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この街に暮らす

進学を期に離れた街。
卒業と同時に帰ってきた。
転勤で再び離れた。
進学の時は、ただただ新たな生活に胸を躍らせ、振り返ることもなく離れた。
転勤の時は、新たにできた仲間に見送られ、後ろ髪をひかれながら離れた。

転勤先で体調を崩した。
休日に見た映画に号泣し、そこから私のメンタルは歯止めが効かずに一気に崩れた。
海辺の街の穏やかな風が流れるそんな映画だった。

医師の勧めで私は再び街に戻ることにした。
「これからは、あの街でみんなを送り出す側になろう。」
新幹線を待つホームでそう思った。
私の心がささやいたのか、ホームの風がささやいたのか、ふわっとして柔らかい決心だった。

私は戻ってきた街で結婚をして、夫と二人でお店を営んでいる。
街の先輩に助言をいただき、同期といえる経営者と繋がりを持ち、冬には人が歩かないこの街で何とか経営を続けている。

春になると、私より街の魅力を知っている人たちが訪れる。
いつの間にか彼らが来訪するたびに、立ち寄ってくれる店になった。まるで越冬した動物同士、互いの生存を確認するかの様だ。
かつての私のように、進学や就職で街を離れた若者も挨拶に来てくれる。

お店を始めて、旅立つよりも送り出す方が遥かにさみしいことを知った。
さみしさは経験を重ねるたびに募っていく。

5月は久しぶりの顔が増える。
彼らの心境はそれぞれだ。
私たちは、時間が止まったかのように彼らにこの街の空気を注ぐ。
「振り向かない背中」と「振り向きたがっている背中」どちらにも等しく。
それが彼らへの土産になると良い。

年数が重なると、迎える機会も増えてくる。
街を支える仲間が増え、いつの間にか、同期と私たちは街の中間管理職のような立場になっていた。

今日もこの街は、のんびりとした風が吹き、各々のやる気を乗せて、どこかで挨拶を響かせる。

沢山の観光客を迎え、それぞれの店でこの街の話しをする声がする。
私たちは、この街を歩いてもらうことが好きだ。
お店を渡り、川を眺めて、佇む鳥を写して欲しい。
そしてまた、彼らの話を聞く時を楽しみにしている。


#この街がすき

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