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ストール泥棒

母が病院に行くとき巻いていったマフラーをどこかに忘れてきたと言ったらしい。
だが実際は自室のクローゼットにその赤いマフラーはあった。
「よかった〜」と言っていた。
私もその話を聞いてほっとした。

赤のマフラーは弟の妻、お嫁さんのきいちゃんからプレゼントされたものだった。赤やピンクやキラキラしたホワイトの色の出かたで、巻き方ひとつで雰囲気を変えられそうな、
とてもいいものだった。
きいちゃんのかわいいマフラー。
大事に使いたいよね。
勘違いでよかった。
そのマフラーは母によく似合っていた。

母の部屋は母の聖域で、クローゼットやタンスの中はきちんと適量で整理整頓されており、ハンガーにかけた服にシワが寄っているなんてことはない。アクセサリーの類いもばっちり整っている。
冷蔵庫や食品の整理はできなくなっているのに不思議すぎる。

洋服の衣替えは定期的に行っているようだ。
だが巻き物、ストールやマフラーは季節を問わず、一枚ずつハンガーにかけてずらりと並んでいる。

先日、母と出かけようとしているときに、気に入りのストールを取ってきてと頼まれて、母の巻き物コーナーに取りに行った。

5月の母の日に私が贈った、小千谷縮の羽織りにもなるストールが、たたまれたまま置いてあった。
夏は過ぎたがまだ一度も使ってない。
私は好きだけど、地味に感じたかな。母は割と派手好きなのだ。
実の娘なので、もし要らないのならもらう気まんまん。
またそのうち...なんてにんまり悪い顔で考えていたら、一枚のストールを思い出した。
母70歳の古希のお祝いに贈ったストールだ。
きれいなバーガンディから薄めワインレッドのグラデーションになった柄ものストールをプレゼントしたのだった。
えんじ色のグラデーションと言ったほうがわかりやすいか。
あのストールでもいいね、コートは黒だから、と探したけれど見つからない。
えんじ色のストールがない。

母は昔から、濃いグレーでも黒と言い、赤紫やえんじ色を赤と言った。

母の話を聞いて、赤のマフラーをなくしたと言ったのは父だ。
父にとっては、マフラーもストールもへったくれもなく、そもそも母が何を巻いていたのかなんて
「わからんわ」と言っていた。

赤のマフラーはあった。
家にあったわと母は大喜びしてそのときは円満解決。

だがえんじ色のストールはない。
私の目の前には空っぽのハンガーが一本。

私は気付いてしまった。

母が紛失したのはえんじ色のストールだ。
えんじ色のストール、またの名を赤のマフラー。

さあ興味ある人もなんのこっちゃと言う人も一緒に泣いてほしい。

ファリエロ・サルティを紛失。

古希、お祝い、奮発サルティ!
である。

でも私は諦めていない。
この家のどこかに、
母の衣替えの際にストールが紛れこんでいるかもしれない。
もし見つけたら、私はそのストールをコソ泥のほっかむりに巻き、
しゃあしゃあと埼玉の自宅に帰ろうと思っている。

父は元警察官だ。
コソ泥巻きにはピンときて、
現行犯タイホされるかもしれない。

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