見出し画像

オウム2世としてあの日を振り返る。

「死刑囚の執行が行われました」
 
電車に乗車中、私はゲームをしていた。
それはポップアックに突然出てきたニュース速報だった。
はっと顔を上げた。
電車の窓枠の景色に東京拘置所が通り過ぎてゆく。

私は奇遇にも、東京拘置所の横を通り過ぎる電車に乗車していた。無知な私はこの電車を利用するようになるまで、どこに東京拘置所があるかも知らなかったのだ。意識さえしていなかった。

電車の中はよく冷房が効いているのに、変な暑さと動悸がする。

周囲はスマホの画面に夢中で、誰も気にかけない。あの場で、人生の幕を下ろした人がいることを。一人別次元に取り残された錯覚を覚えた。

親の影響で子供の頃、オウム真理教に在籍をしていた。今でいう『宗教二世』というものだ。

親から離されて数日間セミナーに入る時は、彼らが保護者で常に気にかけてくれていた。「まひろちゃん、大丈夫?」少し大きくなると苗字にさん付けで呼ばれた。今でも声を鮮明に覚えている。

戒律違反になるドラゴンボールのカードを会場に持ち込み、床の上に盛大にばら撒いても、怒らず一緒に拾ってくれた。坊主頭の彼は、ドラゴンボールのキャラクターに出てくる天津飯みたいで好きだった。報道写真に出る悪鬼と私の記憶は結びつかない。その事に思い悩んだ時期がある。
 
沢山の被害者を出した歴史的な事件。教団を決して許しはしない。
私の家を無茶苦茶にし、在籍したことが罪だと糾弾され、加害者側に立つことを背負わせられた。恨まなければいけないのに、何故か目に熱いものが込み上げる。否定しなければ……。

しかし、しかしだ。

私の脳裏には彼らの真剣な眼差しと笑顔が離れない。一面だけを見ているに過ぎないのかもしれない。この答えは一生出ないのだろう。
 
世の中全てを敵に回してしまった彼ら。
今だけは素直な気持ちで――どうか次の世界で、やり直してください。私が生きている間は覚えておきます。

心の中で手を合わせ、別れを告げる。

2018年7月6日


昨年、安部元首相襲撃事件前に書いた短編小説です。オウム2世として、死刑執行の日思ったことを書きました。一度はボツにしてしまっていたものですが、ここにアップします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?