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あの日のベトナム~ベトナム統一鉄道、寝台列車の旅

理想の旅行のイメージといえば、「深夜特急」である。
沢木耕太郎氏による、“旅のバイブル“として大人気の、あのシリーズだ。バックパックと地図を頼りに旅をするという身軽さ、無謀さにハートを射抜かれ、

“旅といえばひとり、旅といえばバックパック“

と脳内に刷り込まれてしまった。
さらにシベリア鉄道の存在を知り触発され、理想の旅の条件は

“ひとり+バックパック+鉄道”

に書き換えられた。
こうして鉄道(特に寝台特急)での旅に憧れつつもなかなか実現しなかった列車の旅だが、半年間のベトナム滞在中、ついに実現するチャンスを得た。
ベトナムにはベトナム統一鉄道という、古き良き鉄道がある。というか、当時は列車といえばそれしかなかった。統一鉄道はベトナムを縦断する約1,800㎞の鉄道である。高速でも特急でもない、普通の列車だ。普通の列車なので、短期旅行の移動手段としてはあまりおすすめでない。これに乗ってベトナムを旅しようと決めた。
なんとこの列車、最北のハノイから最南のホーチミンまで最短で31時間半、最長で38時間かかる。列車に乗って戻るだけになるのは避けたいので、目的地を中間地点であるダナンに決めた。ハノイから列車でダナンへ、その後バイクでホイアンへ向かい、そこからバスでフエを目指し、フエから飛行機でハノイへ戻るルートにした。

まずはチケットの購入で一苦労。
ベトナム鉄道のチケットはホームページのほか、旅行代理店、旅行専門サイト、駅窓口などで購入できるが、駅のHPか窓口での購入が一番安く手に入る。ホームページで購入しようとサイトを開いたのだが、ベトナム語ページと英語ページがあるものの、英語ページもかなりベトナム語表記なので慣れていないと購入がやや難しい。なんとか注文を済ませて支払いページに進むと、ベトナムの金融機関系支払いのみの表記がある。鉄道を紹介するサイトでは“国内外のカード支払いOK“とあるが、これはおそらくサパやニャチャンへ向かう特別車両についてのことだと思う(購入したことがないので不確かだ)ので注意が必要だ。余談だが、サパなどへ向かう特別車両はホテルや旅行会社がプロデュースしているおしゃれ車両のようなので、ラグジュアリーな電車旅を満喫するならこちらがおすすめである。

いろいろ試してみたものの結局オンラインでの購入が叶わず、駅へ直接出向いて購入することにした。最寄り駅のハノイ駅へ向かう。駅に入るといくつか窓口があり、それぞれ役割が違うようだ。狭い駅舎の中であちこちで聞いたり困ったりしながら、何とか窓口でチケットを購入することができた。チケットはレシートに印字したようなぺらぺら薄い紙だ。乗る前に破ってしまわないよう、ぺらぺらチケットを手帳に挟んで駅を後にした。

ハノイ駅。ここから1,800キロの旅が始まる

さて、旅行当日。
ハノイ駅を22時過ぎに出発する電車を予約していた。出発前に入浴を済ませ、寝る準備万端で駅に到着する。出発の30分ほど前に駅へ到着したが、すでに電車の出発を待つ人々が思い思いに時間をつぶしていた。
ハノイ駅は大きい。プラットフォームをまたぐように陸橋が渡されている。すでに電車は停車しており、いつでも乗り込むことができた。車内を確認しようと、早めに乗り込んだ。

くつろぐみなさん

車内は古き良き寝台列車の佇まいだ。4人部屋の寝台車を予約していたので自分のベッドを探す。部屋の両側に二段ベッドが設置され、真ん中に通路と窓際に小さなテーブルが据え付けられたささやかな部屋だ。これがこの列車のファーストクラスである。このほかに6人用の寝台部屋、ソフトシート(高速バスの椅子っぽい席)、ハードシート(木製のベンチ風)がある。寝台は下段が最も高額(といってもたかが知れている)で、ソフトシート、ハードシートはエアコンあり、なしがあるようなので購入時は注意が必要だ。最近の車両は寝台も椅子席もプラスチック製のきれいなベッド、椅子が採用されているようだが、2017年当時はまだまだウッドパネル、パイプ式の2段ベッドが主流だった。

これがファーストクラスだ


この鉄道旅における最大の懸念ポイント、トイレの確認に向かう。トイレについては、下調べした段階では使用が困難(故障、汚いなど)なケースがたびたびあるとの情報が多く出回っていた。ベトナムのローカルトイレの恐ろしさは経験済みだったから、乗車まえに紙、ウエットティッシュ、除菌シート、除菌ジェルなどなど、最善の準備はしておいた。おそるおそるトイレをのぞくと、あれ?思ったよりキレイだ…と拍子抜けしてしまった。さすがに車両は出発前に清掃しているのだろう。臭いはそれなりだが、合格レベルのトイレに一安心し、寝台に戻った。
ちなみに現地で体験したもっとも“ローカル”なトイレは、ドアなし、電気なし、水なし(紙も自前)、地面に穴があるだけに見える(そして浅いので暗くても中がなんとなく見えてしまう)、さらに物置と洗濯場とを兼ねた田舎のレストラン(‼)兼住居のトイレだ。あれはなかなかの衝撃だった。

列車は定刻に発車した。
ハノイ駅を出ると、列車は家々の間をすり抜けるように走り出す。ハノイ駅のすぐそばは窓から手を伸ばせば建物に手が届きそうな距離に家が建ち、人が暮らしている。そしてすぐに車窓から見えるバイクの数が減り、車が減り、建物が減り、あっという間に荒野を走り抜ける列車となるのだ。流れる景色を眺めながら大きく揺れる電車の鼓動に息を合わせた。

ベトナムの列車はものすごい勢いで揺れる。
揺れるという表現では正直生ぬるい。ベッドに座っていると、線路の連結部分を通過するたびに冗談抜きでお尻が浮く。そんなにスピードも出ていないはず(せいぜい50~70㎞/h)なのに、カーブにさしかかるたびにゴロン、ゴロンと転がされて壁に頭をぶつけることもしばしば。横になるとまさにトランポリン状態で、とても落ち着いて横になってなどいられない。仕方がないので新しいタイプのアトラクションだと思い楽しむことにした。
4人用の寝台ルームには、ベトナム人のお母さんと小学生の(たしか10歳といったはずだ)女の子がいた。二人はダナンの手前にある駅まで行くと言っていた。女の子が2段ベッドの上段から興味津々でこちらを見ている。話しかけると恥ずかしそうにニコニコしている。お母さんは少しだけ英語が話せるようで、私が日本人だとわかると、うれしそうにこんな話をしてくれた。

「うちの子の名前はね、“スカ”っていうのよ。日本のアニメのドラえもんがあるでしょう?私ね、あのアニメが大好きで自分の娘にしずかちゃん(ベトナムではスカという名前に変換されている)の名前を付けたの。あんな風におしとやかに育ってほしくって。」

なんと!日本人としてはうれしい限りである。
確かに当時はドラえもんとピカチュウが絶大なる人気を誇っており、街へ出れば1ブロック進むごとにこの2キャラクターのどちらかを見かけるといった具合だった。特にドラえもんはテレビで放映されており、ベトナムの大人にも子供にも大人気、日経企業も現地企業も広告や販促物にドラえもんを起用していた。そんなドラえもんのキャラクターから名づけるなんて、筋金入りの親日家である。嬉しくなっていろいろと話した。知らない異国人に見慣れたのか、女の子も下段におりてきて一緒に座っている。持参した日本のお菓子をあげるととても喜んでいた。そのまましばらく片言での会話が続き、夜も更けたのでおやすみを言って寝台のカーテンを引いた。

スカちゃん。かわいい
早朝のドンホイ駅


寝台のバウンドのせいで眠っては起きを繰り返し、早朝に目覚めると母子はすでに降車しており、代わりに若いカップルが乗り込んできた。みると女性は妊娠しており、おなかもかなり目立っていた。聞けば二人は新婚さんで、まもなく臨月に突入するとのこと。新婚旅行に行かなかったので、出産前に二人でサイゴン(ホーチミン)まで旅行するのだそうだ。なんというアクティブさだろう。昨晩の電車の揺れを思いだし思わず心配になった。乗り込んで最初のうちは奥さんが揺れに苦笑い、旦那さんは彼女の背に手を当てて気遣っていたがすぐに慣れてしまったようだ。大丈夫かと聞くと、「全然平気、いつもこのおなかでバイクに乗っているから!」と、心強いような心配なような返事が返ってくる。さすがはベトナムっ子である。健やかでたくましい。
彼らも日本が大好きとのことだったので浮かれつつ、持参した日本のお菓子をプレゼントし(ベトナムでは喜ばれるので常に何かしら日本のお菓子を携帯していた)、大きなおなかを撫でさせてもらってダナンでさよならした。丈夫でかわいい子が無事に生まれていますように。

ダナン駅。下車後は線路を跨いで駅へ入る。

以上が約15時間にわたる列車の旅の記録だ。
それ以降はなかなか長距離寝台列車の旅に出られず寂しい限りだが、機会があればまたぜひ挑戦したい。

最後に、寝台特急の旅を表現したお気に入りの曲があるのでご紹介する。
聴くときはできれば目を閉じて、一人きりで音楽に没入してほしい。きっとあなたも鉄道の旅を体験できるはずだ。

おまけ。
「世界の車窓から」のベトナム統一鉄道の回があった。
ベトナムの海と山を愛でる電車の旅をぜひ体感して頂きたい。




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