちょろい”客が多いダナンでは交渉が難しい。加えて今回は、ドラゴンブリッジを鑑賞したのちに、ダナンからホイアンまで夜道を約30㎞移動するという、バイクにとっては長距離かつ若干面倒くさい行程の交渉だ。当然こちらの提示した金額(相場よりちょい安くらい)には見向きもしない。しかしこちらも負けられない(?)ので、強気に“あんたら太客逃したね”とばかりに悠々とその場を立ち去った。
さあどうしよう。少し駅から離れてみようか。そんなことを思いながらドライバーの待機所を離れると、すこし離れた場所に数人のドライバーさんが控えめに佇んでいた。ふたたび先ほどの額を提示すると、小さいおじいちゃんが“いいよ”と快諾してくれた。本当にいいのかおじいちゃん。なんて優しいんだろう。即座に交渉成立し、おじいちゃんからペラッペラのヘルメットを受け取った。

おじいちゃん、風体は見るからに好々爺である。お年寄り過ぎて若干心配なくらいだ。そんなおじいちゃんの愛車は古いドリーム(何号かは不明)、いわゆるカブである。古いし小さいし、乗るのが申し訳ないくらいだ。荷物を背負ってヘルメットを被りカブのうしろに跨ると、おじいちゃんはエイヤッと走り出す・・・大丈夫なのか本当に。のちに心配は杞憂に終わるのだが、この時は一瞬“さっきの若いドライバーにチェンジしようかな…”と弱気になった。

まずはドラゴンブリッジ(Cau Rong)を目指す。
ドラゴンブリッジはダナンの人気スポットのひとつ。龍(Rong)の形をした大きな橋(Cau)だ。全長は666m、幅37.5m。全6車線の橋を貫くように568mに及ぶ巨大な龍がデザインされている。昼間は黄金に輝くこの龍、夜には15,000個のLEDライトで照らされ、週末の夜にはドラゴンが火と水を吐くショーが開催されるというド派手な橋だ。この日はたまたま週末にあたっていたので、絶対にこのショーを見ようと思っていた。
開始は21時くらいから。しかし開催時は橋が封鎖され交通規制がかかるため、橋の近くで見るには早めに現地へ到着する必要があるらしい。おじいちゃんはショーが終わるまでの数時間、バイクを停めて近くで待っていてくれるとのこと。(やっぱり嫌気がさしてここに置いて行かれるのでは…)と疑ったが、おじいちゃんは私を見失わないようにずっと橋のたもとの邪魔にならないところで待っていてくれる。手を振るとニコニコと手を振り返してくれたりして優しい。橋の入口から時折振り返っておじいちゃんの姿を確認しつつ、ショーが始まるのを待った。

ドラゴンの目がハートになっていてかわいい

ショーの開始時刻間近になると、橋のまわりは人で溢れかえっていた。ショーの開始を知らせる音楽が鳴りライトが瞬く。龍が赤く染まり、口から火の玉をポ、ポ…と吐き出した。龍の頭側に立っていたので熱い。火の玉が飛び出すたびにあちこちで歓声が上がった。赤いドラゴンは最後にゴォォォォという音をたてて口から火を放つ。火を噴き切ったドラゴンが、今度は青く光る龍にかわり、口から水の柱をほとばしらせる。マーライオンもびっくりの勢いである。放水された水が水煙となって大気に広がっていった。

結構な勢いで噴き出す水

シンプルながらも大迫力のショーに満足したら、お次は大混雑からの脱出である。背後で待っていたおじいちゃんのもとへと戻り出発の準備をする。するとおじいちゃんが、

「橋の上を通ってみっかい?」(勝手に方言変換)

と提案してくれた。
うんうんと頷いてヘルメットを被り、“写真を撮りたいからゆっくり走って”とお願いすると、

「カメラ持っでがれんなよぉ!」
(勝手に方言変換その2。なぜかこんな風に聞こえるのだ、実際。)

と言いつつエンジンをスタートさせた。
ベトナムはバイクのひったくりが頻発しており、油断すると携帯電話やバッグなどを後ろから来たバイクに奪われたりするので注意が必要だ。おじいちゃんの教えを守り、カメラをしっかり胸元で抱えてガードしながら撮影を始めた。おじいちゃんはなるべく揺れないようにゆっくりと、ベトナムっ子たちの間をスイスイ走りつつ橋を渡る。龍の頭から出発して尻尾まで来ると、今度はUターンして頭まで戻ってくれた。親切丁寧、安全第一。おじいちゃん最高である。
ドラゴンブリッジを満喫し、時間はすでに22時。
いよいよホイアンへと向かう。

ドラゴンのしっぽ


ベトナムの道路は、悪路が多い。
地方に行くほど舗装されていない道が増える。もしくは舗装されているのにでこぼこの道だ。これをバイクで夜走るのは非常に難しい。ベトナムの道路は街灯が整備されていないのだ。おじいちゃんは注意しつつ、やや速度を落として走り続ける。途中何度も“揺れるから気を付けて”と声をかけてくれた。真っ暗闇の中を、バイクのライトとたまにすれ違うこれまたバイクの明かりを頼りに進んでいく。時折大きな穴にはまったり、でこぼこに引っかかって大きく飛び跳ねながら、バイクは砂埃をあげて(これは暗闇でも見えるから不思議である)夜を引き裂いていく。20分ほど走ったところで“あとどのくらい?”聞くと、まだ半分も来ていないとのこと。この時少しだけ“バイクでワイルドに移動“などと浮かれていた自分を呪った。

このあたりから夜風によるダメージが大きくなってきた。
ベトナムは北部以外常に気温が高めだ。夜でも半袖で過ごすことが多いため、この日も半袖1枚にタイパンツという、南国丸出しの恰好をしていた。しかしバイクの上は寒い。普段は近距離の移動のみだったのであまり意識していなかったが、海沿いの夜風は思った以上に冷たかった。後部座席でモゾモゾと、首に巻いていた大判のストールをはずして上半身全体に巻きなおす。それに気づいたおじいちゃんが“寒いか?”と気遣ってくれる。大丈夫と応えると、おじいちゃんは姿勢を少し正してアクセルを強く踏んだ。
ちいさなおじいちゃんの背中に隠れるようにできるだけ縮こまり、正面からの風をやり過ごす。雨が降らなくて本当に良かった。

ホテルに到着したのは23時半ごろ。おじいちゃんは40~50分で着くと言っていたが、結局1時間半近くかかった。減速走行しながらだとそんなものだろうと思う。
おじいちゃんが“時間がかかってごめんなぁ”と謝るので、いやいや全然大丈夫。むしろ遠くまでありがとうと頭を下げた。約束していた料金にドカンと上乗せして手渡すと、おじいちゃんは“多いよ”と返そうとする。どこまで善人なのだろう。もう少し商売っ気を出したほうがいいよ、おじいちゃん。
“楽しかったお礼だよ、遠くまでありがとうね“というと、ありがとうと嬉しそうにポケットにしまっていた。

最後にもう一度お礼を言ってお別れ。
暗闇のなかへとぼんやり霞んで消えていくおじいちゃんの後姿を見送りながら、もしかしてベトナムの神様に出会ってしまったのだろうかと、そんなことをしばらく考えていた。

ベトナムの神様。また会いたい



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