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1999年から2003年までの阪神タイガース その㊲

僕らは日本シリーズに行けなかった。

アイパーは勿論、
暗黒時代に共に応援した仲間は誰一人球場に行けなかった。

最大の理由としてはこれだ。
①日本シリーズのチケット販売は電話予約のみ

ホーム•ビジターと共にそうだ。
定刻時間にチケットぴあの専門ダイヤルに電話。
繋がった場合予約番号を発行。
メモに控え発券する方法だ。

2003年。
今のようにネットでの抽選は無い。
軍団は皆で電話をかけたが当たり前の如く繋がらなかった。


タイガースが日本シリーズへ。
夢にまで見た舞台だ。


色んな想いがあった。

既に甲子園は新規のファンで溢れかえり、
僕らが暗黒時代に実施していた二次会は完全に別のものになっていた。

物販やフードには常に行列が出来、
昔からずっといるおばちゃんたちが額に汗を流し働いていた。

派手にコスプレをしたファンが歌詞カードを見ながら歌う間違った応援歌。

ニワカ向けのわけのわからん黄色と黒のアフロのカツラ。

亀山や新庄の応援歌も歌えない奴ら。

古参とニワカ。
二極化した甲子園に嫌気を差し去って行ったファンは多い。

二次会の人数は増えた。
騒ぎを起こせば私服警官に取り押さえられ逮捕される事態にまで深刻化していた。



それでも、
どうしても日本シリーズに行きたかった。
場外で日本一の二次会をやりたかった。
もちろん指揮はアイパーだ。


僕たちは雨の日も風の日も球場に通い、
おかずを一品減らしてでも甲子園にお金をおとした。

5月には自力優勝が消滅し試合の無い日も毎日毎日タイガースの事を考えていた社会不適合のイルミナティだ。

ギリギリ世の中でやっていける集団。
こいつらから阪神を奪えば何も残らない。
来世はきっとゴキブリや大腸菌だ。
甲子園より先に職安に行かないといけない奴ら。

ニワカグッズ・アフロのヅラなんて被らなくても白と黒のタテジマは顔から滲み出ていた。



それでも皆、
タイガースを心から愛していた。
誰よりも。



甲子園では自分が生きている事を実感できた。
呼吸がしにくい、生きる事が果てしなく辛い世の中。
甲子園なら大きく呼吸をし、
腹の底から叫ぶことができた。

大人になった今思う。
二次会の叫びは世の中への叫びだったように感じる。

あの頃はもう、
タイガースが日本シリーズに出るなど生きているうちは無いと信じていた。
タイガースにマジックが点灯した瞬間
どこかで「終わり」を感じていた。



阪神甲子園球場。
ほんの少しハメを外しても良い。
リミッターが振り切れても問題は無い。
僕らが生きていた場所。
ここにくれば間違いない。
HbA1cも良好だ。


阪神タイガース。
2003年の優勝は世の中を大きく動かした。
暗く、辛く、矛盾だらけのこの世の中を一瞬スポットライトで明るく照らしてくれた稀有な存在。


忘れもしない。僕らの喧騒。
二次会に命を賭けた男たち。
男たちが心より愛する球団。



日本シリーズのチケットが天から降ってこなかったのは暗黒時代にやりすぎた天罰か。

それとも、矛盾した世の中のせいかな。



チケットは選ばれた人間の手に渡った。
僕らは誰も選ばれなかった。




シーズンオフに会ったアイパーは言った。

「あぁ〜、行きたかったなぁ。日本シリーズ」

ほんとですね。

「いつものように店頭販売にしてくれたら良かったのに。誰が行けたんや。こんなもん」


サイゼリアでミラノ風ドリアを食うアイパー。

大きな口を開けながら話すその口調からは
矛盾した世の中へ一石投じたい、
一庶民の想いがあった。




続く

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