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おっさんドラゴンと生け贄少女②

 ドラゴンに捧げられた少女の話。

※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。

※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。

※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。

※挿絵はDALL·Eを用いています。


 ゆっくりとしているところで、呼び出しのベルが鳴る。

 私はレティウス様のところへと出て行く。

「そういえば、名前を聞いていなかったな」
 彼はドラゴン用のタブレットを横に置いて尋ねた。
「告知の書類に書いてありますが?」
 少し意地悪だっただろうか?
 彼は「そ、そうだったのか……済まない。自分で探す」と、ゴミ箱の中を探そうとした。
「ゴミは処分しました」
 そう言うと彼は「あ」とだけ行って振り向き直した。

「ティラです」
 彼が尋ねる前に答えた。
「名字は?」
 何も知らないドラゴンが尋ねる。
「本当にご存じないんですね。生け贄は名字を捨てるんですよ」
 これも古くからの文化だ。人間社会とのしがらみを断ち切れと言う意味らしいが――現実はそんなこともないのだけど。
「おっ……そうなのか。
 じゃぁ、改めてよろしく。ティラ」
「こちらこそよろしくお願いします。レティウス様」

「もう寝るのか」
「まさか」
「そうか。俺は寝ることにするよ」
「おやすみなさいませ」

 ドラゴンは睡眠時間が長い。大体二十時を超えて起きているドラゴンはいない。必要があって起きるということは可能だが、人間が思う以上に体力を削られると言うのだ。
 そして起きるのは必ず日が昇ってから――明るくなってもまだ寝ているドラゴンの方が多いが。
 寝ている間に、吸収した魔素を分解して自分の栄養にするのだ。
 だから睡眠時間が長い。そういうものだと諦めるしかない。

 私は古くさくて使いづらい家電を買い換えることにした。
 派遣準備金がまだかなり残っているから。
 彼のようなずぼらなドラゴンは嫌いじゃない。
 神経質で細々した奴だったら、私の方でチェンジを言っていただろう。

「準備金はすぐに使うなよ、せめて一日はきちんと見てからにしろ」
 先輩の言うことは為になるな。

 生け贄にしてもドラゴンにしても、きちんとした理由があればチェンジが出来る。
 理由がなくても一回ぐらいはごり押し出来るそうなのだけど。
 ただ、今回は統一評議会が無理強いして決めた派遣なので、レティウス様には拒否権がない。
 そういう意味で私の方が自由な身ではある。

 彼のことは面倒くさいと思いつつ、下手な要望を出してもっと面倒くさいドラゴンに当たるよりかはマシだろう。

 幾つか読みたい本があるけど、取り敢えず今はいいか。
 私用のタブレットを閉じて、そして部屋を見渡す。
 私の部屋だ。
 私が初めて好きに使える部屋だ。
 今になって急に実感が沸いてきた。
「だからといってどうだってこともないよね」
 独りごちて、そして寝間着に着替えた。

 朝まで呼び出されることはない。
 私も早く寝るか。

 部屋の電気を消すと、いろいろなことを思い出す。
 厳しかった勉強や研修。脱落した子も多かった。
 自分が飛び級なのはまるで夢を見ているようなものだった。
 大抵の子は十歳で小学校から編入して、そこから十年鍛え上げられる。
 私は六歳で直接入った。
 頭がいいだのなんだのと評判で、そして将来は有望とまで言われていた。
 元々は有名私立小学校に入ることが決まっていたのだけど。
 それが父の死と、預金を全て失うほどの賠償金支払いによって、全て崩れ去ったのだ。
 それほどまで優秀ならと言うことで、生け贄の養成学校へと入ったわけだ。

 通常は十年のところを八年で卒業した。
 あまりにも若い生け贄の誕生に対して、様々な声が上がったが「プリモサクリの歳と同じですよ」と言えば皆黙ったのだ。
 正確に言えば、私の方が一ヶ月ほど早いのだけど。

 勿論、プリモサクリ自体は伝説上の存在だ。
 彼女の正確な誕生年月日が、果たして真実かどうかというのは、考古学的にはやや怪しいらしい。
 なので、私のあの"嫌み"は、あくまでも表面的なモノに過ぎなかった。

 それでも人々は飛び級ということに感心し、そして特に深く調べたり考えたりもせずに納得する。
 大人なんてそんないい加減な連中なのだ。
 学校が厳しいだけに、余計にそのギャップが気持ち悪かった。
 ドラゴンだって訳の分からない存在ではある。
 私達よりもずっと長生きしていながら、ずっと幼い連中もいるし、堅物、偏屈も少なくない。
 世の中のままならなさを体現しているようなものだ。

 口の悪い人は、生け贄制度を「高級娼婦のようだ」と言う人もいるし、「本人が魔災を一番遠ざけられるんだから十分の恩恵だろう。そんな人間に税金を使うな」と言う人がいる。
 尤も、そういう人たちは都会の中心でぬくぬくしている連中ばかりで、開拓地の現状など知らないだろう。

 尤も私もこの都会の真ん中にいて、開拓地のことを偉そうには語れないけれど。

 魔災は様々な形で人に襲いかかる。
 放射線のような被害があると思えば、感染症のような被害もある。
 洪水や竜巻、地震のような気象災害もあれば、突然の地盤の軟化や水源が一晩で涸れてしまうなんてこともある。
 本当に最悪な事態は、ドラゴンを除き街の全ての人間が一気に死滅してしまうなんて事だってあるのだ。

 龍が十分に活躍し切れていない開拓地は、こうした被害を被る。
 特に移住初期の安定していない時期は、十分に魔素を吸っていても突然値が上昇することがある。こういう"魔素爆発"に対して、人間は為す術がない。
 十年、二十年と少しずつ開拓して、安全地帯を増やしていき、そしてやっとで人が増えてくる。

 そういう事情で、大抵の場合はつがいになったドラゴンの夫妻にお願いするものだ。
 偶に防ぎきれない地域を放棄して越してくる場合もあるし、逆に二組目の夫妻を受け入れて開拓地を強化する場合もある。
 人々は魔災の少ない地域を探り探り開拓するしかないのだ。
 魔素計が発明されてこのような状況なのだから、なかった時代など本当に多くの命が大地へと還っていったのだ。

 だけど開拓地が軌道に乗れば、開拓者は豊かな生活を送れるようになる。
 国は新たな資源を手に入れられるし、人間の生息域も広がる。開拓した土地を新たに来た人に貸したり売ったりして儲けが出る。
 成功した開拓地の人間は例外なく裕福だ。
 だから全てはいいことずくめなのだ。
 そんな事情で、生け贄の特別扱いぐらい大した費用でないとも言えた。
 少なくとも、そうでもないと生け贄のなり手がないのだから。

 はぁ、私は可哀想な子ですよ……

 人は相手に嫉妬するのがダサいと悟ると、人を哀れむことで自尊心を保とうとするものだ。
 何度"可哀想"と言われたことか。
 でも、眠りに就くときにこのことを思い出すと安心して眠れる。満ち足りた気持ちで眠れる。

 そうだ、自分には悩むほどの道がないのだと。
 人は私に選択肢がない事をを哀れむ。でも、貴方は十年後どう暮らしていくかで悩むでしょ? そっちの方がよほど可哀想だわ。と。

 翌朝、当然レティウス様よりも早く目覚める。
 尤も、寝るのが十時で起きるのが六時ともなれば十分に長く寝ていると言っていいだろう。
 学校はなんだかんだで自由時間が限られていたから、日付が変わるぐらいまで何かしらやっていた。
 だからみんな割と寝不足だったのを思い出す。

 久しぶりに長く寝た。
 すっきりとした気持ちで朝食と身支度だ。
 昨日と今日は持ってきた携行食だけど、今日から物資が届くから、新鮮な野菜やお肉やお魚が食べられる。
 開拓地ではないので、恐らくは一通りのものが不足なく届くだろう。

 布団を干したり、洗濯物を片付けたり、レティウス様が起きる前に片付けておく。

 そしてそれも一通り終わるとレティウス様の部屋に入る。
 ドラゴンはモノを持つ習慣がないから、人間側から支給されたどうしても必要な物以外はすぐに捨ててしまう。

 寝床で丸まっているドラゴンはまさにデカいトカゲだった。
 タブレットの充電ケーブルが外れている。
 仕方ない龍だ。
 充電をするとき、通知画面が目に入った。
 エンシアと言う名前的にはメスのドラゴンの名前が出ている。
 ちゃっかり女友達はいるんじゃない。

 通知画面からは相手の名前しか分からない。
 どういう内容かも分からないが、まぁ彼にも彼のプライバシーがあるから忘れることにしよう。

 生け贄はドラゴンの目覚めに付き合うというのも、いつの時代からかの風習だ。
 絶対的なルールではないが、"常識的な嗜み"と言う扱いだ。
 私も例に漏れずに、ドラゴンの前で立っている。
 レティウス様は後ろ足で翼の根元辺りを掻くと、古い鱗の薄皮が飛んで行く。
 これが毎日風呂に入れなきゃいけない理由だ。

 ただ立っているのもじれったい。目の前で飛び散るカスを見て腹が立ってくる。
 私は諦めて飛び散った鱗の薄皮をモップで掃除する。
 まぁ学校でコレをやったら怒られただろうけれど、コイツなら文句は言うまい。

「にしてもよく寝るなぁ」
 八時に部屋に入ったが、そろそろ十時を回りそうだ。
 模範的な生け贄ならその間ずっと直立不動なんだろうな。

 そうしていると、漸くレティウス様が目を覚ました。
「おはようございます」
 目の前で挨拶をすると、彼は一瞬驚き、そして「あ、あぁおはよう」と答えた。
「少しは人間に慣れてください」
 私が腰に手を当てると、「済まない」と真面目に済まなそうな顔をした。
「ドラゴンなんですから、もっと堂々としてくださいまし」
 私が首をかしげて不満顔をすると、「お、おぉ」と困った様子だった。
 面白いドラゴンだ。

 そうしてから、風呂に入れさせて、身体を綺麗にする。
 彼は、私が言うように大人しく洗われ、それも済めば、案外すっきりした顔をする。
「お風呂はいいものでしょう?」
 私が尋ねると、「そうだな」といい顔をしていた。

「そうだ、仲間にお前を紹介しないとな」
 レティウス様が漸く自分のことを話すのだと思った。
 彼はタブレットを使って仲間と連絡をした。

 魔素の吸収は日課だが、毎日同じところの魔素を吸わなければならないわけじゃない。
 普段から真面目に担当地域の魔素を吸っていれば、一日ぐらい休んでいても魔素量が増えることはない。
 そして、実際この地域の魔素量は、規定値の十分の一近くまで落ちていた。
 魔災が起き出すのは、規定量の百倍ほどで、規定量を超えれば注意報、五十倍で警報、七十五倍で避難指示となる。
 もう三百年は安定した地域だ。この分なら三日ぐらいサボっても規定値まで届かないだろう。
 勿論、規定値まで届くのさえ異常事態なのでそうならないように戻る必要はあるけど。

 人間がドラゴンに騎乗するのは当然のことながら禁止されている――否、ドラゴンに騎乗したというのは、歴史の一時期に龍騎士が現れた時ぐらいだ。
 龍騎士と生け贄に関しての歴史的連続性は、かなり議論に上がるのだが、龍騎士制度を設けた国はいずれも滅び、そして全ては統一政府に吸収されているのだ。
 生け贄は例外として"鳥籠"の中に入って運ばれるのが認められている。
 これは龍騎士制度との連続性を示すと度々論争が盛り上がるので、やや面倒ではある。
 だが、龍の集まるようなところは、人類未到の地が多くて、籠で運ばれる以外の道はない。

 レティウス様の連絡はすぐ話がつき、何人かの親友が集まるらしい。

 私は籠に入り、レティウス様はそれを掴んで空へと舞い上がった。

 鳥籠は元々は本当に大きな鳥籠だったらしいけど、今はきちんと風防とか安全装置を仕込んだカプセルのようなもので、なんとなくSFチックだ。
 カプセルの中のリクライニングシートに身を委ね、シートベルトを装着してからレティウス様に合図を出す。
 レティウス様とはインカムを使って話が出来る。

 初めての空だ。
 鳥籠のメンテナンスや使い方については学ぶけれど、空を飛ぶ実習はない。
 レティウス様の足とカプセルはテザーで繋がっているので、よっぽど落とされることはないし、落とされてもパラシュートが自動で開く。
 それもこれも上手く行かずに墜落死する――と言う例は少なくともここ七十年はない話だ。
 私は安心して眼下の街並みや移り変わる風景に見とれた。

 レティウス様は上機嫌で、あれこれ話してくれる。
 あの街は自分が若い頃はまだ小さな開拓地だったとか、あの森の周辺は魔素量が多いので、足りない時には便利なところだとか。

 話してみれば思ったほどコミュ障ではないのだなと思った。
 普通に話も面白いし、私との会話も続いた。

 龍の速度で一時間半。
 人間は未だに人が乗れるほどの飛行装置を発明できていないので、真面目にここまで来るには、オフロード車数台のキャラバンが一週間とか掛ける必要があるだろう。

 僻地だ。完全に僻地だ。
 だが、そこには決して小さくはない人間の集落があった。

 レティウス様によると、行き場のなくなった人間がドラゴンに頼み込んで住み着く場所らしい。
 スケルグレードと呼ぶそうだ。
 鱗のような小さな空き地――だったと言うが、むしろ並の開拓地よりもずっと広い。
 通信自体は繋がるそうだが陸路はない。
 ドラゴンの"集いの地"として魔素が吸われるので、人間が生きていけるのだ。
 ほぼ完全自給自足なのだが、"上手くやってる生け贄とドラゴン"が幾人か行商人のようなことをしている。
 農作物の栽培も出来ていて、それを自分たちが食べる以外に"ドラゴン向けの酒"を作ってドラゴンに提供しているのだ。
 確かにドラゴンには消化器官が残っているのだけど……

 ドラゴンは客人で、それを持て成すことで成立している。
 "着陸場"に降り立つと、一人の男が木造の台車を押してこっちに来た。
 レティウス様は「"青"に行く。一泊だ」と告げる。
 カプセルから出ると男は台車にカプセルを載せて、「あっしが運びますんで」と言った。
 周りを見渡すと、概ねそんな様子だった。

 レティウス様は「メイド服を着ていれば誰も悪さはしないよ」と告げた。
 この街、幾つかのギャングの勢力が均衡しているそうだけど、ドラゴンと生け贄を巻き込まないのが掟である。
 みんな刃物やら銃器やらを腰に下げていて、剣呑な雰囲気がある。
 そんな中でも、ドラゴンとメイド服の女には道を譲る。
 如何にも乱暴者と言う風体の男でも、如何にも有力者と言う風体の男と取り巻きでも、必ず私達には道を譲る。
 鳥籠を引いている男はその後に続く。

 "青"とは、ドラゴンが集まる幾つかの広場の一つだ。
 そこを囲んで酒を出す店や、メイドを泊める施設なんかがある。
 広場は酒を置くテーブルのような岩が点在していて、そこを囲んで何匹ものドラゴンが座っている。

 その一角に目指す一団がいた。
「よぉ、レティウス、遅かったじゃないか」
 最初に気付いたのはオスのドラゴンだった。
「おそいー」
 そして、少し大柄の――ドラゴンはメスの方が少し身体が大きい――メスのドラゴンが手招きする。
 他に二匹のオスドラゴンが陽気に手を振っていた。

 ドラゴンの紹介が始まる。
 最初に気付いたドラゴンがファルガンソン様でちょっと兄貴分と言う感じか。メスのドラゴンがエンシア様で開けっぱなした性格という感じだ。
 小柄なミルニス様は陽気な性格だし、エグリモア様も話の横やりが面白いタイプであった。
 一通り話が終わると、「笛吹亭に他の生け贄がいるから、挨拶してくるといい。アイリスが一番年嵩だから」と言われた。
 現役の先輩方と話が出来る貴重な機会だ。

 レティウス様の話を聞きたい反面、この誘いも悪いものではなかった。
 ドラゴンが集まっている広場なので、メイド服の生け贄もあちこちで目に付く。

 笛吹亭にはドラゴン用の大きな笛が看板になっていた。
 "こんなところ"の割には綺麗な店だった。
 四、五人が囲む卓がいくつかあり、大抵はそこで飲んだくれていた。
 猛烈な酒の匂いと、くっさいチーズや焼いた肉の香ばしさが充満している。
 その中には明らかに出来上がっている連中もいて、その人たちを避けて通る。
「あのー、アイリス様はいらっしゃいますか?」
 私が店員さんに尋ねると、この店で一等出来上がっている卓を指した。
「マジ?」

 ひょっとして、私はあの……あのおばさん達を相手にしなくちゃいけないのか?

 猛烈に帰りたくなってきた。
 帰りたい。あぁ、帰りたい。


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