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「うちらはずっと一緒」を乗り越えて、この世界を磨いていくために(ドラマ『ブラッシュアップライフ』感想文)

2023年の始まりは落ち込むような出来事が多く、年初らしい穏やかさとは程遠いものだった。どれもこれも個人的なことばかりで、周りの人たちには何の関係もないことだと分かっている。

それでも、元旦の電車に乗り込んだときには、僕の気持ちなんてお構いなしの浮かれた空気にうんざりしてしまった。ヘッドホンで耳を塞いでいても、新年を迎えたばかりの楽しげな雰囲気は嫌でも伝わってくる。僕はうつむいて、しばらくスマートフォンの画面と無為な時間を過ごしていたのだけれど、ふと顔を上げた拍子に車内広告のデカデカとした文字が飛び込んできた。そうか、正月だけじゃない。期待に溢れたムードには、きっとこの宣伝文句も一役買っていたのだ。

「主演、安藤サクラ! 脚本、バカリズム!」

この人が演り、この人が書く。それだけで視聴者の期待を集め、新年早々ふてくされていた僕の気持ちさえ上向かせてくれる。なんだか優しい色相に包まれた、日曜ドラマ『ブラッシュアップライフ』の広告だった。

先週末で全十回の放送を終えたこのドラマは、冬ドラマの中でもトップクラスの視聴率を獲得し、TVerの総合ランキングでも毎週『星降る夜に』とのデッドヒートを繰り広げた。押しも押されぬ今期の代表作だ。

物語の内容は、主人公・あーちんこと近藤麻美が、自分の人生を何度もやり直し、そのたびに生き方をブラッシュアップ(磨き直し)するというもの。初めのうちは「徳を積んで人間に生まれ変わること」を目指していたが、人生を何周もするうちに、自分の死後に親友たちが大きな事故に巻き込まれることを知ってしまい、ブラッシュアップの目的は「自分を救うため」から「親友を救うため」へと大きく変化していく―――。

この物語では、外部からの評価(徳を積んだかどうか)を基準に生きていた主人公が、事故の回避という目的を見出すことによって、人生を自分自身の価値基準で生きるようになるまでの成長が描かれている。そしてこの成長の原動力となるのが、主人公と親友たちの「閉じた世界」だ。物語全体を通じて、この狭い世界は居心地よく、かけがえのない、美しいものとして描かれる。それは、この脚本における最大のセールスポイントであり、人気の熱源でもあると思う。しかし僕は、その世界の住民が外部に向けるまなざしを看過することができなかった。

ここでは、このドラマにおける閉じた世界の描かれ方や、そのような方法で居心地よく生きる場所を作ろうとするアプローチの問題について考えていきたい。

(以下、ネタバレを含みます。)

交通事故で三十三年の生涯を終えた主人公・あーちん(近藤麻美)は、死後の世界の窓口で「あなたの来世はオオアリクイです」と告げられる。「人間に生まれ変わるためには、相応の徳を積んでいなければならない」というルールを聞かされて落胆するものの、その後のやり取りで今生のやり直し(=ブラッシュアップ)ができることを知り、人間に生まれ変わることを目指して近藤麻美としての人生をやり直すことにする。

二周目、三周目と、徳を積むことを心がけて生きるあーちんだが、二周目で告げられた来世はニジョウサバ、三周目ではムラサキウニと、その人生はなかなか思うように評価されない。四周目の人生では覚悟を決めて学業に専念し、医学界に貢献したこともあってか、ようやく人間としての来世を認められる。しかし、四周目の人生でなっち(門倉夏希)とみーぽん(米川美穂)が飛行機事故で亡くなる運命であること、それを防ごうとして操縦士になったうのまり(宇野真里)もまた計画に失敗して亡くなったことを知った彼女は、やっと掴んだ念願の来世を手放し、親友たちの死を防ぐために再び近藤麻美としての人生をやり直す道を選ぶ。

このあーちんの行動の原動力になっているのが、あーちん、なっち、みーぽん、うのまりからなる「同質性によって閉じられた世界=うちらの世界」だ。

一周目から三周目にかけては、閉じられているがゆえの心地よさが軽妙な筆致とともに描かれ、四周目でそれが失われることによってかけがえのないものだったことに気づかされる。物語が終盤に近づくにつれ、それまでの「うちらの世界」が実は不完全であったことが明らかになり、五周目のレストランで四人の邂逅と真の「うちらの世界」が輝かしくセレブレイトされる(まさに“カタルシスを感じる”場面だ)。

このドラマは、こうして閉じた世界の魅力を描き続けたからこそ、大きな共感を呼ぶことができたのだと思う。

しかし僕は、物語が「うちらの世界」の輪郭をなぞるたびに、どうしても引っかかってしまうものがある。それは、その世界の外側にいる人たちに向けられた視線のことだ。

例えば、あーちんたちには、生徒会長を務める成績優秀なうのまりに対して「近寄りがたい」と眉をひそめたり、成人式で暴れるヤンキーに対して「ああいう人って本当にいるんだ」と嘲弄したりする一面がある。

このとき彼女たちは、うのまりやヤンキーのような異質な者たちを、同じ世界に生きる存在として認めていない。そこには、同質性の輪からはみ出た者に対して「対等に扱う必要はなく、白眼視されて当然だ」という了解さえ存在しているように見える。

このことは、男性の性的な側面が「不倫」という記号で、嫌悪・懲罰の対象としてしか表現されないこととも無関係ではないだろう。女性であるあーちんたちにとって、男性とはまさに同質性の輪の外側に位置する存在だからだ。玲奈ちゃんのお父さん、薬局の同僚の宮岡さん、パイロットの先輩である中村機長など、この物語にはやたらと不倫する男性が登場するが、シナリオ上の必然性は感じられず、「うちらの世界」の外殻を固める役割を果たして退場するだけだ。

「うちらの世界」は同質性によってパッキングされているので、異物を受け入れることができない。だから、彼女たちの結びつきを強調しようとすればするほど、「うちらの世界」は外界との溝を深めていくしかなかったのだ。

問題の根底には、あーちんが来世を棄ててまで守ろうとした関係性の魅力を、同質性に頼ることでしか描けなかったという貧しさがある。あーちん、なっち、みーぽん、うのまりの関係を、個性の違いという観点から見つめ、その組み合わせの分だけ互いを補い合うような、あるいはその外側の人たちとも相互にアクセス可能な、開かれた豊かな関係性として描いていれば、こうはならなかったはずだ。

異質な他者と世界を分断し、居心地のよい「うちらの世界」を作る。こうしたやり方がポピュラリティを帯びるのは、僕たちが直面している2023年の状況とも合致する。

このドラマの主人公たちは、少なくともTwitterのプレイヤーではない。MastodonやDiscord、あるいはLINEグループのプレイヤーだ。同質性によって構成された世界には、異物は最初から存在しない。同質性のもたらす心地よさが追求される限り、コミュニティは閾値を超える度に何度でも分断され、際限なく細分化されていく。

もちろんこれは情報空間に限ったことではない。トランプ政権を生んだアメリカ国内の分断、イギリスのEU離脱、中国政府による香港制圧、ロシアによるウクライナ侵攻など、地球上の至るところで「異質な他者と世界を分断する」アプローチが実行されている。

だからこそ、僕たちには「そんな他者との関わり方を疑うような想像力」が必要なはずだ。言い換えれば「異質な他者と世界を共有しながら個々の人生を豊かにする」想像力のことだ。

分断のアプローチにおいては、「あなたは私たちと違う」という言葉の数だけ社会は切り刻まれ、人々は異物に対して敏感にアレルギー反応を示すようになる。同質性を連帯の根拠とする価値観の下では、「他者との違い」はそのまま「個人がその社会から排除される理由」になってしまうため、その社会で居場所を得ようとする個人は全体との同質化を図るしかない。そこに居ようとする限り、個人的な変化が許されることもない。「うちらの世界」では「うちらはずっと一緒」でなければならないのだ。

僕は、これとは逆の価値観で駆動する社会が望ましいと考えている。すなわち「あなたは私たちと違う」からこそ「必要だ」とされる社会の姿だ。自分と異質な他者も含めて同じ社会を生きる存在であることを受け入れることは、しなやかで強い社会を作ることになる。いわば包摂のアプローチだ。そこで求められるのは異物と接する免疫力であり、個人が目指すべきことは全体との同質化ではなく、他者を活かす方法と自身の役割の探求になる。そしてそれは、現実に実装することが困難だからこそ、ドラマや映画、小説、漫画といったフィクションが推進していかなければならないのだ。

パイロットとなったあーちんは、なっちとみーぽんを飛行機事故から救った後、航空会社を退職して北熊谷の市役所に入庁する。彼女たちを救おうとして同質性の輪から外れてしまった彼女は、生活を変えることで同質化を果たしたのだ。それから数十年後、四人は同じ老人ホームへ入所し、天寿を全うした後は揃ってハトに転生。四羽が仲よく電線に止まり、北熊谷の町を望みながら歓談している光景がラストシーンとなる。

「うちらはずっと一緒」を幸せの形として提示することに異論はない。けれど、その背景に「私たちとは違うよね」と言われて傷つくような世界があることを思うと、やはりどこか心に影が落とされてしまう。

あーちんが例えパイロットのままでも、北熊谷で暮らしていなくても、四人がまったく違う生き物に生まれ変わっても、同じ世界を生きる他者としてお互いを受け入れる。僕たちはきっと、世界をそんな方向にブラッシュアップしていくべきだ。

(初出:2023/03/19『ezeroms.com』)