見出し画像

勉強中に昼ビール

大好きな友達にパートナーが出来た。

むむ。なんだか心が温まる。

ぶっちゃけ私は、知り合いにパートナーが出来る事を手放しで喜べるようなそんな崇高な(?)人間ではない。

だがしかし、なんだろう。嬉しい。
しみじみじわ〜っと
嬉しい。

良かったね〜とか
そんなんじゃなくて、
もっとこう、、、、
なんだろう。

うーん
浮かばないからビールでも飲むか。

会いたいな。と思った。
単純に2人揃ったところに会いに行きたいなと。
なんだかいい感じの空気感を醸し出してる気がして。
この2人に会いに行きたい。

その空気感を肌で感じたいと。
うん。そんな感じ。そう思った。

元々この友達は、私が自分の内側をほじくり返すようになる最初のきっかけの人だ。

恋愛や仕事について色々と傷つきながら、人ん家に来て好きに語り、泣き、そして語り。
語るその中身が、

なんだろなー
そんなに自分の見たくないところをむき出しにしてまで向き合わなきゃいけないですか?

みたいに思った。

普通はさ、傷ついたときに吐き出す言葉って答えの出ない恨み言だったり淡い期待だったり、恋愛に関して言うと、相手を悪く言うんだけどこちらもそれに乗っかると擁護しだしたりとか。
なんか、そんなんじゃない?

はー、もう繰り返し聞くのも疲れちゃう。
とか思っちゃうような内容じゃない?

違ったんだよなー。

ひたすら、
じゃあ自分はどうあるべきかを模索してるような。
そんな感じだった。
わたしにはとても新鮮だった。

11歳歳下である彼女は、わたしに新しい風を持ち込んだ。

ご近所住まいだったから、
それから何年かはなんかたまーに彼女の話しが聞きたくなる。
なんか会いたくなる。

そんな時があり、

彼女は彼女で、うちに来ては何も語らずただ爆睡して帰るとか。
そんな感じだったw

お互い引っ越しをして離れてからも、心に迷うと彼女に会いに行っていた。

会いに行きたくても行かなかった心ギリギリの時には、なぜか私の住む地の近くに来たくなったついでにうちに寄ってくれて、ほとんどわたしの話しを聞いて答えて帰っていった。

そして私は救われた。

なにものだ。

嬉しいなぁ

嬉しいと思う自分も嬉しいなぁ

好きって、
理由ないんだよねー

大好きな人たちが生きていてくれる事。
同じ世界にいま生きていること。
この世界で大好きな人たちがいくらかいること。

しあわせだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?