37歳のおしどり夫婦#1

最初に伝えておきたい。 僕は今、お酒に酔っている。 だから、乱文がである。 まさか、こんな形でスタートするとは思っていなかったが。少し前からこのタイトルで文章を書いてみたいと思っていた。 ただ、なんとなく日々の忙しさと怠惰な僕の性分のせいで、なかなかスタートしなかった。それが本当に,なんの気持ちの乗りなのか。今日、書いてみたくなった。 この感情は説明できない。だって今、書きながらも眠いし、書く熱意もそこまでない。 でも、そのくらいがちょうど良いのかもしれない。夫婦というテーマに対して失礼と思う人もいるかも知れないが。 夫婦とは日常だ。 『よし、良いものを書くぞ』などと肩肘に力を入れているような心持ちではただの造作にしかならないだろう。ただ、乱文だ。皆さんには。程よくリラックスして、寛容な目線で読んでほしいと思う。
#1なので 、僕らがどんな夫婦かを伝えておきたい。 僕らはポンコツな夫婦だ。 借金もあれば、38歳にして賃貸暮らし。 子供もいないし。 財産もなければ、何か事業をやっているわけでもない。 いわゆる一般的な定型にあてはめると、何の良さもない。
だけどただ一つ、少しだけ人並みにという言葉を使うのであれば、僕らは妻が高校を出た19歳、僕が大学を出た24歳で結婚し、今日で僕が38歳になるまで離婚することなく続いている。昔だと当然かも知れないが令和ではそうでもないのではないだろうか。 前述のとおり僕らはできちゃった結婚でもない。 親やその他の影響も受けていない。 完全な自然恋愛の上で結婚に至り、今日まで夫婦関係を維持している。  まあ、フツーと言われればそうなのだが。この普通が令和の世には案外といないのだ。
 そして、”おしどり”とつけたように僕らはどうやら一般の夫婦よりも仲が良いようだ。 ちなみに僕らにその自覚はない。 だって、まあまあの頻度でケンカするし、なかなかの修羅場になるケンカもしているからだ。 ただ、なぜか離婚せずにいまも暮らせている。 今後も子供の予定もないしマイホームの予定もない。 そして九州生まれの二人であるが、現在は関東で生活してるので、今の生活や仕事に関しては、後ろ盾や頼れる財産やコネもない。 純粋に僕ら二人の生活で、離婚せずに今も暮らせている。 
 実は、最近気づきました。僕らは他の夫婦とは多少違う特殊な夫婦であることを。  ちなみに世の一”般的な夫婦”というのに反抗・反発的な意識があるわけでもない。 そもそもこの”一般的な夫婦”という言葉すら、かなり違和感を覚えながら使っている言葉である。皆さんも不思議と矛盾に思わないだろうか。 多様性や個性という言葉を使って一個人の時にはその違いを寛容に受け止め、むしろどんどん出していこうという風潮のある世の中が、こと夫婦となり、二人組になると、未だに定型のようなものがあり、それから外れていると人生の階段から外れているような目線で見てくることを。20代の青年が「子供出来て、マイホーム建てました。」というと、職場でみんな賞賛する。 僕の場合は。「独身?」「いえ、結婚して15年たちます。」「おお、すごいね。子供は?」「子供はいません。ワンコが2頭います。」というと、だいたい違和感のある目で見られる。 慣れているから良いのだが。不思議だ。 なぜか、結婚できずに趣味に生活を埋め尽くしている40代手前の人の方が違和感を覚えられずリアクションされている時すらあったりする。  順番は置いといて、結婚の後には子供やマイホームといったモノが後から必ずついてくるというのが定番のようになっている。これが不思議だ。それこそ、多様性で良いのではと思う。 ぶっちゃけ、僕の父親も「犬ばっかり可愛がるから、孫ができないんだ」など言ったこともあった。 孫がみたい気持ちも社会的な色々を踏まえても、結婚したら子供を作るのが世のメリットという気持ちはわかるが。それを定型とするのは違う気がしてしまう。 ちょっと蛇足の心情論が伸びてしまったが。とにかく、僕ら二人は強制されたわけでもなく、自分たちが反発したわけでもなく。 あくまで自然に、二人がどうあれば離婚せず、二人幸せに暮らせるかを追い求めた、その道の途中に現在があると思ってほしい。 そして、それが世の中的には特殊だけど。その中身や経緯を知ってもらうことで、読者の皆さんにはより良い意味で自由に結婚やパートナーとの生活を作る事ができる可能性や、その設計図を作る一助になるのではないかと思いキーボードを叩いてみています。 もし、気になってくれたのであれば、この後も僕と妻、そしてワンコ2頭が九州を出て知らない土地の千葉で、どうして楽しく暮らせているかを覗き見続けて欲しいと思います。

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