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『GARO』 ガロ

 私が小学生の頃NETテレビ(現テレビ朝日)に、今の“ミュージック・ステーション”のような歌番組で“ベスト30歌謡曲”という番組があった。歌謡曲全盛だった頃、ポップスや演歌に混じって、たまにフォーク系のアーティストが出演していた。拓郎が歌っている姿を初めて見たのもこの番組だった記憶がある。確か、かまやつひろしと一緒に出演していて2人の間に南沙織がいて、3人で「シンシア」を歌っていた!
他にも海援隊やチューリップなんか出ていた記憶がある。そして、その中で一番記憶に残っているグループがガロである。
 ガロは御承知の通り、3人組のアコースティック中心のグループなのだが、なぜかテレビではフルバンドをバックに聞こえないギターをかき鳴らしていた。「学生街の喫茶店」や「ロマンス」の2曲が大ヒットしたので、テレビ出演をしていたのだろうが、フォーク・グループがフルバンドをバックにしていることについて子供ながらに妙な気分になっていたのだ。
なぜなら、親戚の家で聴いたガロとは全然違うからだ。レコードで聴くガロはオープン・チューニングを活かしたゴリゴリのフォークコーラスグループだった。
 当時の私の認識は、ハンドマイクで歌う人は“歌謡曲の人”、楽器を弾きながら歌う人は“フォークやロックの人”だった。もちろんガロもフォーク・グループという認識だったが、フルバンドで歌っているところを観て、どこか裏切られた気分になった。それは、賞取りレースでいろいろな歌謡祭でノミネートされており、胸に大きな花を付けてボーカルやマークが歌っているのを観た時、“こいつら、魂売りやがった”と子供ながらに思ってしまった。
でも今にして思えば、ガロは売り方を間違えただけのような気がするのだ。

 しっかりとした演奏力や歌唱力が3人にはあったので、歌謡界に迎合する必要なかったのではないか。
問題は職業作家を起用して「学生街の喫茶店」が大ヒットしたことがガロの方向性を決めてしまった気がする。「学生街の喫茶店」はもともとシングルを出す予定もない作品で、セカンドアルバム『GARO2』(1972)に収録されていた歌だ。それが大ヒットなんてしてしまったものだから、彼らはヒット歌手としてめまぐるしいスケジュールで活動することになり、一躍アイドル化した。まさにGSブームのそれと一緒の構造である。だから寿命も短くなってしまったのではないだろうか。
 売りを急がず、3人が突き詰めた音楽を醸成させれば、CSN&Yのコピーバンドから脱皮し、彼らのオリジナルな形が構築できたはずなのだ。思いがけないヒットが、彼らのオリジナリティをつぶした気がする。
 最近、ガロのBOXセットが売り出され、反響を呼んでいるようだが、ファーストとサードに挟まれた『GARO2』は、いまだに異色に聴こえる。
このアルバム、オリジナルは1曲も無く、外部の作家の作品とカバー曲で構成されている。ファーストアルバムは、ガロの等身大の美しさを引き出していると幼いながらも確信していたので、私はこのセカンドアルバムを少し敬遠してしまった。そこへ来て大ヒットである。しかも、毎日のようにテレビ出演の日々。
次第に私はガロの音楽性を確認する前に、ガロからドロップアウトしてしまった。
 最近、お茶の宣伝で「地球はメリーゴーランド」が流れた。
ファーストアルバム『GARO』(1971)に収録され、当時シングルも発表されていた。
懐かしくなり、GAROが聴きたくなった。
もちろんファーストを聴いた。

 今聴くと、中学時代には気がつかなかったフレーズや、独特な裏メロコーラスに感動した。そして、なによりもアコースティック・ギターの音が良い!コーラスが良い!
フォーク・グループの王道だったんだと改めて思った。

2006年7月15日
花形

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