思い出の患者さん
精神科病棟に勤めて10年近くなる。
厳密に言うと、途中他の医療機関でも看護助手をしていたため8〜9年といったところだけど。
印象深い患者さんは現在入院中の患者さんも含めたくさんいらっしゃる。
皆それぞれに個性が強く、手を焼いたり暴言を吐かれたり時にちょっとした暴力を受けることもあったが、その辛ささえ今では思い出だ。
中でも私が大好き(?)だった方の事を書こう。(個人情報なので多少は脚色してお伝えします)
その方は男性で重度の知的障害があった。
彼は、言葉は一切話せず、その代わり「あーぅ!」「ばーぅ!」などの奇声を発していた。
それもめちゃくちゃ大声で。
彼の声はいつも病棟じゅうに響いていた。
言葉は話せないが、理解できている部分はできていて、例えば名前を呼べばこちらへ来たり、簡単な指示には応じたりしていた。
それから趣味なのか、よく他患が飲んだあとの空き缶やペットボトルを収集していた。それだけならまだしも、それらをいきなりナースステーションに向かって投げていた。まるで手榴弾兵だ。度々スタッフは驚く。
今思えば彼なりのコミュニケーションだったのかな。
その他にも他患の部屋にこっそり侵入しては服を盗ったり、食事中に他患のおかずを横取りしたり。彼にキャッチフレーズを付けるなら「いたずら、大好き☆」しかないとさえ思っていた。
そんな彼の見た目は歳(50代)のわりにはお人形さんのようにとても可愛らしく、とても澄んだ大きな眼を持っていた。社会で穢れた我々の淀んだ瞳とは大違いである。
それからポッテリとした唇がより一層彼の可愛らしさを引き出していた。アンジェリーナ・ジョリーも顔負けである。
他のスタッフは、トラブルメーカーの彼に対しあまりいい顔をしなかったが、私にとっては癒しであり推しの存在であった。
時にいたずらばかりされさすがに「もう!」と怒りたくこともしばしばだったが、悪気があってやっているわけではないと思うと不思議とそこまで立腹しないものだ。
そんな彼は今年に入りあっけなく亡くなってしまった。原因は盗食による窒息。
その日、私は休みで彼の最期には立ち会えず。
あまりの早い旅立ちに私はショックを隠しきれなかった。
人の最期はわからないものだ。
だが、旅立つ前に美味しいものを食べられたのだから本望だったのかも。彼らしいといえば彼らしいかな、なんて他のスタッフと話した。
もう彼に会うことは叶わないが、私の人生史に確実に焼き付いた人物の一人である。
忘れることはないだろう。
もしかしたらまだ病棟のその辺にいて、またいたずらを企んでいるのかなぁ。
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