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花粉と歴史ロマン41 幻のコケスギラン②

1 はじめに

 表紙の写真は、檜枝岐村ミニ尾瀬公園からみた燧ヶ岳です。手前の山ではブナの黄葉が進んでいました。春に来た時と世界が変わりました。日本の美が、現実に目の前にあること、実感できる幸せを感じました。檜枝岐の人々は山や川が中心となった自然環境に寄り添って、生活できている。お墓(廟と呼ばれている)や石仏は、日常的に祖先や過去が現在と融合していることを教えてくれます。そして村を流れ下る豊富な水と奥山から運ばれる空気は休むことなく清浄な環境を更新し続けています!
さらに温泉が疲れを癒してくれます。

2 関東平野

 広大な関東平野、北部、西部からいく筋もの河川が南下し、また東側に流路をとっている。今、衛星写真で概観すると、広げた右手の指が主要な丘陵や血管が川に見えてきた。親指は多摩丘陵、人差し指は狭山丘陵か、浮き出た血管は荒川、利根川、利根川に合流する鬼怒川か、ところが手の甲が平野部と東京湾になると、ちょっと無理筋だったかな、、、、、。
 江戸時代の草双紙(柳下亭種員(一八五七)児雷也豪傑譚三十編.甘泉堂、江戸.)に、リアルな描写があることをTu氏より教えていただきました(なお、文中の漢字は翻訳者Tu氏によって選択されたものです)。
 「・・・秩父山を立ち出て武蔵野のをよぎるに、げ に日のもとに並びなき、広野なりと聞きしにたがはず、 八百里とぞ世には言うなる、そのあはひに山ひとつあら ねば、月はより出てまた草のうちに入るを思われ、頃しも末の秋もなか、尾花ひまなく咲き乱れ、野分につれてそよぐさまは、白銀の波の寄るにひとしく、東の方を さしてのぞめば、水や空なる海原近く、西の方をうち仰げば、雲に聳えて冨士は遠く、いく群か渡るかりがねの、鳴く音はいとどやさしげに、吹き伝う松風の、音も心を澄ますばかりにて、いにしえ人の心なき、身にもあわれを知ると詠まれし、歌の姿も目の当たりにて・・」。広大な草原が見えるようです。
 さて、新白河から南下する新幹線の車窓には、那須の連山が遠ざかると、宇都宮付近の西方には近景のビル群と同じ高さに日光の山並みが見えてくる。東方には意外なことにビル群を超えて筑波山が見える。さらに南下するにつれ、小山に近づくと筑波山は左後方に移動する。小山は東西ともに山並みから遠ざかり、関東平野に入ったことを実感する。自動車で一般道を南下すると利根川や支流の自然堤防が南北方向に並び、林が直線上に伸びています。
 さらに下流域には遊水池蓮田が点在し、平野部に残された湿地が目に入ります。また、地図上(下図)では多くの旧河道の跡が判別でき、高低差の少ない川の履歴がわかります。川が網目状に分布していた時代を考えると、河川の氾濫など不安定な立地が広がっており、耐性のある樹種が分布していたことが想像されます。たとえば伐採や撹乱に耐性のあるコナラなどの雑木林、川辺にはヤナギ、自然堤防の後背湿地にはハンノキが分布していたと思います。

旧河道が衛星写真および標準地図(地理院地図より引用)茨城県八千代町 鬼怒川と水田化された旧河道
https://maps.gsi.go.jp/#15/36.194209/139.915223/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m

 大宮駅手前まで来ると、ビル群の西方に富士山が見える。上野付近では西方の台地と、東方の低地が接します。台地と低地で構成される関東平野南部は、先に例えた右手の甲では適当では無いので、裏返した左手の手のひらを見ると、親指と人差し指の間から伸びる生命線や頭脳線が複雑な河川に対応するように見えてきました(笑)。

上野の西郷さん、見下ろす先は?
上野公園から台東区役所までの標高断面(地理院地図より)
標高10m以上の台地から3m程度の低地へ

 ところで、関東平野の山の無い環境は、数千年もの気候変動に対応する植物世界の分布移動にどのような影響があったのだろうか? 
 遠くの山並みには2,000mを超える日光の連山や関東山地もあり、気候環境への生物の適応は垂直方向を取るならば、数百メートルの移動で数℃の気温変化に対応できますが、水平的な南北移動では、数百Kmに換算されてしまう。 
 千葉県は、海に取り囲まれた温暖な環境は人々の暮らしやすい県でもある。
 ただし、種子植物の種数では、近県と比べて明らかに見劣りする。山があれば、気温環境にも幅ができ気候変動への耐性も大きく、より安定した植物環境が維持されたに違いない。千葉県にはブナが分布していない。ブナが無いのは沖縄県と千葉県のみである。おそらく、寒冷期に山岳地では下降したブナ林も、温暖期の平地には逃避地が少ないために、個体数を減少させ消滅したものと考えられます。この点、筑波山の山頂付近には、ブナ林が残存しています!

3 千葉県

 山だけでなく、上流部の渓谷から供給される石ころの河原もない。東京湾沿いは干潟の世界、太平洋側は岩礁と砂浜で外洋に接する。この千葉県の自然環境の特徴を、生物の種数を元に近県と比較した表があった。外来種が多く、在来種が少ない生物の世界が、これがリアルな千葉県の姿です。

千葉県生物多様性センター研究報告2号(ISSN 1884-4855)北澤哲弥「千葉県における野生生物の現状」2010年3月65-69より引用しました。
下総台地と低地、都市化が進む総武本線 物井駅北側 杉の植林と落葉樹(ケヤキ)、常緑樹(シイ)、竹林などで構成された里山の風景、人為の及んだ植物世界が面として残されています(2020 冬)。
比較的安定していた地形環境にある台地には、中間温帯域の常緑および落葉の広葉樹温帯性の針葉樹が混在していたと考えられます。
総武線から見た市川北部、黒松の並木(海岸林)が残っています。まとまった植物の領域はなく、
線状や点に極限され分断された自然環境、郊外であっても都市化が進む。

4 ブナの花粉

写真1(上段)  左:ブナ、右:イヌブナ
写真2(中段)と写真3(下段:左イヌブナ、右ブナ)

 写真1は、初めてSEMで撮影したブナとイヌブナの花粉です。解像度が悪く、撮り直す結果となりましたが、走査線が流れるモニターにその立体感のある花粉を見た時の感動は忘れられません。この写真でも、花粉の溝の長さを比べると溝が短く極域に達していないブナと、溝の長いイヌブナの極域から区別できます。

 さらに、イヌブナとブナの表面構造の特徴(写真3)を検討しました。
表面は粒でも突起でもない、ロッド(棒)で構成されています、その組み込まれ方に違いはないか?例えるならば、波消しブロックと比較してみては?と思います。
写真2の3種類、先端が丸められたもの(A)、先端が角柱状(B)、そして先端が融合した三角錐型(C)です。イヌブナとブナの表面はともにAとCの形状が認められ区別できませんでした(残念!)。
 いずれにしても花粉化石の検出状況から、ブナやイヌブナが、房総半島に多く分布していた時代は無かったと考えています。

銚子市屏風ヶ浦で発見された埋没樹木です。鑑定の結果、モミ属であることがわかりましたが種はわかりませんでした。年代は約3万年前と測定されました。

この材を埋めていたおそらく3万年前の土の花粉分析でも、
モミ属・トウヒ属・スギ属・ツガ属・マツ属の針葉樹とクリ属・アカガシ亜属・アカメガシワ属が検出され、温帯性針葉樹林が分布していたものと想像されました。ただし、ブナ属花粉は含まれていませんでした。


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