リドルストーリー『虎を右に』

       あらすじ

 その国では特定の事件について、特別な方法で審判を下す決まりになっている。被告に二つのゲートの内の一つを選ばせる。被告が男である場合、ゲートの一方には女が、もう一方には人食い虎が潜んでいる。被告の選んだゲートに女がいれば、被告は無罪放免となるがその女と結婚して養う義務を負う。ゲートに虎がいれば被告は有罪となり、そのまま死刑執行となる。無論、被告からゲートの中はうかがい知れない。
 王女と情を通じていた旅芸人の若者がこの審判に掛けられることとなった。王女は父である王からゲートのどちらに虎が入れられたのかを聞き出し、ある計画を実行に移す。それは、王女自らがゲート裏に潜む女になってやろうというもの。こうすれば若者の命を助けられる上に、結婚も叶う――はず?


         本文

 国王から内密に呼び出された法務大臣は、一つの予想を立てて部屋に向かった。極控えめなノックをした後、声を掛けて許可を得ると、深く一礼をしながら入る。
 中では王が一人、座って待っていた。すでに裁判に臨席するときの正装に着替えている。
「お呼びと伺いましたが」
 王の前に立った大臣は、小さいがはきはきとした声で尋ねた。
「時間もないことであるから、単刀直入に聞こう。大臣よ。女と虎、どちらのゲートにどちらを入れるのか、もう決定したであろうな」
「はい。決定し、そのあとも手筈通り、順調に。あ、一つだけ。虎を誘導する猛獣使いですが、いつもの男が怪我をして弟子が来ましたが、滞りなく――」
「そんなことはどうでもよい」
 先を急ぐ風に、片手をせわしなく振る国王。
「ゲートの中について、教えてくれ」
「仰ることの意味を解しかねますが」
「言葉の通りだ。昨晩、大臣には、大臣にだけは悩みを打ち明けたであろう。察するのだ」
 王は席を立つと、法務大臣の肩に右手をやり、左手で大臣の両手を強く握ってきた。
「お言葉ですが、規則があります。大審判におけるゲートの中の決定は法務相がこれを行い、当該の大審判においてゲートに入る猛獣を扱う者及びゲートに入る女、または記録を取る事務官一名を除き、なんびとにもその決定について明かしてはならない、と」
 大臣が滑らかな口調で言うのを、王は遮らなかった。終わるのを待ち、「その規則を今回だけは曲げよ、と言っておる」と命令口調で告げる。
 大臣がどうしたものかと躊躇していると、王はさらに口を開いた。
「今日、これから裁かれる件は、我々王家の者と深く関わりがある。言うなれば特別な事件だ」
 法務大臣は心中で半分うなずき、半分鼻白んだ。
 今日の大審判で扱われるのは、身分違いの色恋沙汰に過ぎない。大ごとになったのは、女側が国王の一人娘、王女であるという一点による。
 この国では、判断の難しいトラブルや、容疑者はいても証拠の乏しい重大犯罪等は、大審判なるシステムで裁かれる。
 大審判において被告は闘技場の中央に引き出され、大きな二つのゲートに相対する。ゲートの一つには腹を空かせた獰猛な虎が、もう片方のゲートには国でも指折りの美女(被告が女性であれば美男)が隠れており、外からは決して分からない。被告がいずれかのゲートを選ぶと、そのゲートのみが開かれる。
 中から現れたのが虎であれば、被告は素手で虎と闘わなければならない。空腹の虎は被告を獲物と見なし、襲ってくる。被告はまず間違いなく命を落とすであろう。実質的な死刑である。
 女が現れたのなら、被告は無罪放免となる。加えて、女との結婚を義務づけられる。この結婚が褒美か否かは一概には言えないが、とにかく被告の命は救われる。
 この度、闘技場に引っ立てられることになったのは、旅芸人の男。彼の所属する一座が王宮に招かれ、得意の芸を披露した際に、王女が見初めたことに端を発する。
 旅芸人の若者は王女から手紙――熱烈な恋文を受け取ったことから一座を離れて、王宮のある街に住み着いた。
 彼ら二人の逢瀬は、若い割にはうまく隠され、回数を重ねていたが、王宮の裏門に立つ番人が新しい者(それも生真面目な堅物)に替わったことにより、呆気なく露見する。
 国王は当初、怒り狂い、問答無用で若者の処分を独自に下そうとしたが、それは許されぬし、王女だけを見逃す理由も欠く。そこで若者は大審判を課せられることになり、王女は形ばかりの調べを受けた上で不問に付されたのだ。
「特別な事件であることは私も承知しております。それとは別に、ここで私が規則を破るとして、王様は問題になさらないのですか」
「せぬ」
 警戒する大臣に対し、王は即座に断言した。
「何のためにわしとおまえの二人だけで話していると思う? 今ここで秘密を口にしても、全く問題ない」
「……分かりました」
 そう答えてから一息ついた大臣。
「ただ、だからといって直にお答えするのは、超えてはならぬ一線と考えます。ですから、これから先は独り言ということで」
「ならば、わしから独り言を始めよう。――今日の大審判、被告の若造がどちらのゲートを選べば、わしの望む結末が待っているのかのう」
「――被告が左ゲートを選べば、国王の望む結果になるが、全ては運。確率二分の一の神の裁きだから、どう転ぶことやら」
 二人の独り言がそれぞれ終わり、しばらく経ってから、国王が口を開いた。
「大臣、ご苦労であった。下がってよいぞ」

 部屋を退出した法務大臣は、廊下を歩きながら考えていた。
 果たしてあの答でよかったのか、と。
(昨晩、王様は私に愚痴をこぼされた。「あの若造が虎に引き裂かれるところを見たい気持ちもあるが、それによって娘が悲しみに暮れるのはもっと忍びない」――これが頭にあったため、私は王様の娘への愛情が勝ると考え、女性の入るゲートをお教えした。だが……この判断で本当に正しかったのであろうか)
 引き返して確認をしている暇はなかった。大審判が始まる。

 王族専用の貴賓室は、闘技場のほぼ全体を一度に見渡せる絶好の場所に設置されている。大審判に限らず、闘技場で国家的な催しが行われる際、国王一家はこの部屋から観覧することになっている。
 王女は扉の前でぴたりと足を止めた。
「ん? どうしたのだ」
 気付いた王が言葉を掛ける。俯いていた王女は面を上げた。
「お父様。やはり私、見ていられそうにありません」
「気持ちは分かるが……」
 王はそれだけ言って、後が続かなかった。問題を起こしておきながらという気持ちと、娘を愛おしく思う気持ちとがぶつかっている。
「とにかく中へ入ろう。話はそれからだ」
 すでに女王のいる貴賓室へ入るよう、娘の背を押して促す。しかし、王女は首を激しく振った。
「あとで、どうなったのかだけ聞いて、この話は終わりにしたい。忘れたいのです」
 王女は目元にその細い指を宛がった。
「分かった……おまえは出席しなくてもよい。好きにしてかまわぬから、どうか泣かないでおくれ」
「本当? ありがとう、お父様」
 娘は父親の両手を取った。
「優しいお父様にもう一つだけ、お願いがあります。あとで聞いたときに、なるべくショックを受けたくないのです」
「ほうほう。どうすればよいのかな」
「前もって、私にそっと教えてください。どちらのゲートに虎が入っているのかを……」
「ほう?」
 娘の肩を抱いていた王は、目を見開いた。
「ゲートのことが秘密なのは知っています。けれど、お父様なら聞き出せるのでしょう?」
「ううむ」
 応じる台詞が短くなる国王。頭の中では忙しく考えていた。
(我が娘のこの言葉……まるまる信用してよいものか? ゲートの秘密を知ったら、このあとすぐ、あの若造に教えるつもりであるまいか。目に入れても痛くないと思ってはおるが、これも女であるし、そもそもがわしの目を盗んで男と逢っておったのだからな。一筋縄ではいかぬところがある)
 王はまず、「わしも知らぬし、規則を曲げる訳にはいかぬのだ」として答えないですませようかと考えた。しかし、娘に続けて頼まれると、意志を貫き通す自信はあまりない。
 ではちゃんと教えてやり、そのあと娘の行動を見張るよう、誰かを付けるのはどうかと思った。これはよい案のようだが、娘から「信じられていないのね」と嫌われる可能性が高い。
 時間がない中、懸命に脳細胞を働かせ、悩んだ末に、国王に一つの閃きが訪れた。――そうだ、本当のことを教えてやらなくてもよいではないか。いや、逆を教えてやることで、万が一、娘の口からあの若造に秘密が伝わったとしても、その結果、若造は虎に食い殺されるのだ。こんな愉快な成り行きはない!
 国王は頬が緩むのを我慢した。
「娘よ。愛しい娘よ。おまえの願いは分かった。聞き入れよう。実はわしも気になっておったのでな。ゲートの秘密は、今回に限り、特別に聞き出しておる」
「まあ……」
「虎のゲートは右だ」
 国王は一段と優しい口調に努めた。
 王女は国王から少し離れると、スカートをつまんで軽く持ち上げ、頭を下げた。
「ありがとう、お父様。私のために重大事を明かしてくれて」

 父の視界から外れるや、王女はスカートをたくし上げ、歩みも駆け足になった。ドレスはいつもの派手でごたごたと装飾のある明るい色の物ではなく、茶色のおとなしい仕立て故、多少は汚れてもごまかせよう。
 石の階段を駆け下り、地上に着くと、彼女はさらに闘技場をぐるりと囲む廊下をひた走った。慣れない全力疾走に息が上がったが、その努力は報われた。
 胸を焦がし、幾度も身体を重ねた相手――ユーティはまだ控えの間にいた。その扉を見張る番人二人に凜とした口調で、「我が父、国王から許しを得て、最後のお別れを言いに来ました。通しなさい」と命じる。堂々とした王女の様子に、番人達は疑うことなく扉を開け、中に通した。若者は寝台に腰を下ろして、ぼーっとしていた。
 王女は扉が閉ざされるのを待ったが、どうやらそれは叶いそうにない。心中でもされては困ると番人達は考えているのかもしれない。
「ユーティ!」
 仕方なく、番人二人の目と耳を意識しつつ、若者に駆け寄った。跪いて目の高さを合わせる。
「あ、リ……王女様」
 名を呼ぼうとして口を噤み、言い直す若者。
 扉が閉じて二人きりならば、存分に名前で呼ばせるのにと王女は思った。
「ユーティ、会いたかった。でも今は時間がないから、必要なことだけ言うわね」
「え?」
 戸惑う若者の右手を取ると、王女は力を込めつつ、囁く。
「あなたはこちらを選べばいいのよ。分かったわね?」
「それってつまり……」
 すっかり気弱になった目が王女を捉える。王女は強くうなずき、若者を勇気づけた。
「私を信じて。――じゃあ、もう行かなくちゃ」
 王女は未練や悔いを残さないようにと、機敏に立ち上がり、背中を向けた。

 王女はまた急いでいた。
 何故、彼女は虎がいると聞いた右ゲートを開けるよう、若者に言ったのか。
 彼女は虎と自らが入れ替わる計画を立てたのだ。
(大審判の被告は、ゲートから出て来たのが女であれば、それと結婚する決まり。女に関する決まりは何もない。法務大臣の指示で、町娘から選んで連れてくるのが通例になっているだけ。なり手がいないときは、娼婦や奴隷、軽い犯罪者の中からきれいどころを選ぶことさえあるくらいだわ。だったら、私が代わりに出て行っても、問題はないはず)
 ならば、女と入れ替わる方が楽そうなものをそうではなく、虎と入れ替わろうというのはいかなる理由からか。
 王女は毒矢を使うつもりでいた。刺さるとほぼ確実に命を落とす。いかに王族の者といえども、私的な理由による殺人は重罪である。しかし虎殺しは――規定自体、存在しないが――罪になるかどうか微妙な領域にあり、仮に罪に問われても軽い。
 理由はもう一つある。王女は自分の弓の腕前を知っている。小柄な女性に当てるのは難しくても、的が大きい虎なら一発で命中させる自信があるのだ。
 王女は地下一階にある重い石扉の前まで来ると、息を整えてから言った。
「開けなさい」
 番人は素直に従った。何らかの緊急事態に備え、見張りを兼ねて立っているこの男。前もって王女に買収されていた。
「あとの半金、頼みますよ」
「その口に自ら閂を掛けることを、忘れるでないわよ」
 王女は檻の鍵を受け取ると扉をくぐり、正面にある短い階段を昇って再び一階に出た。そこは、鉄格子を通して両ゲートの中を覗き見ることができる唯一の場所だ。今の時間、誰もいない。
 王女は用意させておいた弓と矢を手に取ると、足音を忍ばせて右ゲートの鉄格子に近付いた。闘技場内へと開く巨大な門扉はまだ閉ざされているため、中は暗い。ゆらめく蝋燭の炎が唯一の明かりだが、充分ではない。
 鉄格子の端に張り付き、覗く王女。影が見えた。判然としないが、そこに何かがいるのは感じられる。動かない今が絶好のチャンスかもしれない。王女は意を決し、弓に矢をつがえた。
 いざ実行となると、緊張が襲ってくる。震えたような気がした。
(――だめ。このままでは、撃てなくなる。早くしないと!)
 狙いを付ける努力を半ば放棄し、王女は矢を放った。
 次の瞬間、ぐ、という短いうめき声が薄闇から上がる。
(やった?)
 手応えというものは分からなかったが、王女は成功を確信した。当たりさえすればいい。あとは毒が回り、即座に効果を発揮するはず。
 程なくして、生き物の気配が消えた。
 王女は鍵を使い、右ゲートの檻を開けた。素早く中に入り込む。思ったよりも獣臭くない。ゲートが開いたとき、虎の死体が見えるとまずいかもしれないので、できるだけ奥へ押し込みたいなと思った。
 王女は虎の死体を探した。だが、虎は見付からず、代わりにやけに小さな死体を見付けた。
(……女)
 王女は悲鳴を上げそうになったが、すんでの所でこらえた。混乱を来す頭で、懸命に考える。すぐに思い当たった。
(お父様ね! 私に嘘を教えたんだわ! 何てこと……どうにかしないと)
 さらに思考を重ねる。元々、考えることは不得手だが、自分のための悪事となると別だ。妙案が浮かんだ。
 王女は最前の番人を呼びに、階段を駆け下りた。

             *           *

 闘技場の中央に引っ立てられた被告の若者は、ぎりぎりまで考えようとしていた。そう、控えの間で王女が示唆してくれたことについて。
(本当に、右のゲートを選べばいいのだろうか)
 若者は王女と付き合う内に、彼女が大変なやきもち焼きであることを知った。また彼女が容姿に今ひとつ自信を持てず、男が言い寄ってくるのは自分が王女であるからだと信じていた。
(噂によれば、大審判で用意される女は、その出自はともかく、大変な美女と聞く。王女が僕に、そんな美女との結婚を許容するとは考えにくいのだけれど。それに――)
 若者は首から上だけ振り返り、王族専用の貴賓室の方角に視線をやった。厳しい表情の国王、眉根を寄せた女王の姿は見えるのだが、王女が見当たらない。
 若者は向き直り、思考を重ねる。
(いないのは何故だ。僕を助けるつもりなら、安心して見守ってくれていいじゃないか。いないのは、ひょっとして、僕が虎に引き裂かれると分かっているから? 愛した男が他の女と結婚するぐらいなら、いっそ殺してしまえと考えたのかもしれない。ただ、それを見届けるのは忍びないからと、この場を去った……あり得る。彼女ならあり得る!)
 疑念が確信に変化するのに、時間は要さなかった。闘技場を埋めた民衆の密かな期待感、また闘技場そのものの雰囲気にも飲まれたのかもしれない。今や、若者の脳裏には、虎の鋭い爪や牙に切り裂かれる自らの肉体が、鮮やかな映像として映し出されていた。
(うう……しかし、もしかすると、王女は本当に僕の命を思って……)
 最後に残る僅かな迷い。それを吹き飛ばしたのは、国王の地響きのような声であった。
「もう待てぬ! 早う選べ!」
 若者は芯を通されたかのように全身をびくりとさせ、一歩また一歩と歩き出した。
 最初の数歩の内はまだ足取りは真っ直ぐで、両ゲートのちょうど間に辿り着くコースだった。しかし、やがて身体は左に傾いた。
 若者は左ゲートを目指していた。
 彼が定められた位置まで進むと、鎧を着けた兵士が手を出し、制止させた。それから兵士は左ゲートの脇に立つもう一人の兵士に合図を送った。
 合図を受けた兵士はうなずき、腰の高さにあるハンドルを勢いよく回した。左ゲートの扉が見る間に開かれていく。
 完全に開ききった扉の内部に、太陽の光が差し込む。
 虎が現れた。口元を真っ赤にし、舌なめずりをしていた。

             *           *

「どういうつもり!」
 右ゲートに隠れていた王女は、思わず叫んでいた。幸いにも闘技場の大歓声のおかげで、彼女の声が外に漏れることはなかったが。
(左を選ぶなんて! 私を信じていなかったのね! いったい何のために、こんな苦労をしたと思っているのよ!)
 “共犯”の番人が宥めるのを邪険に扱いながら、王女は細い隙間より闘技場へと目を懲らす。その口からは悪態が絶え間なく流れ出た。
「ふん。食べられてしまうがいいわ!」

 ……しかし、虎は若者をその牙に掛けようとはしなかった。
 虎は満足していた。
 ついさっき、腹を空かして不貞寝していたところへ、死んだばかりの人間一体を与えられたのだ。しかも若い雌のやわらかい肉である。早速貪り食った。
 少しばかり、舌がしびれるような部分もあったのが気になるが、今こうして腹ごなしの散歩に出られるぐらいだから、大丈夫だ。
 空からの陽光が気持ちよかった。

             *           *

 大審判開始のおよそ三時間前。闘技場を猛獣使いの一団が訪れ、虎を運び込んだ。
「おはようございます。アルティ・サーカス団です」
 窓口を通して挨拶が聞こえてきた。いつものだみ声と違う若々しい声に、事務官は帳簿から面を起こした。
「団長はどうした?」
「はあ、それがどじな話でして。昨日、酒を飲んでしこたま酔ったのは毎度のことなんですが、床に落として割れたコップを片付け忘れていたとか。そいつを思いっ切り踏んでしまったおかげで、足の裏に大けがを」
「それは気の毒だが、こういう公共の仕事の前には、感心せんな」
 眉を顰める事務官に、若い猛獣使いは淀みなく説明を続けた。
「動けないことはないんですが、虎を扱いますでしょう? 万が一にも暴れ出したとき、片足を引きずってちゃあ役に立たないどころかお荷物だってんで、こうして私に代役を」
「ふうむ。ま、分かった。問題なくやってくれればいいんだ。おまえでも大丈夫なんだな?」
「それはお任せください」
 念押しされ、猛獣使いは胸を張る。
「段取りは団長から叩き込まれております。どちらのゲートに入れればよいのか指示してくだされば、速やかに誘導いたします」
「それでは――あー、その前に、初めてのおまえには改めて注意しておくが、他言無用だぞ。どちらのゲートに虎を運び入れたのか、決して漏らしてはならぬ」
「よく承知しております」
「よし。虎は右ゲートに入れよ」
「右ですね。分かりました」
 猛獣使いは頭を下げ、奥へと進んだ。虎を入れた頑丈な檻が台車に乗せられて続く。
 猛獣使いは闘技場の舞台裏を珍しがりつつ、ゆっくりと歩いた。やがて、ゲートへ通じる順路が二つ並んで現れたとき、彼は当然、右を選択した。

 闘技場における右ゲート、左ゲートは、国王を基準として名付けられている。よって、貴賓室から見て向かって右にあるゲートを右ゲート、左にあるゲートを左ゲートと称する。
 裏手から入った場合、右ゲートに行くには左の順路を行かねばならない。

             *           *

(ご、ごめんよ! 僕が悪かった! 君を信じなかった僕を許してくれ!)
 被告の若者、ユーティは立ったまま気絶していた。

――終

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