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弟と言う名の呪縛・止まった時計の針 【おっさんずラブリターンズ】

「好きな人に弟扱いされている」、悩みを蝶子に打ち明けた菊之助。「今さら、兄弟みたいな関係を変えるなんて無理な話なんですけどね」ぽつりと呟く。相手は和泉で、彼は今でも亡くなった恋人を忘れられないばかりか、瓜二つな春田に面影を重ねていると話す。

「それは菊様も心中穏やかじゃないね」蝶子は真剣に聞き入り呟いた。
近いうち、今の家を出ようと思っていることを蝶子に話す。「一緒にいても辛いだけなんで」という菊之助に「和泉君には言わなくていいの?」蝶子はたずねる。

「返ってくる答えは分かってます」という菊之助。
「でもさ、それで後悔しない?」
少し考えて菊之助はぽつりと呟いた。
「心残りがあれば、和泉を過去の呪縛から救えなかったこと。あいつを忘れろとは言えなかった」

菊之助は「秋斗のことは忘れて欲しい」「秋斗を忘れることで、昔の和泉に戻って欲しい」と願っていることが分かる。恋する女性が、思わずグッときてしまう切なさが感じられる。同時に、菊之助自身が秋斗の呪縛に囚われていることも感じられた。
「あいつを忘れろとは言えなかった」は、秋斗を忘れた和泉は、もはや和泉ではないからではないか。

和泉は、秋斗を忘れることも、胸の奥にしまうこともできていない。それだけ彼の最期は鮮烈で、後悔が残った出来事であったことが想像できる。
忘れられない苦しさは、本人が一番分かっている。このままではいけないと頭で理解しても、心がついていかないからだ。

秋斗の墓を訪れても、手を合わせられない・合わせたくない。秋斗の死を、いまだに受け入れられない弱さを感じる。

和泉の亡くなった恋人が春田に瓜二つで、目に前にあらわれたことで面影を重ねていると聞いた黒澤部長は、「冬のソナタじゃないですか!」と叫んだ。忘れた方がいい、そうしないと前に進めない、でも忘れられないチェジウ演ずるチョン・ユジンを思い出す。婚約者がいながらも、死んだ恋人を思い揺れ動く演技は素晴らしかった。

そんな和泉を慕う菊之助の話を聞き「はるたんはだめ、牧がいるんだからさー。和泉さんと一緒に住んでるんでしょ?好きだって告っちゃいな!」なんて言わないのが黒澤クオリティ。大人の対応が素晴らしい。

菊之助の話から、和泉は亡くなった恋人を深く愛していたことや忘れられるはずがないことを悟ったからである。同時に、切ない菊之助の心中を慮っている。

宴会で菊之助の気持を聞いた時の切ない表情は、春田に恋をし破れ、姑として見守ると決心したものの、振り切れていない気持があらわれている。

泣きくずれる菊之助に「気持は伝えなくていいのか」とは聞かない。自分の立ち位置が弟以上になることはないとわかっている、菊之助の気持ちを尊重したのだ。

「恋の卒業旅行ですね」と黒澤部長は菊之助を優しく抱擁した。
和泉の恋人は春田にそっくりで、面影をかさねていることは黒澤部長も周知している。そして、恋人の秋斗が亡くなってから献身的に和泉を支えてしたことも。そして「好きだ」と口にしても、簡単に人の心が動かないことも。

家を出た菊之助を自宅に誘い、同居しながら話し込む二人。
「確かに、好きな人への思いを断ち切るために、相手と距離をおくことは正しい方法かも知れない。でもそれは、ただ目の前の問題から逃げているだけで、きちんと自分と向き合って区切りをつけるべきなんじゃないか。そう思う日がいまだにあります。私の時計の針は、退職したあの日に止まったままです」

黒澤部長は、心は乙女だが成熟した大人の男性である。過去には牧と春田を巡り一時的に勝者にはなったものの、春田の牧への思いの前に膝を折った。そんな告白を、嚙みしめるように聞いている菊之助は「もうあの家には戻りません」と宣言する。

和泉と菊之助は秋斗が死んだ日から、黒澤部長は退職した日から時計の針が止まっているって……泣ける。

どうして恋愛対象になれないのか

菊之助の悩みは、好きな人から弟としか見てもらえないことです。女性でもありますよね「妹にしか見てもらえない」ことが。
異性から恋愛感情を持たれない人、兄弟姉妹扱いしかされない人の特徴に「色気」があります。全員がディーンフジオカみたいにフェロモンだだもれでは困りますが、特定の人にしか感じられない「色気」というのも存在するらしい。

菊之助を演じる三浦翔平さんは、ふわっとしたフェロモンをお持ちなので、うるうるすればころりと落ちそうですが、ドラマの中では全く弟ポジションです。和泉が亡くなった恋人の秋斗を忘れられず、まったく隙がないのも1つの要因でもある。他人がなんとかできる問題ではないため、菊之助の切ない気持ちが視聴者にグッとくるのだろう。

秋斗は天邪鬼で退廃的、悪ガキで手がかかる男でしたが、菊之助は真面目で素直、純真で一途な性格です。性格には好みはありますが、危なげない性格は「1人で生きていける」と誤解を生みやすい。元上司と部下って立ち位置なので、こればかりは「弟」いうポジションから動けなくなってしまう。

相手の気持ちを読む力もある菊之助ですが、しっかり者すぎて対象にされていない感がある。最大の理由として、「一緒にいて楽」「自然体」なことが、弟ポジションにおさまった最大の原因ではないだろうか。

小悪魔みたいな秋斗と正反対な菊之助を好きになる可能性は0ではないが、構築された信頼関係はもはや家族同然。出ていった菊之助を心配したり、寂しく感じるのは家族を失うノスタルジー。上下関係のなかで……となると、秋斗みたいに立ち回りができないと恋人にはなれない。

弟ポジションは辛いよね……と思いながら、そうしたのは菊之助本人にも原因があるのではないか。そんなもやもやを抱えながら、何度も繰り返し、胸が張り裂けそうになってしまう。罪作りなドラマだよ、おっさんずラブリターンズは。