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秘密組織教団の主ピタゴラス

❝多くの言葉で少しを語るのではなく、
少しの言葉で多くを語りなさい❞


秘密組織を作った教団の主であった
ピタゴラスには事実とされるものは
ほとんど無い。人相さえも実際は分かって
いない。彼に関する事はあくまでも、
全て予測に過ぎないものである。

彼自身が手掛けた書類や本等は一切残されて
いないことから、存在した事は事実であるが、
詳しい事はほとんど分かっていない。

何故なら秘密組織の教団であったからであり、
仮に内部情報をらした教団員は
処刑していたほど徹底した組織であったからだ。
徹底する事により情報は外には洩れる事は
無かったと言えるだろう。

今とは違い、昔は命の値段が安かったとも
言えるほど、簡単に人殺しをしていたからだ。
嫌疑をかけられたら殺していただろうと
考えられる。

教団が壊滅した後、彼の弟子たちは離散していき、
それぞれがピタゴラスに関して数学者であった事や、
その他の事を書き残したものからピタゴラスの人物像
や他事についても考えられた。

分かっている事は彼が数学者である事と、
「サモスの賢人」と呼ばれるほど知識が深い人物で
あったという点だけである。

彼の弟子の伝記によると、彼は数学者であり、賢人で
あったと書かれていた。「サモスの賢人」とも呼ばれた
記録はあるが、実際は分からない。弟子たちが後に広めた
可能性もあるからだ。

ただ、知識に関しては追求する人間であり、教団を築く前は
知識を求めて20年もの間、旅をした記録は離散した
複数の弟子が記載している事から事実であった可能性は高い
ものだと言える。

自己啓発の念はあったものだと言えるだろう。
徹底した秘密教団を築くのは簡単では無い。
嘘を見抜く力や、他の眼力も教団員が恐れるほど
のものでなければ、秘密教団は成り立たないからだ。

ピタゴラスの言葉は的は得ているが、
彼自身がどういう人物であったかは
私の逆説論から導き出す答えは、独裁的な
宗教の教祖のような人物だと考えられる。

心に響く言葉は実際、新興宗教等で使われ、
それに感銘を受ける人は多数いる。

言葉の的は得ているが、彼自身の行いから
紀元前の新興宗教だと思われる。

彼は自ら教団を作り、秘密主義の教祖的な立場で
秘密を外部に洩らした者は、死刑にしていた点からも
独裁的でありながらも、信心深い教団員で組織されて
いたことが見えてくる。

この辺りから彼を推察するにあたり、人間不信だった
事も見えてくるが、カリスマも非常に高いものであった
という点については、教団壊滅後に彼の信心深い信者たち
が、彼の事を伝記として複数人が残した事から
教祖として崇められていた人物であったと言えるだろう。

❝多くの言葉で少しを語るのではなく、
少しの言葉で多くを語りなさい❞

このような言葉からも新興宗教の教祖が口にしそうな
言葉だと言える。

秘密組織ではあったが、次第に教団は大きくなり、
ピタゴラス教団とも呼ばれるほど勢力は拡大していった。
その地域の有力者も信者に入り、信者の女性とピタゴラス
は結婚し、信者の数は数百人にまでなったと伝記には
記してあった。

そして、こういう人物は得てして、殺される。
彼は非常に秘密主義であった為、後世である現代でも
どのような人物であったかは議論されてはいるが、
良き人物では無かった事だけは分かる。

まさにピタゴラス教団の絶頂期と言われた時に、
ピタゴラスを保護していた有力者が政争に巻き込まれて、
失脚した。

脅威によって作り上げられた教団は、裏切ると殺される
事から、恐怖によって成り立つが、限界は直ぐに来る。
直ぐと言っても、数年以上はその間違った教えにより、
洗脳し、教団をより強固なものへと変えていく。

しかし、これは世の常だが、勇気ある者は反論者として
立ち上がる。それまで恐れていた人々も賛同し、大きな
勢力として立ち向かう。

実際、有力者の保護を失った時に、ピタゴラスの教団
入門者であった者が、入団出来ずに落とされた。

この青年はピタゴラスを恨むようになり、その遺恨から
市民を扇動して、教団は暴徒と化した市民によって
焼き打ちされて壊滅した。

ピタゴラスも彼の手によって殺された。と記述してある。

今回はピタゴラスに重点を置いて話した訳は、
事実である事があまりにも少なく、そして残された伝記
も、彼の弟子たちが残したものであるため、当然ながら
ピタゴラスに有利な風に書き残こすのが普通であった
からだ。

ある程度、信頼性の高い情報があるのであれば、
私自身の考えも述べる事はできるが、事実がハッキリと
しない上では語ることは出来ない。

これまで日本の歴史に於いても、そういった事は
数多くあった。知識の浅い人や、少ない文献から持論を
公言することにより、嘘が広がる現象は起きていた。
それは今、現在においても少なく無い事である。

例えば、信長がこよなく愛した敦盛の歌では、
人間五十年」というフレーズだけで当時の人間の寿命は
五十年くらいだったという嘘が広がった。
現在に於いても、おそらくそう思い込んでいる人も
いるとは思う。

この敦盛の歌の一部である、
人間五十年下天のうちに比ぶれば夢幻の如くなり
のフレーズが広まった。

この敦盛の歌の意味は、人間の世界での五十年など、
下天、つまりは天の最も下に位置する世界と比べれば、
夢や幻のように短いものである。といった意味であって、
寿命の事に関しての歌では無い。

私は自分自身で考えた上で、正しいとされる物事を
答えにまで、読んでくださる読者さんにご自身で考えて
答えを見つけて欲しいと思っています。

考える事が現在ではネットの普及により
忘れがちでありますが、人間の本質は考えて答えを
出す事により、成長や選択をしていくものだと私的には
考えています。

自分にふりかかる難題は生きている限り
絶え間なく続きます。

その答えはネットにも載っていませんし、
相談したところで確かな答えを得れる可能性は
高いとは言えません。

自分で考える力を身につければ、
どんな難題であっても考える事により、
何かしらの答えが出るはずです。

私のエッセイでは基本的に答えはご自身で見つけて
頂きたいと考えて書いていますので、
今回は確かな情報が皆無に等しいほど乏しかったので、
ピタゴラス本人にスポットを当てて書きました。

そこはご理解頂きたいと思います。

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