スカー・レッド・エース   第四話 リトルリーグ編④

カキン!高々と舞い上がった打球をよそに、俺はネクストバッターサークルから、微笑みながらマウンドに佇む山代を見ていた。


9番打者が打ち上げた打球をショートの選手がガッチリ捕球する。スリーアウトチェンジだ。


一回の表、スコアボードの水戸南リトルの横に5が記入される。


俺たちは、初回の猛攻で5点を先制した。


俺と圭祐がヒットで出塁し、3番の千聖がヒットで1点。4番の土井垣が3球目をレフトスタンドに豪快に運んだ。


俺にはできない芸当だ。少しだけアイツのフィジカルが羨ましくもあった。


その後5番から8番でもう一点追加し、5点を先制した。


ベンチは大盛り上がりだ。あの笠間リトルから5点も取れたんだと。今日の俺たちは調子がいいと。その輪の中には、千聖と土井垣は勿論、圭祐もいた。


俺たち最強なんじゃね?ー


怒鳴りつけたくなる気持ちを抑えて、俺はセカンドのポジションに向けて走り出した。


こいつらはこのままでいい。下手に不安を煽るくらいなら、このまま勢いに乗せておけば、そのまま押し切れる可能性もなくはないのだ。リトルはただでさえ、6イニングしかないのだから。


「浮かない顔だな。」


圭祐が話しかけてきた。流石だな。皆んなの雰囲気は壊さないように配慮しつつ、俺だけが別のことを考えているのを察知してる。


この視野の広さ、やはりコイツこそ主将になるべき奴だと思った。


「いや、まだ不安だなってくらい。あの笠間リトルからこんなに簡単に5点も取れるもんなんかなってな。」


「山代の奴、そこまで悪い球じゃなかったぜ。まあ、少し拍子抜けしたのはあったけどな。」


「・・・。」


「俺たちは笠間リトルの実態を知らないんだ。案外この程度なのかもしれない。」


果たして本当にそうか。これが関東大会常連の笠間リトルの実力なのか。


俺たちの実力が高い、なんてことは断じてない。こんなのが上でたまるか。中学、高校と進んでいずれは追い抜くつもりだ。


だけど、今の時点の俺たちがアイツらより上なら、そもそも野球をしていない。


「色々と確かな情報が揃った時点で共有するわ。今の段階じゃ分からんことのが多い。」


「おっけ。俺も俺なりに少し相手を探ってみるわ。」


現在投球練習の時間だが、千聖と土井垣はこんな風に違和感を感じるはずもなく、2人とも心なしか、ニヤついている気さえした。


まあ・・アイツらもあれでいい・・。それよりも山代だ。


試合前、あれだけ余裕そうな笑みをしてた奴の実力が、こんなモノな訳がない。まあ、あーいう顔ってことも考えられなくはない。


それでもどうにも引っかかる。初回に5点を失うこと。6回しかないリトルにおいては、致命傷だろう。


5点・・・6回・・。


「バッターラップ!!」


審判の声で我に帰る。なんだろう、今感じた違和感は。


~1番センター中根くん~


左打席に入った彼は、中々様になっていた。さて、今日の千聖の初球はー


例に漏れず大きく振りかぶり、この球場の空気を全て取り込むつもりかってくらい、大きく大きく息に吸った。


お、と思った。


力が抜けている。体重移動もスムーズだ。これならー。


千聖が投げた初球は、シューと気持ちのいい音を立てて、ホームベースのど真ん中を通り、土井垣の構えるミットへと吸い込まれていった。


「ストライー!!」


審判のコールが響く。球場からも、ざわめきが聞こえてきた。千聖は、土井垣からボールを受け取ると、

ふふん、と自慢げにこちらを見ていたが、俺員はバッターの反応が気になってしまった。


ーもう少し驚いてもいいじゃねえのか、なんだそのリアクションはよー


何だこんなものかと言わんばかりに、口を尖らせた中根が気になってしまう。先ほどからの、山代の投球と言い、考えすぎだろうか?


2球目、さっきと同じ、ど真ん中のストレート、中根は不気味くらいコンパクトで完成された、美しいミドルスイングで応える。


ボールはちょうどバックネット裏に飛んだ。ファウルだ。


ータイミングがドンピシャじゃないか。-


同じ球を投げたらやられる。だが千聖にはストレート以外の持ち球がない。


追い込まれた主人公が、覚醒してストレートだけで抑えるなんて展開はフィクションの中にしか存在しない。そもそも、まだ序盤も序盤だった。


3球目、いかれる!と思ったが、中根はあっさり見逃して三振した。


千聖はガッツポーズし、土井垣と圭祐もそれを称えた。


違う。今のは明らかにわざとだ。情報を取りに来たのか?それなら、カットして粘ればいいではないか。

奴らは何を狙っているのか?


~2番ファースト須能君~


2番打者が右打席に入る。ファーストで2番か、珍しいなと思ったのも束の間、須能は千聖の初球を振りぬき、ライト線へと運んだ。ライトが懸命にボールを追いかける。


俺も、中継の為に打球方向へ向けて走り出すが、打者の須能が一塁ベースを踏むのが、俺が中継地点に入りきるよりも早かった。ぽっちゃりした見かけによらず、足が速いようだ。


ーバックセカン、いやサードか!ー


俺はライトとセカンドベース上のラインを右にずらし、三塁までの導線を作る。ライトが捕球する頃、須能は、2塁ベース3.4歩手前といったところか。


「こいっ!!!」


俺は、おおきく手を上げて、ライトはジェスチャーした。ライトからのボール受け取る。


ー刺せる!!-


ボールの勢いを殺さず、そのまま流れるように、俺は三塁へ送球した。


ボールはワンバウンドして、サードのグローブが丁度ベースに着くくらい完璧な送球だった。


しかし須能は、二塁ベースを回るとき、体を思いっきり三塁ベース側へと傾けた。


その勢いと重心をそのまま乗せて、須能は二塁を超えて加速する。結果、ボールよりも一歩早く須能は三塁へと到達した。


「セーフ!」


ーなんて美しい技術であろうかー


足の速さはいざ知らず、ベースランニング、打球判断、ライトのボール処理、俺の中継意識が二塁にいっていたこと。


その全ての判断を、二塁ベースを踏む3.4は手前、つまり俺が二塁から三塁へ中継を変えるよりも前にしていたのだ。


笠間リトルの恐ろしさを初めて垣間見た気がした。この隙のなさこそ、強豪たる所以だろう。


だが、打球はライト線だ。スイングを見るに、もう少しセンター方向への打球を意識していたのでは無いか。


つまり、タイミングが遅れている。千聖のストレートに!通用するのではないか。そんな期待が俺の心臓を、JPOPの裏テンポのように鳴らした。


この打席は、ビデオで何度も見返すポイントだろう。そんな考察し甲斐のある2番打者とは裏腹に、3番の栗原(右打者)は、あっさりと初球に手を出し、セカンドゴロに倒れた。


俺が打球を処理する間に、1塁ランナーの須能がホームへ生還し、一点を返される形となった。


しかし、ツーアウトランナー無しだ。水戸南としては最高の形と言っていいだろう。


でもなんだ?このあっさりしてる感じ。笠間リトルから、感じられる熱のようなものは、今の所須能からしか感じられない。


1番の中根、3番栗原、エース山代。ついでに言えば4番の多山もだ。


左打席に入った彼は、土井垣や球審までもが小さく見えるほどの巨体だった。コイツが打つ打球は、きっとゴルフボールのように飛んでいくのだろう、と身構えていた。


しかし、三球見送って見逃し三振。まるで最初から決めていたかのように、バッターアウトのコールが終わる前に、ベンチへと下がっていった。


俺たちの5点先制、6回制のリトル、初回1点返される、熱のない笠間リトルの連中ー。


・・・・まさかー。


俺はダッシュでベンチに戻り、周りに聞こえないように圭祐にだけ耳打ちをする。


「確証はないぜ?」


「何かわかったのか?」


横では、ベンチのメンバーがスタメン陣を出迎える。千聖と土井垣は笑顔だった。


「多分次の回もう一点取られる。」


「もう一点?点取られるって一点だけか?」


「一点だけだ。」


「なんで?」


「次の回の笠間の攻撃が、本当に一点で終わったら答えてやる。俺もまだ、確証まではいってない。」


俺は先頭バッターだ。2回以降の投球練習は3球しかないため、準備の時間が短い。


「あともう一つ。」


「?」


「この回から、こっちは簡単に点取れないと思う。」


さあ、2回目の対決だ。いや、1回目は対決にすらなっていないか。そうだろう山代。


俺は山代を睨みつける。山代も心なしか、さっきの薄ら笑いは消えているような気がした。


投げるまでもない。雰囲気が、マウンドから放たれるオーラが、全てを物語っていた。


山代の初球ー


さっきの回とは全く違う、唸りをあげるようなストレートが、キャッチャーのミットを、重く重く打ち鳴らした。

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