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「何かが道をやってくる」(1962):レイ・ブラッドベリ (大久保康雄訳/創元SF文庫)


「しかし、ある奇妙な、調子の狂った、暗い、月日の長い年に、万聖節前夜は、いつもより早めにやってきた。 ある年、十月二十四日の真夜中を三時間過ぎたころ、万聖節前夜がおとずれたのである。」(p.10, l.2-4)

ハロウィンはもう過ぎてしまいましたが、晩秋の雰囲気にぴったりな作品。大好きな映画"Something Wicked This Way Comes" (1983)の原作です。ストーリーを詳しく味わってみたかったので、日本語版の小説を購入して読みました。映画も同時に再見して、較べてみました🎩

なるほど、ただの少年少女向けホラーに終わらないストーリーの深みや、芸術的な台詞、幻想的で美しいイメージは、原作からのものだったと納得。映画はストーリーが凝縮されて、設定やキャラクターの省略など、リミックスされた印象ですが、世界観は損なわれてはいないな、と思いました。

<映画は監督が最初に撮ったものが、ディズニーに却下されて、再度撮り直しになったり、その過程で失われた幻想的なシーンの数々もあったようです。でも脚本をブラッドベリ本人が手がけているので、さほどかけ離れた内容にはなっていないと思います。避雷針のセールスマンの口上やMr.Darkの台詞の惹きつける感じが、さすがだと思いました。>


原作では小説ならではのイマジネーションが爆発した世界になっていて、確かに1980年代初めのSFX技術では、再現が難しかったのも納得。。。映画ではMr. Darkの動く刺青は、万華鏡のように動く腕の内側のアニメーションでしか登場しませんでしたが、小説では凄く印象的に描かれています。

「ダークは、彼の肌の上で真夜中に真昼の陽光を浴びて横たわっている爬虫動物を引き連れていた。彼らを甲冑のように全身に飾っていた。大恐竜は彼の髀肉に古代の鉱油の湧泉のような滑らかさをあたえ、ガラスの数珠のように華麗なカミナリトカゲが歩くにつれて、奇怪な電光色の肉食動物の群れにかこまれたダークも前に進んだ。(中略)ダークは、荒磯に打ち寄せる黒い波のような、あるいは燐光色のあやしい群衆の悪夢をつき破られたような、ざわめきに似た音を獅子や胴体から発しながら、鋭い面貌を前方にむけたまま進んで行った。」(p.258, l.2~12)

2020年のCG技術ならおそらくプロジェクションマッピングのように、美しく再現できることでしょう。。。他にも映画ではオミットされてしまったけれど、現在の技術なら再現できそうな描写がちらほら。でも、空想の中で各々のイメージを膨らませるほうが、ずっと楽しいような気がします。

映画ではCharlesとWillの父子愛が割と普遍的に描かれていましたが、原作ではユーモア溢れる表現になっていて、個性的であたたかく、面白いです。2人が「おおスザンヌ」を歌い踊るシーンは映画でも見たかった♫(踊るシーンはあるので、時間の都合でカットされただけかも?)

ジョナサン・プライス演じるMr. Darkの邪悪ながら品のある話し方が大好きなのですが、この日本語訳ではマンガの悪役っぽい印象だったのがちょっと残念。原文のほうは、もちろん映画そのままの印象でした。


そして小説ならではの図書館や書物、文学に対する魅力的で愛情溢れる描写。。。「華氏451度」の作者だけあって、シェイクスピア、ディケンズ、聖書への言及も。図書館のうず高い書棚、埃を被った古い書物の匂い、文学作品や本そのものの表現が、学生時代グラウンドで遊ぶよりも図書室にいるほうが好きだった私のような文系には、強いノスタルジーを感じさせながら迫ってきます。ノスタルジーといえば、カーニバルのコットンキャンディの香りやメリーゴーランド、カライアピー(蒸気オルガン)の音、鏡張りの迷路も。。。大人になるにつれて消えゆくもの、若き日に忘れてきたものがそこにはあります。

1930年代のお話ですが、1980年代の子供でも、2000年代の子供でも、同様にノスタルジーや魅力を感じることができる、タイムレスなお話。図書館へ出かけると、児童書のコーナーに今でも子供達が集まっているので、昔ほどではないにしろ、本を読む、ということは廃れていないんだなと、安心します。寧ろ大人たちのほうが、だんだん本を読まなくなっている気がします。

コロナ禍の時間で出来た、よかったことの一つは、読書の習慣を再開できたことでした。大多数の大人と同じく、日々の時間に追われて、読書はいつのまにか「まとまった連休にするもの」になっていたのですが、外出の制限を強いられたおかげで家で本を読む時間(と映画を見る時間)が確保されて、いつのまにか興味にまかせて色々と借りて、読み進んでいました。頭の中でイメージが花開く、美しいイマジネーションに溢れたブラッドベリ作品に出会えたのも、この時間のおかげだと思うと、悪い経験ではなかったと思います。

(今日は「華氏451度」を読みました。トリュフォーの映画版と合わせて、感想はまたの機会に)





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