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土地家屋調査士資格との戦い: 若き日の歴史

【二島工業団地】
所在地=北九州市若松区二島(東京製鉄所・等々の企業)
敷地面積=430,000坪
発注者=地域振興整備公団
(登記申請との闘い)

私は、49年前の6月22日の朝、

父の死が近づいたとき、
北九州市若松区の福岡法務局若松出張所へ車で向かったのです
(地域振興整備公団の発注による二島工業団地の登記申請書の書類を提出する為)

その時の心境は、危篤状態の父親の思い出を浮かべながらの道程で有りました

家では、近くのお寺を借りて、大分県中津市の日野家の檀家寺の寿福寺から
和尚様方々に来て頂き、葬儀の準備を進めていました

私は、父親の土地家屋調査士の免許の有効期限が死亡当日迄であり、申請手続きの期限がその日迄となるという特異な事情を抱えながら、福岡法務局若松出張所に向かいました
幸いにも、登記申請は、訂正事項も無く無事に登記済みになりました

父の葬儀には、日野博の妹で福沢諭吉の甥嫁である小田部道子や、福沢諭吉の親族も参列して、有難い事に、心温まる多数の弔問客様(福岡土地家屋調査士会・測量士会・福岡建築士会・不動建設本社・不動建設九州支店・住友建設本社・徳島大学同窓会・愛知県庁・親族一同・その他)の御出席を受け、哀しくも、無事に葬儀を終える事が出来ました

その時、私は24歳
父亡き後は自分が土地家屋調査士となって仕事を引き継がなければならないので、
資格取得へ向けて邁進しました

九州地域の地域振興整備公団(産炭地振興事業団~産炭地振興・工業事業団~工業再配置振興公団~地域振興整備公団~解散)
ー田中角栄さんの肝入りで日本列島振興の為に作られた団体ー
20団地(1団地=平均40万坪)に携わり、中には、トヨタ自動車九州が進出した宮田工業団地(鞍手郡宮田町、現在は若宮町と合併して宮若市)もあり、敷地内を九州自動車道(高速道路)が 通る団地もありました

何がなんでもやらなければならないという責務、試練、
でも、この頃を思い返すと懐かしくもあり、誇らしくもある

そして今の自分がある

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