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血は争えない

母は近頃体調もよく、週に2回の卓球に通い、庭の手入れをし、おんなじ味の煮物を機嫌よく作っているらしい。
白菜と油揚げを煮て卵を落とす。
私は好きなんだけどな。
父は飽きているようだ。

卓球の前はバレーボールをしていた。
祖母の介護が終わって卓球に転向、教室や個人レッスンをハシゴし、チームで試合に出場して新聞にも載った。

椎間板ヘルニアで試合は引退、それからは技術向上や試合の勝敗にこだわらない、健康のための卓球サークルで楽しんでいる。

「学生時代から卓球選手やったっていう上手いおじさんがいはるねん。私ら相手に、返されへんほどの球を打ち込んできはるねんで!」
とプンプン怒っていた割には、

「ええ球がきたらバチコーンと打つねん。」
なんて言う。

嫌われるで!

聞けば心配も多いが、体を動かし人と話し、笑うことはいいことだ。
4ヶ月ほど休んだが、復帰できてよかった。卓球サークルのお友達にどうしてる?と声をかけてもらえたこともありがたい。

いつもは歩いていく卓球サークルにめずらしく自転車で行ったらしい。
お友達は車で来ていて、帰りはちゃっかりその車で送ってもらったらしい。
乗っていった自転車は忘れてきた。
父が行って回収してきたそうだ。

「認知症やなぁ。乗っていった自転車忘れてくるって。どないなってんねん、往生するで。」
父の愚痴が止まらない。
往生する、は困りはてるという意味だ。

私は黙りこんでしまった。

乗っていった自転車を忘れる。
何度かやったことがある。

職場に忘れる。
自宅マンションの駐輪場の前で気付いた。
置きっぱなしにすると、
ヤダ自転車忘れてんじゃーんと突っ込まれるに違いない。
即刻取りに行った。

買い物に乗っていってスーパーに忘れる。
この時は忘れてきたことも忘れて、
出かけようと思ってマンション駐輪場に行ったら自転車がなかった。
盗難か!と焦った。
マルエツか!と気付いてもっと焦った。
スーパーの駐輪場に放置で二日は過ぎている。

歩いてマルエツに行き、自転車があるのを確認し、買い物をして何事もなかったように自転車で帰った。
往生したであろう私の自転車。

そんな失敗は数多くある。
認知症のせいだけじゃない、そういう生きものなんだろう。母も私も。

と、私はおおらかな気持ちにもなれるが、毎日母のフォローしている父は疲れも不満も溜まる。

だが、
「あんまり考えすぎんようにしてる、なるようにしかならんし。」
とも言っていた。
本来楽観的な父だ。

幸い父は会食や飲み会の機会も多く、同年代だと同じ立場の人もいて、共感しあえる話ができるようだ。ありがたいことだ。

今度帰ったら、白菜の煮物じゃない、目先の変わった料理をこしらえよう。
いつも私の料理を喜んで食べてくれる。
「料理、上手になったなぁ。」
「ほんまに上達したわ。」

ベタ褒めされる。
と同時に疑問がふつふつと沸く。

「すっごい褒めるけどさ、
前そんなに下手だった?」

うちの夫と息子らは前から黙々と食べるけどね。
まあ
あんまり考えすぎないことにしよう。

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