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グレイマン【映画感想】

この記事に興味を持って頂きありがとうございます。まず、ネタバレ無しの感想はこちらです。

■どんな映画?

  • 同名小説の実写化作品。CIAの殺し屋である男が、都合の悪い事実を知り命を狙われる。

  • 主役をライアン・ゴズリング、彼を狙うもう一人の殺し屋をクリス・エヴァンス、主人公の協力者にアナ・デ・アルマス、監督はルッソ兄弟と近年稀に見る豪華な面々。

  • 原作一作目をベースに、それ以降のシリーズで語られる主人公とCIAの軋轢をミックス。

■良いところ

  • 原作の流れをしっかり拾いつつ、映画にする上で上手にアレンジされている。

  • 特に大胆に改変された「ロイド」こと、クリス・エヴァンスの怪演は見事。

  • 質のいいアクション、カメラワーク、ダイナミックなスタント。

■良くないところ

  • 原作とやや異なる雰囲気は、賛否両論あるかもしれない。

  • 尻切れトンボ感が否めないオチ。

  • 強いて言うなら、既視感のある展開が続く。

■あらすじ

 主人公コート・ジェントリーは訳あって殺人を犯し刑務所に入っていたが、その能力を見込まれCIAから引き抜かれ、減刑と引き換えに「シエラプログラム」と呼ばれる極秘チームの一員として暗殺任務を請け負う人生を送っていた。
 スカウトされてからしばらくの事、暗殺任務には成功するがその暗殺対象は自身もシエラプログラムの一員であり、CIAにとって不都合な事実を知ったために暗殺対象にされたのだと語ると、その情報が入ったメモリをコートに託す。
 作戦指揮官のカーマイケルとの会話の中できな臭いものを感じたコートは既に引退した上官フィッツロイを頼り脱出を図るが、不信感を抱いたカーマイケルは顔見知りであり腕を買っていた男ロイド・ハンセンにコートの追跡と暗殺、そしてメモリの奪還を依頼していた。
 手段を選ばないロイドの指示によってフィッツロイの姪でコートとも親交があるクレアが誘拐され孤立無援に陥ったコートだが、グレイマン(目立たない男)の異名を持つ彼は追跡をかわしながらも彼らを助けるべく突き進む。手段も規模も苛烈になる中コートは真実にたどり着けるのか。

【感想や解説】

 はじめに、原作小説に関して触れておく。2009年から始まった「グレイマン」シリーズは10冊を越えるシリーズになっていて、翻訳も殆どされている。これは結構凄いと思う。
 一作目にあたる「暗殺者グレイマン」を私も読んでいて、小説という媒体ならではの濃密でなんとも痛そうな描写が持ち味のアクションは特筆に値する。と当時のメモに書いていた。あと「日曜洋画劇場的なストーリー」とも。(ちなみに二作目以降はまだ読めていない)
 そんな「日曜洋画劇場的な小説」を映画化するという、しかもそのキャストはビッグネーム揃いときたら、これはもう楽しみで仕方がなかったし、実際観た映画も期待通りの作品だった。

 この手の原作付き映画というのは、キャラクターと設定を借りた別物になることもままあるけれど本作は逆で、原作の流れを丁寧に拾っている印象を受けた。
 もちろん一冊の小説を2時間の映画にまとめるにあたっては、どこかを端折ったり改変したりということも必要になるけれど、どこを削り、どこを残して、どこの印象を強くするか。原作小説が映画化への適正としては高いこともあってそういった選択が上手くできているのだと思う。
 序盤の貨物機での戦闘なんかは原作を読んだときもかなり印象に残っていたのだけど、これも再現されていたし、書類偽造屋の罠もそのまんまだった。こういう要所を忠実に映像化してくれているのは、原作を読んだ身としては勝手の知った故郷に帰ってきたような嬉しさがある。

 一方でアレンジがされた部分に関しても、基本的には上手に行われていると思う。なんといってもクリス・エヴァンスが演じるロイドという男はこの映画において最高のアクセントになっているにも関わらず、原作と比較しても最も改変を受けたキャラクターといっても過言ではないというのが面白い。
 造形としては見た目も相まって完全にイカれきったキャプテン・アメリカというか、マッチョイズムを変な方向にこじらせているヤバいヤツで、フィッツロイの完全な弱みを握っているのにわざわざ拷問をするような三下のゲスなのだけど、吹っ飛んだ言動と奇抜な姿格好がすごく印象に残る。
 ライアン・ゴズリングが演じるコートが「目立たない男」の異名の通り寡黙で地味ながらも芯の通った人物なので、そのカウンターとして残忍で利己的かつド派手な男を置くというのは理にかなっているし、そもそも原作にはここまで明確で直接的に対峙する敵役がいなかったので(原作に出てくるのは雇われた傭兵と、自身に戦う能力のないビジネスマン)これはとても良い改変だと思う。

 ストーリー面においては他にも幾つか改変がなされていて、例えばフィッツロイの家族は原作では息子夫婦と双子の孫娘の4人になるんだけど、尺のことを考えればクレア一人に絞るのは妥当な改変だろう。
 そして本来、原作小説は個人的な恨みから発展した私闘という流れで、古巣CIAとグレイマンの因縁というのは二作目以降で取り上げられる内容なんだよね。
 これを一作目で採用することで、政府レベルの陰謀というバッググランドができているというのも、映画化においては話の深さを増していてよい判断だと思う。


 ただ、このCIA絡みの改変に関しては、かなり原作と異なる雰囲気であることも否めない。誤解を恐れずに言うと、原作小説「暗殺者グレイマン」は「男の世界」といった雰囲気を持っている。
 主人公も、主人公を陥れた恩師も、主人公を狙う刺客たちも、彼らには恨みもなく怒りといった感情や、政治的なかけひきやビジネス的な打算というより、仕事や家族のためプロとして覚悟を決めて役目に徹する。という雰囲気で、ある種のフェアプレイ、紳士的な殺し合いという点で「男の世界」というのが適切な表現だと思う。
 ちなみに誤解ないよう言っておくと、原作小説でもっとも男らしくないのは、金銭的利益のために主人公暗殺を企てて、そのために彼の恩師の家族を人質に取り、いざ主人公が乗り込んでくると狼狽えに狼狽えまくった弁護士の男「ロイド」である。まぁそのロイドが映画化で一気に化けたというのはそれはそれで面白いのだけど。

 原作の雰囲気はコートやフィッツロイ、ダヌーシュが演じる「ローン・ウルフ」が継承してくれているけど、影の政府だとかCIAのおえらいさんが裏で汚い仕事をしているだとか、そういうのは映画としてストーリーに深みを増す材料になっている一方で、原作の独特の雰囲気から離れてしまっていて少し蛇足気味に感じる。
 その象徴的なシーンだと思うのが、クライマックスに突然現れたカーマイケルの部下スザンヌが、コートが拘束したロイドを銃撃しとどめを刺すというシーン。この決闘はアクション映画ならではのハッタリとか、原作の男臭さを体現したシーンでもあるからどういう意図でそれを壊すような演出になったのかちょっとわからないし、撃たれた直後二人とも「え?お前なにしてんの?」って顔をしてるのがシュールな笑いを誘う。ちなみに見ているこちらも同じような顔に
 一応、ロイドに水攻めをされている時に実父に関する回想が挟まっているから、彼らのようなオールドアメリカンに対する拒否という事かもしれないけど、それは被害者であるコートがロイドを叩きのめした時点で演出できていると思う。所謂ポリコレ的な意味で女性にも公平に活躍のシーンを与えたということなら露悪的。というか割り込んだのが男でも肩透かし感は否めない。そもそもこの映画はミランダやケイヒルを始めとして大活躍している女性はもういる。

 ちなみにケイヒルに関しても、原作では男性だったりする。原作のケイヒルこと「モーリス」はコートにとってのもう一人の父親として描かれ、窮地に陥った弟子に対して応急処置と装備を提供し、平穏に生きろと忠告し命を散らす。一方のコートも最高の教官であり同業者であった彼に対して尊敬と、その人生に対してある種の物悲しさを感じつつも、それでも彼を英雄だと内心で称える。と原作の中ではかなり印象深い人物だったのでオミットされた事に気づいた時は驚いた。
 ただまぁ冷静に考えてみるとモーリスが登場するのは情報量の多い場面なので、これをそのまま盛り込むのは難しいし、義理の親父であるフィッツロイに加えて実父の存在が描かれているコートに対して、原作と異なり親族のいないクレアに母性を向ける人間にもなるので、まぁ分からないこともない。それにアルフレ・ウッダードの憂いを帯びた格好良い演技を見るとそんな不満も吹っ飛んでしまう。ドラマ版の「ルークケイジ」にも出てたね。
 原作のあるキャラクターの役割を引き継いだミランダに関しても、八面六臂の大活躍を見せる一方で、スザンヌに関してはまぁ本当に活躍がない上、印象が良い人物でもない。件のシーンに関しては、一応コートを拘束する展開につなぐ為と言えば分からないこともないのだが、そもそもその展開自体が必要なのかよく分からない。


 ここで2つ目の良くない点に触れるのだけど、この映画続編を意識しているのかどうにも消化不良な終わり方をしているんだよね。結局、フィッツロイやケイヒルを追いやりコートの命を狙ったカーマイケルはお咎めなしな上スザンヌよりも活躍がない、彼らの背後にいるらしい裏の大物というのは全く影も形もなかった。そもそも続編を意識するのなら原作でも生き残っているフィッツロイや、ロイドのような魅力的なキャラクターは退場させなくてもよかったんじゃないかとも思う。
 スザンヌはグレイマンを再利用しようと考え、クレアの命を手札にコートを誘うのだけど、コートは難なくCIAの厳重な拘束から脱した上にクレアも助け出してしまうので、キーアイテムが相手に渡ってしまったという続編への繋ぎ以上の理由が存在しないような気がする。それにミランダがメモリーの中身の事を黙っているのはクレアの命を握られている為なので、その理由も消えてしまっている。
 まぁあのまま脱出できていても、重傷のままクレアとミランダを連れて逃げなくてはいけないから、クレアをCIAに保護させて安全を確保しつつ、ミランダをCIAに戻すために必要だったってところかな。もしくは拘束されたついでにCIAにもぐり込んで、何か工作をしたのかもしれない。ともかくそういうところがどうにも尻切れトンボのように感じてしまった。

 あともう一点、このジャンルに明るい人は、コートを助けるふりをして利用しようとするスザンヌを見て既視感を感じたんじゃないだろうか。そもそもCIAの秘密プログラムで鍛えられた元殺し屋が古巣と戦うという展開自体も「ジェイソン・ボーン」の影響を多分に受けている印象を受けるね。
 空中からの脱出というのも「ブラック・ウィドウ」や「アンチャーテッド」の映画が記憶に新しいし、受刑者が減刑のために殺し屋になるというのもまぁありきたりな設定だよね。それ自体は原作にそっているから悪いとは言えないのだけど、面白いシーンも多い一方でなんだか既視感を感じるシーンも多いのも事実だと感じた。
 それ自体が必ずしも悪いわけではないのだけど、問題があるとすれば、本作のオチがただでさえ消化不良気味な上で、同ジャンルで視聴者層も被るであろう「ジェイソン・ボーン」と似通った展開を持ってくるという点かしらね。

 まぁ色々と挙げたがこの映画は本質的に娯楽作であるということを忘れてはいけないし、その観点から見た場合でも、本作の評価が高いことに変わりはない。ドローンを使ってると思われるカメラワークはダイナミックだし、飛行機での格闘戦、そして大破して空中分解する中での空中脱出は序盤のシーンとして充分なつかみになっている。
 格闘シーンに定評がある監督だけあって、最後の最後まで近距離戦のアクションも面白かった。発煙筒やタクティカルライトを持ちながら格闘をすることで腕の軌跡が見えるとかも中々奇抜だし、見栄えもする。ロイドのナイフアクションもトリックが効いている。ウィンター・ソルジャーみたいだよね。役者はキャプテン・アメリカだけど。
 このジャンルでは華の一つであるカースタントについては、路面電車の中とその付近を走る車という二面から描写されていて、トラムの中で近接戦を行うコートと、それを追うミランダの視点とアクションが交差するというのは面白かった。本作のウリの一つである激しいアクションと、カースタントのいいとこ取りと言えるかもしれない。

■まとめ

 良質な小説を映画化した本作は、原作の要素を上手く拾いつつ素早く苛烈なアクションやダイナミックなスタント、カメラワークを使い映画としての面白さを際立たせていますし、寡黙ながらも情にあふれるライアン・ゴズリングのグレイマンは良い意味で「目立たない男」としての風格たっぷりでした。
 一方で、原作における複数のキャラクターを統合した上に爆薬で味付けを加えたクリス・エヴァンス演じるロイドは、自尊心と破壊欲の化身のようでグレイマンと敵対するのに相応しく強烈なヴィランに仕上がっています。続編制作における最大の課題は、これを越える敵役を用意できるかにかかっているかもしれません。
 映画に落とし込む上で他にも改変されている部分があり、原作小説「暗殺者グレイマン」には無かったCIAとの軋轢やどこかで見たことがあるような展開、やや消化不良な結末など首を傾げる部分もあります。また、原作小説は良くも悪くも男臭い物語なので、映画 オリジナルの女性キャラクター三人はどうしても目立ちますね。それらに対して「現代的なアレンジがされている」と取るか、「原作の雰囲気を損なっている」と取るか、原作を読んだからこそ判断が少し難しいところです。
 総評としては、原作自体がアクション映画を小説化したような内容だったこともあり、その映画化である本作もまた正統派のスパイアクションに仕上がっている。といったところでしょうか。このジャンルへの新規参入は難しいとは思うのですが、2000年代前半における「ジェイソン・ボーン」やその後半から2010年代における「ダニエル・クレイグ版007」のように2020年代を代表するスパイアクション映画になってほしいと期待したいですね。

■余談

 ウィキペディア読んで知ったのですが、本作は元々ブラット・ピットやシャーリーズ・セロンを主演にしたバージョンも検討されていたらしいです。前者はともかく後者だと現代版の「アトミック・ブロンド」になりそう。原作がある作品において、安易に性別などの設定を変更するのは結構危険な試みだと思うんですが、どんな作品になる予定だったのかちょっと気になります。
 今回の見出し画像については、手抜きです原作小説の表紙から構成を拝借。邦題に関しては変わっているのでちょっと薄めに。

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